綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね 作:きつね雨
「まさか……こ、これは……!」
何かに気付いたのだろう、リーゼはジッと意識のない皇女を眺めている。ジルは仰向けになっているため、閉じられた瞼や薄らと色づく唇が見えた。顔色は悪く見えないが、安心は出来ない。
「リーゼ、何か分かりましたか」
乱れた白金の髪を手櫛で整え、残る土埃も優しく払うのはタチアナだ。石畳に腰を下ろし、バンバルボア帝国の皇女を支える彼女も不安を隠せていない。
「……はい。ただ、もう一度確認をさせてください」
タチアナからしたら悠長に感じられたため、思わず非難の声を上げそうになった。しかし、リーゼは身体魔素検査をしっかりと扱える紅炎の騎士なのだ。そんな風に思い直したタチアナは、開きかけた口を閉じる。
暫く沈黙の時間が過ぎていく。
そして、リーゼは両肩に添えていた手を離した。
「恐らく、ただ眠りに落ちているだけ、と」
「……本当に?」
「はい」
リーゼの返事を聞き、強張っていたタチアナの身体から力が抜けた。何かの病であれば一刻も早く対応する必要があったのだ。
「タチアナ様。ただ、お気付きと思いますが……」
「ええ。ジル様がこの様な場所で眠りにつくなど有り得ません。リーゼ、何か強制的に睡眠へ導く魔法はありますか?」
「寡聞にして聞きませんが、魔法の世界は余りにも深い。私の知らない技術があってもおかしくないでしょう。しかし、超級魔剣を脅かす者がそうそう居るとも思いません」
「そう、ですね」
その通りだった。今まさに行使した身体魔素検査も、ジルが開発し広げた魔法だ。しかも数年前のことだから、今よりずっと若い。他にも魔素感知は代表格で、"万能"の名は轟いている。
考察を深めそうになるタチアナだったが、抱く皇女の肌が冷たく感じられて我に帰った。
「とにかく、このまま此処に居るのもいけません。何処かでお休み頂かないと。それとリーゼ、その羽織っているマントを貸して下さい。ジル様は薄着に過ぎます」
恐らく夜着であろう衣服はかなり薄手だった。両肩や腕は露出しているし、その下も下着程度だろう。寝所で休む時の格好そのままだ。人外の美貌も助けて、同性であるはずのタチアナさえ視線が外せなくなる。上下する胸にも目を奪われるが、生きているのだと安堵した。
「は、はい。しかし、汚いですよ、こんな」
儀礼的であっても旅装の一種である以上、皇女に対して不遜に感じるのは仕方ないのかもしれない。
「貴女は普段から綺麗好きですから、きっと大丈夫。それに、勝手にお屋敷を物色する訳にもいきません。そうですね……あちらにお連れしましょう。すいませんが、ジル様を連れて来て貰えますか?」
「わ、私がですか⁉︎」
「ええ。情け無いですが私ではジル様を抱えて歩けそうにありませんから」
タチアナの見る先には見事に整えられた園庭があった。かなり立体的に造成されており、眺める者を飽きさせない。季節の花々、魔工製のランプ、可愛らしい小屋は青と白の配色が眩しい。大きさから園芸用の道具を納める場所だろう。
園庭の一部は小さな丘になっており、その中心に丸屋根と白い五本の柱で構成された空間がある。テーブルや長椅子もある事から、庭の観賞用や食事を行うのだろう。あそこなら横になれる。
女性らしい美しき丸屋根と、男性的な力強さを感じる柱達。王城を見慣れたタチアナだが、その意匠には感じ入るものがある。聞いた話ではジル自らが拘って作り直したらしい。元々はツェツエに連なる一族が住まいとしていて、其れを買い取り改築した筈だ。
「し、失礼致します……」
酷く緊張している。ジルを預けたタチアナは思った。リーゼからしたら、話すことすら殆ど無いだろう高貴なる
何より、リーゼの視線は皇女の
「リーゼ、余りジロジロ見るものではありませんよ。いくらジル様に意識が無いとは言え、礼に失する態度は許されません」
「……はっ。も、申し訳ありません」
グルリと音が聞こえてきそうな勢いで、リーゼは顔を起こした。その生真面目な行動を見て、タチアナも薄く笑う。
「でも……気持ちは分かりますよ。何度かお会いした私も、未だ慣れることは出来ません。さあ、あちらに」
ジルを横抱きにしつつ、リーゼも立ち上がる。そして思った以上に細くて軽い身体を抱えて歩き出した。超級冒険者である以上、戦いを生業としている筈だが……感じる柔らかさと滑らかさはそれを裏切るのだ。ゴツゴツとした筋肉も、熱い日光や風雨に晒された肌も全く存在しない。
とにかく、そんなジルを視線から外そうと必死なのは、側から見ても分かる。すると、フワリと風に揺れる白金の髪がリーゼの手を擽ぐった。だがそれも努めて無視したようだ。
