綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね 作:きつね雨
アリスお嬢様と別れた後、すぐ近くにあった馬車に押し込まれた。薄っすら憶えてるテレビで見た事があるけど、両脇から挟まれる様に座らされた。警察に捕まった犯罪者扱い……何だか空気も悪いし、かなり怖い。
「あの……」
「勝手に喋るな。黙っていろ」
此方を見る事もなく低い声で注意された。移送用なのか窓が無くて外が見えない。殆ど真っ暗だ。
体感で30分くらい、馬車が止まった。居心地が悪かったからホッとする。
騎士の人達に連れて来られたところは、小型のお城みたいな建物だ。ただ、お姉様がいる筈のでっかいツェツエ城?に比べると、何だか汚い気がする。まあ、役所なんてそんなものかもしれない。
頑丈そうな門扉は既に開かれていて、入り口の近くで降ろされる。見れば玄関じゃなく裏口だと分かる。人の姿もなく、まるで隠れて行動してるみたいだ。
……おかしいな。此処が警察ならもっと人が居てもよさそうなのに。警備らしき人影もないし、そもそもの灯りだって足りない。夜だからか、まるでお化け屋敷みたいだ。
僕の周りには4人の騎士。
「早く歩け」
「は、はい」
かなり強めに背中を押されて、転びそうになる。やっぱり人権とか弁護士を呼ぶとか無理なんだろうな。
建物に反するような小さな扉をくぐると、其処は屋敷内だ。やっぱり人はいなくて、奥に細い廊下が続いている。違和感が強まるけど、今更逃げたり出来ないし……アリスお嬢様の受け答えからも、この人達は間違いなく騎士団の騎士だろうと思う。
小さな部屋に入ると、椅子に座るよう促された。ギシギシと鳴る古臭い木製だ。
「ターニャ」
「はい」
取調べってこんな感じか。お腹もムズムズして落ち着かない。
「これを飲め」
「え?」
差し出された木の小さなコップに、半分程の透明な液体が入っていた。匂いはないけど、何で?
「全てを飲み干すんだ」
「あ、あの……此れは何ですか?」
「答える必要はない。お前は言った通りにすれば
いいんだ!」
酷く怒鳴られて、身体がビクリと震えてしまった。この世界に来て、初めて怒られたかも。お姉様はいつも優しかったから。
「落ち着けよ、バル」
もう一人部屋に入って来た騎士だ。残り二人は廊下で待ってるのかな。
「エイル、ルクレー侯がお待ちだ。遊んでいる暇はないぞ!」
ルクレー侯? 何処かで聞いた気がする。
「時間は取らないさ。ターニャちゃんだっけ?」
「は、はい」
精悍で男前な若い騎士が腰を屈めて僕を見た。さっきまで怒鳴っていたもう一人は黙ったみたい。
「その飲み物に害はないよ。味も悪く無いし、効果だって直ぐに出る」
「効果、ですか?」
「このツェツエに住む者ならば、知ってる人も多いけど? キミは分からないみたいだね?」
しまった……珍しいモノじゃ無いのか。不法入国だって自白したみたいになってしまうかも。
「其れを飲めば、汎用魔法の効きが向上するんだ。治癒などの効用を高める事に使ったりね。今日みたいに事情を聞く時、心を落ち着かせる意味もある」
なるほど……
何となく意味も分かった。其れに素直にしてないと、お姉様に迷惑をかけたら目も当てられない。
「さあ、飲んで」
量も少しだから、一口で済んだ。コクリと喉を鳴らしたのが分かったのか、エイルと呼ばれた男は笑う。
「言い忘れたけど、痺れ薬も入ってるかな。ゴメンね、ターニャちゃん」
「な、なに、を……」
舌がビリビリしてる……手足から力も抜けて……
「直ぐに眠りを促す魔法を掛けてあげるからさ。少しだけ我慢して欲しい。ほら、質問に答えてあげないと」
