薄暗い通路を走っていく。
等間隔に照明はついているのだが、明度が足りていない。
「戦力の逐次投入……時間稼ぎかな」
「どういうこと、クロム?」
「いや、囲んでしまえばさっさと終わらせられるのに、モーさんの尊厳破壊したり、行く先々で戦力を小出しにしてるから、たぶん、時間を稼ぐのが目的じゃないかなーって」
「ありえるな。この戦艦が万全に機能するための時間を稼いでいるのだろう」
「つまり、俺たちを舐めてるってことか」
「まぁ……その通りだな」
「上等ぉ! さっきの屈辱も込みでのしを付けて返してやるよ……ッ!!」
モルドレッドが凶相を浮かべて宣言する。
「まぁ、それはさておき。仮に時間稼ぎとするなら、次は
「……あまり言いたくはないが、島の面々はワイバーンの材料になってる可能性も高い」
「まぁ、弾が多いならそうするよなー」
「ここからさきは一本道で、次の部屋を超えたら頂上だから強い人を配置してるんじゃないかな」
「となると、
「……
「彼女とはあまり戦いたくないのだが」
「どっちにしろ洗脳されてるなら、まず殴り倒してからになるから戦うのはオレ達になるぜー」
「…………」
「まぁ、いたたまれないのはわかるけど、必要な手順だから気にするなよ。
それよりも、だ」
クロムが、言葉を切る。
「さっきのモルドレッドみたいに言葉による揺さぶりは有効そうだから、知ってることがあるなら教えてくれないか?」
「そうだな……」
快活なこの男には珍しく、何を話していいのか迷っているようだった。
今も口数は少ないが、
そのうえ、隠れて物陰で泣いてることも多く、悪夢でうなされ、悲鳴を上げて起きることも珍しくない。
「……彼女は元はフェアリーテイルに属している奏者だったけど、
「おお、どういう風の吹き回しだ?」
「元々、孤児だったそうだけど、フェアリーテイルに拾われて、
「
『村正』を使おうとすると、高揚感と嗜好の変更……すなわち、人を殺すことに異常なまでの快感を覚え、戦闘能力も大きく向上する。
それこそが自分の本性なのではないか、そして、その刃が仲間に向うのではないか、という点を怖れているのである。
ドクター・オーヴェロン戦の時にギリギリまで『村正』を使おうとしなかったのはそれが理由であった。
二課に入ってから適合した『天之麻迦古弓』を普段から使っているのは上記の理由に加え、適合率は『村正』より下がる代わりに精神的にも適合率も安定するという理由もある。
「捕縛後にそれがわかったんだ。
だから、僕が手術して緩和することは出来たんだけど……完全に取り除くことは出来なかった。技術不足を痛感するよ」
「錬金関連の情報は少ないからしょうがないさ」
「それでも、ね。いまでも彼女が頭痛で苦しむのは僕の技術不足だからなんとかしてやりたいものだよ。まぁ……」
「
「なにしてんだ、お前」
モルドレッドがあきれたように目を細める。
「いや、あのシステムは動きを解析することで、即座にその動きを模倣することができるんだけど、僕が猿真似をして、それを真似させたら本気で怒ってね。しばらく口をきいてくれなかったよ」
「残当だよ……」
シルフィがため息を一つ。
「まぁ、それでも明るくなってくれてうれしいよ。
誰とも話さない上に、無茶する子だったからね」
「私はあんまり面識がないんだけど、そんなに無茶する子だったの……?」
「そこのモルドレッド君のような突撃に近いかな。あの時までは無謀ともいえる突撃を繰り返していたよ」
「あの時? 何か事故でもあったのか?」
「……
幸い、その戦い自体は問題なく終わったんだけど、それからが大変だったよ。
「まぁ、いたたまれないわな
……あー、でもなるほど」
クロムがわかったようにうなずく。
「アイツ、基本的に強がりなのな。本音を言い出せずに虚勢を張るタイプか」
「……本人の前で言わないでくれよ?」
「あっはっはっ、さーてね」
「それで、どうなったんだよ、それ」
「ああ。話としては目覚めた奏者と
それ以来かな、徐々に皆と交流するようになって今に至るってわけさ」
「なーんだ……あいつもちゃんと友人いるんじゃん」
モルドレッドがどこか安堵したように言う。
「ははは、いまでは皆と打ち解けてるさ。
君も
「ン……考えておく」
モルドレッドが目をそらして、頷いた。
「そろそろ扉が見えて来たよー」
「おう、じゃあ、油断せずに行くぞ。
入る手順は前に決めた通りだ」
とクロムが先行するため、速度をあげた。
†
目を覚ました