◯ ◯ ◯
「しかし、ある意味で噂など当てにはならないですね」
「どんな噂ですか?」
「アートリス、或いはツェツエの女神。美の化身。どれもよく聞く話ですが、話半分と思っていました。蒼流騎士団の男どもの騒ぎなど、聞くにも耐えない内容ばかりでしたし……でもまさか、その言葉通り、いえ噂を遥かに超えた美貌だとは。今も目の前におられるはずなのに、信じられない気持ちが浮かび上がって来ます」
「なるほど。リュドミラ王女殿下はこう表現されていましたよ。物語から飛び出して来たような人だ、と」
再びタチアナの膝枕に収まったジルは、変わらず眠り続けている。ただ、先程に比べると眠りが浅くなっていると感じられた。目尻に皺を寄せたり、何度か身動ぎをするからだ。その様子を認め、タチアナやリーゼにも安心感が増している。だから、会話にも余裕があるようだった。
「はは、リュドミラ様の可愛らしい表現に私も賛成します。その閉じられた瞳の光も、耳を震わせるだろう声音も、きっと美しいのでしょう」
詩的な表現を使ったリーゼだったが、それは紛れもない本心からだ。タチアナの手櫛により整えられた髪は、朝日に照らされてキラキラと輝いている。
ひとしきり微笑を浮かべたあと、タチアナの声に真剣な響きが戻る。
「何故あの様な場所で倒れ、いえ、眠っておられたのか。ましてや魔法防壁は解かれて扉まで開いていた……リーゼ、他者の侵入の形跡は無かった、間違いないですね?」
リーゼもそれを察し、姿勢を整えた。タチアナは普段から尊敬すべき女性だが、今はツェツエからの使者でもある。つまり、ツェイス王子やクロエ団長の名代。その一言一言には重みと責任がある。
「はい。二度確認しましたが、足跡や魔法の形跡もありません。防壁が働いたと仮定しても、破られた様子もなく……皇女殿下のお身体に傷や怪我はありましたか?」
「見える範囲では無いですね。衣装も汚れていませんし、誰かに乱された風もありません。もしそのような不届者がいたのなら、我がツェツエが死力を尽くして罰を与えねばなりませんが」
いや、バンバルボア帝国もどう動くか分からない。ましてや母は"水魔"と恐れられた魔女。怒りを溜めて魔法を放てばタダでは済まないだろう。或いはジルを寵愛する古竜ルオパシャも例外ではない。そして何より……
「ターニャさんが真の力を行使したら、ツェツエも……」
「何か仰りましたか?」
「……いえ、何でもありません」
タチアナは王城に戻ったツェツスから詳細を聞いていた。失恋した王子も流石に辛かったのか、誰かに話を聞いて欲しかったのだ。その詳細にはジル達二人の婚約と、ルオパシャとの修行の旅があった訳だが……何より驚いたのはターニャの
現在も昔も、最大最強であるのが古竜。その古竜の魔力すらも抑えてしまう稀有な力。もし彼女が怒りに我を忘れて暴れたら、どんな被害が出るか想像も難しい。魔力を消し去る力なぞ古今東西存在しないのだから。
そう、寄り添う人の、人柄の素晴らしいジルヴァーナ皇女殿下だからこそ危機感は感じないが、実際には非常に微妙な均衡なのだ。
そんなジルから庇護を受け、心から愛し、全てを委ねている。何度か話したタチアナだから分かるのだ。ターニャはジルさえ居れば、ただの可愛らしい少女でしかない。だが、愛する人に何かあったとき、そして失われたなら、ターニャは誰よりも危険な存在となるだろう。ましてや今は古竜ルオパシャに師事してもいる。
だから、ジルは、ジルヴァーナ皇女殿下はツェツエにとって、もしかしたら世界にとっても、剣であり盾なのだ。
二人は結ばれて、順調にいけば子を成す。
その
何かを想像したタチアナは寒くも無いのに震えてしまう。早く、早く目を覚まして安心させて欲しい。人柄通りの笑顔で、優しい声で、そんな不安なんて杞憂だと。
そして願いが届いたのか、整えられた長い睫毛が揺れる。
目覚めようとしているのだ。
「ジル様、ジル様」
「んん……うーん……」
久しぶりにジルの声が聞けた。たったそれだけで、タチアナの震えは止まる。
「ジル様。御安心を、タチアナ=エーヴです。違和感や痛みなどはありますか? どうかご自愛を……」
だが、水色が見えて、次の言葉を耳にしたとき、タチアナの不安は再び肥大化した。最大まで。
「……うぇ? え? えぇっと、ど、どちら様、でしょうか?」
そう、見慣れた筈のタチアナを……ジルは認識出来なかったのだ。
定番のぉ、記憶喪失! だって書きたかったんだもの。周りはシリアスなのに当人はポンなまま。ジルのTSをもっと描きたい欲求に駆られた結果です。
次回からジル視点に戻る予定。