綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね   作:きつね雨

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お姉様、斬られる

 

 

 

 

 世界に5人、それが超級冒険者の数だ。

 

 魔法馬鹿の"魔狂い(まぐるい)"、因みにエロジジイ。

 

 頭まで筋肉命のド変態"吼拳(こうけん)"、骨みたいな身体なのに体力お化けの"反魂(はんごん)"。

 

 そして超級唯一の()()()、超絶美人の俺。

 

 最後の5人目が剣を追求する余り、名声を得るに至った剣聖(けんせい)だ。

 

 因みに技だけじゃなく、剣そのものも病的に愛し、それぞれに変な名前を付けてるヤバい奴だったりする。何故か俺の剣だけは違うらしく見向きもしない。奴曰く、魔法杖と同じだそうだ。

 

 サンデル=アルトロメーヴス。其れが目の前に立つ男の名前。

 

 刈り上げた坊主頭、台形の顔。割れ顎のお陰で少しだけ愛嬌のある表情だ。太い眉と浅黒い肌で厳ついお侍って印象。妙に古風な言い回しをする変な奴。益々野武士っぽい。

 

「何をしてるの? 剣を抜いたら?」

 

 サンデルは何かを考えている様で、暫く首を傾けていた。すると何やら思い付いたみたいに手をポンと叩く。

 

「よく考えれば本気のジル殿と戦える滅多に無い機会では? これを生かさずしては我が愛剣達に泣かれてしまう。だろう、ポロちゃん」

 

 腰に刺した細剣、いや殆ど日本刀に見える剣に向かって何やら呟く。鞘を撫で撫で、頬は赤く染まった。

 

 ……キモい。何だよポロちゃんって。妙に"ポロ"に力が入ってる気がしたが……超級に俺以外まともな奴はいないのか⁉︎ 

 

「よし! ではやりましょう。しかしジル殿、貴女は無手ですな?」

 

「だから? そっちこそ剣一本じゃない。予備も無しで私と戦う(やる)つもりなんだから丁度良いわ」

 

「ジル殿の後ろにある籠は魔力に反応するのですぞ? しかもこの狭い空間では攻性魔法も制限される。魔剣の魔法、その威力は知っておりますが、万が一その娘に危険が及んでは意味がありますまい?」

 

「剣聖ともあろう人が脅迫するの? 暫く会わない内に本当の屑になったみたいね」

 

 クソ真面目なイメージだったけど訂正が必要だな。

 

「うーむ……ちょこっとだけ待って下され」

 

 そう言うサンデルはあっさりと背中を向けて歩き出した。俺が今高速で魔法を放てば避けられない距離なのに。何となく攻撃出来ない……もう、何なんだよ一体……

 

 何も無い壁に向かったあと、トンッと軽いステップで前に飛んだ。着地と同時に右手がブレて消えたと思うと、カチリと鞘が鳴る。抜剣ではなく納刀、つまり抜いた後何かを斬り、そして再び剣を戻したのだ。

 

 相変わらず速い。魔力強化ではないので単純な身体能力だ。実際の速度は出ていないらしいが、理解の範疇を超えてる。全ては鍛え上げた技巧の成せる結果か。

 

 予想より遥かに厚い壁の向こう側が見える。楕円形に開いた穴の先に腕を突っ込みゴソゴソと何かを探している様だ。どうやらあっちに箱があって、其れごと斬ったみたい。

 

「相変わらず軽いですなぁ。一見は"なまくら"、いやそれ以下でござるが……これで古竜の鱗すら斬るとは信じられませんぞ」

 

「……何で此処に」

 

「それは勿論依頼で……い、いやいや! な、何故でござろうなぁ!」

 

 意味の分からない台詞を吐きながら、サンデルは俺の目の前まで近付いて来た。さっきもだけど油断しすぎだろう。この屋敷で預けた筈の剣とナイフ……魔力銀を用いた技術の結晶、つまり俺の武器。其れを簡単に返す。

 

 受け取って眺めてみたが、偽物でも細工もされていない。間違いなく魔力銀製の愛剣だ。

 

「どういうつもり?」

 

