妖精郷に響け――リプレイ   作:イーストプリースト

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第2話

 

 周囲を確認し、モルドレッドは木陰に隠れた。

 ノイズの対処に手いっぱいなのか、どたばたと動いてるもののモルドレッドを探してる様子はない。

 安全を確認して大きく息を一つ。

鬼教官(ティターニア)も撒けたみたいだな」

 どくさくにまぎれて奪ったLinkerを片手でぽんぽんと放りつつ、足音が迫ってこないことを確認する。

 訓練と同じ調子でモルドレッドを追いかけてきたティターニア。

 『島を出る』という目的を果たす上でもっとも障害となるのがティターニアである。

 あなたは家族だから一切は手を抜かないわ、と笑顔でモルドレッドを追い詰めた時となんらかわぬ実力で、モルドレッドの攻撃をいともたやすく捌いていた。

「……家族か」

 “家族”というのなら、なぜ。

 モルドレッドが歯軋りを一つ。衝動的に壁を殴りたくなるのをこらえる。

 八つ当たりしたくなるも、いま見つかるのはまずい。

 葉が揺れる音がする。

 見ると、金色の髪を垂らした少女、シルフィが何かを探すように周囲を見回しながら近づいてきている。

 モルドレッドは少し考え、ちょうどいい、と立ち上がった。

 

 

 クロムが歩くたびに金色のツインテールの先がふわふわと横に揺れる。

「ふむ」

 聞こえてくる音がだんだんと減っていっている。

 暴走したノイズを討伐するのは遠からず終わりそうであった。

 ならば、もう自分の手を貸す理由もないだろう、とクロムは思った。

 シルフィあたりには怒られそうだが、面倒という気持ちが先に立った。

 それよりも気になるのはあの侵入者は『フェアリーテイル』について探していることが気になった。

 フェアリーテイルとは、孤児を引き取りLinkerや聖遺物を与え、シンフォギア奏者を作り上げて戦力として用いてる、いわゆるテロ組織である。

 この島はそのフェアリーテイルの拠点である。しかし、全員がフェアリーテイルに所属しているわけではなく、クロムのように属している人物もいれば、モルドレッドのように存在を知らない人物も珍しくはない。ドクターから口止めされているためがあるため誤魔化していたが、あれはどこかの尖兵だろうか?とクロムは内心、首をかしげていた。

 しばし、考えたところでクロムは面倒になって考えるのを放り投げる。

 クロムは兵隊である。考えるのはドクターたち上の仕事であり、正直、考えるのは面倒だった。

 フェアリーテイルに属しているシンフォギア奏者の数は少なく、島にいる大半はその存在さえ知らない。属しているもの、と、属していないものの大きな違いは『島の外』を知っているかどうか、である。

 モルドレッドと違い、クロム=クルワッハは外のことを知っている。

 そのうえで、クロムはこのアヴァロン島のことを気に入っていた。

 クロム=クルワッハは邪竜である。

 なぜなら、彼女には生まれつき2つ心臓があり、その片方は『竜の心臓』という完全聖遺物である。

 その心臓がうずくのである『もっと財を、価値を手に入れろ』と。

 これはクロムが生まれてからずっと付き合い続けている衝動である。

 だから、クロムはこの島が気に入っていた。

 戦力を提供すれば、財宝がもらえ、寝床が手に入り、ちゃんとした衣食もついてくる。

 そとのごたごたとした社会は肌にあわず、この島の特異な価値観の方が自身にはあうだろうと自覚しているのである。

 きっと外に出たら。

 自分は欲しいものを手に入れるために手段を択ばないだろう。そんな強欲さがあることを自覚していた。

 といっても、それに対して悲観しているわけではなく、むしろ、クロムは『欲』そのものには肯定的である。

 なぜなら『欲望』こそがありあらゆるものを作る原動力であり、(きん)も宝石もそれらがあるからこそ輝くものだからである。

 だから、強ければ手に入り、弱ければ失う、という原理をクロムは好んでいた。

「さーて、帰って……内職の続きでもするか」

 寝床にほうってある財宝以外にも、(かね)を入手するためにクロムは普段は内職をしてちまちまと貨幣を集めている。

 情報が漏れるとこまるので、換金も貨幣自体もドクター・オーヴェロンに預けているが、外にでたついでに内職で得た貨幣で財宝を集めたり、逆に財宝を貨幣に変えたり、銀行というやつに預けたりしていた。

「……ん?」

 クロムが部屋に戻ると、机の上に手紙が置かれていた。

 繕い物をするためのハサミで封筒を開けてみると、ドクター・オーヴェロンの文字で

『地下室まで来てくれ』と書かれていた。

「んー」

 しかし、ドクターの部屋からの直通ルートは部屋ごと潰れている。

 なら、いくつかある地下への道から選定して進むか、と自室を後にした。

 

 

