任務から三年ぶりに古巣であるアヴァロン島に戻ってみると、シルフィに怒られた。
それはもう稀に見る怒りっぷりであり、クロムは頬に大きな紅葉マークをつけることとなった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
それから数日後、廊下であっても、部屋であってもシルフィはクロムと一切、口を利かずに二人はすれ違っていた。
元々、シルフィは優しく社交的な少女である。
優秀な成績はもとより、行儀がよく礼儀正しく、そのうえで、困ってる子には手を差し伸べて、夜遅くまでつきあうような絵に描いたような優しい子であった。
勉強でわからないところを教えてもらうため、試験の前日などよく集団で押しかけられて困っている姿が見受けられる、そのたびに相手の要請に答え、困りながらも面倒を見ているためか、妖精たちのなかでも特に人気のある少女であった。
その彼らが今まで見たこともない程、怒りの感情をあらわにし、話しかけるのをためらうほど、不機嫌さをシルフィはだしている。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そんなシルフィの背中に寄りかかり、シルフィの部屋でクロムは特に何を言うまでもなく、ぼーっとしていた。
「………ねぇ」
「なんだ?」
「なんで怒ってるかわかってるの?」
「しばらく行方をくらませたからだな」
「なら、なんでそんなことしてるのかな?」
「いやまぁ、それについては謝るけど、任務は任務だし」
クロムを含め、数人の妖精たちは時たま任務と称して、外に出る。
だいたい数日もすれば帰ってくるのだが、ときたま帰ってこない子もいる。
それを知っているのも、その子のごく親しい友人ぐらいである。
「マスターに聞いたけど、任務の途中で姿をくらませたって聞いたけど……」
「あー……」
クロムがきまづそうな声を出した。
「すまん、ちょっと放っておけない奴らだから生きていけるまで寄り添ってたたわ」
「どれだけ心配したと思ってるの!? 三年だよ! 三年!!」
「ごめん、ごめんて、シルフィ……!」
振り向いたせいでずり落ちたクロムの頬を掴み、シルフィが睨む。
鹵獲されてそのまま、子供を3人作った、という言葉をクロムはさらに怒りに火を注ぎ込みそうだから飲み込んでおいた。
「もう……」
ぽつり、と涙がクロムの頬にこぼれる。
「本当に心配したんだからね……」
「うん、だから戻って来ただろう?」
「許さない」
「困ったなぁ」
「もうどこにも行かないって約束してよ」
「あー、それは難しいな。ほら、任務があるし」
「クロム?」
「いやまぁ……ほら……必ず帰ってくるって約束するよ」
「破ったら本当に許さないんだから……」
妙に迫力があるシルフィに、クロムは珍しく苦笑いを浮かべ、二人を小指を結んだ。
†
基本的にシルフィは社交的である。
規則を遵守し、高い成績を維持し、それを鼻にかけることなく、むしろ、他者へと積極的に教え、実技の実力も高い。それでいて世話焼きの性質をもっており、困っている人がいるなら進んで助け教え、かといってとっつきづらいわけでもなく、柔らかな性格のためか、話しかけられることも多いぐらいである。
絵に描いたような優等生、それがシルフィであった。
そんなシルフィから見てもクロムは不思議な子である。
この島には幾人か、実技の試験で高い結果を叩き出す妖精がいる。そういう妖精たちは時おり、ふらりと島からいなくなり、そのまま帰ってこなかったり、戻って来たりとまちまちであった。
クロムはその中の一人である。
その中でも、邪竜を自称する変わった子であった。
その手の子たちはどこか溝があるように、他の妖精と距離を取ろうとするのだが、クロムはむしろ人なつっこいぐらいであり、シルフィもよく勉強ノートや生活での手助けを行っていた。
集合時間に現れずに部屋にたずねて行ったときに素っ裸で金塊の上で眠っていたときには、シルフィも驚いた。
そのような緩い関係が、二人の間柄であった。
†
この島の実技試験にはさまざまな形式があるが、基本的にはシンフォギアを纏って行うものが主であり、シルフィたちが受けた試験はノイズシュミレーターを用いて出現させたノイズが徘徊する森を通り抜けて、終了地点まで移動するというものであった。
どこでノイズが出現するかわからず、終了地点まではおおよそ三時間ほど。
この島の通常の奏者はおおよそLinkerを用いて一時間ほどしかシンフォギアを維持できないため、どこでシンフォギアを纏うかを問われる試験であった。
「……どうして」
――結論からいうとシルフィに失敗はなかった。
「誰か、……誰か!!」
シルフィをはじめとした数人はシルフィを中心に縦列を組み、周囲を警戒しながら進んでいた。その甲斐もあってか、二人ほどシンフォギアの持続時間を超えつつも終了地点の近くまで大した損傷もなく、進むことができた。
