綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね   作:きつね雨

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お姉様、掌で踊る

 

 

 王城内に用意された一室、そこで年配の男性とメイド服の女性が使い古した椅子に腰掛けている。

 

 燭台の灯りはあっても小さな換気口以外に窓は無く、数人が入れば息苦しく感じる広さだ。城内でも奥まった所で、周囲には物置き程度の部屋ばかり。扉すら普段は鍵が掛かっていて、ほぼ全ての者が記憶にも残していない、そんな場所だった。

 

 燻んだ銅色の髪を真ん中で分け、同じ色の髭が口周りを覆っているが、綺麗に整えてある事で下品な感じはしない。その年配の男は向かい側に座る女性を怪訝な顔色で見た。

 

 

「ツェイス殿下に伝えておらんだと?」

 

「はい、お父様」

 

 

 事実、此処には普通の廊下を使っても辿り着けない。だが二人は慣れた空気の中で真剣に言葉を紡いでいる。

 

 

「何故だ?」

 

「私のお役目は承知しています。しかし、個人的感情が今回は邪魔をするでしょう。数年待った機会を逃しかねません。数々の調査も泡と消えてしまっては、携わった者達が報われない」

 

「しかし、両者に対して失礼だ。特に()()は撒き餌にされたと知れば怒りを溜めるだろう」

 

「だからこそです。殿下が知れば判断が狂うか中止を命令されます。しかし私が報告を怠ったならば仕方がありません。お父様にはご迷惑をお掛けするかもしれませんが……」

 

 例え子飼いや部下、或いは愛娘の個人的な判断であろうと、監督者は責任を問われる。知らなかったでは済まされない。

 

「我等は影の存在、その様な事は些事だ。だが、殿下にとっての宝……いずれ我等が忠誠を誓うだろう彼女にも危険が及ぶ」

 

「それは有り得ません。あの方は誰よりも強く、そして美しい。あの男程度が考える事など見通した上で如何様にも対処されます。それに、一応の"保険"は掛けました」

 

「確かにヤツの最近の行動は目に余った。何より、忠誠を誓うべきツェイス殿下に怨みを膨らませるなど不遜に過ぎる。だが相手が相手、生半可な手は効かぬな」

 

「はい。しかしあの方、魔剣ジル様には通用しないでしょう。ある意味で触れてはいけない、魔王より恐ろしい人。6年前、そして4年前の事件を知らなければ嫋やかな女の人にしか見えませんから。もう一人の超級"魔狂い"が残した言葉をご存知のはず」

 

 その女性はまるで目の前に佇む女神を眺める様に天を仰ぐ。事実、その瞳には敬愛と羨望、そして僅かな畏れもあった。

 

 ミルクティー色した髪こそ柔らかな光を反射するが、眼鏡の下の目付きは鋭い。しかしその決意に濁りは無かった。

 

「絶対に、誰であろうと魔剣を怒らせるな、か。だが……」

 

「私は()()()が良からぬ想いを募らせるのを知りながら、ジル様に何一つ伝えておりません。しかし、あの男を断罪出来るのはこの時だけ。大公爵たるぺラン公とて人の親、未だ手を打っていない。つまり、外圧しかないのです」

 

「……王家に手を出さぬ様に願ったのも我等、これも罪の内か」

 

「ツェツエの血が僅かとはいえ流れるチルダ家、当然です」

 

「分かった。全ての責は私が負う。だが、聞かせてくれ。お前の才能(タレント)である"演算"は悲劇を見てはいないな?」

 

 永らく影から王家を支えてきたエーヴ家、諜報と闇の生業を胸に秘めて忠誠を誓う。当代の侯爵、ディミトリ=エーヴは娘にも負けない鋭い視線を這わせた。

 

「お父様。私の才能などジル様の前では児戯に等しいでしょう。ですが、暗い未来は全く見えません。寧ろミケルがドラゴンより恐ろしい逆鱗に触れなければ良いですが……」

 

 タチアナ=エーヴが返す。そして、その言葉に茶化す空気は混ざらない。ディミトリも何かを思い出す様に空中を眺めた。

 