さっきまで優しい笑顔だったエイルは、急に真顔になった。酷く気持ち悪くてゾッとする。
「この屋敷はルクレー侯爵家の別邸だよ。暫くすればキミの保護者を標榜する人も来る。超級冒険者、魔剣のジルさ。何でもターニャちゃんのお姉様だって? 笑えるなぁ」
馬鹿にしたのがありありと分かる。凄く腹が立つけど、身体はもう動かない……
「キミは万が一の保険らしいよ。魔剣が逆らわない様にする為の、ね。こう言うのを何て言ったかな? バル」
「エイル、くだらない遊びなど興味はない」
「相変わらず固いね、バルは。ターニャちゃんなら分かるだろう? キミは……人質さ」
何かの魔法を準備してるのが見えた。魔素が動いて、エイルの手に集まっていく。それはお姉様とは比べるのも馬鹿らしい程に、汚くて少ない。散らすのだって簡単に……
アレ? 魔素が……動か、ない……
「ふふふ……キミも運が悪かったね。魔剣なんかに拾われなければこんな事にならなかった筈」
瞼が落ちて行く……
ダメだ、このままじゃ……
「さあ、お休み」
クロエリウスも警告してくれたのに。
ゴメンな、さい、お姉様……
○ ○ ○
声が聞こえる。
この世界に来て何度も何度も聞いた。
澄んだ水の様に、天上の楽器が奏でる音楽の様に、何処までも美しくて優しい。
なのに、耳に届く響きは辛そうだ。
こんなの聞きたくない。
見えないのに、お姉様の泣き顔が浮かぶ。
やめて、駄目……それは叫び声。
動かない瞼や身体を無視して、耳を澄ます。
すると、初めてなのに鳥肌が立つ様な気持ち悪い男の声が届いた。
「グハハハ! 油断だな、魔剣よ!」
「ん? どうした? ジル。先程までの威勢は何処に行ったんだ? ククク……お前に面白い物を見せてやる!」
直ぐ側に男はいるみたいだ。意味は分からなくても、お姉様に酷いことを言ってるのは間違いない。
「や、やめて!」
狼狽したお姉様の叫び声……
「誰とも知らぬ孤児を引き取り、雑用で働かせていると思っていたが、その反応……最愛の妹とやら、事実だったか! 此れは傑作だぞ!」
「おっと、魔力強化は厳禁だ。今すぐ解除しろ」
「くっ」
「どうした? ああ、そうだ。面白い事を教えてやろう。この特別製の牢だが、魔力を注がなくとも作動させる方法がある。つい先程設定は終えたが、私を攻撃したりすれば大変な事になるかもしれんぞ?」
ああ……あの騎士が言っていた、人質だと。
何も見えないのに、理解してしまう。僕が邪魔でお姉様は身動きが出来ないんだ。痺れた身体は相変わらず言う事を聞かない。僕の事なんて気にしないでと、大丈夫だよって叫びたいのに、唇はほんの少し震えるだけ。
「ふん。分かったならば魔力強化を解け! その剣も此方に放り投げるんだ!」
「まだ強化が解除されてないな。講義で見たが、その服はかなり形を変えるのだろう? 早くしろ!」
訓練したから分かる。魔力強化を解いたお姉様は一人のか弱い女性でしかない。魔法や剣が有れば別だけど、僕の所為で振う事だって不可能なんだ。
「おお……想像を遥かに超えて美しい! 此れからじっくりと躾けてやろう! ハッハッハ!」
「動くなよ? 少しでも逆らったらなら哀しい結果になる」
「う……」
お姉様が嫌そうに身体を捩ったのが
……此れは、魔素感知か。身体は動かないけど、魔素は何となく見える。視覚に頼らなくても大丈夫……
それなら、出来る事がある。
僕の身体を魔素で調べればいい。アーレに到着した日、アリスお嬢様の体調不良を調べたってクロエリウスが言っていた。きっと真似事くらい出来る筈だ。
痺れ薬……何か化学的な力なら何も出来ないけれど、此処は異世界。しかも魔法が……魔力と魔素が支配してる。魔素を学べば凡ゆる応用に役立つと学んだだろう?
