クロム=クルワッハは邪竜である。
金銀財宝。宝石。金貨。海賊が財宝をため込んだ、といっても信じられるような光景がクロムの個室にはあった。
その上で少女がひとり寝そべっている。
つんと張った双丘、くびれを描いた胸、金色の髪を背中に敷き、クロム=クルワッハは裸で財宝の上に寝そべっていた。
大きな理由はないのだが、クロムにとってこの時間が最も落ち着くのである。
穏やかに双丘を上下させ、寝息を立てるクロム。
彼女は夢の中でかつての光景を思い出していた。
†
燃えていた。
そこは戦地であった。硝煙のする瓦礫の中、クロムは地面に転がっていた。
かすんだ視界にはクロムの両親が無残な姿で散らばっている。
それを見たクロムが抱いた感情は怒りであった。
理不尽に奪われたことの怒りではない。
――オレの物をよくも奪ったな、という
心臓が強く鼓動する。しかし、クロムには身をもだえることしかできなかった。
身を捩る、立ち上がることも起き上がることもできない。なぜなら、彼女には手足が欠如していたからである。
先ほどの爆発で四肢は吹き飛んでしまった。
であるゆえに、もはや彼女に出来るのは唸ることだけだ。
怒りに身を焼かれながらも意識が徐々に途絶えかけた時、見えたのは金色の髪。
見ると若い――しかし、どこか老成した雰囲気を持つ――矛盾した男が彼女をのぞき込んでいた。
「おや、珍しいね。……ひとつ聞くが助かりたいかい?」
そういってにっこりとほほ笑んだ。
†
そうしてクロムはこの妖精の島――アヴァロンへとつれて来られ、いくつかの言葉と共に送られた聖遺物の義肢『ウィッカーマンの義肢』と共に新生した。
平穏を満喫してたクロムが、扉をノックする音と共に目を覚ます。
「入っていいぞー」
「やっほー! クロ……ってまた、服着てないの?」
訪ねてきたのは友人のシルフィであった。
同期の友人であり、控えめに言って変人のクロムにも物怖じしない気立ての良い少女である。
財宝の上に裸で眠り隠しもしないクロムに対しても慣れたものと対応している。
「別にいいじゃん、見られて困るもんでもないし」
「いやまあ、そうだけどさー」
「……んで、何かようか」
「あ、ご飯できてるよー。食堂行こう?」
「オッケー」
近くにかけてある服を取ろうとして、クロムの手が止まる。
「……今日の当番、ティターニアじゃないよな?」
「あははは、違うよー。そもそもティターニアは料理当番禁止になってるじゃない」
「いや、あいつ、たまにゲリラ的に料理することあるから……」
その答えに安心したのか、クロムは近くにあった服手に取る。
ショートパンツにブーツ、ハイソックス、布地の少ない水着の様な胸当て――といつもの格好に着替え、シルフィと共に食堂へと歩いて行った。
†
食事を済ませたクロムはアヴァロン島を歩いていた。
シルフィからドクター・オーヴェロンに呼ばれていると言われ、彼の部屋に向っているところであった。
ドクター・オーヴェロン。あの日の戦場でクロムを拾った男であり、彼女に義手を提供し、居場所を与えてくれた養父でもある。出会った時から年齢が変わらず、あきらかにうさんくさいのだが、クロムは気にしていなかった。
うさんくさい、といえば、この『島』も大抵うさんくさい。
海に囲まれた孤島であり、地上は木々に囲まれた緑あふれる放牧的な島であるが、しかし居住区は見た目よりはるかに地下に潜行するかのように作られているため、外に露出している施設に比べてはるかに広い。
その内部には、戦闘訓練のための施設やなんらかの
彼女らの胸元にはペンダント、――シンフォギアを起動するための聖遺物のカケラがそれぞれ持っている。
ツインテールを揺らしながらクロムが歩いてゆく。
たまに顔見知りにあうので、その度にクロムは手をあげて「よう!」とあいさつをして、すれ違っていく。
そのまま、歩いていき、ドクターの部屋へとたどり着いた。
広大な施設であるが、長年慣れ親しんできた場所であり、『任務』をこなす際はいつも呼ばれているため、足取りに迷いもない。
呼ばれた理由はないが、『フェアリーテイル』の活動の為であろう、とあたりをつけていた。
見ると、扉が開いている。遠慮なくクロムは入っていく
「おーい、来たぞー、ドクター。何の用だ」
しかし、ドクターの姿はなかった。代わりにいたのは一人の少女だ。
それなりに長くいるクロムであるが、この少女に見覚えはない。
島の住人は入れ替わることは多いのだが、それでも完全に見たことがないというのは珍しい。
「おい、お前」
クロムの声に少女が振り向く。