「確かにな……アーレ郊外に発生した魔物の群れ、そして引き起こしたゴミ漁り(スカベンジャー)が馬鹿をしたのだったな」

 

「魔狂いの言の通り、魔剣が我を忘れ本気で殲滅魔法を放てば顎が外れたと逸話が残っています。そもそも古竜すら退けた力の前では何を言わんや、でしょう」

 

「アレは隠蔽が大変だった……」

 

「はい……」

 

 遠い目をするディミトリ、同情を隠さないタチアナがぴったりに溜息を吐いた。

 

「タチアナ、お前には辛い役目を任せてしまって申し訳なく思う」

 

「王家との連絡役ですか? 私は誇りに感じておりますし、何よりリュドミラ様との時間は宝物なので……何度も言いますが、お気にならさず」

 

「……そうだったな。リュドミラ王女殿下は健やかにお過ごしか?」

 

「はい、それはもう。ジル様と会えて最近は日々が輝いております」

 

「ならば良い。ツェイス殿下は間違いなく希代の傑物。凡ゆる清濁を呑み込む器を持つ方だ。だが同時に、リュドミラ様はこのツェツエを照らす光、頼むぞ?」

 

「はい。ツェツエの栄光こそがエーヴの望み。私もディミトリ侯爵の血を受け継ぐ者ですから」

 

 親娘は目を合わせて笑った。

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

「どうかお願いします! どうか!」

 

 護衛の騎士達を差し置き、ジーミュタスの愛娘は髪を振り乱して叫んでいた。普段は慎み深く、麗しい淑女である伯爵家の娘が声を荒げる姿に何人かが振り返る。それに気付いて顔を赤らめるが、しかし自らの振る舞いを恥じるはずのアリスは怯まなかった。

 

 自身が庇護する筈のターニャが連れ去られ、アリスは父に相談すべく即座に馬車に飛び乗ったのだ。ところが肝心の姿は見えず、連絡も取れない。昼間に慌ただしく屋敷を出たらしい。

 

 頼りになる父も兄も居ない今、頭に浮かぶのはあの人しか無かった。つい最近知り合い、その広い心と宝石以上に輝く美を。

 

姉々(ねね)さま、いえジル様にお取り次ぎを!」

 

 門番……と言っても、それぞれが鍛え上げた騎士達だ。例え貴族のジーミュタスが娘であろうと、はいそうですかと門を潜らせない。寧ろ血に負け、権威に膝を突くことを良しとしない程だ。ツェツエの門を守る誇りはそのまま王家への忠誠を表す。つまり、どちらも頑なだった。

 

「アリス嬢。貴女ならご存知でしょう。無理は通りませんぞ。しっかりと手続きを」

 

 辛そうな顔色を見れば騎士の人柄は察せられた。

 

「理解しています! でも……せめて言伝を!」

 

 涙を溜め、騎士達に視線を合わせる。それでも自身が無茶を言っているのが分かるアリスは信じられない行動に出た。

 

 美しいドレスが汚れるのにも構わず、敷き詰めれた石材の地面に膝をつく。そして両手を合わせて胸に当てた。恭順を示す姿勢だが、誇り高く毅然とした令嬢として知られた伯爵家のアリスが行うには余りに衝撃的だった。流石の騎士達も慌てて、同時に切迫した事態なのだと理解する。

 

「ア、アリス嬢! おやめ下さい!」

 

「どうか!」

 

 止めに入る者達から視線を外す事なく、アリスは叫ぶ。

 

 だからだろう、其処に救い手は現れた。

 

「どうしたの?」

 

 全員が振り返ると視界に赤が入る。赤い髪、赤い瞳、焔を体現した紅炎騎士団団長、クロエ=ナーディだった。リュドミラ王女とも近く、朗らかな人柄と男性騎士顔負けの実力を誰もが知る女性だ。

 

「クロエ団長!」

 

 門の内側から緩やかに歩き来ると、跪く姿が見えたのか眉間に皺が寄った。そしてギロリと騎士達を睨み、アリスを優しく立ち上がらせる。

 

