綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね   作:きつね雨

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いきなり過去に飛ぶ。ツェイス王子達が登場、


お姉様、想われる

 

 

 

 

 

「暴走精霊だ! 離れろ!!」

 

 崩れていく遺跡の隙間から巨大な人形(ひとがた)が現れた。薄く透ける女性の姿だが、美しさを感じる者はいないだろう。その表情からは憎悪と憤怒しか感じない上に、骨と皮しかない骸の様に見えて誰もが怖気を覚えてしまう。大きさを無視すれば、狂った亡霊にしか見えない彼女は恐怖の象徴だ。

 

「コーシクス! 撤退させろ! 剣は通じないぞ!」

 

「殿下もお下がりなさい!」

 

「馬鹿を言うな! 魔狂いもいない今、一人でも魔法士が必要だ。騎士の戦線を後退……」

 

 ヒィィィァァァアァァィィーーーーー!!

 

 暴走精霊が聞くに耐えない叫び声を上げ始めた。

 

「くそ、間に合わない……魔素爆発が起きるぞ!! 全員伏せろ!」

 

「うわぁぁー!!」

「頭を隠せ!」

「吹き飛ぶぞ! 踏ん張れ!!」

 

 一斉に全員が頭を抱えて地面に伏せる。運悪く近くにいた魔物に踏みつけられたり、喰いつかれた者も散見されたが、どうしようもない。更に多くの騎士や冒険者が犠牲になると思われた瞬間ーーー

 

 ゴバッ!!!

 

 霧状の波が円心に広がっていき、凄まじい暴風が襲う。近くにいた魔物や逃げ遅れた人間は一瞬で塵と化し、遠くに立ったままの魔物達は爆発に巻き込まれて空を舞った。グルグルと巻き上がったあと地面に落ちてくるだろうが、どの道即死だろう。

 

「くっ……全員耐え抜けよ!!」

 

 ツェイスは暴風と衝撃に耐えながら、聞こえないと知りつつも声を荒げた。

 

 地面に剣を突き刺し、ズルズルと下がりそうになる身体を縫い付ける。両手に限界まで力を込めて、歯を食いしばって時が流れていくのを待った。

 

 あと少しだったのに……!

 

 西の古い遺跡から魔物が溢れて来るという報せ。最初は偶にある魔物の暴走かと思っていたが、ツェツエの軍で抑えられずに冒険者の助けも借りる事になった。対魔物の専門家である冒険者の参戦は勝利への道を拓いたと感じたのだ。

 

 事実押し込まれていた戦線は再び持ち直し、少しずつ原因である遺跡へと近づいていた。ダイヤモンド級などは人外の戦果を齎し、士気すら跳ね上がった。

 

 いける……誰もがそう思った時、アレが現れたのだ。

 

 暴走精霊……元々は元素を司る存在だが、何らかの理由で闇へ落ちて暴走を始める。自身には頓着せずに、最後は爆散して消滅するのだ。その破壊力は凄まじく、街一つが消えた事もあったという。

 

 ズル……

 

「く、くそ……」

 

 地面に深々と刺したはずの愛剣が抜けて行く。

 

 一度抜け始めた剣は止まらない。もう駄目か……ツェイスは覚悟を決めて、すぐ隣に蹲るコーシクスを見る。彼も何かを感じたのか、僅かにツェイスの様子を伺った。その瞳は大きく見開かれ、ついで声を荒げた。

 

「殿下!!」

 

「コーシクス!!後を頼む、皆を……」

 

 言葉を言い切る事すら出来ず、ツェイスはあっさりと空に舞った。地面が遠去かり、遙か上空へと身体が浮き上がっていく。コーシクス達が何かを叫んでいるが、何も聞こえない。

 

「死ぬ時は、簡単だな……」

 

 せめて愛するツェツエの大地を目に死のうと、ツェイスは無理やりに首を振る。暴風は弱まり、時間も少ないだろう。

 

「リュドミラ……父さんと母さんを頼む……」

 

 一瞬だけ宙に浮き、世界が止まる。そして直ぐに落下が始まった。もしかしたらギリギリ命が助かるかもしれない高さだが、身体は無事では済まないだろう。仮に助かっても魔物の餌食になるだけ……死の恐怖が襲ってくるが、悲鳴だけは上げたくないと唇を閉じた。

 

 さらばだ……

 

 その瞬間に身体が弾けた。

 