 シルフィと言う少女は優しい少女であり、ある意味、変わり者である。

 友人のクロム曰く、「誰にでも優しくて親切にする」と評価を下しており、あの唯我独尊のクロムも友人と認めている相手である。

 軽く鼻歌を歌い、腰の聖遺物『アロンダイト』の鞘を揺らしながら何かを捜索している。

 モルドレッドは猫のように木を揺らさに、器用に木を登ると、通り過ぎたシルフィの頭上から奇襲をかける。

「♪~………ってモルドレッぐえぇ!?」

 頭上からの不意打ちをかけられなすすべなくシルフィが押し倒される。

 二人は絡み合うように地に倒れ伏した。

「…………チッ」 

「あだだっ……、一体なによ……?」

 顔をしかめていたシルフィがモルドレッドを認めると、嬉しそうに笑みを浮かべ、

「モルドレッド! 無事でよかった! ノイズ騒ぎとか侵入者がどうのこうのって話だったけど、怪我とかしてなさそうだし」

「黙れ」

 他の面々に近寄ってこられてもまずい、とモルドレッドがシルフィの口をふさぐ。

「お前こそなんでこんな場所にいんだよ。というか、なんでお前が俺の心配をすんだよ」

「一応、島内に逃げ遅れた子がいないかのか確認をしていたんだけど……それにモルドレッドのことを心配するのは当然じゃない。島の皆は家族でしょ?」

 家族、と言う言葉に、モルドレッドはシルフィを押さえつけている腕の力を強めた。

「あだだだだ!?」

「腹立つ」

「ギブギブ、痛い、腕痛いって!?」

「オメェ達が家族だァ?」

 怒りがにじむ、

「本当に頭お花畑の優等生は言うことが違うなァ」

「ど、どうしたのよ、モルドレッド」

「チッ」

 シルフィは困惑している。ここまで怒りをぶつけられる覚えはないからだ。

「おい」

「はい」

「お前なんか家族じゃねーよ」

「…………」

「バーカ……、このバーカバーカ」

「……ふふ」

「何でもできて誰からも好かれるいい子ちゃんなんかお呼びじゃねーし、家族なんていらねぇんだよ」

「そっか」

「友達も“あいつ”だけでいい」

「そうなんだ」

「そうだ」

 微笑むシルフィ。モルドレッドは余計に腹が立った。

「……ところで解放してくれたりは?」

「ダメだ」

「ですよね!」

「お前、俺のこと手伝え」

「何かしたの? この付近にあるのは地下施設ぐらいだけど」

「Iinkerをかっぱらった」

「何してるの!?」

「いるんだよ」

 Linkerを指さすモルドレッド。

 シルフィがたちあがった、その背後を取りに棒をつきつけるモルドレッド

「こいつが大量にな」

「……大量にって、ドクターの部屋にはいってみたの?」

「上のドクターの部屋はつぶれてた」

「じゃあ、地下通路を使って下のドクターの部屋にいったほうがはやいとおもうよ」

「そのつもりだ」

 少し歩く二人。

 外側から見ると一見わからないが、森や山の斜面に地下通路への入り口が隠されており、それは二人も知っていた。

「なぁ、優等生。お前、海の向こう側ってどうなってると思う?」

 モルドレッドがぽつり、と。

「……海の向こう? 向こうかぁ、考えたことなかったなぁ」

 モルドレッドもシルフィもアヴァロン島に来て以来、その外に出たことはない。

 もしかすると拾われる前にはいたのかもしれないが、その記憶は二人にはなかった。

「俺は毎回“あいつ”にその話を振られたよ」

 思い出すのは海岸を歩きながら、海の向こうについて語り合った日々。

「……俺はまったくわからなかったから適当に首振って聞いてたがな」

 胸に宿るのは後悔。『あいつ』は海の向こうについて知りたがっていた。

 それを適当に聞き流しながら、笑い合う。そんな日々がつづくと呑気に思っていた自分(モルドレッド)に腹が立つ。

「だから、俺はこれから確かめるために島の外に行くんだ」

「…………」

 偽装された地下の入り口が見える。

 見えづらいがボタンが隠されており、パスワードを入力して開く仕掛けとなっている。

 しかし、二人はそれを知らなかった。

 だから、モルドレッドはおもいきり、扉を蹴り破る。

「オラッ!!」

「ちょっと!?」

 当然、侵入者に対する罠が発動する。

 扉を盾のかわりにして、罠をかわしつつ、モルドレッドたちは地下へと侵入していった。

 

 

 鉄格子がはまっている牢屋。

 しかし、通常の牢屋よりは上等といえる。

 簡易的なベッドに毛布や医療器具などをおかれており、地下に配置されているためか空気も調節されており、外にいるより快適かもしれない。

 そこに二人の男女が同室で放り込まれていた。

 二課のシンフォギア奏者――黒江(くろえ) 幽紀(ゆうき)、同じく二課の医療班――古是(こぜ) 晴斗(はると)である。

 二人は島の外から『フェアリーテイル』を探すためにやってきており、事故によりこの島に降り立ったのだが、捕虜となり、収監されたのである。

 しかし、この島にはシンフォギア奏者が多いためか、二人は特に荷物なども没収されておらず、黒江(くろえ)のシンフォギアのペンダントがとられただけである。

「いたた、バンビーナちゃんたちからの歓迎はうれしいが、手荒いね」

「歓迎されてると思う? 私、体中が痛いんだけど」

「言葉の綾さね。さて、少し見せて見なさい」

 黒江(くろえ)の傷を見ながら、持ち込んだ救急箱から消毒薬やガーゼ、包帯を取り出す。

「指が複数本に見える、とかはないね?」

「ないわ。……ッ」

 指を一本立てて、視線を追わせる古是(こぜ)