そして、最後と思われるノイズの集団と遭遇したため交戦に入った。
のだが、その直後、強烈な光線を浴びせられる。
轟音と共に奥からやってきたのは巨大なノイズ。集団で襲い掛かって来たノイズたちよりはるかに後方にいたため索敵範囲から漏れ出ていたのである。
味方であるノイズごと巻き込んだ攻撃にも反応し、ぎりぎりで光線を防ぐことはできた。しかし、
「みんな、損傷はどう!?」
「……っ、もう変身が解けそう」
「こっちも、今の攻撃は致命傷だわ……」
青い装甲を纏ったシルフィが歯噛みする。チームの面々のシンフォギアの装甲はぼろぼろとなっており、いまにも解けそうな状態であった。
そしてそれはシルフィもまた同じであった。
すでに変身が出来ない二人を庇い、残りの面々で光線に対する防御に集中したため、残り少ない維持時間を大幅に削られた上に、損傷も大きな状態となってしまった。今の攻撃ですでに変身がとけたものもいる。
その上、集団で集っていたノイズたちもじわじわと迫ってきている。
詰み。
と言う言葉がよぎる。
どうにかしないと、とシルフィは必死に考えるが、現在の状況を覆すような手段は見当たらない。
一つ思い当たる節があるとするなら、絶唱。
シンフォギアのエネルギーを凝縮し、叩き込む、シンフォギアにおける秘奥である。しかし、その分、反動も大きいため、損傷の大きな今の状態で使って、果たして無事でいられるかどうか……。
しかし、迷ってる暇はなかった。
シルフィが大きく息を吸い込み、そして、歌が響いた。
呼応するかのようにシルフィの聖遺物『アロンダイト』が青白く発行し、それを振り抜いた。
放たれた青い光がノイズたちを一撃で薙ぎ払い、迫りくるノイズたちを薙ぎ払うことができた。
歓声が響く。が、シルフィがそれを制して、
「待って! まだ、アレがいる!」
巨大ノイズが次の発射体勢に入っているのを見逃さなかった。
シルフィの指示で残りの面々がその巨大ノイズに襲い掛かり、砲身をずらした。
発射される光線。しかし、それは全員の必死な妨害により明後日の方向へと射出され、攻撃をそらすことに成功する。
このまま攻めれば勝てる、と全員が攻勢の手を緩めない。
が、その時、ノイズに亀裂のようなものがはしり、
「分裂した!?」
巨大ノイズがそれぞれ小型、中型のノイズへと分裂する。
ちょうど、攻勢に向った面々を包囲するような形となった。
絶唱の反動で力が入らない体を奮い立たせてシルフィが立ち上がる。
が、すでに変身解除した面々を置いて打って出るかどうか迷ってしまった。
それが勝負の分かれ目となった。
シルフィが指示をするよりも先にノイズが攻撃を行い、限界近くだった妖精たちの変身が解けていく。
このままだと、炭化してしまう。
なにか、なにか手はないものか、とシルフィは周囲を見渡すが、しかし、有効な手立てはもはやなにもなかった。
「ダメ――――!!!」
倒れた少女たちにノイズの手が近づいていく。
その時だった。
「よう――」
白い影が上空から降り立ったと思うと瞬く間にノイズを打ち倒してしまった。
「無事だったかい?」
それは邪竜、クロム=クルワッハであった。
結晶のような形態となってノイズたちが消滅していく。
「……なんで?」
それを成した白い邪竜は呵々大笑しながら、倒れた仲間を持ち上げていた。
「なんでって言われてもなぁ」
「あなたはすでに試験に合格して、ここにいないはずじゃない。
規則を破ってまで私たちを助ける理由はないでしょ」
「あるぞ。ほら、普段からいろいろ手伝ってくれてるじゃないか」
あまりにもあっさりというものだから、シルフィはきょとんとし、次の瞬間に笑いだした。
「……変な子。理由になってないよ、それ」
「そうか? 普段の借りを返したつもりだったんだが」
「そうだよ。本当、変な子」
「普段のシルフィと変わらないと思うんだがな」
と手を差し出した。
「ま、あとはゴールするだけさ。頑張ろうぜ」
「うん」
シルフィはクロムの差し出した手をとって立ち上がった。
†
時は進み、現在。視界のうちで
「まぁ、あのときは大変だったよなぁ。ティターニアは怒るは、図書室が埋め尽くされるような課題だされるわ」
「クロムだと実技は簡単に合格されちゃうからねー。
筆記の方が効いたよね」
「実際、ノイズを相手にするよりきつかった」
「まぁ、手伝ってあげたから何とか終わったじゃない」
「ほんとな、あの時はシルフィが目が見に見えたぜ」
「こいつー、調子がいいなぁ」
「あっはっはっはっ」
さて、とクロムが立ち上がり、埃を払う。
「じゃ、最後の戦いだ。さっさと終わらせて、みんなを助けようぜ」
「うん」
クロムが差し出した手を取り、シルフィが立ち上がる。
「それで、みんなで外を歩いてみようね」
「おう、いろいろと案内してやるから楽しみにしとけよ」
クロムとシルフィは軽く拳を合わせて、