綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね 作:きつね雨
「クロさんが?」
クロエリウスが迎えに来る筈だったけど、朝から全く崩れない縦ロールお嬢様がドアの外に立っていた。ここ数日で随分話すことが増えたけど本当に良い子だ。口調こそアレだけど、優しく気配りが出来て可愛らしい。執事の人が溺愛するのも分かる気がする。
お姉様も言っていたけど、クロエリウスは一体何が不満なんだろう。まあ、あの人と比べたら誰でも普通に見えちゃうのかも知れない。
「はい。今朝方、我が兄に連れられて出立しましたわ。かなり急ですが重要な任務で、勇者として同行するそうです。ターニャさんならご存知だと思いますが」
僕が知ってる事? あるとは思えないけど……
「兄、確かディザバル様でしたか? 蒼流騎士団長と伺っています」
「まあ、ターニャさんにも知られているなんて光栄です。任務ですが、姉々様達との旅路で"アークウルフ"と遭遇した筈ですわ。原因や状況を調査……あの魔物は本来あのような場所に現れてはいけない獣ですから。冒険者ランクも相当な高位を求められますし、軍ならば尚更」
「アリスお嬢様、詳しいですね」
一見典型的な箱入り娘なのに、本当にしっかりしてる。
「お嬢様はやめて下さらないかしら。先日の夜会で朋友となったでしょう?」
朋友なんて難しい言葉使うよね、しかも女の子なのに。
「すいません。アリス様」
「アリス様もです」
「流石にそれは……お姉様に叱られます」
こう言えば大丈夫。
「む、仕方ないですわね……話を戻しますが、我がジーミュタス家は武を尊ぶ騎士の家系。ましてやディザバルお兄様は騎士の長、妹が足を引っ張る訳にはいきませんの。剣を取る事を許されないならば、せめて知識を持つのは当然ですわ。でも、だからこそ姉々様に憧れもします」
「なるほど……素晴らしいですね。それとクロさんが必要になった理由もよく分かりました。確かにあの狼を目撃したのはお姉様とクロさん、そして私ですから」
ギルド長のウラスロさんとかは討伐後だから、この場合はクロエリウスが適任だろう。
「姉々様が同行すればもっと安心ですけれど、ディザバルお兄様がいますから危険の欠片もないですわ」
態々朝早くから伝えに来てくれるなんて、この娘って本当に優しい。縦ロールとか見た目に騙されちゃ駄目なヤツだ。
「教えて頂いてありがとうございます」
「では行きましょうか」
「え? 何処に?」
「あら、ふふふ。何を驚いてますの? 今日はアーレを散策するのでしょう?」
手を口元に当てて上品に笑うお嬢様。
うん、絵になるね。
王都アーレ=ツェイベルンは巨大で同時に美しい都だ。
北欧の街並みに似てる気がするし、色合いも華やかで綺麗。白い石材が多くて石畳?の街路には統一感を感じる。所々に樹々も配置されて、木漏れ日だって街を飾る装飾だ。多分だけど、宿場町のツェルセンはアーレを参考にしたんだろうな。違うのは海が近い事くらい。潮風を偶にだけど感じて、益々ヨーロッパ辺りが頭に浮かぶ。
「アーレは一度たりとも他国に攻められた事がありませんの。偉大なるツェツエ王家の翼に包まれ、精強な騎士団と
アリス様の街案内は観光と言うより歴史や軍事に関する事が多い。でも何だかサマになってるし、退屈しない様にお姉様の話題を挟んでくれる。
「
「ええ、あの
何故か整った眉を少しだけ歪め、遠くを見たお嬢様。
「どうしました?」
「ツェツエを様々なカタチで助けて下さる偉大な方ですが……女性に対する、態度が……」
「態度、ですか?」
頬をほんのり赤く染めると小声で耳元に囁いてくれた。
「女性の、その……お尻とかを触ったり、時には胸だって」
「ああ、セクハラ……」
「何ですの?」
「いえ、つまりエッチなんですね」
「そ、そうですわ」
「それで分かりました。お姉様が何度も魔狂いさんに怒ってましたから」
「あの絶佳ならば被害も酷いのでしょうね……」
絶佳……確か風景に対する美しさを讃える言葉だけど、人に向けるなんて珍しいな。アリス様なら知らない筈ないし、眺望絶佳に勝るお姉様は人を超えたって意味かな。
「アリス様も気を付けないと」
「他人事みたいに言っては駄目ですわよ?」
「何故ですか?」
「何故って……ターニャさんは可愛らしい
「な、成る程」
そう言えばそうだった。所謂"か弱い女の子"ってヤツだもんな。暴漢に襲われたら太刀打ち出来ないかも。
「ふふふ、そろそろ昼餐の時間ですわ。パミール通りに行きましょうか」
パミール通り、確か最初にアリスお嬢様と会った通りだよね。飲食店が軒を連ねたって感じの。伯爵家のお嬢様が行くようなイメージ無いけど、慣れてるっぽいからよく行くのかな。
人通りがほんの少し減ったみたい。
「随分と遅くなりましたわね。ターニャさんとの時間が楽しくて時を忘れてしまいました」
街灯りに照らされた通りはまだまだ明るいけど、空を見上げたら夜になってるのが分かる。僕も楽しかったから全然問題ないけど。
「アリス様、私も楽しかったです。アーレの事をもっと好きになりました」
心からそう思う。それにお姉様が住う都になる訳だから嫌いになる事なんて無い。
