綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね   作:きつね雨

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お姉様、花々を愛でる

 

 

 

 

 

 王都アーレ=ツェイベルンに構える王城の敷地内には、幾つかの園庭が整備されている。リュドミラが愛する夜光花の彩る場所などは典型だろう。

 

 二階の窓から下を眺めつつ、タチアナはふとそんな事を思い出した。面積も、花々も、意匠も、全てが違う。なのに、美しく華やかな世界が景色として広がり、不思議と王城を連想させるのだ。

 

「あの方の存在があるだけで、一つの名画となってしまいますね」

 

 タチアナが眺める先には、中央に位置する庭と、そこを楽しそうに歩むジルヴァーナ皇女が在った。ターニャが開発したパン包みを平らげると、暇を持て余したのか探検を始めたのだ。自身が改築にも関わった屋敷だが、記憶を失ったことから新鮮なのだろう。

 

 時々足を止めては花々などを観察しているようだ。見る限り珍しい種類は無い。しかし配置や色合いは工夫されている。ジルは気になった花に顔を近づけて、時には香りを嗅いだり、時には触ったりしていた。

 

 間違って手折ってしまい、驚く仕草は可愛らしい。もう一度茎に戻しても、花々はくっ付いたりしないのだが。怒られると思っているのが丸分かりで、堪らなく可笑しかった。

 

「タチアナ様。続けてよろしいでしょうか」

 

 タチアナが振り返り頷く先に、紅炎騎士団所属の騎士、リーゼ=マグダレナが立っていた。彼女は実直で任務にも厳格。まだ若いが、団長であるクロエ=ナーディ自らが有望と期待する新星だ。タチアナ自身もよく知った間柄のため、今回の件では非常に助かっていた。

 

「漸くアーレに届きました。魔素通信網を利用しましたので、情報の隠匿はほぼ問題ないかと。また護衛は十七名に増員し、騎士と分からないよう着替えさせております。ただ、ジルヴァーナ皇女殿下の現状を知っているのは、同行した二名とエピカ、この三名に絞りました」

 

「さすがリーゼですね。ご苦労様」

 

「……ジルヴァーナ皇女殿下ですが、正直とても落ち着いていらっしゃると、そう思います」

 

 窓の外に視線を戻したタチアナに倣い、リーゼも庭を眺めた。散策を続けるジルの姿は花々に彩られ眩しく見える。肩に掛けたストラも衣装でさえも大人しい色合い。なのに、まるでドレスで着飾った精霊の如く美しい。

 

「ええ。記憶を失うなど、誰もが冷静でおれないでしょうに。以前のジル様も自分の事などさておき、周りに気遣いを欠かさない方でした。きっと今も混乱されているはずですが、性分は変わりませんね」

 

「大変失礼ながら、何処か少年のような純粋さも感じます」

 

「ふふ、確かに」

 

「あの御姿で超級と言われても、俄かには信じられません。たった一度で良いので、魔剣の教えを願えたならばどれだけ幸福か」

 

「帝国流の剣技と亜流、更にはツェツエの技も扱えると聞き及んでいますが……叶うと良いですね、リーゼの願い」

 

「はい」

 

 古竜を退け、魔王と互角に戦い、多くの危機から救ってくれたアートリスの女神。その最強の魔剣は今、力を失ってしまった。

 

 タチアナはもう一度リーゼに視線を合わせた。ついさっきまで湛えていた慈愛溢れる優しさは既にない。"演算"の才能(タレント)を持つ、エーヴ侯爵家の令嬢が立っているのだ。

 

「良く聞きなさい」

 

「はっ」

 

「先程はジル様が聞いておられましたから、余り深い話は出来なかったのです」

 

「分かっております」

 

 首肯した後も会話は続く。

 

「魔剣により生み出された多くの魔法技術の中で、最も有名であり、同時に未だ過小評価されているもの。それは"魔素感知波"です。ご自身が吹聴などされない為に知らぬ者が多いですが……あの方が行使すれば、その影響範囲はこのアートリス全域を覆うほど。それが何を意味するか分かりますか?」

 

「ぜ、全域……⁉︎ では今、完全に無防備、と?」

 

「いえ。魔素感知を誰もが操れるよう、ジル様は工夫されていました。事実貴女が扱うのもそうであるはずで、汎用性がなければならない技術ですから。だからこそ冒険者ギルドの職員は義務として学びますし、騎士も同様でしょう? ですが、何人集まろうと超級魔剣ほどに繊細な操作は出来ません。つまり、魔物への直接的防衛力が大きく落ちている。が、問題はそれだけではないのです」

 

 タチアナの懸念はリーゼにもよく理解出来た。このアートリスは陸路の要衝にして、ツェツエ最大の人口を誇る巨大な街だ。魔物の襲来なども厄介だが、悪意ある奴等は街中にも当たり前に存在する。凶悪な犯罪者、ハグレ者、ゴミ漁り(スカベンジャー)、そしてその集団。だが、彼等は大きな動きが出来ない。ツェツエの軍と超級冒険者の魔剣がいるからだ。そう、彼女の逆鱗に触れたならどんな結末を迎えるか、誰もが理解しているだろう。超級は他国への抑止力として語られるが、同時に国内の治安維持にも一役買っている。

