綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね 作:きつね雨
キルデベルト=コトは魔素通信を終え、軽く伸びをして首をグリグリと回した。最近年齢を感じる事が増えたなと溜息も吐く。
バンバルボア帝国からの特使として、このツェツエ王国を訪れていた。窓からは王都アーレ=ツェイベルンの夜景が見える。大陸が違うとは言え、巨大な国としっかりとした統治に尊敬の念を抱くのは仕方無いのだろう。
議題の大半は順調と言っていい。
貿易、魔物、何よりも超越した生物である古竜への対処。真白のルオパシャ、彼女の存在が認知されていたのは僥倖だった。残る二人の黒きインジヒと紅いシェルビディナンに対しては弱いが、其れは当然で不自然でもない。
「此れなら、来る日の共闘も充分に可能だろう」
手元にある紙に書き記しながら、つい独り言ちる。
三十六歳という若さで特使に抜擢されたコト家の次男キルデベルトは優秀である。其れは自他共に認めていたが最初は酷く戸惑った。他にも大勢の適任者は居たし、バンバルボアと渡り合える大国ツェツエが相手だ。
バンバルボア帝国、ツェツエ王国、そして魔国。この三国がそれぞれの大陸最大の国家で、他の追随を許さない力を持つ。保有する軍事力は当然だが、特徴的な部分も多い。
バンバルボア帝国ーーー
"始原の竜"から連なる国。個人戦闘力に長けた戦士が多く誕生し、今も日々鍛えあげられている。二人の古竜に対する義務と言っていい伝承は、皇族自らを誇り高く厳しく律していた。だからだろう、つい最近でも女神と謳われたシャルカ皇妃や、その娘であるジルヴァーナ皇女が突出した才能を知らしめた。
ツェツエ王国ーーー
歴代の王は名君や賢王として統治。現王ツェレリオは其れが特に顕著で、騎士や要職に女性や貴族でない者をより多く登用した。それにより国力が大きく底上げされたのは内外に知られている。組織的に訓練された騎士団が有名ではあるが、超級冒険者が絶えることなく所属した事で、個の力も侮れない。
魔国ーーー
寒冷な北大陸を纏める魔族の国。他では考えられない強力な魔物が跋扈する危険な大陸だ。人口は非常に少ない。しかし、彼等のほぼ全員が圧倒的な魔法を行使する。強力な魔物に対するため、個々の戦闘力と兵士の質は世界最強と言っていい。そして象徴たる魔王スーヴェイン=ラース=アンテシェンは常軌を逸した力を持つと言う。
「だが、新たな時代が訪れる。やはりシャルカ様の仰られる通りだった」
特使の重圧に押し潰されそうなとき、シャルカがキルデベルトに言ったのだ。「陛下に推薦したのは私。大丈夫、万事上手く全うするわ。きっと楽しい事が一杯よ」と。
「まさかジルヴァーナ様がツェツエに……フフ、此れも運命か」
まさか全部をお見通しとは流石に思わないが、楽しい……いや、幸せで驚くべき運命が待っていた。幼き頃より常識を覆す魔法を次々に発明し、誰も気付かなかった理論すら諳んじた。当たり前のように古き伝承の真実を確信した程だ。この御方こそが帝国の求めた存在なのだと。始原の竜が齎した加護が、間違いなく皇女殿下に受け継がれた。
先程の魔素通信でキーラ=スヴェトラが嬉しそうに伝えて来たのだ。
帝国の宝珠、水色の瞳、ジルヴァーナ皇女殿下を……遂に捕獲しましたよ、と。
「捕獲って……まあ気持ちは分かるが」
最後にそう呟くと、充てがわれた客室から離れて行った。
キルデベルトが向かう先はただ一つ。出来るだけ内密に、しかし確実に伝えなければならない。まだ大きな話にはさせないし、何より噂の真実を確認する必要がある。敬愛する皇族の、そして帝国宝珠の幸福を心から望んでいるのだから。
○ ○ ○
「ツェイス王子殿下」
片膝を地面につき、キルデベルトは最敬礼を行った。ツェツエ王国を訪れて二度ほど会話はしたが、大半は儀礼に則った表面上のものに過ぎない。ある意味、今回が本当の顔合わせかもしれない。