もう眠気はない。魔素を体中に回す。
阻害される、魔素を動かすのを。でも此れは朗報だ。やっぱり魔法的な効果だと証明された訳だから。だったら絶対に負けない。
一箇所一箇所の邪魔を弾く。
偶に失敗するけどそんなの関係ない。お姉様の魔素と比べて、何て汚いんだろう。あの魔素達は幸せそうに歌って、舞い踊るのに。この子達は、こんなの嫌だって叫んでると感じる。
少しずつ、少しずつだけど、身体の感覚が戻る。閉じたままだった瞼は重いけど、光を受け止め始めた。
「ふん、此処では楽しめんな。今すぐにでも連れ帰り遊びたいが……興味が湧いたぞ」
「駄目……!」
「あんな餓鬼に何を勘違いしている? だが、お前程の者が其処まで拘る理由が判らない。会ったのも最近で、何処の生まれとも知れぬ孤児だろうに。まさか本当に妹なのか?」
「アンタには関係ないで……うっ……」
背が高い、痩せぎすな男が近くに立っている。頬は痩せこけて、目は蘭々と光り充血して真っ赤だ。鼻血を拭きもせず、イヤらしくお姉様を見てるのが何故かはっきり見えた。
魔力銀だろう服が破れてる。
身体を覆うのは黒い上下のパンツスタイル。その上に臙脂色したライダースジャケットを羽織ってる。きっとこの世界ではかなり珍しいデザインだと思う。けれどそれすら自然に着こなすのがこの人だろう。けれど……格好良いはずなのに、今は見たくないと思ってしまう。
内股から斜めに切れ目が走り、腿の付け根から脇腹の上の方まで裂けてる。ジャケットもヒラヒラと揺れて、お姉様を守る事が出来ない。まだ視力は完全じゃないだろうに、真っ白でシミひとつない肌が眩しく見えた。健康的な色だけど、艶かしくて妖しい。
その肌に、汚らしい指を這わす最低な男……
焦らす様に、嫌悪感を煽る様に、脇腹やお腹を触る。
「答えろ」
「……血の繋がりはないわ。でも、私にとって誰よりも大切な人」
お姉様……
「ほう……それはツェイスよりもか?」
「比べる様なモノじゃ、ひぅ……分かった!答えるから触らないで!」
舐める様に、胸の下辺りを撫でた。絶対に許せない……お姉様が必死で我慢してるのが分かる。プルプル震えるのを見たいけど、其れはこんなのじゃないから。
「そうだな、まずツェイスとの結婚はしないと誓え。言葉にしろ」
「しない!」
ああ……何て事を……幸せを諦めないでって伝えたのに!
「……躊躇がないな。愛する男よりも大切か」
全部、僕の所為だ。
「言う事を聞くから、ターニャちゃんには絶対に手を出さないで。ツェイスには二度と会わないと誓う。それが望みなんでしょ!」
駄目だ! そんな事!
「両膝を突き、頭を下げるんだ。さっき言っていたな、頭を地面に擦り付けるんだろ? このミケルの女になると心から願うならば、その餓鬼に手は出さない」
「どうした? 跪け!」
「くっ」
くそっ! 動け!
無理矢理に魔素を走らせる。さっきまで無かった痛みが邪魔をするけど、そんなの無視だ。
この牢屋、此れがあるからお姉様は動けない。
気持ち悪く変形して、針状の金属らしきものが僕に向いている。コイツらが無ければ……
何て醜い。
強引に、歪に、グチャグチャに繋いでる。魔力銀も混ざってるみたいだけど、お姉様の剣や髪なんて輝いて見えるのに。
でもこんなの、直ぐに壊してやる。あの魔力強化を解く練習に比べたら、子供騙しにもならないよ。
ゆっくりと上半身を起こす。縛られた両手に気付いたけど後回しだ。
「汚い手で触るな」
余り大きくない声だったけど、二人はこっちを見た。
「何だと?」
「聞こえなかった?
「……ターニャちゃん」
「愚民の分際で……生意気な餓鬼が!」
牢を構成する魔素達が悲鳴を上げた。そしてゆっくり針が迫る。それを見たお姉様は予想通りに反応する。
「ターニャちゃん! 私なら大丈夫だから、大人しくして……」
分かってる。
「お姉様? 私と言う
「ターニャちゃん、ダメ!」
「ゴチャゴチャと! 泣き叫んでも許さんぞ!」
先端に指を当てるだけ、それだけで十分。悲鳴を上げていた魔素達は歌う様に、空中へと去って行った。まるでありがとうってお礼を言ってるみたいで面白い。
牢屋はサラサラと崩れていって、漸く身体の感覚も戻って来たみたいだ。縛られていた紐も簡単に解ける。
「……は?」
間抜けな顔して呟いてるけど、逃げなくて大丈夫かい? だってお前の隣に立っているのは、誰よりも美しい女神、そして世界最強の超級冒険者。
もう誰も止められないよ?
「さあお姉様、貴女はもう自由です」
魔剣ジル、そして僕のお姉様なんだから。