黒い髪をなびかせ、彼女は振り返る。
少し垂れ目気味の可愛らしい少女だった。
オレほどではないがな、とクロムは心で付け足す。
「ドクターはどこだ、食べたのか? あいつを食っても腹壊すぞ」
「……ん?」
何か歌を口ずさんでいた少女が振り向いた。
「食べた……、食べた? いやー、趣味じゃないかなぁ~」
首をひねりながら少女がクロムに近づいて来る。
そのまま、クロムの鼻先へと顔を近づけた。
「でもまぁ、君は美味しそうだね」
少女がクロムの腕を引き、部屋へと引きずり込み、くるりと、位置を入れ替えた。
よくわからない雲行きに、どうしたものかとクロムは考えようとして――面倒になって頭を使うのをやめ、成り行きに任せることにした。
少女の細腕からは想像もできない力でクロムを引きずり込んだ少女はそのままベッドの上へとクロムを押したおそうとする。
腕力には自信のあるクロムは、当然、押し返そうとするが、
「んー? なんだ、オレを食べたいのか? オレに勝ったならいいぞ」
と、力を籠めるが少女は微動だにしない。
そのまま、少女は両手を用いて力づくでクロムを押さえつけると、
「勝ったから食べていいんだよね? わーい、それじゃ……美味しく食べちゃおうかな?」
クロムの双丘へと顔を近づける。
どうなるのかなーと、クロムは好奇心半分で推移をみつめているところで、轟音。
施設全体に揺れが走り、突如、爆音と共に部屋に衝撃が訪れると、落ちてきた瓦礫に押しつぶされ、クロムは意識を失った。
†
フェアリーテイル。おとぎ話を意味する単語であるが、この場合は組織名を表すものだ。
『優れたものによる世界』を理念とし、戦災孤児を拾い、シンフォギア奏者に仕立て上げ、内戦地に武力介入を行っている――、一般的な定義ではテロ組織である。
『フェアリーテイル』内の施設で育ち、『これ以上、戦災孤児を出さない』という理念に強く共感を抱いていたものの、現実は違った。
戦禍を収めるために戦禍をもたらす。武力による内戦への干渉はこのような矛盾をはらんでおり、いつしか、フェアリーテイルの活動に対して疑念を抱くようになっていた。
そんなおり、戦場でであった特異災害対策起動部二課と出会い、ぶつかりあったことで改心し――二課へと移行する決意を決めた。
それが『天之麻迦古弓』の奏者、
†
プロペラの音がうるさい、と
ツーサイドテイルに結った金色の髪の揺らし、額を押さえる。普段から気だるげであるが、いまはなお一層、疲労感が強い。
彼女の頭の中には
戦闘技術を転送することで練度を跳ね上げるものであるが、感度が高すぎて、日常では感覚過敏のように通常以上の刺激を脳に与え、強い疲労感を与えていた。
「――――聞いているかね」
同僚の
ローターの音でヘリコプター内は騒音が酷いというのに、彼の声は不思議とすっきりと聞こえやすい。大した発声量だ、と
彼女たちはいまテロ集団が起こした聖遺物テロの対処のために、ヘリで任務地へとむかっていた。
「いや、ごめん。ちょっとクラッてて聞いてなかった」
「ふむ……大丈夫かね?」
「問題ない。いつものこと」
はぁ、とため息ひとつ。
「めんど、なんでテロ組織って、こー問題をおこすの?」
「はーはっはっ、そこは逆だよ、ユーキ! 問題を起こすからテロ組織なのさ!」
快活な声があがる。
元はオペラ歌手でもしていたのだろうか、というほど通る声であった。
「まぁ、医療班の私が連れて来られているのは左遷……いや、君たちの健康を祈ってのものだろうがね!」
「……どー考えても左遷でしょ」
はっはっはっ、と明るく疲れたように笑う、という器用なことをこなる
「まぁ、あんたは特別、頑丈だから放り込みやすいってのもあるんでしょうけど」
「いや、褒められるとうれしいね」
「いや、雑に扱えるっていってるだけなんだけどね」
「それで救える命があるならいいさ。医療にかかわるものとしての本懐さ」
「本当のところは?」
「……いやー、研究班ともめちゃってねぇ」
「そんなことだろうと思ったわ」
「まぁ、なんにせよ。今回の相手は少女に力を与え、無理やり少年兵に仕立て上げて戦わせるテロ組織が相手だ。おっと『二課も同じようなものじゃ?』とか言わないでくれよ、公的な支援があるかどうかは大きな差だ」
「あー、あれでしょ、どうせフェアテでしょ?」
「まぁ、そうだね。その調子だと濁す必要はなかったかな」
彼女が元属していた組織である『フェアリーテイル』は数年前から活動していた武装組織であり、出どころは不明だが「シンフォギア」や「Linker」を多数保有しており、かつては