 いや、落ちる筈だった地面が爆ぜて、身体が再び宙に押し戻されたのだ。それが二度三度繰り返されると、べチャリと大地に辿り着いた。少しの打撲はあるが、当たり前の様に地面に転がっている。

 

「な、何が……」

 

 上半身を起こし周囲を見渡せば、同じ様に助かった者達が呆然と座り込んでいた。

 

 奇跡か……善良な精霊か神の情けか……そう呟いたツェイスにある人物の姿が映った。

 

 まだ少女だろう、肩口にかかる白金の髪を踊らせながら魔法を行使している。落ち行く人々の真下に魔力弾らしき物を放っているのだ。信じられないのは、その数と精度だ。魔力弾自体は大した魔法ではないが、魔力の消費も激しく威力の調整など至難なのに。

 

「それを……」

 

 更に驚く現実が襲う。いや、齎された。

 

「治癒、魔法……だと……」

 

 攻性の魔法士だと思っていた彼女が今度は治癒魔法を飛ばしてくる。それもやはり信じられない数と精度で。

 

 完全に暴走精霊の猛威が消え去った時、少女は「ふう」と肩で息をした。あの数の魔法を行使したならば、即座に倒れてもおかしくない。その命すら怪しいのではないか……それ程の数を放ちながら一仕事終わったなと息を吐いて済ましたのだ。

 

 とにかくお礼を言わなければとツェイスは立ち上がり脚を動かした。後ろ姿だが、スラリと細い肢体は見事な美を見せている。白金の髪は珍しくないが、髪質が違うのか輝きの差が凄まじい。一本一本が生命力に溢れた魔法糸のようだ。

 

「キミ! 何と言えばいいか、お礼を……」

 

 ツェイスは紡ぐ言葉が口の中で固まったのを自覚する。視線は動かず、脚すら止まった。

 

 その水色の瞳が、信じられない程の美貌が振り返って自分を見たからだ。

 

 まだ大人になり切れていない、でも子供でもない。そんな少女だった。歳は15辺りだろうか、起伏はしっかりとあって輝く色気を感じる。今まで各国の美姫に会っていたが、彼女は生きる世界すら違うと思ってしまう。美の女神が地に降りたと言われたら信じてしまうだろう。

 

 服装は冒険者らしい自由な装いだが、鎧は着けていない。背中に一本だけ剣をかけている。魔法士だと思っていたが、違うのか……次の言葉は一向に出て来ない。

 

「貴方……騎士?」

 

「……あ、ああ」

 

 想像通り、いや以上に声も美しい。いつか城を訪れた著名な歌姫すら霞む。

 

「なら、手伝いなさい。魔法の準備を」

 

「何故だ? 暴走精霊なら」

 

「アレは前座、これからが本番。珍しい雷魔法を使うでしょ? その腕も、さっき見たから」

 

 何処かぶっきらぼうな物言いで、不思議と男らしく感じる。その美貌との差が激しく混乱してしまう。

 

「前座?」

 

「アレには効くはず。雷魔法なら」

 

 彼女は細い顎をしゃくり、崩れて消え去ったはずの遺跡を示した。促されるままにあちらを見たが特に変化はない。アレ程いた魔物すら見えないのだ。

 

「一体……」

 

「ついてきて。援護してくれたらいいから」

 

 置き去りにしたコーシクス達は遺跡の反対側だろう。思った以上に飛ばされて来た様だった。彼女は生き残りに離れる様に指示しながら歩いていった。だが、当たり前に誰もが怪訝な表情を隠さない。助けて貰った事は事実だが、少女然とした者の指図を受けたくないのだろう。

 

「ジル!」

 

 そんな時、一人の男性が駆け寄り声を掛けた。長めの槍、渋い声、歴戦を思わせる鎧。間違いなく高位の冒険者だ。そして漸く彼女の名が知れた。

 

「マウリツさん! 無事だったんですね!」

 

「マウリツ……先読みのマウリツか」

 

 アートリスの数少ないダイヤモンド級。槍を使わせたら並ぶ者は少ないと有名だ。先読みの才能(タレント)を持つとされ、魔法は苦手ながらも高位に辿り着いた珍しい冒険者。銀色の髪を撫で付けた上品な男に見える。

 

「ジルこそ……いきなり姿を消したから驚いたぞ。頼むから無茶しないでくれ」

 

「すいません。間に合わないと思って……」

 

「まあ、結果を見れば文句はないが……君を慕う者も多い、私もだぞ?」

 

「ありがとうございます。あの……お願いが」

 

「なんだ? 出来る事なら言ってくれ」

 

