綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね   作:きつね雨

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お姉様、お宿に到着する

 

 

 

 

 

「はあ、疲れた……」

 

 なんで町に入るだけで疲れてるのか……アートリスの皆は気を遣ってくれてるのかな? まあ、俺って宿場町は余り利用しないし、珍しかっただろうけどさ。

 

「お姉様、ごめんなさい。アートリスではあんな事なかったので……」

 

 おっと、ターニャちゃんが暗い顔になってる。折角の旅だし、楽しくしないとね!

 

「気にしないでね? ちょっと吃驚しただけだから!」

 

「お師匠様。ほら、双竜の憩ですよ」

 

「ターニャちゃん、あれが今日のお宿だよ! 見て、凄いでしょ!」

 

 旅の醍醐味はやっぱり宿だよね! 現代日本みたいな宿は流石に無いけど、あのレベルなら見劣りしない筈。まあ、双竜の憩は一回しか泊まったこと無いけど!

 

「あそこに泊まるんですか? 宿……ですよね……?」

 

 双竜の憩は名前の通り、二つの建物がくっついてる宿だ。この世界では珍しい三階建で、簡単に言えば「く」の字をしている。赤茶けた煉瓦造りと、苔むした屋根は趣きがある。何故か和風を少しだけ感じるのが不思議だ。敷地も中々に広く、中央には整備された池と木々の生い茂る庭園、そして幾つか篝火が焚かれていた筈だ。

 

 如何にも高級宿だし、迎賓館と言われたら信じるだろう。

 

「ツェルセンで一番だし、王家御用達の宿だから。楽しみだね!」

 

「緊張します。何か失礼な事とか、気を付けた方が良い事はありますか?」

 

「大丈夫、下手な宿より自由だから。なんて言えばいいかな……必要以上に干渉されないし、さり気無く世話をしてくれる感じだね。心配なら私と一緒に行動すれば良いよ、寧ろ大歓迎!」

 

「ふふふ、少し安心しました。お姉様はこの宿に来た事があるんですか?」

 

「一度だけね。招待されたって感じだけど、楽しかったよ?」

 

「招待? 気になりますね、誰ですか? 浮気なら許せません」

 

 無視したい……したいけど、無理だ!

 

「誰でも良いし、浮気とか大きなお世話よ。前を向きなさい!」

 

「しかしですね……」

 

 馬車数台分という距離まで来たとき、やはり趣きのある木製の門がゆっくりと開き始める。何処かから確認してるんだろう。

 

「ターニャちゃん、見て!」

 

「わあ……うわぁ……」

 

 最初の「わあ」は感嘆の声、次の「うわぁ」は引いてる声ね。

 

 開き始めた門の先に見事な庭園が見えたら、誰もが感嘆の溜息をつくだろう。やっぱり何処か和風庭園を思い出させる美しい庭なんだよね。池には二つの橋がかかっているけど、これも双竜を示しているのかな。薄い水色の池は篝火を反射してキラキラと揺らめいて、凄く綺麗だ。

 

 因みに「うわぁ」だけど……開いた門の先、宿までの道沿いに十人くらいが並んでたからだ。

 

 お出迎えしてくれたのはホテリエ、所謂ホテルマンの男女共用の名称だ。殆どが女性だが、二人程男性もいる。因みに女性陣はメイド服を着ているが、如何にも仕事着で地味です……残念。男性二人は正面玄関で待っていて、背筋がピンと伸びた見事な立ち姿だ。

 

 馬車から降りる時はいつの間にか足台が置かれ、ターニャちゃんはもう一人の男性に片手を添えられてお姫様の様に降りてきた。少しあたふたしてるのが可愛い。

 

「ジル様、お久しぶりです。ようこそ双竜の憩へ。クロエリウス様とターニャ様もお疲れでしょう。あちらで冷たいお飲み物をどうぞ」

 

 白い口髭を震わせ、撫でつけたグレーの髪もバッチリ決まっている。何となく覚えているぞ、うん。

 

 流石の所作で頭を下げると、耳触りの良いバリトンで歓迎の挨拶を告げる。流れる様にロビーへと案内される頃には、馬車からポーターが荷物を下ろし終えていた。その馬車すら何処かへと移動されていく。すげえ……

 

「支配人、私を覚えて頂いてたなんて光栄です。しがない冒険者の一人なのに、驚きました。それとこの様な格好で……恥ずかしい」

 

 おや?とダンディな笑みを浮かべた支配人は、すかさずに返事を返してくれた。

 

「ハハハ、ジル様は冗談がお好きの様だ。貴女程の方を知らない者など、双竜の憩には一人もおりませんよ。そしてツェツエでもそうでしょう。それと、実は私の娘に以前妬まれまして……ジル様が逗留された事を知ったらしく大騒ぎでした。どうも魔剣の熱狂的な支持者だった様で、今回冒険者の装備を纏ったジル様を見たと言えば……ふむ、気絶するかもしれませんな。はっはっは!」