 そのほか、軽い検査を行い、問題ないと判断した古是(こぜ)は「しみるよ」と言い、消毒を行い、ガーゼを張ったり、包帯を巻いていく。

「うん、これで処置は終わりだね! どこか違和感はあるかい?」

「……あんたが医者ってこと、完璧に忘れてたわ」

「ひっどいなぁ! ユーキ君は!!」

 と、古是(こぜ)

「黒江君」

「……なによ、急に真顔になって」

「僕たちの任務はテロリストの壊滅だが……、それよりも何より、生きて帰ることを優先してくれ」

 古是(こぜ)は体格が良く、筋骨隆々である。

 そのうえ、黒江(くろえ)は彼の腹部ぐらいの背丈しかない。

 それ以上に、『通る』力強い声を持っているためか、耳によく古是(こぜ)の声は響いた。

「必ず生きて帰るんだ。いいね?」

「何よ。急に気持ち悪いなぁ」

「はっはっはっ、優先順位を間違えないように、ってね!

そのためだったらなんでもやるさ、僕も、相沢だって」

「そういえば、相沢は?」

「すまないがはぐれたあとはあってないね。

なに彼も優駿なエージェントだから、きっと大丈夫さ」

「ふーん……。ま、いいよ約束してあげる。ちゃんと帰るって」

 そう言った後に、黒江(くろえ)が意地悪な表情を浮かべた。

「……って、あんたが逃げ遅れたからこっちも逃げれなかったもんだけどね?」

「はははははは! これは一本取られたな! まあ、相手の懐に入りこめたと思おうじゃないか」

「まぁ、それは不幸中の幸いってか……。けど、どうするのよ、これ」

 黒江(くろえ)が軽く腕輪をみたあと、ジト目で鉄格子を見る。

「見張りはいないけど、私の聖遺物は没収されてるし」

「ふむ」

 古是(こぜ)が鍵に近づき、観察し、手でなにか感触を確かめている。

「これは見たことがあるタイプだな」

 医療用の針を取り出すと、一つを折り曲げ、一つを真っすぐと差し込み、なにやら鍵を弄っていく。

 数分後、

「どうだね?」

「……あんた実は医者じゃなくて怪盗なんじゃないの?」

「ひどいなー! ちょっと、昔とった杵柄さ。これでも若い頃は様々な仕事を渡り歩いてみたんだよ」

「怪盗も?」

「私は科学者で医者だけど、怪盗ではないさ。いや、バンビーナの心を盗むことはするがね」

「ないわー」

「他にも縄抜けとかもできるよ。二課にいるNinjaに手ほどきをしてもらったんだ」

「は? 病院行く?」

「そういう反応になるよねー」

「……まぁいいや、盗られた荷物を探しましょ」

 救急箱をはじめとした必要な荷物を持ち、二人が立ち上がる。

 足早に牢屋から抜け出し、地下通路へと立ち去って行った。

 

 

 地下通路を歩いているとき、ふと、シルフィの声が聞こえた。

 クロムがシルフィの声を聞き違えるはずはなく、首をかしげてそちらへと進路を変更する。

 

 

 聞き覚えのある声が聞こえた。

 モルドレッドが立ち止まり、聞き耳を立てる。

 近づいてくる足音が二つ。

 聞き覚えのある声である、ここらの地理に慣れていないようで、周囲を探索しながら歩いているようだ。

「……あいつらか」

「だれなの?」

「お前には関係ない、優等生」

「私の扱いひどくない?」

「うるせぇ」

 手をあげたまま、シルフィをせっついて進んでいくモルドレッド。

 進行方向を変えて、あの時いた二人と合流する道を選んだ。

 あの二人は明らかにティターニアたちと敵対しており、味方がいないモルドレッドにとっては使えるかもしれなかったからだ。

「いよう」

「いよう」

 その二人と出会う矢先に、クロムと出逢った。

 口の軽いこいつが他の奴を呼んでも困る、とモルドレッドは鉄製ドアによる殴打を刊行したが、蹴り返されてしまった。

「寝てろ。口の軽いお前に喋られると困るんだよ」

「シルフィを返してもらったらな。それに他の用事もあるんだよ」

「黙れ」

「つれないな、モーさん。まぁ、オレだって必要がないなら内職でもしてるさ」

「黙れっていってるだろう」

「やれやれ。まぁ、なにやってるんだ? こんなところで」

「チッ」

 舌打ちし、シルフィを挟んで対峙するモルドレッドとクロム。

 シルフィが目線で困っていることをクロムへと伝えた。

 互いに向き合っていると新たな面々が姿を現す。

 獅子のごとき壮健な男、古是(こぜ) 晴斗(はると)

 傍らにいるのは、ツーテールのジト目気味の少女、黒江(くろえ) 幽紀(ゆうき)である。

「……っ」

 黒江(くろえ)の聖遺物、『天之麻迦古弓』はいまは手元にはない。

 恐らくはシンフォギア奏者が三人いるのに対して、古是(こぜ)黒江(くろえ)も対抗する手段を持っていなかった。

 一瞬、自らの腕輪を見る黒江(くろえ)