「もう少しでラスボス……いえ、強敵が現れます。皆を避難させて下さい。急いで」

 

「何故分かる?」

 

「以前伝えた……あの……」

 

「魔素感知か? まだ未完成と」

 

「誰でも行使出来る様には出来ていません。私一人なら何とでも」

 

「分かった。ジルは? どうする?」

 

 そのマウリツの質問には答えず、ニコリと笑顔で済ました。ツェイスにとって、ジルと呼ばれる彼女の笑顔はこの時初めて見たのだ。

 

「さっき言った事を忘れるなよ?」

 

「はい。この人が手伝ってくれます。なんと大変珍しい雷魔法の使い手ですよ? きっと相性バッチリです」

 

 漸く話が此方に振られてマウリツはツェイスを見た。そして顎が外れたと勘違いするほどに口を開き固まったのだ。"この人"が誰か分かったからで、同時にジルがツェイスを知らない事に驚いてしまう。このツェツエ王国の第一王子にして、つい最近就任した竜鱗騎士団の騎士団長ツェイスを。

 

 態と人差し指を口に当て、内緒だとマウリツに伝える。不思議とジルに自然のままでいて欲しかった。

 

「い、いや……ジル、あのだな……」

 

 それを聞かず、ツェイスはジルの肩を抱き促した。

 

「行こう。その強敵を教えてくれ」

 

「え、ええ。あの……押さないでくれない?」

 

「済まないな。でも急いだ方が良いのだろう?」

 

「まあ、そうだけどさ」

 

 ツェイスは何故が楽しくなって、これからの決戦も怖くなくなった。ジルがいれば大丈夫だと、確信する。

 

 そして、それは事実だと証明されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「お兄様」

 

「ミラ」

 

 夕餉へ向かっていた兄妹は、その道すがらに出会った。リュドミラは湯浴みを済ませて準備万端だ。タチアナやクロエとの話もひと段落して、作戦会議も終了したらしい。

 

「どうしたのです。一人笑って」

 

「少し……昔を思い出してな」

 

 もう6年も前の事だ。

 

「そうですか? そういえば、いよいよですね?」

 

「何がだ?」

 

「まあ! お兄様、未だにその様な態度では悲願は遠いですよ? 相手は気配りが過ぎて身を引いたのです。このままでは何一つ変わりません、優しさは時に敵へと転ずると言いますから」

 

「ミラ……お前が何を言いたいか理解した。だが、これは相手あっての事だ。ましてや我等は王族……そう意識して無くとも、言葉や態度が剣となり襲うのだ。厳に慎まなくてはならない」

 

 二人は足音すら立てず、廊下を歩いて行く。リュドミラの歩く速度に合わせた気遣いは、誰が見ても明らかだった。王女と同じ紫紺の瞳は言葉とは裏腹に優しい。妹が心から自分を案じてくれているのが分かるからだろう。長めに揃えた黄金の髪は僅かに肩に触れている。その髪を煩わしそうに片手で整えながら、ツェイスは隣りを見詰めて答えた。

 

「そんな事では何時になっても望みは叶いません! あの方の優しさを、哀しみを……見ないフリする事こそ罪です。お兄様に惹かれながらも周囲の貴族や立場を案じて身を引くなど……なんていじらしい。ジル様が可哀想です」

 

「何度も言っているが、ジルはそんな女じゃない。相手は世界に僅かしかいない超級冒険者で、世界に並び立つ者もいない特殊な人間なんだ。当たり前の尺度が通じる相手と思うな」

 

 ツェイスは昔、ジル達冒険者と共に戦い勝利した。「ツェツエの危機」と呼ばれる6年前の戦いだ。アーレから遠く西、古い遺跡から魔物が溢れ存亡の危機が迫った。竜鱗と蒼流の両騎士団、そして冒険者の混成軍が組織され、決死の戦いに臨んだのだ。

 

 その戦いで名を上げた者は多いが、その象徴こそジルだ。当時はまだダイヤモンド級にも至って無かったし、多くの冒険者に埋もれた存在だった。勿論並み外れた美貌に反する実力は多少知られていたが、まさかアレ程の隔絶した戦闘力を有するとは……ツェイスは当時を思い出していた。

 

 最後の魔物"カリュプディス・シン"を圧倒的に叩いたのはジルだ。援護なんて必要だったのか今でも納得していない。しかし、彼女がいなければツェツエは壊滅的な被害を被っただろう。あれほどの魔物など100年に一度あるかないかだ。

