「ドラゴンゾンビだって?まさか最強種がアンデッド化とか最悪だ。しかも砦に向かってきてる……」
威圧感が半端無いぞ!
「ロッテさん、ムールさん起きろ!ヤバい相手がこっちに向かってきてるぞ」
声を掛けると二人とも飛び起きた!ロッテさんから外套を受け取り砦の外に飛び出す。
一瞬だが砦の中に籠もろうかと思ったが逃げ道が無いから止めた。
ドラゴンゾンビは見張り番の兵士たちに襲い掛かっている。
鋭い前脚の爪と牙、それと太く強靭な尻尾の一撃に粉砕される兵士たち……
「流石はアンデッド化しても地上最強種のドラゴン……強さが桁違いで笑える。
ムールさんは距離を取るんだ。僕とロッテさんはコッヘル様のもとに行くよ。
逃げるか戦うかはコッヘル様次第だ。だが所詮はデカいトカゲだから勝てないわけではない」
落ち着いて見れば確かに強いが尻尾まで含んでも全長7mくらいのデカいトカゲだ、直立しても4m程度。
強靱な防御力を誇る鱗も所々剥がれているので、そこを狙えば攻撃は効きそうだな。
問題はブレスを吐けるのかだが、これは分からない。
取り敢えず周囲を見回しコッヘル様を探すが……居た!兵士たちを取り纏めているので駆け寄る。
「コッヘル様、ドラゴンゾンビとは厄介な相手ですが……殺りますか?」
コッヘル様も慌ててはいるが夜間襲撃は想定内のことだからね、ちゃんと完全装備だ。
「兄ちゃん、相手はアンデッドとは言えドラゴンだぞ。簡単に殺るとか大丈夫か?
アレは遠巻きに遠距離攻撃で弱らせてから接近して一気に止めを刺すしかないぜ」
コッヘル様は落ち着いているが、周りの兵士たちを見れば恐怖に耐えているのが分かる。
何かあれば逃げ出すかも知れないぞ、現に傭兵たちはほとんどが逃げ出してる。
僕もムールさんを逃がしたけどさ……
「大丈夫、たかがデカいトカゲですよ。落ち着いて戦えば勝てます!
幾ら防御力が凄いドラゴンとは言え腐って鱗が剥げてる部分が多い。
まずは僕とロッテさんが牽制のために接近しますから、兵士たちは死角から槍で鱗の無い部分を攻撃してください。
さぁ急がないと被害が増えるだけです!」
ニヤリとダンディーに笑うコッヘル様……この渋さは年齢を重ねないと出せないな。
「おぅ!皆、聞いたか?ドラゴンなんてデカいトカゲだとよ。しかも腐ってやがるんだ。俺たちなら勝てるぜ!
ヨシ、全員槍を装備だ。奴を取り囲んで攻撃するぞ、味方の敵討ちだぜ!」
小隊一つは全滅してしまったが貴重な時間を稼いでくれた。
「ロッテさん、行こう!」
「ん、僕はどこまでも君と一緒に行く。君は必ず僕が守る」
モーニングスターを軽く持ち上げて、端から聞けばプロポーズみたいな台詞を言われた……
「嬉しいけど多大な誤解を周りが……いや、ありがとう。それじゃ行くよ!」
自分も槍を一本貰いゾンビドラゴンに向かって走りだす。
奴は悠然として僕らが近付いてくるのを待っているが、その余裕が僕らの付け入る隙だと教えてヤルよ!
ゾンビドラゴンの手前8mで止まる、この距離なら尻尾の一撃は届かない。
見れば見るほどに腐りかけてるな……顔も右側が腐り落ちていて頭蓋骨が丸見えだし眼球も無いぞ。ん?眼球が無い?