 古是(こぜ)は対峙しているクロムとモルドレッドを見て、どうにか片方だけでも味方に引き入れることができないか、考えた。

 片方はあのときあった少女(クロム)であり味方になるのは期待できない。もう片方の少女(モルドレッド)に見覚えはないが、声を聞く限り、鎧姿の奏者のようだ。

「また大集合だなぁ。モーさん、侵入者の古是(こぜ)黒江(くろえ)だったかな?」

「侵入者? 外からやって来たの、クロム」

「そうそう」

「……外様か」

 モルドレッドが黙り込む。

 現在、モルドレッドはノイズシュミレーターを暴走させ、『島の真実を探る』ことと『島からの脱出』を目的に動いているのだが、味方はいない状況であった。

 むしろ、島内の面々は敵とすら言える。

 だが、この侵入者二人は同じく外から侵入して、味方がいない状況だ。

 これは、

(使える)

 とモルドレッドは判断した。

「あー……そこにいる奴の師匠とやらにボコられた人たちだよ」

「ティターニアは飯のまずさに反比例するかのように強いからな」

「え、師匠の飯なら食えるぞ?」

「はっ」

「えっ」

「ええっ……」

 クロムが青ざめた顔でモルドレッドを見つめる。

 新種の未確認生物を見つけたような、初対面で好きな円周率の桁を聞かれたような信じられないようなものを見たような顔だった。

 長い付き合いのシルフィですら初めて見る表情だ。

 こほん、と黒江(くろえ)が咳をひとつ。

「ヘリに乗って移動してたら、唐突に湧いたノイズに撃墜されて個々に流れ着いたんだが、ここは何の施設なの? 説明よろ」

「養豚場だよ」

 モルドレッドが低い声で。

「使える奴は育てて、つかえねぇ奴は食わせる。胸糞悪い場所だよ」

「弱肉強食だからしょうがないな」

「はぁ、なにそれ?」

 クロムが肩を竦めながら、モルドレッドへ近づく。

 黒江(くろえ)は首を傾げた。

「蟲毒というやつか……。たしかにロクな場所ではなさそうだ」

 古是(こぜ)が険しい顔をしている。

「なんでそんなところがいままで放置されてたの? 国は何してんだか」

「あんまり言わないでくれよ、オレはここを気に入ってるんだよ」

 モルドレッドは丁寧に説明する気はないようで、

「おい、ペラペラしゃべるな。優等生や頭はお花畑どもは聞く必要ねェンだよ」

「はぁ?」

「要点は『俺はここを出たい』そして『お前らに邪魔されたくない』だ」

「なに? 喧嘩売ってんの?」

 今にも噛みつきそうな黒江(くろえ)古是(こぜ)が手をかざして抑える。

 モルドレッドも黒江(くろえ)に呼応して一歩踏み出す。

「……ならば、『協力できる』な?」

「そういうことだ」

 黒江(くろえ)とモルドレッドの古是(こぜ)が間に割り仲介する。

 そして、古是(こぜ)の言葉に、モルドレッドは尊大にうなずいた。

「もーらいっと」

 モルドレッドの注意が黒江(くろえ)にそれた隙を狙い、クロムがシルフィを引き、ダンスのようにくるりと場所をいれかえ、そのまま、モルドレッドが引き離す。

 人質がいなくなって舌打ちするモルドレッド。

 しかし、一応の協力体制はできた、と追撃するのは控えた。

 いまはシルフィより、侵入者二人のほうが大事だ。

「ありがとなー」

 と、けらけら、けらけら、クロムが無邪気に笑う。

 そんなクロムをモルドレッド、黒江(くろえ)古是(こぜ)は気味悪そうに見ていた。

 古是(こぜ)が咳を一つ、

「お互いに追われる身だ。そして、出た後のことを考えると、バックアップをはあったほうが嬉しい。……違うかな?」

「……のぼせ上がんなよ、外様が。お前らが俺に――……ッッッ」

 モルドレッドが不機嫌を隠さずに言葉を発した後、唐突にえづき、口元を抑えた。

 激しい咳を幾度も、口元から血が溢れ、床へと零れた。匂いたつ鉄の匂い

 クロム以外の全員の目がモルドレッドへと集まる。クロムは軽く周囲を見回し、シルフィを背中に隠す。

「アンタ、いったい、どうしたんだよ」

「――ッッ。うるせぇよ、騒ぐな」

 血のついた口を拭うモルドレッド。古是(こぜ)が救急箱を急いで開く。

 それをモルドレッドが手で制した。

「薬漬けの影響だよ。Linkerが切れたからこうなったんだ。

 ……これがここの正体だよ」

 壁に手を当て、膝をつきそうになる体を支えるモルドレッド。

「つかえねぇ奴には選択肢が二つしかない。

 人食いに食われるか、使えるようになるまで薬漬けの化け物になるか……」

 歯を食いしばり、顔をあげた。

 その眼はシルフィを捕らえていた。

「お前はいいよなァ、優等生……ッ。優等生だから大事に扱われる扱われてるんだもんな!」

 シルフィがショックを受けたように口を抑える。言葉が出ないようだ。

 そのモルドレッドの視線を、一歩進み、クロムが遮った。

「いや、お前が弱いのが悪いだけだからな、シルフィに当たるな、みっともないぞ?

