綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね   作:きつね雨

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お姉様、到着する

 

 

 

 

 

 カッポカッポとお馬さんの地面を蹴る音が、天気の良い空へ飛んでいく。石畳で整備された街道をゆっくりと進むのは中々に気持ちの良いものだ。

 

 街道を馬が歩く音や車輪が回るの、好きなんだよね。

 

 カッポカッポ、シャラララ……

 

 うん、旅してるなぁ。

 

 

 

 

 

 

「次は紅炎騎士団にしましょうか。紅炎は女性騎士だけで構成された団です。これは王妃様や王女様、他国からの女性の賓客のお世話や護衛を任務としているからですね。実働は少なく、大半は貴族の娘達の箔付けに使われてます。一部の口悪く言う者は御飾りなどと冷やかしますが……実際は実力者も多いですし、侮れ無い人達の集まりですよ」

 

 クロは台本でも頭に入ってるのか、さらさらと説明を続ける。ちっこいのに凄いなぁ。

 

「団長はクロエ=ナーディ。赤髪が特徴的な人ですね。性格も見た目も炎を体現してますし、実際に炎魔法が得意です。貴族では無く実力で若くしてのし上がった事から、同性の信奉者が非常に多い事でも知られています」

 

 ふむふむと頷くターニャちゃんだが、こんなにたくさん覚えておけるのかな? あっ、風が気持ちいい……

 

「最後は蒼流騎士団です。団の規模はツェツエ最大で主力、実質ツェツエの騎士と言えば、この団を指す事が多いですね。僕が所属しているのはこの蒼流です。まあ遊軍扱いですし指揮系統からも独立してるので、こんな自由もあるんですけど」

 

 肩を竦めるクロは小学生みたいな子供なのに様になってる。身体はともかく、成長したね。

 

「さして特徴のない騎士団ですが、凡ゆる任務に関わっていますから出会うこともあるでしょう。ターニャさん、一つだけ……いや二つ注意点があります」

 

「注意点ですか?」

 

「はい。基本的に礼儀正しい者が多いですが、中には変わり者がいます。困ったら僕の名前を出して下さい。お師匠様が側にいれば心配ないですが、依頼がありますからね」

 

「やっぱり依頼やめない? このまま観光でも……はい、すいません……」

 

 そんなに睨まなくてもいいじゃん……

 

「はあ……僕も気を配りますから。最後の点ですが、蒼流騎士団長にはご注意を。人は悪くないですが、ツェツエに対する忠誠が度を過ぎてまして……冗談も通じません。間違ってもツェツエを貶める様な事を言わないよう気をつけて下さい。まあ、会う事は無いと思いますけどね」

 

 あぁ……ディザバルさんね。何時も笑ってるけど、目は笑ってない的な。

 

「ちょっと怖く言いましたけど、心配は要らないです。陛下をはじめ皆さん良い人ばかりですし、何よりアーレは美しい都ですから。きっと楽しいですよ」

 

「でもディザバルさんって何処にでも出没する感じが……あっ、蒼流騎士団長のことね。あの人って確か伯爵家の長男でしょう? その割には街で普通に歩いてたり、買い物したり……」

 

「ディザバル=ジーミュタスですね。まあツェツエに関わらなければ基本は良い人です」

 

「伯爵家……」

 

「ターニャちゃん、大丈夫だから。横暴な貴族なんて実際には中々いないわ。陛下を始めツェイス殿下も民には理解がある方だし、それに倣って貴族も襟を正しているの。ジーミュタス家も人気のある貴族の一つだから」

 

「代々名騎士を輩出している名門ですね。紅炎のクロエ団長も普段は可愛らしい女性ですし、ツェツエは本当に良い国だと思います」

 

 確かになぁ……身分を笠に着てって人が少ないもん。物語だと悪代官みたいな人が多いけど、ツェツエは殆ど居ないもんね。まあ、怒らせたら面倒ではあるけど。

 

「うんうん、折角だし旅を楽しもうね!」

 

「お師匠様は仕事ですが?」

 

 いいんだよ! 依頼なんてパパッと終わらせてターニャちゃんとデートするんだから! 何かを思い出したのか、クロがポンと掌を叩いた。

 

「一つ言い忘れていました」

 

「んー? 騎士団で他に何かあったかな?」

 

「いえ、お師匠様にです」

 

「私に? 暫く王都には来てないけど、大体知ってるよ?」

 

「そうでは無くて、私が伯爵家の娘から婚約を迫られている件です」

 

「……前に言ってたね。確か断って、おまけに私の名前まで出した……また腹が立ってきた」

 

「ええ。貴女は素敵な女性ですが、僕のお師匠様には勝てませんとハッキリ伝えましたから」

 

 何でドヤ顔なんだよ!? この!ほっぺを抓ってやる!

 

「おひひょいはま……ひたひでふ」

 

「如何にもな感じですね。この流れから言うと……」

 

「うん?」

 

 ターニャちゃん、何かな?