起き上がろうとして腕を引っ張られ、再びベッドに戻される。
見ると手術台らしき上に、患者用の拘束具で手足を固定されている。
唐突な状況に混乱しつつ、記憶をたどる
村正を纏って交戦したが力及ばず倒れ、戦闘が終わった後にフェアリーテイルのボスがやってきてさらわれたのだ。
「畜生……っ」
最悪な無様を晒したことを思い出し、頭をかかえたくなるが手足が拘束されており、できない。そのせいでむかつき度合いが一つあがった。
「いやあ、クロエ・イートン・ボガール」
マスターアヴァロンが、背後に例の少女を連れて現れる。
足音は3つ。
少女は興味がなさそうで、ふわぁぁ、とあくびをしていた。
「てめぇ!」
「ふざけるな!私にまた何をしやがった!」
声を張り上げる
この男は自分に
警戒しないはずがなかった。拘束を解こうと必死にもがくが、がちゃがちゃと耳障りな音が響くだけであった。
「いや? まだ何もしてないさ」
「嘘をつくなっ……」
「本当だよ。
ただ、そうだね……君にはもう一度フェアリーテイルに入ってもらうことにした」
「ふざけるな……っ、また、私に人を殺させるつもりか」
脳裏に浮かぶは数多の肉片。転がる四肢。
そして、それをみて笑っている自分……。
「そうだよ。……あー、ふむ」
その言葉に拘束具が食い込むのもいとわず暴れる
この拘束具さえなければ、間髪入れずに殴りかかっていただろう。それほど腸が煮えくり返っていた。
「
「ふざけるな! 頭を弄って
「ああ、それには気づいていたのか。
いや、適合率の上昇と動きの効率化を行ったのだよ。
感謝してほしいものだね、戦場で体が動かないものの末路は悲惨だよ?」
「殺人鬼にされてよろこぶやつがいるとおもうか!!」
「――ん、ああ。それに関しては私は何も弄ってないよ」
「え」
「いや、そんなことをする利益はないからね。
もし、人を殺して笑っていたのなら、それが君の本性だよ」
「違う、そんなことはない! 私は頭を弄られて、村正の影響であんなことになっただけだ!!」
「いいや、違わないね。君が人を殺して楽しんでいたのは君の本性だよ」
「嘘つきのお前の言う事なんて信じるものか!」
「じゃあ、試してみようか」
「え」
ぽん、と呆気なく『村正』の欠片が
同時に拘束が解かれる。
あまりに簡単に返されるので、一瞬、呆けてしまった。
マスター・アヴァロンの意図が読めずに
「クロエ・イートン・ガボール。
君が殺人嗜好の持ち主ではないというのなら、『村正』を纏ってみればいい」
「私の名前は『
「おや、両親から与えられた名前を使わないのかい?
両親が草葉の陰で泣いているよ?」
「誰のせいだと……っ」
激昂しそうになった精神を
いまは重要なのはそこではない。
「お前、何を考えている……!
『村正』を私に返してどうするつもりだ」
「意図としては二つ」
マスターアヴァロンがすっと指を二本かかげ、Vの字を作る。
「まずは、今の君がどこまで『村正』を扱えるのか、『
アヴァロンが指を一つおろす。
「もう一つは、君の状態を見ておきたくてね。
ああ、そうそう修正もひとつあるんだよ」
アヴァロンがもう一つの指をおろして、手を背後へ戻した。
「君に施したのは君の潜在意識を引き出すものだ。
だから、君に殺人嗜好が発現しているのなら、君自身にそういう素質があっただけだよ」
「――――!!!」
「嘘だ!!」
「いいや、本当だよ。
そもそもそんな嗜好を与えたら制御しづらいじゃないか。
君が人殺しを楽しんでいたなら、君自身がそういうやつだったってことさ」
「でたらめを言うな……!」
「どっちでもいいさ。―――で、どうするんだい?」
もしアヴァロンが言っていることが本当なら自分の本性こそは……と、思うと鳥肌が立った。
あのようなおぞましいものが自分の中に眠っているとおもうだけで、肌を引っかき、書き出したくなる衝動にかられる。
怖い。
『村正』に導かれるように人を斬りそうで怖い。
それを笑っている自分が怖い。
しかし、だからと言って、その恐怖に屈してしまっては二課に帰ることはできない。
おぞましい自分なれど、その自分を受けいれ、居場所となってくれたものたちがいるのだ。
彼らと再び会うために、
【――血を捧げよう、村正に】
シンフォギアを纏った
一歩で
同時に地面から鎖が伸び、コアを拘束する。
「おお!?」
驚いたように目を見開くコア。
しかし、
マスターアヴァロンが指を鳴らした。
その音を聞いた途端、
(――……えっ?)