「うむ? 先程も言いましたが、幼子を危険に晒す訳にいきますまい。外なら魔法を連発されて近付く事もままならないでござるが……今、そして此処ならば吾輩の相手をして貰える。おお、我ながら良い発想ですな」

 

 何が狙いだ? 人質を利用する気がないのか? いや、要は攻性魔法を使うなって警告だろう。

 

 つまり、ターニャちゃんをダシにして戦う理由を作った訳だ。

 

 ふん、久しぶりに全力だな。

 

 全身に万遍なく魔力を通わせ、同時に服と剣に纏わせる。魔力銀の服はぴったりと肌に張り付いた。剣の形状に変化はないが、もし魔力を直接見る事が出来たなら、薄く覆われているのが分かるだろう。

 

「素晴らしい……ジル殿の美しさが際立ちますなぁ。吾輩に魔法の素養などござらんが、それでもとんでもない魔力だと分かりますぞ。あれから4年……益々魔剣は磨かれ、研ぎ澄まされた」

 

「余計なお世話」

 

「ふむ、では……いざ尋常に、勝負!」

 

 サンデルの手にはいつの間にか剣が在る。鞘から抜かれた事で全容が分かった。やはり見た目まで日本刀にそっくりで、斬れ味に重点を置かれているのは確かだろう。人外の速さと剣技で振るったとき、固い岩すら切断する。先程の壁の様に。

 

「此れは試合なんかじゃないから。お仕置きしてあげる」

 

 よくもターニャちゃんに酷い事を……誰であろうと許さない。貴族だろうが、超級だろうが、関係ないからな!

 

 魔力強化で一気に前へ。

 

 サンデルがニヤリと笑ったのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

「"保険"が剣聖サンデル=アルトロメーヴスか。成る程な」

 

「はい。超級の中でジル様と同じ素晴らしいお人柄……僅かな可能性ですが、危害が加わらないよう陰から護衛をお願いしております。表面上はミケルに雇われた形になっていますが」

 

「まあジルに限って万が一も有り得ないが、身の危険は無いだろう」

 

 ツェイスはタチアナの説明を聞いて納得出来た。返した言葉通り、まず大丈夫だろうと思ってはいる。しかし同時に少しだけ不安だった。ジルは間違いなく個人の戦闘力は最高だが……何処か純粋で、そして抜けている。無邪気な少年かと錯覚してしまうくらいだ。

 

 そして実際に王都アーレ=ツェイベルンは揺れ、異常な魔力爆発すら先程感知したのだ。アレ程の純粋で圧倒的な魔力を練る事が出来るのは、現在アーレに居ない"魔狂い"や"魔王"を除けば殆ど皆無と言っていい。つまり、間違いなくジルが放った魔法だ。

 

「だが、何か想定外が起きた。ジルが我を忘れる程の」

 

 まだ遠いが大量の土埃が舞い上がっているのが見える。風に吹かれた時に分かったのは屋敷が原型を留めていない事だ。火の手は無いのがせめてもの救いだろう。

 

 街は騒然としていて、住民が爆心地から避難している。ジルに限って人に被害が出る様な魔法は放っていない筈だが、本気でキレている場合はその限りではない。恐ろしい事だが事実だ。

 

「殿下……その想定外ですが」

 

「心当たりがあるのか?」

 

「はい、恐らく間違いないかと。ジル様が保護した少女を覚えておられますか?」

 

「当たり前だ。あのジルが懐に入れた人間など初めてだからな。名は確か」

 

「ターニャです、ツェイス様」

 

「ああ、アリスが世話をしているのだったな」

 

 ジーミュタス伯爵家の娘が会話から疎外されない様ツェイスが視線を配った。其れを理解してアリスが答えたのだ。

 

「はい。何度か会いましたが、可愛らしくて礼儀正しい素敵な女の子です。でも、蒼流騎士団の皆様が連れて行ってしまって……わたくしは助けを求めてジル様に」

 

「……大体想像はついた。ミケルが手を回したんだな? 大方人質のつもりだろうが……ジル相手に愚かな……」

 