 

「タチアナみたいな事を言って……ジル様が他の男性の元へと行ってしまったら、耐えられるのですか?」

 

「ジルが他の男の元へ、か。言葉にするのは難しいが、見てみたい気がするな。アレは言うなれば……少年だ。まだ右も左も判らない、街で遊びまわっている子供。ミラも直ぐに分かる」

 

 そしてそれを含んで、ツェイスはジルを愛している。それを否定する気はないが、リュドミラの乙女な想像とは掛け離れているだけなのだ。

 

 ジルの本性知る者は少ないが、いない訳ではない。その戦闘力に反する人柄を。

 

 あの決戦の後、ジルと二人で魔物の残党狩りをした。ジル曰く、貴方使える、だそうだ。ツェイス自身も面白がって身分を言わなかったから、最後の方は男友達みたいに声を掛け合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「貴方、凄いじゃん! 雷魔法をそんな風に使うなんて!」

 

「そうか? ジルの魔力強化の方が出鱈目だと思うがな。どうやったら姿が消える速度で動けるんだ? おまけに魔法をぶっ放すし」

 

「ふふん。もっと褒めて良いよ?」

 

「……そこは謙遜しろよ」

 

「えー? まあいいじゃん! ほら、アレが最後だよ!」

 

「ああ、どっちがやる?」

 

「貴方が……名前なんだっけ?」

 

「今更か……態と聞かないのかと思ったぞ」

 

「思ったより戦い易くて吃驚しちゃったから」

 

「それ、関係あるのか?」

 

「……ないかな?ないかも」

 

 クスリと咲いた笑顔が綺麗だ。

 

「ジル……まあいい、俺の名はツェイスだ。覚えてくれよ?」

 

「ツェ、ツェイス……発音が難しいね。ツェイス、ツェイスね」

 

 下手しなくても不敬罪だが、ツェイスは笑う。予想通り、この国の王子の名すら知らない様だ。

 

「ジルは他国の出身か?」

 

「んー、まあ、ね」

 

 言いながらジルは魔法を放った。寸分違わぬ狙いは魔物を貫き、瞬時に絶命させる。何回見ても信じられない精度だ。しかも話しながら片手間の行使だ。見る人が見れば、冒険者など馬鹿らしいと引退するだろう。

 

「それ程の力を持っていながら余り知らないな。不思議だ」

 

「アートリスに来たの去年だからじゃない?」

 

「等級は?」

 

「ムフフ、それ聞いちゃう? なんと……トパーズなのだ!」

 

「トパーズ?」

 

「そう、凄いでしょ?」

 

 ジルが言っているのは僅か一年少々で中級に駆け上がった速度だろうが、ツェイスには違和感しかない。少なくともコランダム、ダイヤモンドでも驚かない。

 

「凄いな……本当に」

 

「もっと褒めていいよ?」

 

 腰に手を当て同じ事を言うジルにツェイスは笑うしかない。隔絶した戦闘力を持ちながらも、その性格は無垢な子供のようだ。常軌を逸した美貌に反して少年を思わせる。

 

「分かった分かった。ジルは凄い、私が保証する。もう"超級"でも驚かないからな」

 

「超級? マジで!?」

 

 大陸最大最強のツェツエ王国の王子がお墨付きを与えたのも知らず無邪気に喜ぶジル。やったー!と飛び上がり、ありがとうと叫びながら抱き付かれた時は慌ててしまうツェイスだった。

 

 

 

 因みに、その後合流したコーシクスたち竜鱗に跪かれたツェイスを見て顔が真っ青になるジルがいた。先程抱きついてタメ口まで聞いた相手が王子だと知ると、足音を殺してソロソロと逃げようとしたのだ。コソリコソリと背後に回る少女、ツェツエを救った英雄とは思えない姿にツェイスは再び笑うしかなかった。

 

 今もあの時のジルを鮮明に覚えている。

 

 飾らないジルが大好きで、世界で唯一人愛する女性だとツェイスは思う。あの日の様にお互いの立場を捨てて、話せたらいい。

 

 

 隣でムスリと頬を膨らませるリュドミラを見て、頭をポンポンと優しく叩き笑みを浮かべた。

 

「ミラ。ジルは変わった奴だが……凄く楽しみだ。久しぶりだから」

 

「そうですね! 私も早くお会いしたいです」

 

「ああ、俺もだ」

 

 

 超級"魔剣"ジルが到着する。

 

 それは、もうすぐだろう。

 

 

 

 

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