 それに生きてるだけマシだろ? 他になにか必要なのか?」

「……お前だも大っ嫌いだよ、クズ野郎」

「オレは大好きだぞ、モーさん。お前の欲望は心地よい。ただまぁ、財貨につながるものだったらもっとよかったな」

 こいつに言っても無駄だ、とモルドレッドが視線をそらし、立ち上がる。

「……診察をさせてくれ」

「触るな、無駄だ」

「なぜ、そんなに頑なに手を振り払うのかね? このままでは死んでしまうぞ」

「それでもいい。オレは外で生きたいんじゃない、外を見たいんだよ。アイツが言ってた外を確かめに行きたいんだ!!」

 古是(こぜ)の胸倉をモルドレッドがつかみあげ、声を張り上げる。

 しかし、その反動でモルドレッドは大きく咳き込んだ。

「……いまさら、アイツ以外のやつと仲良く手をつなげるかよぉ……」

 床に血が落ちる。下をむいているためモルドレッドの表情は確認できない。

「……わかった」

 古是(こぜ)が力強くうなずいた。

「君がいまは誰かと手をつなげないというのなら仕方がない。

 しかし、このままでは君は死んでしまうだろう。

 だから、今は私たちに君を支えさせてくれ」

 モルドレッドが顔をあげた。

「それに、島の外に行くというが、海を越えるにも国を超えるにも身一つでどうにかなるものではない。君の事情はわからないが、君自身が自分で動けるようになるように支えさせてくれ」

「……はじめからそう言え」

 モルドレッドが古是(こぜ)の胸倉を離す。

「あんたの態度が気に入ら名から断るつもりだったけど」

 黒江(くろえ)が眼をそらして、

「気が変わった。ここを出るまでは協力してやる。……いつまでその態度が続くか見ててやるよ」

「死ぬまで変えるか」

 モルドレッドと黒江(くろえ)が再び額を突き合わせて騒ぎ始めた。

 

「ねぇ、クロム。どういうことかわかる?」

 モルドレッドを心配そうに見ていたシルフィがたずねる。

「んー……。島になじめる奴だけじゃないだけさ。オレは島に残りたい組、モーさんは出たい組だな」

 と、クロムは肩をすくめた。

「で、シルフィはどうしたいんだ」

 逆にたずねられ、戸惑うシルフィ。

「えーっと、モルドレッドの言ってることはよくわからないけど、島は居心地がいいかな。

だから、悪いことをしてるなら止めたい……かな」

「ふむ……難しいな。まぁ、ドクターに会ってから考えてみたらいいさ」

 クロムがそう答え、騒いでいる一団に視線をやった。

「よーし、話しはまとまったかお前ら」

 クロムを六対の視線が捕らえた。

「これからドクターの所へ行くから、一緒に行くか?」

 

 

 不思議な表情で一同がクロムを見ている。

「いやさ、実はオレはドクターに呼ばれて向かう途中だったんだ。

 一緒に来るか?」

 クロムは自らを兵士と自認している。そして、いま、侵入者を捕まえろという命令は受けていない。ならば、ドクターに判断を丸投げすることにした。

 自分で考えるよりもそのほうがいいだろう、とクロム。

 それに行き先はドクターの工房だ。なにかあってもドクターなら対処できるだろう、と算段もあった。

「……まぁ、君が問題ないならいいのだが」

 ある意味、全員にとっては渡りに船の提案であった。

 この島の中心人物とあわせてくれるというのだ、乗らない手はなかったが、

「しかし、いいのかね? 私たちがドクターに危害を加えるとは思わないのか」

「考えるの面倒だしなぁ。そこらへんはまぁ、ドクターに任せし、ドクターならどうにかするじゃない、たぶん?」

 じゃ、オレはいくぞ、とクロムが歩きだしたので、皆は顔をみあわせて、歩き出した。

 

「迷った」

「オイ」

「いやーすまんすまん。地下って特徴ないからたまに迷うんだよ」

「お前を信じた俺が馬鹿だった」

「なにこれ、なんなの?」

 呵々大笑してるクロムの胸倉をつかみ上げているモルドレッド。それを呆れながれ見てる黒江(くろえ)。シルフィは二人をなんとかなだめようと苦心していた。

 古是(こぜ)はクロムから借りた地図をじっくりと見ていた。

「……こっちだ」

「お、どうしてわかるんだ」

「地図とここまで歩いてきた勘。あとはまぁ、経験則かな」

「認めたくないけど、こいつは感覚お化けだからこういう時は従ったほうがいいと思うわよ」

 黒江(くろえ)がお墨付きをつける。

 クロムが感心していた。

 古是(こぜ)の後ろをついて、全員が進み始めた。

 

 