 合わせて騎士団を個人的に利用した事になる。此れはかなり重い罪な上、その動機が女絡みとなれば情状酌量の余地はない。ましてや相手はツェツエ王国の守護を担う一角、超級の"魔剣"だ。結果としてミケルから力を奪う、タチアナが狙ったのもその辺りだろう。

 

「御推察の通りです。エーヴで集めた情報では、ジル様は随分と御執心だそうで……僅か数ヶ月前の出会いの筈ですが、最愛の妹だと公言しています。アリス様?」

 

「はい、タチアナ様の仰る通りです。ジル様の向ける瞳は何処までも優しく、何時も気に掛けておりました。勇者クロエリウス様に護衛をお願いする程でしたから」

 

「珍しいなそれは」

 

 無邪気で、子供っぽさを隠せないジル。だが彼女が人に助けを求めたり、我が儘に振る舞う事はほぼ無い。それがツェイスや王家の認識であり、タチアナ達の集めた情報が裏付けてもいる。普段の姿に騙されがちだが、かなりの秘密主義な上、8年前以前を知る者は皆無。昔ジルの過去を調査した事があったが、4年前にツェイスに呟いてきたのだ。「女性の過去を粗探しする男性ってどう思う?」と。即座に中止を命じたのがつい最近に感じる。

 

 其れ程の者が……誰一人招かなかった自身の胸に迎え入れた。その少女の名こそターニャ。

 

 ジルを良く知る者ならば、それがどれだけ驚愕に値するか分かるだろう。ミケルは正に怒れる竜の尻尾を踏んだのだ。

 

「殿下……もしミケルがその子を酷く害していたら……」

 

「ああ、拙い……自分に対しては妙に鈍感だが、他人の……大切な人への悪意には分かりやすい反応をする。4年前が良い例だ。そして、ツェツエとしても知らぬ存ぜぬは許されない。ミケルの独断であろうとも奴は公爵家直系だからな」

 

 つまり、魔剣がツェツエ王国に背を向ける可能性がある。ツェイスはそう言っているのだ。それどころか最悪の場合、凡ゆる物を両断する魔剣の刃が此方に……

 

 顔から血の気が引き、同時に俯いたタチアナは唇を噛んだ。才能に溺れた浅慮が、忠誠を誓う王国と王子に痛みを齎すかもと。

 

「まだ致命的な破壊は行われていない。ジルならば屋敷どころか周囲ごと粉微塵にも出来るからな。まだ冷静でいてくれる筈。タチアナ、顔を上げろ」

 

 随分と近づいてきたルクレーの屋敷は確かに何とか形を保ってはいる。大穴が幾つか空いているが……

 

 アリスもタチアナの背中をさすりながら声を掛けた。

 

「タチアナ様、きっと大丈夫ですわ。ジル、いえ姉々様は誰よりも温かな心を……」

 

 だが、そんなアリスの言葉も次に届いた爆音で掻き消されてしまう。何か重い物がぶつかる様な、そんな音が体の奥に響いた。向かう先、ルクレー邸からで間違いない。

 

「……急ごう。止めなければ」

 

 ジルが我を忘れてミケルを殺した場合、無罪放免とする事が困難になる。相手はツェツエの高位貴族、チルダ家の嫡男だ。例え理不尽であろうとも、其れが貴族というものだ。

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 手加減抜き、最初の一太刀をあっさりと受け流した。凄まじいのは俺より遥かに細い剣で柔らかにずらした事だ。感触はまるでクッションやソファを触ったみたいで、身体が泳ぐのを防がないと次がヤバイ。

 

 一瞬だけ観察すると全て円軌道を描いているのが分かる。脚捌き、腕、肘、手首、勿論剣も。コンパスで引いた線の様に、美しい真円だと理解してしまった。

 

 俺の剣の腹を這う様に、サンデルの刃が泳いで迫り来る。防御から攻撃への移行はいきなり直線的になって、最短距離を辿った。

 

 グリップから左手を離し、切先が脇を通り過ぎるのを見送る。奴の横顔をチラリと視界に収め、半身になって自由な左掌から魔力刃を素早く伸ばした。そのままサンデルの腿を撫で斬るつもりで振り払う。勿論魔力強化は全開だ。

 

「ふっ!」

 