「アンタら……」

 

「ち、違います! これは……」

 

「クロエ様! どうかお聞き下さい!」

 

 それにも構わずアリスはクロエの両手を掴む。碧眼と紅眼が交差した。

 

「アリス様、私に敬称は必要ありませんよ? 何でしょう?」

 

 あっさりと聞く体勢になった様子に脱力するが、アリスはやはり構わずに言葉を紡いだ。

 

「どうかジル様にお取り次ぎをお願いします! 急ぎ伝えたい事が……」

 

「ジルに?」

 

「はい! どうか!」

 

「確かジーミュタス家が世話役でしたね」

 

 ふむ、と騎士とは思えない綺麗な指を顎に当ててクロエは暫し考えた。

 

「では一緒に行きましょう。多分同じ要件ですし、タチアナを二人で叱らないといけません、ええ」

 

 何か納得した様子で、うむうむと顔を2回振った。アリスからしたら何故タチアナの名が出たのか不明だったが、進展があったと口を噤む。ある意味でクロエより有名なエーヴ家の令嬢を叱るなど考えられないが、同時に非常に頼りになる存在だ。才能(タレント)の"演算"は伊達ではない。

 

「クロエ団長、しかし手続きが……」

 

「そうね……後で紅炎から正式に出す。団長の権限で責任を持つから安心して。いい?」

 

 柔らかな物言いだが、有無を言わさない空気だ。

 

「はっ!」

 

「アリス様、ついて来てください」

 

「はい」

 

 何としてもターニャを助けたいアリスは、全てを捨ててもと悲壮な覚悟を秘めて歩き出した。

 

「タチアナめ……頭が良すぎるのも考えモノね。ジルとの試合も楽しみにしてたのに。日頃の恨み、お返ししてやる、ムフフ」

 

 逆恨みとは分かっているが、数少ない機会を生かす気マンマンのクロエだった。まあ、大抵は反撃を喰らって泣きを見るのだが。

 

 その独り言は幸いアリスに届かなった。

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 遠くにタチアナの背中が見えた。向かう方向からリュドミラの元へ行くのだろう。王城中央部からはまだ離れており、アリスを伴っても特に問題はない。

 

 静々と歩む姿は誰が見ても洗練されていて、足音すら響いていなかった。アリスは見事な姿勢に溜息が出るが、気配なく現れるタチアナの秘密を見たとクロエは違う吐息を吐いた。本当に侯爵家の三女でメイドかと疑ってしまう。やはり天敵は手強いと馬鹿らしい納得をする紅炎騎士団長。

 

「タチアナ!」

 

 ミルクティー色した髪を揺らして振り返る。キラリと光る眼鏡の中を見ても其処に驚きは無かった。

 

「クロエ様、アリス様も」

 

 ある意味憧れの人であるタチアナの前に立ち、アリスは少しだけ緊張する。同時に何処までも理知的な相貌を見て相談相手に相応しいと考えた。直ぐにでも縋りつきジルに取り次いで欲しかったが、流石に我慢する。

 

「タチアナ、話があるわ。少し時間を貰うからね。断っても逃がさないから」

 

「クロエ様」

 

「何よ?」

 

「城内で大声を出すのは感心しません。控えて下さい」

 

「あ……すいません」

 

 つい何時もの癖で謝罪するクロエ。もう条件反射に等しい。25歳を数えるクロエだが、19歳のタチアナは凄く恐ろしいのだ。知らない者が見れば何方が歳上か分からなくなるだろう。

 

「話の内容は察しが付きますが……アリス様はどうされました?」

 

「タチアナ様、突然な訪問お許し下さい。どうしても急ぎ伝えたい事があって……ジル様の」

 

「成る程。クロエ様と御一緒なのも其れが理由ですね。分かりました、此方へ」

 

 まるで全てが予定調和だと言わんばかりのタチアナ。其処に演算の力を見た二人は顔を合わせるしか無い。

 

 いやいや負けないぞとクロエは頑張って背中を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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