 

「イタタ……まあ、コレも有りか……ターニャさんのお察しの通り、その娘の名はアリス。アリス=ジーミュタスです。ジーミュタス家の長女で、ディザバルさんの妹ですね。因みに溺愛してるらしいです、ジーミュタス伯が」

 

「……ターニャちゃん、どうしよう?」

 

「断ったなら大丈夫では?」

 

「クロ?」

 

「大丈夫です。会えば分かると言ってありますから!」

 

 大丈夫じゃねぇーーー!! こんにゃろう!

 

「おひひょいはま、ひたひでふ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都は目の前の丘を登れば見えて来る。樹も伐採されており、景色は最高だったはず。三日月の湾も見渡せるし、夕景も綺麗なんだよね。大昔、この丘は防衛上立入禁止か警備が大勢いたらしいけど、今は一種の観光ポイントになってるんだ。確かに王都の全景や王城も観察出来るから、警戒してたのは当たり前かな。

 

「ターニャちゃん、あれが王都アーレ=ツェイベルンだよ!」

 

「わあ……綺麗ですね! 凄い!」

 

 ターニャちゃんは偶に年相応のらしさを見せてくれるので可愛い。今も全身で感動を表していて、目もキラキラしてる。うん、やっぱり可愛い!

 

 丁度夕方に差し掛かって、海や空がオレンジ色に染まっている。この景色は何度か見たけど、やっぱり綺麗だよね! 街にも少しだけ灯りが灯って、それも良い感じ。

 

「今日はお宿でゆっくりして明日は観光だね!」

 

「お師匠様……一応ギルド経由で依頼を受けた冒険者なんですから、先ずはギルドでしょう?」

 

「ギルドに行ったら直ぐに仕事が始まるじゃない! 私はターニャちゃんと遊ぶんだから!」

 

「お師匠様、良く考えて下さい。街を彷徨えば噂は直ぐに広がりますし、何より僕が蒼流に戻れば報告をするんですよ? どの道隠しようが無いです」

 

「むぅ……でも着いたばかりでターニャちゃんを一人になんて出来ないわ。可哀想だし、初めての街なのよ?」

 

「僕が暫く一緒にいますよ。報告を終えたら戻りますから安心して下さい」

 

「お姉様、先ずはお仕事を頑張って下さい。私の事を心配してくれるのは嬉しいですが、会いたいと思ってる方も多いのでは? 私なら大丈夫です、クロさんも居てくれるみたいですから」

 

「ふぅ……分かったわ。クロ、ターニャちゃんを頼むわよ? 絶対に危険な目に合わせないで。それと、もし変なやつが居たら直ぐに報せなさい。私が罰を与えますから」

 

「分かってます。それとお師匠様の罰は洒落にならないので、絶対にやめて下さい」

 

 何でだよー。ちょこっと懲らしめるだけだって。

 

「本当にやめて下さい。お願いですから」

 

「何よ? そんな無茶はしないし」

 

 ジト目はやめろよ!

 

「四年前……アーレ郊外で……」

 

「さ、さあ! ターニャちゃん、行こっか!」

 

 呆れて溜息をつくクロは放っておこう。

 

 俺は鞭を軽く振り、止めてあった馬車を再び前へと進ませる。下りなので蛇行した街道では速度は出せない。アートリス方面へ向かう馬車とすれ違ったりしながら、ゆっくりと王都へ近づいて行った。

 

 カッポカッポ、シャララ……頑張れお馬さん達!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 アーレ=ツェイベルン城内

 

 

 

 美しい金の髪は少しだけ波打ち、腰までフンワリと広がっている。腰掛けて鏡に向かう少女は紫紺の瞳を鏡越しに後ろへと向けた。

 

「クロエ、そろそろジル様が到着する筈よね?」

 

 年齢は15歳。まだ幼さを残すが、将来を約束された美貌は隠せない。身長も低く、少し垂れ目気味な瞳は見る人に優しい気持ちを抱かせるだろう。そして、問い掛けた相手は真っ赤に燃える長い髪が眩しい、美しくも強気を隠さない、やはり赤い瞳が印象的な女性だ。

 

「そうですね。予定では今日の筈です。余程の事が無ければですが、ジルに限ってそれはないでしょう」

 

「あら? どうして話し方が他所向きなのかしら? クロエらしくないわ」

 

「シッ……タチアナがそろそろ来る筈なんだからやめて! 怒られちゃう!」

 

「護衛の者がリュドミラ様にその様な口を聞くとは……クロエ様とはしっかりと()()()をしないといけませんね」

 

「ひぃ!! タ、タチアナ、いつの間に!」

 

 赤髪を振り乱すクロエは鍛えられた身体能力を遺憾無く発揮し……ズザザザッと後退る。その視線の先にはミルクティー色の髪をオカッパ頭にした女性が立っていた。藍色のメイド服を着ているのは、メイド兼王女の教育係でもあるタチアナ=エーヴだった。

 

「リュドミラ王女殿下。おそれながら……殿下も王族としての意識が足りません。下々に示しも付かないですから、しっかりして下さらないと」

 

「はーい」

 

「殿下、返事は伸ばしてはいけません」

 