「聖遺物」
アヴァロンが手を差し出すと、
思考がついていけない。身体が自分の言うことを聞いてくれない。
(なに……? 何が起こっているの!?)
「まあ、まずは横になりたまえよ」
戸惑う
「うんうん、いい子だ。じゃあ、始めようか」
マスターアヴァロンが器具を取りに棚へと歩いてゆく。
手術台に横たわった
「いや……っ」
アヴァロンが手術器具をとってきて、並べ始める。
(トウカ!
身体の自由が利かない恐怖の中、
「いやぁああああああああああああああ!」
その悲鳴は誰にも届かず、ただ部屋の中にむなしく響き、消えていった。
†
次の階へとたどり着く、クロムがハンドサインを出し、モルドレッドと共に中へと足を踏み入れた。
シルフィは
部屋の真ん中では幽鬼のように
「……あなた達が父上の言ってた敵ね」
ぴちゃり、と足を踏み出す。
彼女の視線には足元は血に濡れており、人の部品がそこら辺に転がっている。
新たにやって来た二人はなにか人の形をとっている黒い影のように見えた。
「――――」
「――――」
ぎりっ、と
彼女がちらり、と後ろをうかがう。
そこには無数の部品の欠けた人間が
「……ッ」
はやく、敵を倒して父上に調整してもらわなければならない。
そうしないと、あれらに追いつかれてしまう。
焦燥感にかられた
大鎌が振るわれる。
「……モルドレッドと同じ状態のようだな」
その
「オレもあんなのだったのか……」
その横でモルドレッドが顔をひきつらせて、なにか精神的な損傷を受けていたようだった。
「さて、殴り倒せば元に戻るとは思うが……」
「なにか懸念があるのか、屑野郎」
「いや、モーさんの時より時間があったから施術が複雑かもしれんな、と」
「……可能性はあるな」
モルドレッドは施術が雑であったため、精神的な揺さぶりで元に戻ったが、
ならば、モルドレッドの時よりも
「恐らくだが、『村正』との同調がより深まっている」
モルドレッドとクロムが話し合っていると、部屋の奥から
二課に初めて
「
その起点は『村正』との同調のはずだ。だから、変身を解除すれば洗脳も自然ととけるはずだ」
「おう、じゃあ、どうすればいいんだ?」
「僕に策がある! 君たちは動きを止めてくれ!
そうすれば僕が解除して見せる」
オーヴェロンからもらったそれが役に立つ時が来たようだ。
シルフィと目をあわせると、彼女が頷く。
後退してはいけない、捕まってしまう。
背後からは声が聞こえる。
『なぜ?』『どうしておまえだけが』『腕を返して』『俺には家族がいたんだ』、と体が欠損した人間たちが
大鎌を地面にたたきつけ、無数の鎌と鎖で目前の影を牽制する。
新たに表れた人影は何か言っているようだが、何を言っているのかわからない。
殺したくない。殺せば、私を責め立てる人達が増えてしまう、と
しかし、彼らを倒さなければ、父上は調整してくれない。
「……ごめんなさい!」
唇を引き結ぶと、
謎の影は大振りとなったその一撃を、身を伏せて前進し、カウンター気味に
衝撃。
その一撃を受けて、よろめいた
金属音。ぎりぎりで防御が間に合った。
が、黒い影の膂力に吹き飛ばされ、
「きゃ……っ」
回転して床を転がる
それは腕であった。体が斬り飛ばされた腕。
「ひっ」
次々の
『かえしてくれ』『なんでいきてるの』『お前も来い』……彼らは口々に
「やだ……やだやだやだ、誰か、助けて……っ!」
彼らは
「……あっ」
これは罰だ。いままで人を殺してきた罰に違いない。
自分は無数の人を殺したのだから、罰を受けなければならない。
「……ごめんなさい」
そして、
彼女の視界が晴れた。
「え?」
「大丈夫かね、
心配そうに
彼の手にはアンプルとAnti Linkerが握られていた。
「君は『村正』と
少し怪我をしているかもしれないから見せてくれ」
「う、うん」