 古是(こぜ)を中心に、他の皆が補佐しながら一行は地下通路を進む、

「お、外国産チビ」

「あ? 喧嘩売ってんの?」

「あ? チビだろうが」

「テメェと背はかわんねーだろーが。チビって言われる筋合いはねーっての」

「俺は薬漬けでこうなってるだけだっつーの。それと同じってことは将来性皆無ってことだろうが」

 黒江(くろえ)とモルドレッドが額を突き合わせて喧嘩している。それをクロムがけらけらと笑いながら見ていた。

「ここは……?」

「資料室だな。いろんな資料が置いてある。ここ通っていった先がドクターの工房だな」

「ふむ……」

 古是(こぜ)が少し考えこむ。モルドレッドは味方に付いた、といっていい。

 しかし、クロムとシルフィと名乗る少女たちは互いに歩み寄っていないのである。このままクロムの言うままについていっていいものか……。

 そのような葛藤を考えていると、モルドレッドが進み出た。

「おい、早く行こ――なっ!?」

 途端、モルドレッドの足元に穴が開き、落ちて行った。

「ありゃ?」

 モルドレッドが落ちて行った床をコツコツと軽く叩いたあとに、思いっきり殴るが一切響かない。

「だーめだ、こりゃ。反応がないや」

 クロムが首をひねっている。

「恐らくはトラップだ。資料室に入ろうとしたものを捕まえる仕組みだだろう。

……なぜ、閉じたかはわからないが」

「うーん?」

「うーん?」

「まぁいいや、行こうか」

 首をひねっていたシルフィとクロムであったが、気にせずに、資料室へと入っていった。

 

 

 資料室に入ると、そこは乱雑に紙がばら撒かれている部屋であった。

「あれ?」

「え?」

「どうしたのかね」

 クロムとシルフィがその様子を見てきょとん、とする。

 普段は整理整頓されており、資料となる本やファイルにいれられた書類が無機質に置かれている部屋なのだが、いまは見る影もなく乱されていた。

「誰か入ったのかな?」

「それはオレにもわからんな」

「うーん……」

 不思議そうな二人を尻目に、内部を知る良い機会であると、黒江(くろえ)古是(こぜ)は資料に目を通す。

 ガンッ、と鈍い音が広がった。

 黒江(くろえ)に視線が集まる。

「どうしたのかね?」

「……ふざけてる」

 黒江(くろえ)の見ていた資料を全員が見た。

 それはこの島の資料だった。

 『アヴァロン島計画』、ところどころ読めない所があるが、書いてある内容を要約すると、孤児を引き取り、Linkerを用いてそれぞれ『教官』と『即席奏者(フェアリー)』たちを作成する。

 そのうえで、この島そのものを『コア』として聖遺物を組み込み専用に調整した個体を『賢者の石』を用いた個体を中核にして、『ダイレクトフィールドバックシステム(DFS)』の応用で組み込んだ人造ノイズを用いた戦艦を作成する。

 その調整のために『竜の心臓』を捧げる予定であることが書かれていた。

「あー、ドクターの文字だな。あいつ情に厚いくせに人でなしだからなぁ」

 『即席奏者(フェアリー)』に成れないものは別の道を歩ませられないだろうか、と書かれた分を眺めながらクロム。

 自らの胸に呼応する『竜の心臓』を軽く叩き、感心している。

「……これを知っていたのかね」

 クロムとシルフィが首を横に振った。

「初耳だな」

「ううん」

「だよな。知ってたら、お前らぶん殴ってた」

「私達もまあこれに書いてある通りドクターに拾われてここで育ってきましたが……、外でシンフォギアは普遍的なものじゃないんですか?」

「あたりまえじゃん」

「そうなんだ……」

 シルフィがぽかん、としている。

「しっかし、この島自体が戦艦になるかも知らないんだなー。それはそれで結構、ロマンがあるな」

「戦艦ってなに、クロム?」

「でっかい船」

「船?」

「船」

「……モーはこのことを知っていたから出たがっていたのか?」

 黒江(くろえ)は首をかしげていた。 

「かもしれないな」

 と、クロムが頷いた。

「まぁ、どうでもいいな。先に行くか?」

「……ほんっとアンタの事わかんねーわ」

 黒江(くろえ)が苦虫を潰したような顔でクロムを見ている。

「ずっと観察してたけど、ずっとけらけら笑ってて、何がそんなにおかしいんだよ」

「んー、別に? オレはいつもこんな感じだしな」

 シルフィがこくこくと頷いていた。

 黒江(くろえ)は脱力して「さよか」といって興味を無くしたように視線を外し、歩き出した。

「……まぁしかし」

 『竜の心臓』を捧げる。クロムは自らの鼓動する2つの心臓を思い浮かべる。

 そのうちの一つが『竜の心臓』である。恐らくこれのことだろう。

 そのうえで、

「まぁ、いいか」

 奪われたら奪い返せばいい。そう結論付けて、クロムは歩を進めた。

 

 

