綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね   作:きつね雨

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お姉様、暴れる

 

 

「ルクレー、いや貴方達。今すぐあの子を解放しなさい。頭を床に擦り付けて謝るの。勿論私にじゃなくターニャちゃんにね」

 

 会話しながら魔力強化を終えて、魔素感知で周辺の状況を再確認。勿論今度は丁寧に。

 

 成る程ね、地下室を囲う岩壁や床は抗魔力の非常に強い石材で出来てるな。歴史を積み重ねた建材でないと()()はならないから、随分と金を掛けたはず。鍵の閉まってる扉も普通じゃないし、逃げられないと思うのも無理は無いか。残念ながら魔素感知も巧く伝わらないからターニャちゃんが見えない。上階、つまり地上側の建物内外は分かるけど、使用人が2、3人だけだな。人払いでもしてたんだろう。

 

「ふ、ふざけるな! 我等が誰か分かっているのか⁉︎ 不敬罪も重ねるとは……許さんぞ!」

 

「マーディアス、許さないのは此方。それが答えで良いのね?」

 

 何処かの公爵か侯爵……ややこしいな。まあどうでもいい。身分がどうとか言うなら誇りある行いをすれば良いだろ?

 

「驕りかのぉ……ツェツエ王国の」

 

「ハゲ……あ、間違えた。ルクレーも黙りなさい」

 

 禿げ散らかしたジジイがプルプル震えてるけど、ターニャちゃんと違って汚いだけだ。

 

「ふん、所詮それが本性か。ツェイスと話していた時から分かっていたがな。卑しい冒険者が」

 

 ミケル、お前もな。

 

「あらあら、お偉い貴族様が盗み聞き? キモい視線もバレバレだから。それに、ツェイスを呼び捨てなんてアンタこそ不敬罪ね」

 

「お、お前だってそうだろうが!」

 

「はぁ……謝る気は無いようね」

 

 よし、話してる間に上階の人達が何処にいるか把握出来た。ターニャちゃんに余計な事されたら堪らないし、先ずは警告だな。

 

 さて、と……

 

「ジ、ジル! な、何をする気だ⁉︎ そんなモノを此処で放ったら……!」

 

 おや? へぇ、中々やるなミケル。属性付与していない俺の魔力を直ぐに感知するなんて、才能(タレント)が助けてるのかも。

 

「こうする」

 

 使用人さん達は悪く無いだろうから逃げてね?

 

 超高純度の魔力弾は爆発すらせずに真っ直ぐ上昇する。凡ゆる物資を分解し、同時に喰らいながら。床、天井、床、天井……最後は屋根も突き抜けてお空に消えて行った。被害のない高さで爆散、と。人の被害も無かったしオマケしよう。あと三つ同じ魔力弾を生成……ポイっと。

 

 彼方此方からギシギシミシミシと合唱が始まった。その内崩壊するかもだけど知ったこっちゃ無い。地下は皮肉な事に頑丈だから大丈夫だし。

 

 続いて魔力を通し難い筈の床を地魔法で隆起させ階段を作成、そして空いた穴に繋ぐ。確かに抵抗はあったけど力技でクリアだ。少しだけ歪だけど構わないでしょ?

 

「もう夜か。星空が綺麗だし、ターニャちゃんに夜光花を見せてあげないと」

 

 直径が約2mくらいの真円が合計四つ綺麗に抜けてる。もう人は住めませんな、ザマァ。

 

「マーディアス、これなら何時でも逃げられるけど? それとルクレー? もしターニャちゃんに何かしてごらんなさい。この屋敷だけじゃなく、アンタらの本邸も消える事になるわ。勿論チルダ公爵家もね」

 

「な、な……」

「嘘だ……」

「信じられん。ただの魔力弾如きで……」

 

 呆然と穴を見てるけど、隙だらけだ。

 

「お馬鹿ね」

 

 本気の速度を出すまでもないし、寝てて貰おうかな。ルクレーは俺が背後に回ったことすら気付いてないみたい。

 

 僅かに残ってる頭頂部の髪を風魔法で適当に吹き飛ばし、更にすっごく痛い横腹を蹴る。息も暫く出来ないから苦しいと思うけど、まあ死にはしないさ。

 