「おや、……いつもと違って、素直だね。どうかしたのかね?」
「……うっせえ」
「あっはっは、その元気さこそが
快活に
彼は簡単な触診を手早くこなしていく。
「うん、問題はなさそうだね」
「……あの変態、恥ずかしい台詞をいわせたやがって」
「はっはっはっ、可愛らしかったよ。二課の皆で鑑賞会をしないとな」
顔を赤くした
「おーい、終わったなら、少し止むぞー」
クロムが二人を呼ぶ。
その隣ではシルフィが座っており、少し話されたところで、モルドレッドが変身を解除し、肩で息をしていた。
「ふむ、次の階は最上階だそうだ。ここで休んで言回復していった方がいいだろうね」
「そう。……ねぇ、
「なにかね?」
「……なんでもない」
その背中についていきながら、
†
モルドレッドの近くに腰を下ろし、落ち着いた
「ねぇ、
アヴァロンが言ってたんだけど、
「まぁ、間違いではないね。
それは入力されたデータを最適化して、脳内で再現するシステムだから」
「そう、じゃあ、『村正』を使って人殺したくなるのも私の本性なのね……」
「え、いや」
「君の場合、『村正』を振るうために精神が最適化するように術式が組まれていてから、『村正』使用時の高揚はそれが原因だよ」
「…………」
「……本当?」
「ああ、もちろんだ。もし、そのような危ないものが原因なら、解決できるように二課で訓練するか制限を課してるだろう」
「……………………」
たっぷり10秒、
「くそがっっっ!!! あの変態ぃっ!! 絶対にとっちめてやる!!!」
そして、叫んだ。
「まぁ、俺よりもマシだから気にするなよ」
モルドレッドがめずらしく気まずそうに目をそらし、
あれから
いま視線で人を殺せるなら殺してしまえるだろう。
「まぁまぁ、戻ったんだから、いまはそれを喜ぼうじゃないか」
この先は最上階につながる場所らしく、恐らくはマスターアヴァロンが待ち構えているはずである。
その前に、一通りの治療を施しておこうとしているのである。
ちなみに、クロムとシルフィはほとんど無傷らしく、少し離れて何かを話している。
「……
見ると
クロムを助けた時におった腕の火傷や先ほどの
「なに、君たちほど酷い傷ではない。帰ってしばらくすれば治るよ」
「…………、…………ありがとう」
小さな声で、ぼそり、と
「ん、なにか言ったかね、
「なんでもねーよ」
「そうか。まぁ、お礼は大声で言ったほうがいいと思うよ」
「聞こえてるじゃねーか!!」
恥ずかしさに頬を染めた
「まぁ、みんなに土産話を持って帰ろう。こんなつまらんところで脱落することは許さんぞ」
「柄でもない事、言ってんじゃないよ」
「ふふっ、柄にもない……か。そうだ、そうだな」
「……なにやってんだか」
仲良く喧嘩している面々を見てクロムは目を細めた。
「クロムは混ざらないの?」
「オレはあんまり興味がないな。まぁ、助けてくれた恩ぐらいは返すが」
「ふーん」
「それよりシルフィはあっち行ってきたらどうだ?」
「いいよ、最後かもしれないからクロムと話してたいな」
「こいつー」
つん、とシルフィの額を指でつつくクロム。
シルフィもくすくすと笑う。
「それにしてもこんなことになるなんて思わなかったね」
「んー、オレは……まぁ、どうだかね」
「ちゃんと言ってよ」
「半々かなー」
「なにそれ?」
「さぁな」
「もう、そんなのだから嫌う子も出るんだよ。モーさんとか」
「嫌うなら嫌わせておけ、オレには関係ないさ」
「まったく……」
脱力するように大きくシルフィは息を吐いた。
「よしっ、治ってきた」
「相変わらず治癒力が早いね」
「邪竜だからな」
「もう」
シルフィが笑い。
「君は昔から変わらないね。けど、約束忘れてないよね?」
「ああ、もちろんさ。……あんな怖い思いはもうごめんだ」
と、二人は小指を掲げて見せた。