「はい」

 

 リュドミラはピンと背筋を伸ばし、返事を返す。

 

 矛先がリュドミラに行って息をついていたクロエにタチアナは視線を送った。年上でありながらもクロエはタチアナに頭が上がらないのだ。リュドミラと同じ様に背筋を伸ばす。

 

「クロエ様、貴女は紅炎騎士団の長。対外的には偉大なるツェツエの顔ともなりましょう。礼儀や姿勢、その話し方、まだまだ足りないと見受けられます。後でお話ししましょう」

 

 眼鏡をクイと上げたタチアナに、クロエは青白い顔をしてガックリと頭を下げた。26歳にもなって19歳のタチアナに叱られるクロエだが、怖いものは怖い。タチアナに比べればその辺の魔物と戦った方がマシだと本気で思っていた。

 

 演算の才能(タレント)を持つとされるタチアナは有名な才女で、直感で生きるクロエにとっては本当に苦手なのだろう。因みにジルも苦手なのは間違いない。

 

「殿下、湯浴みのお時間です。今日はツェイス様と御食事をされるお約束です。御身を整えませんと」

 

「あら、そうだったわね。ジル様もアーレに来られるのだから作戦を練って頑張りましょう」

 

 この三人は立場も年齢も全てが違うが、仲は良かった。

 

 王女であるリュドミラ、騎士のクロエ、メイドのタチアナ、恋愛話に花を咲かせるのが最近の流行だ。特にツェイスから婚約を申し込まれながらも身分差から身を引いたジルの意地らしさが、彼女達三人の情熱に火を灯したのだ。

 

 実際は男と結婚などあり得ないジルが適当な理由を付けて逃げただけなのだが、誰もその事実を知らなかった。

 

 湯浴みを勧めに来たタチアナさえも、この話の魅力には勝てない様だ。彼女にとってツェイスが告白した以上、ジルが未来の王妃である事は決定事項だったが、その過程を楽しむのは自由と考えている。

 

「身分を考えて身を引いたジル様、きっと辛かった筈。一部の貴族に反対意見があるのは承知していますが、あの者達はジル様にお会いした事がないのでしょうね」

 

 リュドミラにとってジルは将来の姉だ。

 

 王族として何人もの美男美女を見てきたが、比べるのも烏滸がましい。しかも身を引く健気さも持ち合わせ、最強に近い戦闘力すら駆使するのだ。

 

 数年前のツェツエの危機……大量の魔物が遺跡から溢れた時に二人は初めて出会ったらしい。そして王国を救ったのだ。他にも魔族侵攻や古竜襲来でも活躍したと聞く。

 

「身分など……ジル様の前では霞んでしまいますね。お兄様も一途に想っておられる様ですし、何とか今回の来訪を生かさなくてはなりません」

 

「リュドミラ様、何か作戦でも?」

 

「ジル様は何時も一歩引いていますから……おそらく他人行儀に接するでしょう。お兄様が食事など手を尽くしても辞退されるかもしれません。ですから、私やクロエが代わって御招待します。そこに偶然お兄様が現れる……無理に抑えた気持ちも二人きりにすれば燃え上がる筈。この際、既成事実も考えなくては」

 

 ジルにとって最悪の気遣いだったが、リュドミラはワクワクする気持ちを抑えられない。彼女の中では二人の悲恋をもう一度なんとかしたい一心だった。

 

 ジルは今頃寒気に襲われているかもしれない。

 

「リュドミラ様だけで無く私もですか?」

 

 クロエもジルの恋を応援している一人だが、どちらかと言えば観客気分だ。

 

「私だけ毎日招待するのは不自然でしょう? 出来ればお母様にも協力して貰いたいくらいですもの」

 

「成る程……ならば私は個人訓練に誘って、その後酒でも飲ませますか。ジルはそこまで酒には強くないですから、様子を見てツェイス殿下に交代すれば……」

 

 リュドミラとクロエは段々興奮してきた。もしかしたらツェツエの歴史に残る王夫妻になるかもしれないのだ。

 

「御二方……前から言っていますが、ジル様は其処まで乙女ではありません。どちらかと言えば少年の様な……小細工よりも直接の方が」

 

 タチアナはジルの本性に何となく気付いていたが、乙女な二人は全く信じてくれない。

 

「タチアナ……貴女だって何度もジル様にお会いしてるのでしょう? まるで絵本から飛び出してきた様な美貌、見事な女らしい曲線、慎ましやかな仕草、どれを取っても素晴らしい女性じゃないの。ねえ? クロエもそう思うでしょ?」

 

「そうですね……戦闘すら美しさを感じます。同じ戦士として、女性として、羨望を覚えるしかない程ですから」

 

 流石のタチアナも、まさか男が転生して自らの理想をジルとして結晶させたとは想像出来なかった。少年みたいでは無く、男そのものなのだが。しかも元童貞、今は処女を拗らせている。最近は年下の少女に想いを募らせ、鼻血まで出す始末だ。

 

 それでも、湯浴みの時間が迫るまで三人の話は尽きなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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