「ターニャさん?」
まるで覗き込む様に、碧眼が瞬いた。
「はい」
「少しは元気になったかしら。可愛らしい笑顔が似合ってましてよ」
「……えっと」
「クロエリウス様も心配されてましたわ。今は寂しくても貴女は変わらず姉々様の妹。きっと大丈夫です」
「アリス様……ありがとうございます」
全部お見通しだったのか。
顔には出ない方だと思ってたのに……昨日の朝もお姉様が来てくれたけど、何だか顔を見せたく無くて断った。あの人の事だから辛い顔を少しでも見せたら大騒ぎしそうだし。クロエリウスにも被害が及ぶかもしれない。
「もし将来アーレに住まう時が来たら、必ず私を訪ねて下さってね。素敵な王都の生活を扶翼しますわ。ジーミュタスの娘としてだけでなく、貴女の朋友として」
全部がお姉様のお陰かな。こんな素敵な女の子にだって出会えたんだ。アートリスにも沢山の優しい人達がいる。やっぱり幸せ者だよね、僕って。
「その時が来たら甘えさせて貰います」
「ええ、遠慮なくどうぞ」
そう言うとアリスお嬢様は笑う。元気も貰えたよ。
「今日の最後に案内したいところがありますの。きっと気に入りますわ。もう少しだけ宜しくて?」
「はい、勿論」
周りの護衛、ジーミュタス家の人達だって何も言わないし、意外とお嬢様に甘いみたいだ。
まるで妹の手を引き歩く姉の様に、アリスお嬢様が連れて行ってくれた先は……
「特別に入れて貰える、と言う程ではありませんが、今の季節ならば一度は訪れますの。普段であればお兄様が一緒ですが、ターニャさんは特別。どうですか?」
道すがらは人が随分と減り、路地裏と言っていい細い道を抜けて来た。確かに誰か一緒じゃないと女の子には怖いかもね。背の高い城壁に登り、開けた視界には美しい光景が飛び込んで来る。アーレの外は闇に沈んでなんか無かった。
「綺麗……あの光って何ですか?」
「あら? ご存知ないですの? 夜光花ですわ」
「夜光花?」
「群生地を借景に出来るの場所は多くはありません。まるで夜空を歩いているようでしょう?」
「夜空……確かに星の海を眺めているみたい……」
「星の海。素晴らしい表現ですわ……詩的で、優しい」
元の世界では其処まで珍しい言葉じゃないけど、アリスお嬢様には響いたみたい。嬉しそうだし良かったかな。
「アリス様が訪れたくなる気持ち、分かります。こんな光景が見れるなんて」
高層ビルが立ち並ぶ都会の夜景にも勝る圧倒的な光。お姉様と見た星空にだって負けない、そう思う。
「王城内に夜光花が咲き乱れる庭園があると聞きますが、私はまだ見た事がないですわ。いつか足を運んでみたいと思っています」
「それなら……お姉様も見ているかもしれませんね、夜光花を」
「ふふ、きっとターニャさんと同じ様に幸せを感じて、女神に微笑みが浮かぶのでしょう」
「美の女神でしたか」
「ええ。女神と讃えられた人は多いでしょうけれど、あれ程に似合う人は姉々様くらいですわ」
「確かに」
アリスお嬢様の目を見ると思わず笑ってしまった。
○ ○ ○
夜光花を眺めてから大した時間も経ってない。
「キミに不法入国と滞在の嫌疑が掛かっている。同行願いたい」
「私に、ですか?」
まるで取り囲む様に男達が立っている。
「お待ちなさい! 何かの間違いですわ! ジーミュタスが世話役として承認が……」
「アリス嬢、勿論全て理解している。だが、此れは正式に蒼流へ要請が降ったものだ」
「そんな……お兄様は、ディザバル団長は知っているのですか⁉︎」
「ご存知の通り、団長はアートリス近郊の調査に向かっている。権限は副団長以下しっかりと残されたが、当然の事だ。それとも、ジーミュタス家の令嬢として反論されるのか?」
「……くっ」
血の繋がりで無理を通すのはきっと愚かな事だろう。それは僕にも分かった。アリスお嬢様の気持ちは嬉しいけど迷惑をかける事になる。
「アリス様、大丈夫です。この方は嫌疑、つまり疑いがあると言われているだけです。ちゃんと説明すれば」
「ターニャ、その通りだ。やましい事がないなら堂々と」
「お黙りなさい! その言葉、失礼ですわ!」
「ふむ、撤回しよう。だが、お二人とも理解しているのか? このツェツエに名高い"魔剣"への疑いが拡がる可能性を。かの英雄を蔑める事などしたくはないが」
何か怪しい光が瞳に見えた気がするけど……此れから幸せになるお姉様に迷惑は掛けられないよね。そもそも全てを無償で、何一つ得のない僕を引き取ったのが原因なんだし。
アリスお嬢様は悔しそうに俯いている。お姉様と同じ、優しい
怖いけど、きっと大丈夫。だって何一つ悪いことなんてしてない。アートリスの皆んなだって味方してくれる筈。
それに、お姉様だって知ったら怒り出すかも。
「ふふっ」
「ターニャさん?」
「いえ、すいません。お姉様を思い出してしまって」
「……必ず姉々様に報せます。お父様に相談しますから安心なさって」
「はい、ありがとうございます」
「では、同行願おう」
「分かりました」
段々遠くなるアリスお嬢様を見てると、不安が大きくなるな……
でも、不法入国に滞在か。
困った……僕の身元なんてこの世界にあるんだろうか?