綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね   作:きつね雨

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ターニャ視点です


☆女の子、覚悟を決める

 

 

 落ち着こう。

 

 僕の目的は、お姉様を困らせる存在を見極める事だった筈だ。目の前のシャルカさんは間違いなくあの人の母親。そっくりだし、偶に見せる無邪気な笑顔なんて嘘みたいに似てる。怖気を覚える程の妖しい色気だけは違うけど。

 

 でも……

 

 お姉様は故郷、つまりバンバルボア帝国の事を伏せていた。元々自分の事を話す人じゃないけど、特に過去は内緒にしてる。つまり、知られなくない事情があるか、逃げたい理由があるんだ。

 

 ましてや皇女なんていう高貴な立場を捨てて。

 

 シャルカさんの常識外れな美貌を映し、魔剣と呼ばれる超級冒険者でもある。普通に考えて、誰であろうとも利用したくて仕方無い筈だ。戦力としても、政略の重要な駒としても。

 

 しかも、バンバルボアは()()だ。

 

 僕の乏しい知識と記憶だけど、基本的に軍事力による版図拡大を是とする国だった。権力の集中した皇帝が居て、領土拡大を目論む、正直イメージは悪い。お姉様の人に対する優しさは度を超えているから、そんなバンバルボアを嫌って逃げたとしたら……

 

 誰も寄せ付けない圧倒的な力は、身を守る為に必要だった……そう考えれば辻褄が合うんだ。シャルカさんは悪い人じゃないかもしれない。でも皇帝の命令に逆らう事なんて出来ない、皇帝の妃なんだから。

 

 それなら、僕はお姉様の為に戦う。帝国も、皇女も、関係ない。

 

「ターニャさん。貴女、凄いわね。ちょっと考えを改めないと駄目かも」

 

 頭の中で沢山の事を考えていたら、シャルカさんの声がスルリと耳に入る。マリンブルーの瞳を見たとき、全ての思考を読まれてる気がして鳥肌が立った。言葉の意味だって……

 

「……えっと、どういう意味でしょう?」

 

 何も知らない女の子を演ずるんだ。出来るだけ情報を集めて、早くお姉様に伝える。本気の魔力強化だったら誰も追い付けない筈だ。それしかない。

 

「私達の、バンバルボアの話を信じて、そして余り驚いていない。寧ろ何かを察してる。可愛らしい女の子なのに冷静さを失ってない事もそうだし、此方を探ってるのね。さっきも言ったけれど、凄く興味を惹かれる。貴女、何者?」

 

 駄目だ、見透かされてる。でも負けられない。

 

「……怖い、です」

 

「何がかしら?」

 

「初めて会ったのに、心も視線だってシャルカさんに惹かれていく。声も瞳の色にも、全てを捧げたい気持ちが湧き上がるんです。きっとその方が楽で、幸せかもしれません。だから、怖い。すいません」

 

 失礼な物言い。でも、其れがシャルカさんだ。お姉様とは違う。目の前にある常識を超えた美貌に微笑が浮かんだ。

 

「キーラ、どう思う?」

 

「はい。失礼ながら……油断ならない方ですね。そして、素晴らしいと思います」

 

「ふふ、そうね。こういう子は敵に回したら厄介よ? どうしましょうか」

 

 敵と言う言葉が出て、パルメさんが少し腰を上げた。僕の手を握り、いつでも連れて逃げるつもりだろう。その温かな手を感じて、ホッとした。

 

「勿論協力して頂きましょう。お姫さま(おひーさま)を捕らえる為に」

 

 更に強くギュッと握られた手。パルメさんの横顔は強張ってる。

 

「キーラさん。捕らえるって、まるで悪い事をしたみたいに言わないで下さい。あの娘は、ジルは誰よりも優しくて沢山の人々を助けて来たんです。このアートリスだけではありません。ツェツエの、皆が愛する……」

 

 きっと怖いんだろう。震えながら、それでもパルメさんは声を上げる。

 

「シャルカ様。如何ですか?」

 

「んー、どうやら私の負けね。キーラの報告通りと認めましょう! パルメさん、ターニャさん、貴女達最高ね!」

 

 あ、あれ?

 

 何だか空気が軽くなった。キーラさんも分かり辛いけど嬉しそうに笑ってるし、シャルカさんなんてお姉様みたいに優しい感じで……

 

「……どういう事でしょう?」

 

 パルメさんの疑問も当然だよ。

 

「どうもこうも、母親として娘に素敵なお友達が居たら嬉しいに決まってるじゃない! あんな変わり者のジルヴァーナがこんな素敵な人達に愛されてるなんて……涙が出ちゃう」

 

 つまり、探っていたのはお互い様って事?