元々、属していた組織ということで気遣い、名前は伏せていたのだが、
「実際、シンフォギアやリンカーを多数保有する危険組織だ。
シンフォギアを纏った子が善悪なく暴れまわったらどうなるか」
「あー……うん、やばいよね」
「子供に罪はないが、上層部は討伐。可能ならば聖遺物の回収。
これが今回の任務だ。オッケーかい?」
「オッケーオッケー」
「……心残りがあるかい?」
「まーったく、ちっとも」
と首を振る。
「なに、君たちは悪くない。悪いのは大人だとも! なぁ、ジョージ」
「おう、その通りだとも。子供は天使みたいなものさ」
と浅黒くスキンヘッドの男が笑う。
「歌う天使なら目の前にいるじゃないか、ジョージ」
「あっはっは、その通りだな、ダニー」
「……天使なんかじゃないもん」
「まぁ、ごたごたは大人たちに任せてくれ。
むし、現場の子と仲良くなって引き入れてくれれば一石二鳥さ。そういうことも期待された人事だと思うよ」
「それはどーだか。ま、どーにかなるっしょ、多分。しらんけど」
それに
ヘリコプターが大きく揺れ、視界が閃光に塗りつぶされる。
咄嗟に反応できたのは
戦闘での経験か、あるいは、
咄嗟に歌を紡ぐことができた。
光とともに
そのままヘリコプターの壁を蹴り破り、近くにいたフォルゴレと隊員の一人を抱える。
反対側にいたダニーとジョージにも手を伸ばすが、それよりも先にヘリコプターは砕け、全員は落ちて行った。
†
墜落の衝撃はシンフォギアの能力で抑えたものの、完全には殺しきれなかったようだ。
片腕には助けられた相沢が気を失っており、見る限り外傷はなさそうだった。
軽く揺さぶると、彼はうめき声をあげながら目を開ける。
周囲を見ると、
「なにやってるのよ」
と、
「あんたのことだから、自分から突っ込んだでしょう」
「ふぉぉぉっ!?」
シンフォギアスーツで蹴り上げられ、宙を軽く舞う
今度はずぼり、と頭から砂浜に突き刺さった。
「はーはっはっはっ! 刺激的な救助方法だね! ユーキ……、っとなんのことかな?」
恐らくはジョージとダニーのことを気にしないように、と気を使ってのことだろうが、突っ込むのが面倒となので、
「……冗談はさておき、アンタは大丈夫?」
「ありがとう、助かったよ」
彼……相沢は礼を言い、周囲を確認している。
「……他の人は助けられなかったけどね」
「なに、あの状態では仕方ないさ。むしろ二人救えたのだ」
申し訳なさそうな
その言葉に少しだけ、肩の力を抜く
しかし、次の瞬間には再びすぐに警戒しなおす。
「……チッ、空気読めよって」
「相沢!君は下がるんだ!!」
「諒解。古是さんも後退を!」
と相沢が下がる。
三人の先には見慣れた怪生物がいた。
おおよそ自然にはありえない形態をした怪生物――ノイズ。
統率がとれていない、それらの群れが無秩序に行動しながら――同士討ちをしているものすらいる――二課の残党へと迫りくる。
「なんでここに出るかわからないけど、やるしかないしょ」
と、
†
覚えているのは、彼女の髪がさらさらだったことだ。
妙に撫で心地のよいさらさらとした金色の髪。
自分の様な落ちこぼれを妙にかまってくれた、彼女。のしかかるようにその髪をくしゃくしゃと撫でるのがお気に入りだった。
それが今、部屋の中に散らばっている。
さきほどまでひとだったものがあたりにちらばる。
「…………は?」
目の前の光景に理解が追い付かない。
友人である彼女の悲鳴がドクターの部屋から聞こえ、駆け付けたモルドレッドの目前で一人の少女が友人を食べていた。
足元にはいつもモルドレッドを映していた目玉が転がってきており、驚愕するモルドレッドを映している。
「なに……してるんだよ……」
肉片は部屋に飛び散り、その中で少女が友人の片手を持ち、貪っていた。
その手は先ほどまでモルドレッドとつないでいた手だ。モルドレッドが送ったシュシュが、はめられている。
「なに、やってんだよ」
「んー?」
少女が振り向く。血に濡れた口元を拭った。
可愛らしい少女であった。
長い黒髪をなびかせ、少し垂れ気味の少女はきょとんとしている。
「何だよ、見世物じゃないぞー」
腕をガリッとかみ砕き、頬をもごもごとさせて咀嚼し、不満げな声をもらす。
「アアアアアアアアア!!!」
モルドレッドはその瞬間を覚えていない、気がついたら咆哮が口から洩れており、少女に対して殴りかかっていた。
「返せ! ……返せよ、お前が食っていい奴じゃねェンだよ!」