試しに右側に回り込むと僕の動きに合わせて首を動かした、つまり死角があるんだな。
「皆、コイツ目の無い右側が死角だ!僕らが左側から牽制するから死角から攻撃してください。鱗の無い部分に槍を刺して!」
そう言って今度は左側に移動する……ヨシ、首を回して僕らを見てるな。
「ロッテさん、兵士たちの攻撃に奴が注意を向けたら攻撃するよ。ロッテさんはモーニングスターで奴の膝を砕いてくれる。
僕は槍と斧を鱗の剥げた脇腹に投擲(とうてき)したらツヴァイヘンダーで同じように脚を攻める。
動けなくしてから頭を潰そう」
直立すると4m近いから急所の頭部まで攻撃が届かないんだ。後脚にダメージを与えて立てないようにしないと……
「ん、分かった。君って凄いね、普通ドラゴンを見たら逃げ出す」
尊敬の眼差しが痛い……
「いや、怖いよ。でもアイツ、僕か君から視線を外さない。他の奴と戦っているのにだよ。どうやら僕らに用があるらしい。
逃げ出すと後が怖そうだ、ここで倒した方が良いって思うんだ」
両手の斧を握り直したが掌に汗がビッショリで気持ち悪い。
「そうね、妖魔は良くも悪くも君に惹かれる。君は私たちの特別だから……」
特別?精気が?女性妖魔以外にも?会話しながらも奴の左側に移動しながら隙を窺う。
なるほど、僕を見つめる瞳が情熱的だね、思わず食べちゃうみたいな?涎たれてるぞ、いや腐液?
死角の兵士たちが攻撃を開始したみたいだ。奴の注意が一瞬逸れる。
「チャンスだ!」
「チャンス?」
しまった、こっちには無い言葉だったか?攻撃した兵士たちから注意を逸らすためにも攻撃の手を緩めるわけにはいかない。
接近して右手の斧を奴の左膝目がけて振り下ろす!
「ヨシ、刺さった!」
「追撃!」
ロッテさんのモーニングスターが斧ごと左膝を粉砕する。たまらず悲鳴を上げるドラゴンゾンビ!
マズい、膝を曲げたのは尻尾で攻撃する気か?残りの斧を奴の顔目がけて投げつけて後に後に下がる!
顔を仰け反らせて避けたせいか尻尾の軌道が上に逸れた。風を切り裂いて頭上を通過する尻尾は確実に即死級の破壊力がある。
「あ、危なかった……当たれば即死だったね」
「左脚は潰した、次は右脚……」
腐ってもドラゴン、強いや……ってドラゴンゾンビは最初から腐ってるよ。オヤジギャグを言ってしまった。
気を取り直して奴を観察する……左脚を粉砕したために移動が困難みたいだ、その分用心深くなって周りをよく確認している。
故に攻めあぐねている、近付くと威嚇して尻尾を振ってくるんだ。
投擲用の斧は二本共に使ってしまった、残りはメイスとツヴァイヘンダーだけだ。槍は消耗が激しく兵士に渡してしまったんだ。
「消耗戦ならアンデッドの方が有利だ。こちらの体力があるうちに倒そう」
腰からメイスを引き抜き右手に構える、狙いは太さが30㎝は有る尻尾の付け根だ。
丁度鱗の剥げている場所があるのでツヴァイヘンダーなら叩き切れるだろう。
「ロッテさん、僕が気を引くから自分のタイミングで攻撃して。兵士さん、牽制お願いします!」
左に回り込みながら奴の顔目がけてメイスを投げ付ける。奴の手は短いから避けるには首を振らなければならない。
僕から視線が外れたときに兵士達が腹に向かって槍を突き出す。
ダメージを受けたことで相手を見るために体を捩った隙に尻尾の付け根にツヴァイヘンダーを振り下ろす!
「グォォォォォッ!」
見事に尻尾を切り飛ばした。すかさずロッテさんが右膝にモーニングスターを振り下ろす。
「グォォォォォッ!」
ロッテさんの追撃のお陰で後は手順を間違えなければ勝てる。両足を無くしたために移動はできず、尻尾が無いので距離のある攻撃もできない。
「コッヘル様、止めをお願いします!」
ガリガリと頭を掻いて困った感じを醸し出しているが、僕だって目立ち過ぎるのは困るんです。
「あー……兄ちゃん、気を使い過ぎだぞ。まぁ後は任せて下がってな!野郎共、止めを刺すぞ!」
「「「ウォー!」」」
コッヘル様の号令の下、兵士たちがワラワラとドラゴンゾンビに群がる。既に脅威は牙だけだから攻撃範囲にさえ注意すれば問題無く倒せるだろう。
彼らを見ながら城壁から崩れただろう手頃な岩に座る。
直ぐにロッテさんと近くで様子を窺っていたムールさんと、何故か妹さんと二人の女性も集まってきた。
どうやら傭兵チームで逃げ出さなかったのは彼女たちだけみたいだ。
「ロッテさんありがとう、助かったよ。流石は地上最強種の元ドラゴン、アンデッド化しても強かった。
もっとフレッシュだったら倒せなかったと思うよ。片目が見えなくて鱗が剥げてたから何とかなったんだ……」
冷静に考えて無理じゃないと思い戦ったが、実際はギリギリだった。詰めを間違えれば死んでいたな……
「ん、気にしないで。君を守るって僕は約束したから……でもロック鳥ゾンビにドラゴンゾンビって立て続けに大変だった」
確かに濃い一日だった、普通に考えれば異常な遭遇率だ。
「そこ!二人の世界を作らないの!私の立場が無いじゃない!」
「私たちもです、遠目で見ていただけですから……」
ムールさんと妹ちゃんが少し拗ね気味だけど適材適所だから仕方ないじゃん!