「ぎゃっ! ゲホッゲホッ! い、いた……」

 

 ルクレーは床を転げ回って、そのうちに静かになった。えぇ……簡単に気を失ったなぁ。泡吹いてます。余計禿げ散らかしたジジイの声に、マーディアスは振り返った。まあ、遅いけど。

 

「な、なにを⁉︎」

 

「マーディアス、寝てなさい。必要なら後で詳しく尋問するから」

 

 軽く振った右拳は顎を打ち抜き、一瞬で意識を刈り取る。まるで魂が抜けたように身体から力が失われて、マーディアスはバタリと床に倒れた。ん? コイツ、もしかしてカツラか? 何か微妙にずれてるぞ……まぁ、どうでもいっか。

 

「ふーん」

 

 さっきから一歩も動いていないミケルは、俺をジッと見ている。あの時と同じ、観察するように。

 

 魔素感知で分かるけど、才能を頑張って使ってるんだろう。視覚系、先読みに似てる、か。

 

「見えたの?」

 

「ふん、無論だ。私の力は既にお前を逃がしはしない。我が才能の前では……」

 

 竜鱗との模擬戦でやった程度の魔力強化だけどね。まあ鼻っ柱を折ってやろう。

 

「それなら捕まえてみたら? 私は剣もナイフも持ってないわ。御自慢の才能で」

 

「言われるまでもない!」

 

 ドタドタと走りながら、奴は傍に置いていた長剣を掴んだ。ミケルを見ながら全身に魔力を張り、二歩だけ左にずれる。

 

「おっ」

 

 確かに視線が追ってるな。

 

 へぇ……まあ三割だし。

 

「見える、見えるぞ!」

 

 脚でも斬るつもりだったのか横薙ぎの長剣が迫る。ギリギリまで引き付け、剣先が触れないよう少しだけ後退。遅れてブォンと地下室の空気が鳴った。

 

「確かに見えてるみたいね」

 

「皮肉だな! ジルの教えが我が才能を昇華させたのだから!」

 

「そんな事より、ターニャちゃんに謝る気はあるの?」

 

「今更何を言う! 謝るのはお前だ、ジル!」

 

「あ、そう」

 

 再び振り上げた剣に隠蔽済みの風魔法を当てる。シクスさんは完全に見切ってたけど、お前はどうかな? 感知すら不可能な速度、サイズ、勿論無色透明だ。ターニャちゃんなら見えただろうけどね。

 

「身動き出来なくしてやる!」

 

 上段から振り下ろした剣は、もう()()()()()()()。今度の軽い音はヒュンと耳に届く。俺は立ったままだ。

 

「な、なん、何だ⁉︎」

 

「ミケル様? 後ろ後ろ」

 

 俺から距離を取ると、マジマジと自分の手の中を見る。奴の剣身は半分以下になってるね、うん。

 

 そしてミケルは振り返り、床に突き立った剣身を呆然と眺めるしか無い。おやおや、見えてないのかなぁ。

 

「残念、やっぱり私から視線を外したらダメでしょう?」

 

 慌てて顔を戻したミケルの視界の先、さっきまで俺のいた場所に人影はない。転がってる両侯爵だけ。()()()()()()()()一緒に眺めると、トントンと肩を叩いてやった。

 

「ひ、ひぃ!」

 

「確かに珍しい才能だし、鍛えれば相当なモノになる。私の魔力強化とも勝負出来るかも。でも、ミケル。貴方は勘違いしてるわ」

 

「な、何を」

 

「どんなに優れた才能も、鍛えられた実力の上にこそ成り立つの。特別な力が無くてもミケルより強い人は沢山いる。視界が左右するらしいけど、視線から逃げる術なら幾らでも用意出来るし、何よりも貴方は経験が足りない。だから、勇者クロエリウスにも勝つ事は不可能と断言しましょう」

 

「ふ、ふざけるな! 冠たるチルダ家があんな餓鬼に……」

 

「偉大なのは先人でしょう?」

 

 もうコイツの声も聞くのも嫌になってきた。

 

「さあ、ターニャちゃんの所まで案内して」

 

「私に逆らうのか? あの娘がどうなっても」

 

「どうなっても、なに? 言ってみなさい!」

 