しかし、少女は何気なくモルドレッドの拳を真正面から掴むと、片手でそのまま力任せに投げ飛ばし、馬乗りとなった。
「嫌だよ、僕のご飯だしぃ? 生意気だし、食べちゃおうかな」
そのまま、モルドレッドの首をわしづかみにして締めあげる。
力づくで首をしめられ、えづくが、咳すらさせてもらえない。
短い喘ぎ声をあげながら、モルドレッドの意識は暗闇へと落ちて行った。
†
モルドレッドが眼を覚ます。
そこは薄暗い場所であった。光がなにか干渉するためだろうか、上部につけられたガラスに収められた電灯は抑え目であった。
いや、そうではない。被検体の様子を観察しやすくするために、光度を下げているのだ。
「……死んでねぇ、のか?」
硬質ガラスの円柱の中にモルドレッドは閉じ込められていた。
薄暗い理由は、この円柱の上下にライトがつけられており、被験者の様子を観察しやすくするためだ。
ライトにてらされ、細見のモルドレッドの裸体が照らされている。
「くそ、くそっ!!」
モルドレッドがガラスを叩くが、小揺るぎもしない。むしろ、殴ったモルドレッドの手が痛くなっただけだ。
それでも腹立たしさがおさまらない。あの少女への怒りであり、自分への不甲斐なさであり、困惑であり、様々な感情がおり混ざって、拳頭が破けてもガラスを殴り続けた。
「……思いのほか元気だねぇ」
ぽたりぽたりと血が円柱内に落ちる中、やってきたのはドクター――オーヴェロンであった。うさんくさい笑みを浮かべた彼は、感心したように声をモルドレッドへかけた。
それを見たモルドレッドは口を開き、
「気分は最悪だよ……。アレは何だよ」
その言葉に、少しオーヴェロンは考え込み、
「ん……あぁ、またアレが勝手に……」
困ったような言葉を開き、「まぁいいか」とモルドレッドの言葉を流す。
「我らが『マスター』からの指示でね。私も止めたんだが……適正がないから潰すというのはなかなか冷酷だ」
「……お前だよな」
モードレッドの声に怒気がこもる。射殺さんばかりにオーヴェロンを睨みつける。
「あいつを部屋に呼んだのは」
「…………」
「何が……っ。何がマスターからの指示だよ、要はお前もいらないと思ったから食わせたんだろうが!!!」
「……何か勘違いしているようだがね、モードレッド」
対するオーヴェロンの声は静かで、諭すようにモルドレッドへと語りかけた。
「適正がなかったのは『君』だよ」
「…………は?」
「君も自覚はあるだろう、今の君は落第生はいいところだ」
「ッ」
頭が真っ白となる。
この島、アヴァロン島では聖遺物やシンフォギアへの適正を引き上げ、装着することを目的としている。
その真意をモルドレッドは知らないが、彼女はそれらへの適正をまったく持たず、落第生の刻印を押されていた。
だからこそ、そんな
「そして、それ以上に、彼女の以外の交友が薄い……まあ、その結果、彼女の方がいなくなってしまったのは非常に残念だがね」
「おい。……おい……、まさか」
わずかに声が震える。
「食われるのは、俺だった、のか?」
それはモルドレッドこそが食われる対象だったことへの恐怖、ではない。
「そうだね……そして本来ならば、これから君もそうなる」
「本来なら?」
「さっきもいったが適正がないからといって処分するのはナンセンスだが、何の成果も出ない以上、君をこのまま野放しと言うわけにはもいかない」
オーヴェロンがうなずき、機材をもてあそぶ。
「そこで、これから君に人間をやめてもらおうと思っててね。試作品ではあるが、成功すれば君を廃棄しなくていい程度には強くなれるだろう。此方でメンテナンスが必要な肉体にはなるけどね」
オーヴェロンがモルドレッドを見据えた。
いつもの胡散臭い笑みを浮かべた顔。
しかし、まっすぐとモルドレッドの眼をみすえ、問いかける。
「それともこのまま廃棄されるかい? わざわざ彼女を死なせた君が自分から命を捨てるのであれば、まぁ、仕方ないけれど」
選択をあげよう、とオーヴェロンは言葉を切った。
モルドレッドが唇を噛む。
舌の根が震える。
これは自分が変わってしまう事への恐怖ではない。
本来食われるのは自分のはずだった。ならば、彼女が食われたのは自分と間違われてしまったせいだ。つまり、彼女は自分の身代わりになって死んだようなものだ。
その事実が、取り返しのつかないその事実こそが、モルドレッドに胃を掴まれたような重圧をかけていた。
さきほどから頭の中で思考が空回りしてまとまらない。
「……力がないから、化け物にして使えるようにするってことかよ?」
「その通りだね」
唇を噛む――噛み千切る。
「……望むところだ」