 

 出ていない涙を拭くキーラさん……遊んでるな、この人たち。

 

「あの……」

 

「ジルヴァーナがどれだけ親不孝な娘か聞いてくれる? 全部話しちゃう」

 

「は、はあ」

 

「十四歳の誕生日を祝った翌日、行方不明になったの。まあ何時もの事かと全員笑ってたんだけど」

 

「何時もの……?」

 

「そうよ? ほぼ毎日のように城から抜け出して、怪我して帰って来るし、泥だらけなんて当たり前。小さな頃から魔法の才能があったから見つけ出すのも一苦労だった。被害者の会が前身だったジルヴァーナ捜索隊が本格的に組織されたんだけど、予算が全然足りなくなって。ほら、逃亡中に色々壊すじゃない?」

 

 お姉様……何やってるの?

 

「犠牲者は沢山いるけど……例えばキーラなんて普通の娘だったのよ? でも日々ジルヴァーナを捜索し、或いは捕獲する為に嫌でも技術が磨かれてね。気付いたら気配察知と遮断で一流になっちゃった。お世話係で城に来たのに」

 

「私はお姫さま(おひーさま)のお側に仕えた、いえ仕える幸福に感謝しておりますが……」

 

「……オマケにこんなになっちゃうし」

 

「あの日、私が目を離した隙に……今でも悔しく思ってます」

 

「私も一緒よ? それから八年も姿を消して、偶に手紙を送ってくるんだけど……見てくれる?」

 

 綺麗なリボンで纏められた便箋を渡された。年月が経っているのか何枚か色が付いてしまってる。でも皺一つ、折れ目だって無いから大切に保管してたんだろう。まるで宝物だ。何となくお姉様は愛されているって分かってしまった。

 

 でも、いいのかな? パルメさんも同じ事を考えたのか目が合った。

 

「私達が見ても良いのですか? 皇女殿下からの御手紙だと」

 

「見たら分かるわ。ジルヴァーナって娘が」

 

 全部で七枚。

 

「……拝見します」

 

「一番上が八年前ね。あの子が居なくなった時の置き手紙」

 

 封筒から取り出した手紙は予想と違って一枚だけ。三つ折りを丁寧に開き、パルメさんと二人で覗き込んだ。

 

「……旅人になります。探さないで下さい。それと、キーラの下着一式を貰って行きます、記念に。変態な泥棒に盗られた訳じゃないので安心して下さい……ジルヴァーナ」

 

 ……終わり? これだけ? 裏も真っ白だな。

 

「旅人って何? いやそれよりも、下着を貰って行くって意味が分からないんだけど……記念って……下着泥棒そのものだよね、これ」

 

「えっと……ですね。とりあえず続きを読みましょう」

 

 何だろう……少し腹が立って来たんだけど。

 

 二枚目ーーー何だか胸が大きくなりました。お母様に感謝してます。探さないで下さい。

 

 三枚目ーーー魔王って本当に居るんですね。それと、探さないで下さい。

 

 多分魔王陛下のスーヴェイン?さんと会った後かな。でもそうなると、バンバルボアを離れて約二年の間に出した報せは二枚の手紙だけってこと? 

 

 四枚目ーーー凄い素敵な宿に泊まったよ。でもお風呂に沢山のおばさまが居て疲れました。キーラと二人で入るお風呂が懐かしいです。

 

 これ、ツェルセンの双竜の憩だ。昔からお風呂お風呂って言ってたんだな。大体文章が日記にしか思えないけど、もしかして……

 

「キーラさん、着せ替えさせられました?」

 

「はい、毎日の日課です」

 

「やっぱり」

 

 五枚目ーーー出世しました。探さないで下さい。

 

 超級になった頃かな、きっと。

 

 六枚目ーーー最近お母様に似過ぎでちょっとヤバいです。背徳感。

 

「背徳感って何⁉︎」

 

 パルメさんが小さく叫ぶ。分かる、何してるんだあの人は……

 

「パルメさん、分かってくれる? ジルヴァーナってちょっと変わってて……其れと、手紙の出所が分からない様に小細工してたから、まさか別大陸に来てるなんて思わないでしょう?」

 

「ですね」

 

 警戒心が消えて同情心の篭った返事。僕も同意します。

 

「次が最後で最近届いたの。実際に手紙を出したのは随分前だろうけど」

 

 七枚目ーーー運命の人に出会いました。可愛い。探さないで下さい。

 

「……」

 