 イラッと来て思わず膝蹴りしちゃった。見事に金的に入ったから気持ち悪い感触が脚に伝わる。うげぇ……

 

「ほら、その力で分かるでしょう?」

 

 再び超高密度に練った魔力を上向きにした手のひらで遊ばせる。俺はターニャちゃんの様に見えないけど、物理的な影響すらも空間に与え始めた。具体的に言うと、周辺の空気を吸い込んでいる。低気圧、いや小さな台風の方が理解しやすいかな。ところで下半身を押さえるミケル、キモい。見ない様にしよう。

 

 って、あ、あぶね! マジで落とすとこだった! 

 

「ひ、ひぃ⁉︎ よ、よせ! 暴発したら屋敷どころか周りも消し飛ぶぞ! そんな非常識な魔力を王都内で……騎士団も、ギルドの連中だって直ぐに気付く! 王国に反逆するのか⁉︎」

 

「大丈夫よ? 対象は貴方だけに絞るから。私に出来ないと思うなら勘違い。魔素を教えたから少しは分かるでしょ。綺麗さっぱり消えて無くなるから、誰も気付かないし」

 

「くっ、魔剣め! お前は頭がおかしい!」

 

「何とでも言えば? 貴方が消え去ったあとゆっくり地下を探すかな、それとも転がってる侯爵様にでも……」

 

「ヒッ……わ、分かった! 案内する! あの餓鬼……」

 

「餓鬼、ですって?」

 

「タ、ターニャの」

 

「馴れ馴れしく呼ぶな」

 

 手のひらを近付けると尻餅をついて後退り。鼻水を垂らして泣きそうになってる。何か阿呆らしくなってきたなぁ……早く帰ってターニャちゃんとお風呂に入ろう。

 

「早くして」

 

「こ、こっちだ」

 

 幾つかある扉の一つに向かう。

 

「時間稼ぎや嘘ならコレを放り投げるから」

 

「分かってる! よ、よせ!」

 

 グイって顔に寄せるとマジ泣きになった。

 

 二つほど部屋を抜け、暗い廊下に出た。蝋燭の灯りも少ないし、こんなジメジメした場所にターニャちゃんを……また腹が立ってきたぞ。

 

 一番奥に見えた黒い鉄扉を開けると、かなりの空間が広がってる。しかしミケル、何かを探してるな。まだ策を用意してるかも。まあ、全部ぶっつぶすけど。

 

 見渡すと、だだっ広い何も無い部屋みたいだ。一番奥、角辺りに唯一目立つのは鳥籠?か。サイズは全然違って滅茶苦茶デカいけど。一人暮らし用の部屋位ありそう。

 

 その鳥籠の前に背中を向けた男が立っている。

 

 がっしりした身体に上下とも真っ黒な服、腰に一本だけ細長い物があるけど、間違いなく剣と鞘だろう。このツェツエでは珍しい細剣だ。

 

 刈り上げた坊主に見える頭にあるのも多分黒髪。背中だけだから断言出来ないけど、真っ直ぐな背骨から歳は若いか。

 

「ターニャ、ちゃん……」

 

 意識は無いのだろう、床に放り出される様に横になっている。鳥籠はまるで牢屋に見えて、自分の視界が狭くなるのが分かった。頭に血が集まって行って、他の事なんて気にならなくなってしまう。

 

「そ、そんなところにいたのか! 依頼を果たすのだ! この無礼者を捕らえろ! いや、痛めつけるんだ!」

 

 男が目に入ってミケルが騒ぎ始める。オマケに向こうへ行こうとしたので、足を引っ掛けて転ばせた。

 

「勝手に動かないでくれる? あとターニャちゃんに近づくな」

 

「くっ……ジル、アレを見ろ! 餓鬼がどうなってもいい……」

 

 男は徐に左足を少しだけ下げて腰を落としたみたい。右手を細剣のグリップに添える。つまり抜剣、いや居合いに近い姿勢だ。身体が僅かに横向きになった事で、鳥籠の中が良く見えた。

 

 まさか、ターニャちゃんを斬るつもりか?