 

 意外とよく喋る支配人だが、バリトンの声は嫌味を感じさせない。

 

「まあ! ますます光栄な事ですね。そうだ……少し待って下さい」

 

 腰に掛けてあった小袋から一本の櫛を取り出す。俺のファンなら大事にしないとな。何よりも女の子だから! この支配人の娘さん……きっと上品で綺麗な人に決まってるのだ。

 

「ジル様、これは?」

 

「私の使い古しで申し訳ないですが、凄くお気に入りの櫛なんです。アズリンドラゴンの鱗から削り出した物で、摩擦が全く無くて……熱や雷精(静電気ね)も起きない、髪を整えるのに最適なんです」

 

 加えて言うと魔力強化にも耐えてくれる。

 

「ア、アズリンドラゴンですか? あの宝石の様に美しい、空色をしたドラゴン……たしか魔族が住む北の大陸の」

 

「そのアズリンドラゴンです。ある方に沢山頂いて……家にはまだ予備がありますし。それとココを見て下さい。あっ、その裏側です」

 

 綺麗な空色の櫛には「水色のジルへ」と精緻に彫られている。水色は櫛と俺の瞳に意味を重ねてくれたらしい。

 

「少し自慢してるみたいで恥ずかしいですが。この櫛は私だけしか持ってないので……お嬢様に喜んで頂けるかな、と」

 

「ジル様、その様な貴重な物は頂けません。娘の話を出したのは……」

 

 支配人は顔を硬直させて、その様なつもりでは……そう真剣に断ってくる。気持ちは分かるけど、実際何本かあるし、鱗も何枚かあったり。俺にとっては貴重品じゃないんだよなぁ。と言うか貴重な鱗を櫛にした時点で……ね?

 

「そうだ、裸で渡す物でもないですね」

 

 もう一人の男性に包み紙と羽ペンをお願いする。おそらくコンシェルジュだろう彼は直ぐに対応し、俺の手に渡された。

 

 日本のバイトで習ったプレゼント包装を思い出しながら包み、最後に一言を書き添える。

 

「どうぞ」

 

 この世界では身に付けていた物を贈る風習があるから、特に失礼には当たらないはず。

 

「ジル様……」

 

「嬉しかったんです。ですから渡して頂けますか?」

 

 左の手を掴み、強引に握らせた。しかし支配人は渋い顔を崩さず、困った様子に変わりはない。仕方がないなぁ。

 

「ではこうしましょう。私達がお世話になる間、特別な便宜をお願いします。あの子達がツェルセンの葡萄を沢山食べたいと我儘を言って……私は凄く困ってまして。()()()とは思いますが、特別な計らいをして貰いたいですね」

 

 当然だが、言わなくても葡萄は供されるだろう。まあ、建て前だよね。支配人なら俺が気を遣ったのが分かるでしょ?

 

 見ると、ターニャちゃんとクロはジュースらしき飲み物と果物に舌鼓を打ってる様だ。ん? あれって葡萄ジュースと葡萄では? もう食べて飲んでるじゃん!? 折角格好良い事言ったつもりだったのに!

 

「……あ、あの……」

 

 支配人も二人の様子に気付いた様で、肩を震わせ始めた。これは……は、恥ずかしい!

 

「ふふ……ははは……ジル様には敵いませんな! この素晴らしい贈り物、間違いなく娘に渡します。そして、ジル様のご一行には特別な計らいを約束致します。これは内緒ですよ?」

 

 ウインクまで決められて、俺は顔が赤くなるのが分かった。はぁ、締まらないなぁ。

 

「よ、よろしくお願いします。内緒ですね?」

 

「ええ、ええ、勿論ですとも。それではジル様、あちらで御記帳をお願い出来ますか?」

 

 お子ちゃま二人は甲斐甲斐しくお世話されているので、放っておいても大丈夫だろう。しかし、記帳か……以前泊まった時は書かなかったと思う。俺の疑問を浮かべた顔が分かったのか、重ねて説明をしてくれた。

 

「以前はツェイス殿下の客人として、賓客としての御逗留でした。殿下より、その様にご指示がありましたので。そうですね……簡単に言えば殿下御一行様、その様に対応したのです。勿論この度もジル様は賓客ですが、代表として御記帳頂く事になります」

 

 まあ、残る二人は小学生と中学生だからなぁ……見た目は。

 

 前回は殿下ご自身で御記帳下さいました……そう言われれば、断る理由などないけど。

 

 支配人に促され、見事な飴色をした椅子に腰を下ろした。勿論目の前には同じ飴色のテーブルがある。毎日拭き上げ、少しずつ色が変化したのだろう。この宿はいちいち格好良いな。

 

 インク壺に立てられているペンは指紋一つ付いてない銀製で、持つと冷んやりと気持ちいい。支配人が優しく置いた紙には名前を書く欄が空いている。上三分のニには注意書などがあり、最後にサインする感じだな。日本などと違い、住所や電話番号などを書くスペースは無い。いや、電話番号は当たり前だけど。

 

 ふむ、名前と言ってもジルとしか書けないが……何か身分の証明とか求められる事はないのかな?