力がなかったから、処分されることになり、
力がなかったから、彼女が死んで。
力がなかったから、彼女の一部が取り戻せなかったというのなら、
「止めてやるよ、人間なんか! お前の都合に乗ってやるよ」
ならば、もはや引き返す道はない。
失ったものを、これ以上、失わないために、モルドレッドは力を得ることを決めた。
オーヴェロンがうなずき、ガシャンとレバーを動かした。
「それじゃあ、始めようか。……といっても、特段、君がどうこうする必要はない。その中で寝ていれば終わるさ」
モルドレッドの入っている円柱の水槽に液体が流れ込んでくる。
「定期的なメンテナンスや投薬に関しては終わってから説明しようか」
「上等だ」
視界が滲んでいく中、モルドレッドは眼を閉じ、そして、力を手に入れた。
†
モルドレッドは忘れない。あの始まりの風景を。
友人が死に無惨に散らされたあの部屋を。
あれから幾年月も経て、雌伏の時を過ごしていたモルドレッドだったが、行動に移すときがきた。
ならば、今日はある意味での誕生日だ。
反逆の狼煙をあげるための誕生日。
現在、モルドレッドの前には訓練で使うための「ノイズ・シュミレーター」があった。
複数個あるそれは、訓練のためにノイズを生成するための機械である。
うばってきたそれを今から起動し、蜂起する。
「やっとだ」
モルドレッドがノイズシュミレーターを操作し、一斉に暴走させる。
途端、陳腐な怪獣や山椒魚に似た怪生物――ノイズたちが大量に出現する。
「……時間稼ぎはこれでできんだろう。さぁ、スタートだ」
無作為に暴れまわるそれは、モルドレッドの憎悪をそのまま表してるかのようだ。
そのうち何体かが、モルドレッドへと向く。
ただ暴走させただけであり、標的など一切設定していないため、モルドレッドもまた攻撃対象なのだ。
「さぁ、スタートだ」
乱暴に剣を叩きつけ、モルドレッドが自らの聖遺物『キャメロット』を起動した。
「全部全部、邪魔なものをぶっ潰して」
中世の騎士のような
「ゴールしてやるよォ!!!」
そして、モルドレッドは踏み出した。
あの日の仇を取る。そのためだけにモルドレッドは蜂起した。
産声をあげるように叫び、復讐の騎士は走り出した。
†
クロム=クルワッハは邪竜である。
なぜなら、クロムには第2の心臓として『竜の心臓』が生まれつき宿っており、そのためか人よりも頑丈なのである。
無防備に瓦礫の下に埋もれたはずのクロムが、がらがらと音を立て、瓦礫の下から這い出てきた。
その身体にはかすり傷一つ負っていなかった。
ドクター・オーヴェロンの部屋は先ほどの爆発で瓦礫となっており、クロムを食べようとした少女は消えていた。
「まったくなんなんだ……」
いきなり部屋が爆発し、瓦礫がおちてきて、謎の少女から食われかけ、と目まぐるしく事態が動いた。特に、長いことアヴァロン島にいるはずのクロムにとってもあの少女を見たのは初めてであった。
内容から察するに、自分が知らないだけで、なにかきな臭いことが行われているようだが――――。
「ま、宝でもないし。いっか」
と面倒になってクロムは思考を放り投げた。
軽く部屋の中を見渡すと手紙があったので容赦なく開ける。
そこには、外出するのでここで待っているように、とドクターの筆跡で伝言があった。
「ふむ」
がらんどうに開いた外を見ると、すでに星が昇っている。
ここに来たのは昼食後のはずだから、ゆうに半日は経っていた。
「うむ」
いろいろと面倒になったクロムは、ドクターのひしゃげたベッドを発見すると瓦礫をどけ、ふとんひっぺがして、床に敷くと、横になった。
「ま、なんも言われてないし、寝るか」
このままドクターの部屋から出ると面倒に巻き込まれそうだ、と判断して、そのまま眠ることを選択した。
くーすかーと、寝息を立てだしたところで、再び、ドクターの部屋に慌ただしい音が響く。
「んー?」
「くっそ! なぜ、こんなにもノイズが多いんだ!」
「いやーはっはっはっ! おねがい、守ってね! まだ死にたくない!!」
「んなことわかってんだよ! だから離れるなよ!!」
と大男と小柄な少女が転がり込んできた。
ノイズを撃滅しながら、逃げていたらここまで転がり込んできてしまったようだ。
相沢はどこではぐれたのか、姿が見えない。
「……まぁ、よくわからんが、頑張れ」
その姿を見たクロムは、再びふとんをかぶり、背を向けた。
背中には『面倒に巻き込まれたくない』と文字がかいてあるようだ。
その彼らを追って、大量のノイズもがあらわれる。