 普通ならツェイス殿下と思うけど、時期的に合わない。そもそも可愛いとか有り得ないし。ちょこちょこ探さないで下さいって入るのイラッとするけど。でもまさか……

 

「コレってターニャちゃんだよね? 時期的にもそうだし、可愛いって口癖みたいに言ってるから」

 

「で、ですかね?」

 

「あらあら、運命の人ってターニャさんなの? 確かに可愛らしいものね」

 

「多分間違いないです。凄くベッタリだし、ちょっと度を超えてるって言えばいいか……お風呂とかお着替えとか。最近も下着を買い揃えるのにターニャちゃんの……」

 

「パルメさん、其れは話さなくて良いです」

 

 色々と思い出すのでやめて下さい。それとキーラさんが親の仇を見る様に睨んでくるのが怖い。さっきまで無表情だったよね、間違いなく。

 

「ターニャお嬢様、後で詳しく話を聞かせて貰えますか?」

 

「は、はい」

 

 僕、何も悪く無いのに……

 

「相変わらずね、あの子」

 

「相変わらず? 驚いてませんね」

 

 普通運命の人とか現れたら母親として気になるだろうけど。シャルカさんは思い出してるのか、宙空を眺めてる。

 

「小さな頃から変わってないわ。ジルヴァーナ捜索隊を選抜するとき、男性は候補から外したの。好みの娘だとフラフラ寄って来る可能性もあるし、何より怪我とか絶対にさせないから。撒き餌もその内に効かなくなったけれど暫くは効果があったのよ? キーラなんてその一人だもの」

 

 イカ釣り漁船の光に寄って来る烏賊かな?

 

「じゃあジルって、あ、皇女殿下は昔から……」

 

「ジルで良いのよ、パルメさん。そうね、それこそ小さな赤子の頃から女性に目が無かった。抱っこさせてくれるのも私以外だと侍女や世話係くらいだったから。男性が触ると火がついた様に泣いたわ」

 

 しみじみと思うのか、遠い目ってコレだなきっと。

 

「お姉様が逃げ出した理由に思い当たる事はあるんでしょうか?」

 

 酷く力が抜ける手紙だったけど、大事なのはお姉様の気持ちだ。これだけは譲れない。

 

「あるわ」

 

 妙にはっきりとシャルカさんが返した。

 

「何故家出を?」

 

 瞬間張り詰めた。

 

 緩やかな空気を纏っていたシャルカさんだったけど、変わった。いや、戻ったんだ。バンバルボア帝国第四皇妃のシャルカ=バンバルボアに。

 

「其れはバンバルボアの根幹に関わること。我が帝国の勃興に深く連なる皇族の存在意義です。其れを聞く覚悟がありますか? あの子、ジルヴァーナに別の道は有りません。非常に稀少で、特別な水色の瞳を持って生まれたならば……帝国の開祖、初代皇帝陛下より受け継ぐ責務を全うする。皇女ジルヴァーナ=バンバルボアに課せられた運命なのです」

 

 その存在感に圧倒された。大陸を代表する国の皇妃の一人、シャルカさんに。真剣な眼差しを真っ直ぐ見ることが怖くて思わず俯く。でもその時、今朝も見たお姉様の顔が浮かんだ。パルメさんを男と間違えて心配そうに仕事に向かったお姉様を。

 

 笑顔も、赤ら顔も、プルプル震える姿だって。

 

 僕の名はターニャ。

 

 前の世界なんて関係ない。

 

 超級冒険者、魔剣のジル。その人の妹なんだから。

 

 ゆっくりと顔を上げて、シャルカさんのマリンブルーの瞳を見る。今度は逃げたりしない。

 

 そして、シャルカさんは笑った。

 

「いいでしょう。パルメさんも良いのね?」

 

「はい、シャルカ皇妃陛下」

 

 良い人に恵まれましたね、ジルヴァーナ。そう小さく呟いて、母としての声を紡いだ。

 

「もうすぐ、あの子が帰ってくるわ。このまま待ちましょう。大切な二人が居ないと知れば、放っておいても此処に辿り着く。今のジルヴァーナは皇女の一人ではなく、超級冒険者の魔剣なんですから。キーラ、隠れていなさい」

 

「はい、シャルカ様」

 

 キーラさんの気配が薄くなると、瞬きした瞬間に消えた。姿ごと。

 

「さてと……お二人の事をもっと知りたいわ。ジルヴァーナのことは合流してからね」

 

 白ローブで顔を隠すと、もう唇や顎のラインしか見えなくなる。

 

 魔素も再び踊り出して、ボヤけて行った。

 

 

 

 

 




次回からジル視点に戻ります
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