 薄暗い室内。培養層が複数並んでいる。その中の一つにモルドレッドが入っていた。

 ほっそりとした肢体に、全体的に線が細い。

 その彼女の体にはいくつかのチューブが接続されていた。

「おはよう?」

「クソッタレが」

 目が覚めた彼女の前にドクター・オーヴェロンがたっていた。

「つれないねえ……しかしまあ、処置をしないまま逃げるとは正直、思ってもいなかったよ。死ぬ気かな?」

「変わらねぇだろう。ここで死ぬか、外を確かめて死ぬか、だ」

「僕が気にするんだけどねぇ。まぁ、いいか……さっさと『調整』をしてしまおう」

 困った子を見るような目でドクター・オーヴェロンはモルドレッドを見ている。

「親心で話してるんだけどねぇ。君が生まれたころから面倒を見ているだろう? 私は」

「……俺だって信じてたさ。あんたや師匠がいて、アイツがいて、ここが良いなっておもってたさ」

「…………」

「思ってたんだよ……」

 モルドレッドが培養層のガラスに手を触れる。

「あの頃はアイツがいってた外なんてどうでもよかった……よかったのによぉ」

「…………」

 モルドレッドが培養層のガラスを叩いた。

「なぁ……何で最後まで信じさせてくれなかったんだよ」

「……ロクなものでもないさ。外の世界は」

 オーヴェロンがレバーを引き、培養層の中に液体が満ちていく。

「ハッ……昔なら信じられただろうな。……それを確かめるために外に行くんだよ」

「そうかい……。それなら再度強化処置を行おうか」

 モルドレッドにつながれたチューブからなにかの液体が入り、彼女の体に注入されていく。

 慣れ親しんだ苦痛、長い間、寄り添ってきた不快感がモルドレッドの体にはしる。

「……ドクター。シルフィは島の皆は家族だって言ってるけどよ、俺たちは家族だったのか?」

「…………」

「なぁ、外の家族を知ってるんだろう? ここの家族は、家族だったのかよ?」

「外の家族とは形態は違う。ここに『血』のつながりはないから。だがしかし、それでもそれが家族じゃないと言い切れるものではないさ」

「じゃあ、どうやったら家族になれるんだよ……」

「長生きすればわかるさ。……多分ね」

 と、そこまで話したところで、モルドレッドの内側で大きく何かが脈動する。

 血に注入された薬のためか、それとも別の要因か。

 いずれにしろ、モルドレッドの意識は途切れていった。

 

 