 だがある意味で予想通り、そこから更に半回転したサンデルは俺の真横に移動。同時にギリギリ躱した脚を振り上げ、魔力刃ごと蹴り上げた。

 

 ここまで全てが擦れ合う程の距離で行われていたが、これが互いの身体が接触した初めての瞬間だ。

 

 しかも厄介な事に蹴った勢いを利用し空中に浮き上がった。グルリと捻った腰の向こう、下からキラリと光を放つのは魔力銀の服すら紙同然にしてしまう奴の剣……内股辺りを斬られたら出血で直ぐに動けなくなるだろう。治癒魔法の行使をサンデルが許すはずが無い。

 

 やはり強い!

 

 このまま防戦しても時間ばかり過ぎてしまう。そう判断して思い切り床を蹴り、バク転の態勢で後方へと飛ぶ。但し、俺が居たところに小さな火炎を爆発させながら。ついで眩い炎の中から超小型の矢を発射。同じ火属性の矢は極小の魔力で生成したから目視と感知は困難だ。勿論ターニャちゃんが囚われている鳥籠に影響させる訳にもいかない。

 

 当たったかどうかの確認はせずに、着地後にそのまま炎の中へ剣を突き入れる。炎の矢に気を取られている奴からは此方が見え難いだろう。無論致命傷を与える気はないが、腹部を狙った。当たりどころが悪くても直ぐに死にはしない。

 

「見事!」

 

 叫ぶサンデルには腹立たしい事に届かなかった。いや、僅かに横腹は斬ったが、精々血が滲む程度だ。俺達超級にとっては殆ど関係ない傷だろう。

 

 剣を振り、行使した魔法を消し去る。サンデルは既に距離を取って笑っていた。

 

「何で手を抜くの? 今は隙になった筈よ」

 

「ははっ、ご冗談を。踏み込めばジル殿の足元に設置した土魔法が爆裂してポーンとお空に飛んでしまいますからな。いや此処では天井にビタンと埋まってしまうかも」

 

「……貴方、魔素感知は苦手だったでしょう」

 

 簡単に見破りやがるな……まあいいけど。

 

「修行でござる。魔剣に勝つには好き嫌いは駄目だと思い知らされました。吾輩、以前で懲りたのです」

 

「ふーん」

 

「ん?」

 

「まだ修行が足りないみたいね」

 

 サンデルの背後、はっきり言うと背中に細い針が浮いている。少しずつ集めた水分を凍らせて、一本の氷の針にした。パッと見は直ぐにも折れそうだが、剣に纏わせた密度に匹敵する魔力で強化済み。其れでも軽いから射出は一瞬だ。流石の剣聖も避けられないだろ?

 

「おひょっ、冷やっこいですな! 背筋も凍るとはこの事でござる!」

 

「虚勢でも張ってるの? 私が貴方を殺さないと思ってるなら馬鹿な勘違いと教えておいてあげる」

 

「ジル殿?」

 

「何?」

 

「此れは事故で」

 

「はあ?」

 

 今更詫びても遅いけど? ターニャちゃんを虐めた奴は全員許さないし。

 

「決してそんなに斬るつもりは無かったござる。いやしかし、眼福眼福」

 

 サンデルの視線、その先は俺の目じゃなく身体の方。隙を与えない様に気をつけて下を見た。

 

「……」

 

 魔力銀糸で織り込まれた自慢の服が綺麗に裂かれている。右の太もも内側から鼠径部、そして脇腹。ギリギリ胸までは届いてないけど、オッパイの下側がちょびっとだけ見えるかも。装備の特性上パンツも見えているが、紐パンなので肌を隠す役目は果たしていない。

 

 僅かに残っていた細い紐もハラリと切れた様で、なんと言うか……エロい。見えそうで見えない、大事なところが。

 

「勿論弁償致しま……おほっ!」

 

 其れを見たサンデルが気色悪い鼻息を吐く。仕方無く視線を上げ、剣聖を思い切り睨み付けた。シクスのおっさんといい、此奴ら俺の服と下着に恨みでもあるのか?

 

 しかし、鼻の下って本当に伸びるんだな……俺も気を付けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 


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