 

「ジル様。一応お伝えしておきますが、"偽名"は使えなくなっています。これは魔法による誓約(ギアス)が掛かった特別な用紙ですから。防犯の意味も勿論ありますが、他に来客された方への配慮も必要な為です」

 

 まあ、身分差がハッキリした世界だからな。宿の方も大変なんだろう。

 

「この誓約はお客様の御意思があれば、我等にも求める事が出来ます。つまり口外をしない様に、と言う事です。勿論そんなモノは無くても吹聴などさせませんが」

 

 うーん……妙に詳しい説明をしてくるなぁ。なんでだろ? 別に俺は……俺は……ん? ま、まずくないか?

 

 俺にはある意味三つの名前があるぞ……前世の名前、今世の名前、そして今名乗っているジルだ。

 

「支配人……家名も必要でしょうか?」

 

「はい。先程説明致しました通り、家名までお願いしております」

 

 ど、どうする? まさか、最高級の宿にはこんな事があるなんて……他の宿もそうなんだろうか?

 

 口外はしないと言っているが、王家はその限りでは無いだろう。民主主義の発達した日本とは訳が違うのだ。個人情報保護やプライベートなどと言う概念は王政には関係ない。

 

 クロに書いて貰おうかな……この際大人としてのプライドなど捨てて……

 

「ジル様、いえ、()()()()()()()。御安心下さい」

 

「な! なぜ私の名前を……」

 

「貴女のお名前や御身分を他に漏らす事などありません。この記帳を見るのは私と彼、その二人だけです。誓約も勿論受けましょう」

 

 それを信じるとしても、俺の名を知る機会など無かった筈だ……ツェツエではジルヴァーナの名前を知るのはクロ、唯一人。そして今はターニャちゃんが加わった。その二人も無邪気に葡萄を頬張っていて悪意などある筈もない。それにクロもある偶然から知っただけで、俺が意図的に教えた訳ではないのだ。

 

「ど、どうして……」

 

 場合によっては今すぐ逃げる事も……

 

「そこまで警戒されるとは……私の失言でした。本当に申し訳ありません。私は、ただ余りに懐かしかったのです。貴女様に()()()お会いする事になろうとは」

 

「三度?」

 

 どういう事だ? 俺は今回が二度目だ、間違いない。

 

「やはり覚えてはおられませんか……ジルヴァーナ様はお母様方と一度逗留されているのですよ? まだ小さな女の子だった貴女は覚えていないのでしょう」

 

 なんだって? 俺は小さな頃から自我に目覚めていたし、大抵の場合は覚えている筈だが……いや、小さな頃はよく眠っていたから記憶も曖昧か?

 

「では前回も……?」

 

「勿論気付いておりましたが、こちらから詮索するのも……お名前も変えられた様ですし、事情があると思っておりました。この度は私とジルヴァーナ様しかおりませんし、つい悪戯心を。深い事情がお有りなのでしょう、本当に申し訳ありませんでした」

 

「小さな頃……何故それが私だと?」

 

「今の貴女様はシャルカ様と瓜二つですし、何より水色の瞳は……お分かりでしょう?」

 

 シャルカとは俺の今世、つまりジルの母親の名だ。娘の俺が言うのも何だが、バンバルボアでは「美の女神」として有名だったらしい。まあ、確かに似てるけども……最初に見た時はその美貌に暫くフリーズしたけれども!

 

 因みに、その美しさに騙されてはいけません。触れるな危険!! うぅ、思い出しただけで、あの頃のトラウマが……

 

 誓って御身分を口外する事はありません、例えツェツエ王家であろうとも。そう言われて、俺は胸を撫で下ろした。以前も正体が分かっていたのなら、もうツェツエや周囲に伝わっていてもおかしく無い。だが、ツェイス殿下は知らないままだ。つまり、そうなんだろう。

 

「分かりました。でも小さな時にお会いしてるなんて、驚きました」

 

 銀色のペンを持ち、サラサラと本名のフルネームを書いた。久しぶりに家名を書いたなぁ……

 

 支配人に俺のサインを確認し、ニコリと笑った。勿論誓約にも影響されず、しっかりと記載されている。

 

「はい、間違いなく。同行されているお二人にも秘密にされているのですか?」

 

「はい。秘密と言うか……私はツェツエの冒険者、ジルですから」

 

「成る程。では()()()、あらためて……ようこそ、双竜の憩へ」

 

 支配人はちびっ子二人の方へと手を差し伸べて、俺を促した。

 

 まあ、色々あったけど楽しみますか!

 

 

 

 

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