 自身に方へ向かってくる足音を聞いてドクターが振り向いた。

 そこには資料室を通ってやってきた一向がいた。

「やっほー、ドクター。なんかいたから連れてきたよ」

 クロムが手をあげてドクターに報告する。その背後で、裸に培養層に浮かんでいるモルドレッドを見た古是(こぜ)黒江(くろえ)に蹴飛ばされていた。

「なかなか騒がしい者たちを連れてきたね、クロム……」

「だろー? で、どうするんだ、ドクター? ティターニアでも呼ぶか?」

「そうだねぇ……」

 ドクター・オーヴェロンは少し考えて、

「ぜひともおかえり願いたいところだが、まずは自己紹介から行こうか。

僕はドクター・オーヴェロン。ここ、アヴァロン島の管理者をやっている」

「……ここはフェアリーテイルの本拠地とお見受けするが、いかに?」

「……」

 クロムが片目をつむり、ドクターを見る。

「否定はしないが、本拠地とはちょっと違うかな」

「へぇ……」

 黒江(くろえ)が眼を見開いた。自らの腕輪をちらりと見る。

「とりま、百発ぐらい殴らせろ」

「面白いことを言うね。けど、シンフォギアも無しい勝てると思われてるのは癪だね」

 クロムが一歩横になるように動く。邪魔にならないように。そして、シルフィを背中に隠した。

 ドクター・オーヴェロンが近くにあった扉を開く。

 二課の面々はそちらから逃げるか、なにか絡繰を扱うのかと思ったが。

「……うそぉ」

「マジか」

 ドクターオーヴェロンは近くに機材をひとつ、軽々と持ち上げて、それを二課へと投げつけた。

「なんだ、あの怪力は!!!」

「ドクター、オレとあったときから外見変わってないからなぁ。たぶん、何か秘密があるぞ」

 機材を投げると同時に、踏み込んでくるドクター。

「まってくれ、お互いに建設的な話し合いができるはずだ」

「話し合い、話し合いか……」

 ドクターが蹴りを繰り出す。古是(こぜ)はそれを僅差で避けた。ドクターの蹴りで攻防の壁が切り裂かれる。

「一方的な相手に対してのそれは話し合いではないね」

「あ、なら、ドクター。オレもひとつ聞きたいんだが」

 必死にドクターの攻撃を避ける古是(こぜ)を見ながら、クロムが口を開いた。

「なんだね、クロム?」

「資料室で計画についてみたんだけどさ、オレの心臓とるのはいいんだが、シルフィは計画に関与してるのか?」

「予備役程度だよ」

「あー、なるほどな。ならいいや」

 クロムがシルフィを連れて、邪魔にならないように壁際まで移動する。

 ドクターが古是(こぜ)に追い打ちをかける。その拳があたりかけた瞬間、黒江(くろえ)古是(こぜ)の尻を蹴飛ばして、避けさせた。

「ふぅむ……なら、君からでいいか」

 ドクターが首をひねる。梟のように真後ろまでぐるりと回る。

「手っ取り早く鎮圧させてもらおう。その方が早いし、なにより島の中に面倒事をもい込まれるの困るから、ねっ!」

 奏者としての経験か、あるいはDFS(ダイレクトフィールドバックシステム)の能力か。

 人間離れしたドクターの動きに対応して回避、カウンター気味に蹴りを繰り出した。

 しかし、ドクターは黒江(くろえ)の攻撃を受けながらも無反応に彼女の足を掴むと、壁へと投げつける。

 古是(こぜ)がぎりぎり壁と黒江(くろえ)の間に滑り込み、自らの身をクッションに衝撃を和らげる。蛙が潰れような音が漏れた。

「チッ……」

「……大丈夫かね、黒江(くろえ)君?」

「やっぱりだめか……」

 そういうと黒江(くろえ)はいままでどんな時も脱がなかった上着を脱ぎ、古是(こぜ)に対して渡した。

「ととっ?」

「それ、預かっといて」

 といい、自らの腕輪を外し、腕輪についていたボタンを操作した。

 腕輪の中心部についていた、ひし形のマークが開き、そこには聖遺物が埋め込まれていた。

「信じているぞ!!」

 古是(こぜ)が走って待避した。

 黒江(くろえ)の聖詠が紡がれる。

「村正ぁ!!」

 二重契約者(ダブルコントラクト)。基本的にシンフォギア奏者に適合する聖遺物は1つである。しかし、2つ以上の聖遺物に適合する例外中の例外も中には存在する。

 黒江(くろえ)はその例外的な奏者であった。

 幼さを残した体に黒い鎖が走り、それらは彼女の体を強く縛り上げ、装甲へと変じ、背中には同じ色をしたマントが広がる。

 足にはローラーのようなものが取り付けられ、耳にヘッドセットがついたと思うと、ヘッドセットから左右三本ずつ、合計六本の鎌のような刃が生え、すべて後頭部に刺さったと思うと、その中心部より丸く黒い球体が出現し、彼女は新たなシンフォギアを纏った。

 近くに現れた巨大な鎌を掴み、黒江(くろえ)は着地した。

「シンフォギアァ……?!」

 ドクターが近くにあった扉を掴み、投げつけて距離を取ろうとする。

 その間に、古是(こぜ)が遠回りをして、モルドレッドの救出へと向かった。

 ドクターが扉に手を伸ばした瞬間、無数の小鎌が突き刺さり、小鎌の柄の部分から無数の鎖が伸びて入り口を封鎖、その余波でドクターの片腕が切り裂かれ、黒い液体が零れ落ちた。

「逃がすと思っているの?」

 黒江(くろえ)が大鎌を振り上げて、ドクターへと跳躍した。

 拘束されたドクターはこの一撃を避けることはできないだろう。

 すべての決着をつけるべく、大鎌が振り下ろされて――

【――神聖、犯すべからず】

 瞬時、そこには白いシンフォギアを待った少女が割って入る。

「ドクターには義理があるのでな」

 クロム=クルワッハである。

 自らのシンフォギアを纏った彼女は、大鎌の柄を掴むと、黒江(くろえ)の目前に現れた。

「悪いな」

 息がかかりそうなほどの至近距離。クロムはにっこりと笑い。

 明かなテレフォンパンチで黒江(くろえ)を殴り飛ばす。

「っあ!!」

「いやー、危なかったな! ドクター!!」

「……君、わかっているんだろう?」

「ああ、ドクターが狙ってるのはオレの心臓だろう?」

 クロムが自らの胸を指でつついた。

「なら、なぜかね? あのまま放っておいた方が君にとっては有利だろうに」

「なにいってんだドクター。ドクターには義理があるじゃないか。それに……」

 にっこり、と無邪気にクロムが笑った。

「奪われたら奪われた弱い方が悪いんだよ。だから、奪いに来るんだったら尋常に奪いにくればいい。それだけの話だろう」

 ドクターがふっ、と肩の力を抜いて。途端、発光した。

 クロムが吹き飛ばされ、黒江(くろえ)の近くへと落ちる。

「――やれやれ、本気を出していくしかないな」

 ドクターの肉体が蠢き、背丈が小さくなる。顔も青年の者から童女のそれへ。

 彼の口から聖詠が紡がれた。

 シンフォギアの詠唱である。

 錬金術には聖遺物を鎧型に変化させたギアを纏うため、錬金術の秘奥を用いて性別を変えることがある。ドクターの変化をはそれであった。

「ティターニア、来たまえ!!」

 屋根が切り裂かれ、そこから一人の女性が降りて来る。

 アヴァロン島の教官、ティターニアである。

 彼女は栗色の髪を揺らし、

「なるほど」

 一目で戦況を把握した。

「一気に計画を推し進めるぞ!」

「わかったわ。クロム、あなたの心臓ももらうわね」

「おうッ! 尋常に奪って見せるがいい!!」

 にらみ合う、クロム、黒江(くろえ)、ドクター、ティターニア。

 そこに紫電が叩きつけられた。

 全員の視線がそちらをむく。

 そこには古是(こぜ)が培養層より救出したモルドレッドが立っていた。

「すまない、起きたばかりでわるいが戦線に参加してほしい……」

「おう、任せとけ。――オレ抜きで始めてるんじゃねぇよ、お前ら!!」

 と、モルドレッドが進み出た。

 ドクターが近くのレバーを引く、ノイズの群れが現れる。

 クロムがシルフィへと声を掛ける。

「迷ってるだろ、隠れてろ」

「う、うん」

 シルフィが部屋を出ていく。彼女を追って数体のノイズが走り出す。

 ティターニアが双剣を抜いた。

 黒江(くろえ)が大鎌を振り上げて、

「さぁ、―――勝負しようか!!」

 と、クロムが突進して、勝負の幕は切って落とされた。

 

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