片目を開き、その姿をクロムは確認し、面倒そうに身を起こす。
「子供!? 君! 危ないぞ!!」
と心配そうにクロムへ駆け寄ろうとする
「……あんた誰?」
注意深く、
こんなところにいるのだ、ただの少女ではない、と
現に、ノイズの囲まれた今も面倒そうな顔を浮かべるだけで、恐怖にしてるようすはない。
「ここで待ってるだけの邪竜だ。オレは関係ないから気にするな」
ひらひらと手を振るクロムに、
「ノイズを知らないのか! いや、まず、自己紹介か! 私は
「ここにいるんだから奏者じゃないのかしら?」
「場所から見て可能性は高いね」
「んー」
クロムが面倒に唸っている。
そのまま口を開いたかと思うと、「んーんーんー」と唸るだけだった。
「ふざけてないで答えて」
その間にも
しかし、ノイズは次か次へと現れるため、徐々に押されているようだ。
「いやー、口を開くのが面倒で……あと、そろそろ近づいてきてるしな」
「何が……? いや、それよりも一つ、これだけは答えて――あなたはフェアリーテイルを知っているの?」
「フェアリーテイルか。御伽噺という意味だな。童話や民話などの総称、グリム童話やアンデルセン童話などが有名だ、そう――人魚姫とかな」
これで満足か?とクロムが肩をすくめ、流し目を
これ以上話のは無駄だといわんばかりに、顔をしかめる。
周りのノイズとは別の張りつめた空気を出す
「まぁ、そこのおにーさんは隠れていた方がいいと思うぜ」
「なにが――」
轟音、残っていた廊下をつきやぶって新たな赤い影が部屋に乱入する。
クロムの見立てでは居住区のほうから壁をやぶってなにものかがここまでつきってきたようだ。
それはモルドレッドであった。
クロムとは一応の顔見知り程度の仲である。
「なんかまた増えたぞ」
「……だれだか、わからんねー奴もいるが、どけ殺すぞ」
殺気だった声をモルドレッドが放つ。
新たな乱入者に
「いかん状況についていけないぞ!」
「こっちもついていけないわ」
「あっはっはっ、どうしたんだ、モーさん」
「なんだ、クロム。お前も邪魔するのか?」
「いいや。そもそも事態についていけてないんだがな」
「ならどけ」
首をひねりながら道をゆずるクロム。
「ここでもたもたしてる暇はないんだ。急がないと――」
砂利の音。
反射的にモルドレッドがその場を飛びのく。
さきほどまで彼女が居た位置に剣が一つ突き刺さる。
「――――どこまで逃げるのかしら? モルドレッド」
亜麻色の髪をかきわけ、シンフォギアをまとった女性が現れる。
ティターニア。クロムやモルドレッドたちの教官をつとめる、ドクターの腹心の部下だった。
「チィッ」
とモルドレッドが瓦礫を蹴り、ティターニアへとツブテを飛ばす。
それを事も何気に彼女は斬り伏せた。
剣先を背後に、片手を前につきだし、力を貯めるようにモルドレッドは構え、目線だけで周囲を確認した。
「まったく、ノイズシュミレーターを暴走させるなんて……悪い子ね」
ティターニアが剣を振るう。その剣先がきらめくたびに、周囲のノイズや瓦礫、壁すらもいともたやすく切られ、残骸へとかわっていく。
「お早いご到着じゃねーか、お師匠様」
「……ふふ、悪い子には早く、めっ、しないといけないですからね」
ティターニアが微笑み、
「あら? クロムに……他は誰かしら?」
「知らんが、島の外の住人っぽいぞ」
「特殊二課、
「医者の
「…………バンビーナ? 誰かしら?」
首をひねるティターニア。
その様子に、部屋に面々は無関係そうだ、とモルドレッドは察する。
視線が二課に向いている間に、徐々に後ろ足を引き、距離を取ろうとしたが、
モルドレッドの真横の壁に剣が投擲された。
「平時なら丁重におかえり願うところですけど、今は状況が状況ですので、大人しく投降していただけますか?」
「投降したら三食、ティターニアの手料理だ、死人が出るぞ」
「でーまーせーん」
「……あなたがたが何者かによるのですがね」
わずかに
この超常の戦いにおいて
現に目前の女性は会話をしながらも片手間でノイズを処理していっている。
しかし、それでも大人の責任として、このような事態に少女に守られているような気は
さりなげく、進み出て、
「邪魔な位置ですね。まぁいいです」
「気をつけろよー、こいつの料理は料理と言うのなの聖遺物だからなー。きっとあいつの腕はヒュドラの毒を錬成する聖遺物になってると思うぜ」
「なってません!」
茶化すクロムに、顔をしかめてティターニアが反論する。
「まぁ、いまはそこのモルドレッドの躾に手をださなければ結構!