 

「黙れ」

 

「フギャ!」

 

 もう声も聞きたく無いし、頭をぶん殴って意識を飛ばす。暫くは目を覚まさないだろう。侯爵達も含め後からお仕置きだ。今は何よりもターニャちゃんを……

 

 全身に魔力を張って鳥籠へ、勿論僅かな時間も許せない。男は更に腰を捻り、今にも剣を抜くだろう事がありありと分かった。ところが、背中を蹴り飛ばそうとしたら、こちらを見る事なく綺麗に躱された。見切りも体の使い方も素晴らしく、生半可な実力じゃないのが分かる。

 

 ……コレは本物か。

 

 依頼を果たす……間違いなくギルドの冒険者だろう。大方、ミケルの雇われ護衛か。まあ鳥籠を背中に出来たからいい。これ以上ターニャちゃんに酷い事なんてさせないからな。

 

「いきなり背中からとは卑怯なり! 先ずは名を名乗るのが……ん? おお、これはジル殿。お久しぶりですな」

 

 うん?

 

「……何故貴方が此処に? 確か諸国放浪記を上梓するから旅に出たって聞いてました」

 

 時代錯誤な台詞回し、変わってないな。

 

 確か40歳を越えているはず。日焼けした肌、割れ顎、太い眉、台形の顔は鍛え上げた肩や首の筋肉に支えられている。めっちゃ強そうで厳ついお侍、そんな感じ。黒髪黒眼でパッと見が日本人ぽいのだ。

 

 確かに久しぶりだけど、頭が丸坊主な以外変わってない。身長は俺と殆ど一緒だから視線の高さも同じかな。

 

 すると、ジャリジャリと頭を撫で回しながら、笑顔を浮かべて答えた。

 

「いやぁ、情け無い事に路銀が尽きましてな。丁度そこに素晴らしい依頼を見つけた次第です。光栄な事に態々の御指名を賜り、ただいま依頼を果たそうと」

 

 なんだと?

 

 ターニャちゃんに危害を加える事を言ってるのか?

 

「大変美しい女性に頼まれては拙者も張り切りまして。眼鏡の下にある瞳は厳しくとも、まるでミルクを溶かした茶の様な優しい御髪(おぐし)、確か名はトチ、いやタチア……ん、どうなされた? ジル殿」

 

「貴方も落ちたわね。こんな馬鹿な依頼に手を出すなんて……私の大切な人に酷い事するなら、誰だろうと許さないから」

 

「酷い事? 果て、何のことやら」

 

「もういい。邪魔をするなら容赦しない」

 

「うーむ……何やら誤解が」

 

「誤解? ついさっき斬ろうとしたのは私の大切な妹よ! しかもこんな奴の依頼なんて受けて!」

 

「いや、そうではなくて」

 

 ゴチャゴチャ煩いな! この目で見たんだから!

 

 チラリと後ろを見れば、硬い床の上にターニャちゃんがいる。怪我は無さそうだけど、両手が細い何かで縛られていた。綺麗な肌に食い込み凄く痛そうだ。

 

「よくも……こんな鳥籠なんて」

 

「ジル殿、やめなされ。その檻は魔力に反応するみたいで、簡単には破壊出来ないですぞ?」

 

 消し飛ばそうとしたら、確かに魔素が動いた。慌てて止めるとまた元に戻る。多分、魔法に反応して妨害するんだろう。此方に来る分には構わないが、ターニャちゃんに何かあったら大変だ。こんな事ならミケルをもっと脅しておけば良かったな。

 

「それなら貴方を倒して鍵を手に入れるわ。卑怯とは対極にいる人と思ってたけど、思い違いだったみたいね。こんな少女を人質に取るなんて」

 

「……もしかしてジル殿、滅茶苦茶怒ってる?」

 

「当たり前よ‼︎」

 

 お前のこと結構好きだったけど、今日でお終いだ!

 

「せ、説明させてくださらんか⁉︎ ジル殿と戦う(やる)つもりは……いやいや、洒落にならんでしょう⁉︎」

 

「もう話す事なんてない!」

 

 まさか俺と魔法勝負なんてする気は無いだろう。2回目か……けど真剣勝負は初めてだ。

 

「サンデル、剣を抜きなさい……いえ、超級冒険者の一人、()()!」

 

 

 

 

 

 


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