「いや、適材適所だから……今回はロッテさんが居なければ危なかったよ。
僕もコッヘル様も斬撃系だから打撃系のモーニングスターは本当に有り難かったんだ。
ドラゴンゾンビの両膝を砕いたのはロッテさんだからね」
尻尾は何とか切れたけど膝は関節部分で丈夫だからツヴァイヘンダーと言えども両方粉砕するのはできなかった。
「皆さん凄いんですね。私たち、普通の農民だから……兄さんも青年団の皆も死んでしまって、うっ……ううう……」
妹ちゃんに泣かれてしまった、確かに兄さんを最初に数を半分に減らしたらしいし、今は女性三人しか居ないか。
連れの女性二人が妹ちゃんを慰めて泣き止むまで、僕は黙って見ているしかできなかった……
何か分からないが下手に慰めると危険な気がしたのと、一応現在も戦闘中なので万が一の時に助けに行くためにコッヘル様たちを見てなければ駄目だったから。
しばらく居たたまれない雰囲気だったが、ドラゴンゾンビの断末魔の叫び声が響き渡ったことで切り替えることができた。
どうやら止めを刺せたみたいだな、兵士たちが勝鬨(かちどき)を上げている。
また素材剥ぎで忙しくなるかもしれないね。
「何にしても勝てて良かったけど、今回は被害が大きい。ドラゴンゾンビに見張り番の一小隊は全滅させられた……一旦引き揚げかな?
でもコッヘル様の立場では洞窟を調べないで放置は無理か。やはり明日、洞窟を探検するしかないか……」
「まだ戦いは続くんですか?」
妹ちゃんが縋るように聞いてきた、もう命懸けの戦いなんて嫌だろう、瞳に涙が溢れて今にも零れそうだ。
「うん、洞窟の調査次第だろうね。まだ洞窟内に敵が居れば戦う必要はある。でも被害も大きいから一旦撤収かもしれない」
こればっかりは雇われ傭兵には決められないことだから正直に言うしかない。
「まだ終わらないんですか?」
多分だが妹ちゃんたちは心細いんだろう、肉親と知り合いの死に見たことも無い敵との戦い。先の分からない遠征じゃストレスも半端無いだろう。
「君たちの面倒はできるだけみるから大丈夫だよ。勿論、遠征中の安全についてはだけどね……」
遠征後のことは知らないけど、せめて遠征中ぐらいは気を遣ってあげよう。じゃないと農民チームは全滅しそうだし……
「ありがとうございます、本当にありがとうございます。私たち、凄く心細かったんです」
妹ちゃんに拝むように感謝された……
この話の流れで突き放すのはどうかと思ったので言ってしまったが、ムールさんは気に入らなかったのだろう、腕を軽くツネられた。
前にも少し話したが自己責任の件なのは分かるが、それに気付いた妹ちゃんたちとムールさんは微妙な溝ができたみたいだ……
ロッテさんは我関せずみたいだけどね、流石は僕っ娘クール美少女。因みに他の傭兵たちもチラホラ戻ってきている。
あの、誰だっけ?
悪運だか強運だかのベルガッドさんも初日一緒に見張りをしたバールさんとズールさんもちゃんと生き残っていた。
オッサン五人組は四人に減っていたな……
しばらくしてお祭りみたいに素材の剥ぎ取りを開始した兵士たちを横目に、コッヘル様に断りを入れて休むことにした。
既に東の空が薄らと明るくなり始めている……
もう夜も明けるだろうから新しいアンデッドモンスターが穴から出てくることは無いだろう。