 

「不遜にもジル様へ恨みを持つ者も多いでしょう。ましてや女神と讃えられる美貌まで。つまり、不埒な考えに至るであろうことは想像に容易い」

 

「や、やはり竜鱗騎士団に、剣神に護衛を」

 

 タチアナの空気に当てられ、不安に襲われたリーゼは弱気になっている。幾ら騎士として鍛えていようと、遥かに強い連中は腐るほどにいるのだ。剣神コーシクス=バステドならば、凡ゆる危機から守ってくれるはず、と。しかしタチアナは、より厳しい視線でリーゼを射抜いた。

 

「まさか、腑抜けましたかリーゼ。貴女が属する紅炎騎士団は、正しくこの為に存在するのでしょうに。最たる貴人である皇女殿下を守るのを、男性騎士に任せると? どうやって身辺に控えると言うのか答えてみなさい」

 

 食事、着替え、湯浴み、更にはお花摘みまで。どれもこれも隙に繋がる瞬間だ。そして、男性騎士では対応出来ない内容でもある。当然に王城などであれば別だろうが、こんな街中ではそれも望めない。魔法によるこの屋敷の防御機構でさえも、当人が無力では作動が不安定だろう。

 

「そ、それは……しかし!」

 

 理想論を語っている場合でもない。護衛対象は他国の貴族令嬢などでなく、バンバルボア帝国の皇女なのだ。そんなリーゼの不安も分かるだけに、タチアナは少しだけ緊張感を緩くした。

 

「ごめんなさい。少しキツく言い過ぎました。ただ、今の状況を理解して欲しかったのです。お父様から、エーヴ家からも情報は入れますし、実際には竜鱗からも応援が来るでしょう。ただ、何より今日明日でもない。ですから、それまでは何としても周囲に知られることなく、大過なくお過ごし頂かなければ。今こそツェツエへの大恩をお返しする時です」

 

 情報を扱うエーヴ家としても座しては居られない。ジルの祖国であるバンバルボア帝国の存在も気になる。例えば、噂に名高い"シャルカ皇妃陛下"が滞在したままであれば、安心感は全く違うものになったはず。水魔と謳われた魔女シャルカは、冒険者であれば超級に至る実力を持つと言う。

 

 でも現実は甘くない。彼女は本国に帰ってしまった。

 

「大恩を、返す……」

 

 リーゼは身体中が熱くなるのを感じた。いつも御飾りなどと揶揄される紅炎だが、自分たちは戦う者、つまり騎士なのだから。タチアナはそれを知った上で激励してくれているのだ。

 

 

 

 しかし、危機は思わぬところから現れるもの。

 

 才女であるタチアナも知っていたはずだ。"演算"でさえ全てを見通すなど不可能で、ましてや魔剣には()()()()()()()()ことも。

 

 それを思い知るのは僅か数日後の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

「しかし、見事な厨房ね」

 

 使命感に燃えるリーゼを見送ったあと、タチアナは厨房に来ていた。事前にサッと見回った際に気になっていた事があるからだ。屋敷内にいるジルの安全にはリーゼが、そしてエピカが目を光らせている。

 

 魔力銀を応用した水回りや竈門、数々の食器類も綺麗に整頓されているようだ。自他共に認める綺麗好きなタチアナから見ても、清潔感に溢れた素晴らしい場所。今は留守にしているターニャの城と化した此処は、専門店の主人すら憧れるだろうと感じ入る。

 

 しかし、だからこそ気になる物があった。

 

 中央に位置する独立したテーブルだ。

 

 テーブルと言っても水回りも接続され、各種調理器具も並べていた。複数人で気持ち良く料理を楽しめる配置でもあるだろう。タチアナの目には、ターニャとジルの二人、笑顔で寄り添う姿が幻視されたほどだ。

 

「茶器……しかし今はジル様お一人のはず」

 

 似た形のカップ達が並べたままになっている。しかもまだ洗っていないのは明らかだ。カップの底には色素が残り、乾いた跡もあった。洗わないままにするとは思えないし、何より皇女は表で倒れていたのだ。そう、真っ先に疑ったのは"毒"だが、これこそが原因かもしれない。

 

「それぞれ色が違う? 香りも……全部別みたい」

 

 そうして周りを見渡せば、如何にもな茶葉の紙袋が見つかった。特に名前らしきものはない。

 

 慎重に開けると、濃い緑色した茶葉が僅かに残っている。見た感じ、ツェツエで流通する種類ではないようだ。

 

「他国のもの? やはり念の為に調査してみましょう。たとえ間接的でも原因があるならば、記憶を取り戻す手掛かりになるかもしれない」

 

 人の記憶を強制的に失わせる茶葉など、そもそも存在すら疑わしい。毒に関して専門家を配置しているエーヴ家であろうとも、寡聞にして聞かないのだ。だからタチアナも可能性は相当に低いと思っている。しかし何かが引っ掛かる上に、今は全ての手段を尽くすときだろう。

 

 持って来た籠に割れないよう入れていき、油紙に包み現状を出来るだけ維持するよう注意する。そして、茶葉の袋も収めると、タチアナはそこを後にした。

 

 

 

 

 

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