クロム、あなたも好きにしなさい」
「はっ! やってみろよ! 大きなお世話だっ!」
あっはっはっ、とクロムが笑っている。
いかにも怪しい相手を信用できるか、と顔に出している
「待て待て待って、現地民と争う気はない! すべてが終わったら即刻退去も受け容れましょう。だが、いまは非常事態だ! ここは手をとりあって事態の解決にあたるべきではないだろうか」
「事態の解決ですか?」
ティターニアが首をひねった。
「そんなの、ノイズを殴りながら貴方たちを捕縛すればいいだけでしょう?」
「しかし、そちらも手が足りないのではないか? みたところ、あなたは強いようだが、全員がそうではないはずだ」
「私の子供たちがノイズなんかに後れを取るはずがありません。それよりも私の心配ごとは部外者のあなたがたとモルドレッドを取り逃がすことだけです」
「まぁ、ティターニアは料理の腕に反比例するかのごとく強いからなぁ」
クロムが笑う。
なおも言葉をつづけようとする
「あー、これあれだわ。話すだけ無駄な人種」
「ここは私が食い止めるから逃げなよ、
「だが、しかし、だね」
「あんたは生身なんだから流れだもの一つでも被弾したら致命的なんだ。
相沢といっしょで生きてたらまた、どっかで合流できるかもしれないだろ。
集中したから邪魔」
「……すまない」
言外に『守りながら戦える余裕がない』といわれ、
その背に隠れるような真似はしたくなかったが、この場においては足を引っ張るようなことをする方が問題だった。
「まぁ、オレもお兄さんは逃げたほうがいいと思うぞ。ティターニアはなんか苛立ってるし。……ああ、そうだ、ティターニア~」
気の抜けたようなクロムの声。
「……なんですか?」
「ドクターに大分待ちぼうけくらってるんだけど、何か知らない?」
「ッ」
クロムの言葉に、モルドレッドの脳裏にはあの光景がよみがえる。
はじまりとなった、友人が食われたあの光景。
「ノイズの対処にいそがしいのよ」
「ふーん、ほかのところはノイズどうなってるの?」
クロムとしては部屋に置いてきた自らの財宝のことが気がかりであった。
「シルフィやほかの子供たちが対処してるわよ」
「……んー、まぁ、大丈夫か?」
クロムが首をひねる。
モルドレッドは姿勢を低くした。
「さぁ、そろそろいいかしら、踊りましょう――モルドレッド?」
「上等だっ!!」
そして、ティターニアがすべるように踏み出した。
†
ノイズをかき分けながらぶつかったのは近接型の二人である。
ティターニアとモルドレッドの剣閃がぶつかる。
衝撃波を伴う音が部屋に響き、クロムが顔をしかめた。
その間にも二人の間では、幾筋もの火花が散っている。
しかし、一方的に攻撃が通っているのはティターニアのほうだ。
モルドレッドの鎧に幾筋もの剣痕がつけられていく。
「チッ」
舌打ちを一つ。しながら力任せに大きく踏み込む。
「甘いわよ」
それを柔らかく受け止め、モルドレッドの突進を防ぐティターニア。
彼女の足元の瓦礫が砕けてちったが、ティターニアの顔は涼しいままだ。
「その程度ですか?」
「ほざけっ!!」
強く地を踏み抜く。圧倒的なまでの直進力。しかし、それを涼しい表情で受け流され、モルドレッドとティターニアの位置がくるりと入れ替わる。
「まだまだ甘いですね。その程度では私に届きませんよ」
「いいや、そうでもないぜ」
と、モルドレッドが大きく飛んだ。
後方に。
「えっ、ちょっ……!?」
ティターニアが驚くの無理はない。
その方向はノイズの群れの密度が特に濃ゆいところなのだ。
回避行動にしても自殺行為に近い。
「オレはさぼりの達人だ!」
しかし、モルドレッドは自らの頑丈さにまかせて強引にノイズをかき分け、壁を破壊すると、この場から待避していく。
ティターニアが大きくため息を一つ。
「まぁ……彼女も島からは脱出できないでしょう」
と、なると、と振り向いた。
見ると、
「あちらですね。まずは部外所の対処をいたしましょう」
にっこりと笑う。
†
「よーし、いいぞ、モーさん! ティターニアにほえ面かかせろ!」
クロムが野次を飛ばしている。
「あほくさ」
薬莢が転がり落ちていく。
その薬莢を踏み分け、女性がひとり。
「さて、お待たせしましたね」
「……別に。待ってないわ」
「ティターニアー、オレも守ってくれー」
「自力で頑張りなさい。あなたならできるでしょう」
「報酬もないからやる気でないんだよう」
「そうですか。……ところでクロム」
笑みを一つ。
世の男性がときめきそうな笑みであったが、この場において猛獣がうなるような威圧感がある。
「料理の件、忘れてませんからね??」
「……ドクターがそう言ってた」
「私の眼を見て言いなさい。それにありえないわ、ドクターなら感激して無言になるぐらいよ」
「それは倒れてるだけだから!!」
やれやれ分かってませんね、と首を振るティターニア。
「ああ、もう、面倒くさい」
無数のノイズ、ティターニア、
防御に回れば押されると、
「一気に片付ける!!」
太ももからアームがスライドし、機関銃が。
背後から羽に似た部位が展開し、
腕の武装が対多数の機関銃から、対個人用のアサルトライフルへと変更された。
それらが一斉に射出される。
まるで要塞のごとき火力の塊。
これらすべてはノイズに向けられたものではない。
ただ、すべてティターニアに向けられていた。
「……ッッ」
「……存外」
ティターニアが関心したようにつぶやく。
その手には一本、剣が増えていた。
「やりますね」
足元には多数の弾薬が転がっていた。
それらは鋭い断面をさらしていた。
切り払ったのだ。
しかし、完全に防げてたわけではなく、多少の傷がティターニアのシンフォギアについていた。
その余波だけでノイズのほとんどを殲滅できた火力であったが、ティターニアには通用しなかった。
息のあがった
シンフォギアの力の源は奏者の精神力だ。
無論、大技を使えばその分の消耗は免れない。
「くっ」
加えて、鋭い頭痛に
ダイレクトフィードバックシステム。
戦闘技術を脳に転写し、装着車の練度を瞬時にはね上げるシステム。
その過負荷が
「おーい、ティターニアー」
歯をかみしめる
「そこのノイズ、片付けてくれない?
こいつ捕まえておくからさ」
クロムが
「あんたなら返す刀で間に合うだろ」
「仕方ないですね」
「はっはっはっ! おねがい、離して、死にたくないの!」
「やだ」
「
「ほらほら、前見ろ……来るぜ?」
ティターニアが踏み込む。
一息でノイズの目前まで距離を詰める。
ノイズが腕を振り下ろすが、ティターニアの方がはるかに速い。
次の瞬間、ノイズが細切れに切り捨てられる。
ノイズ越しに
無理をしているのか彼女の鼻から血がこぼれおちる。
ダイレクトフィールドバックシステムの恩恵か、ティターニアの動きに遅れず、精確に銃弾を撃ち込んでゆく。
「素直ですね。及第点といったところでしょうか」
ティターニアが踊るように、滑るように地を駆けてゆく。
身体をきってティターニアが方向を転換する。その際、片手の剣が投擲された。
それは
しかし、彼女もただものではない、
だが、その一息こそがティターニアに必要なものだった。
懐へ入り込った彼女が下から斬り上げる。
「ッ」
反応できたのは
アサルトライフルを交差させ、剣を受け止めた。
自ら反対方向へ飛び、威力を減らす。
その背後から羽のようなパーツを展開すると、至近距離から
「まだね」
発射された
そのまま、踏み込み、
†
倒れた
「大丈夫、大丈夫。加減したっぽい」
うんうん、とクロムがうなずく。
オレとしてはこのまま捕まることをおすすめするぜ。
まぁ、三食ティターニアの飯だから、刑務所の飯がうらやましくなるかもしれないけど」
「知ってるかい? 女性の食事は「うまい」か「すごくうまい」の二択なんだよ?」
「じゃあ、三択目ができるわけだな」
「……
「それはあとでここより設備のある所でするわ」
「ならば、大人しく投降するよ。仲間には代えられない」
手を差し出す
んー、とクロムは少し考え。
面倒なので、その鳩尾を殴り、悶絶してるところを首を絞めて、
「これでいいティターニア?」
「ええ、一応、気絶させておかないといろいろとみられるかもしれないから」
ティターニアはうなずき、二課の面々は連れていかれることとなった。