「特使殿」
ゆっくりと歩いて来たツェイスは、戸惑うこと無く近づいてキルデベルトに接する。場面から考え難い事で、胆力と自信を感じさせる行動だった。なぜなら……
今は夜分で、此処は人気の少ない城内の片隅だ。
内密で話がしたいと言うかなり礼に失する願いを、ツェイスは眉を少し曲げるだけで済ました。そして約束の時間、此処に現れたのだ。ツェツエの城であっても、騙し討ちや籠絡なども有り得る状況なのに、王子に緊張は無い。
素晴らしい……
キルデベルトは許しを受け顔を上げていた。だから目の前に立つツェイスをしっかりと確認出来たのだ。
見事な紫紺の瞳、波打った黄金の髪はまるで
「殿下。無理な願いを聞き届けて頂き、心から感謝致します」
「いや、夜風も気持ち良い季節だ。偶にはこんな時間と会話も面白い。
俺と言う代名詞を態と選び、此処は非公式だと伝える。更には、時に難しい……つまり、本音を話す機会を与える含みまで入った。面白い話なのだろうなと見えない圧力すら感じる。
「はっ。是非、キルデベルトとお呼び頂ければ」
だからキルデベルトも返した。理解しております、と。
「そうか。キルデベルト、ツェツエ王国はどうだ?」
「入国前に伺っていた光景を良い意味で裏切られました。温暖な気候、澄んだ水、それに支えられた豊かな大地。きっと朗らかで優しい人々が暮らす国と。しかし、反する様に強靭な騎士団と規律ある御国柄。敬愛する皇帝陛下に叱られますが、羨望の気持ちを持ちました」
「出来過ぎな回答だな。此処には俺以外いないぞ? この会話も遺恨を残さないと約束しよう。勿論王族として、だ」
「……はっ。では失礼して。我がバンバルボア帝国と
「油断ならないか?」
「いえ。頼もしい、と」
「面白い表現だ。まるで自国の戦力の如しだな」
笑みを浮かべたツェイスはキルデベルトが何を伝えるつもりなのか理解していない。しかし同時に、この先へ答えがあるのだろうと考えもする。だから紫紺の瞳を鋭く合わせ核心に迫った。
「さて、夜風も冷たくなって来たな。話を聞こう」
「そうですね……何から話すべきか」
あっさり言葉にすると思っていたツェイスは、ほんの少しだけ意外に感じた。
「決して冷やかしや、つまらない好奇心からではありません。それだけは最初にお伝え致します。このツェツエ王国所属の冒険者、魔剣のジル。彼女の事でございますが……」
戦闘に疎いキルデベルトであっても、佇む王子が魔力を無意識に収束させたと分かる。有り体に言えば殺気だろうか。
「確かに魔剣はツェツエ王国のアートリスで登録した冒険者だ。知っているだろうが、超級はある意味で不可侵。例え貴国であろうとも、引くべき線は理解していると思いたいが」
隠し切れない警戒と怒り。本来ならば迂闊な感情の発露だろう。何故なら自身の弱点だと喧伝しているに等しい。しかし、キルデベルトにとっては何処までも好ましい心の動きだった。満ちる魔力すら心地良い。
「まさか。その様な事は考えてもおりません。殿下と魔剣の恋物語は我が耳にも届いております。ツェツエの危機、古竜襲来、魔族侵攻、全ては魔剣と貴方様の愛ゆえでしょう」
「それが冷やかしでなくて何なのだ。言っておくが魔剣の戦闘力は想像を大きく上回るぞ。つまり、彼女の前では控えた方がいい。ああ見えて気が短い時もある」
益々好ましい。その気持ちに偽りは無いと確信出来る。だから、キルデベルトに迷いは無くなった。
「ええ、よく存じています。女神の如き美しさを湛えながら、心は純粋無垢な童子と変わりません。ですが、大切なものは決して譲らない強き意思をお持ちの方だ。昔から、それこそ少女の頃から何一つ……」
流石のツェイスも我慢出来ず、キルデベルトから視線が外せなくなった。
「……知っているのか? ジルの過去を」
「はい。御両親も、身近な者達も」
「聞かせ……いや、ジルが口にしない真実を他人から聞きたくない。あとは自分で聞く」
「それには及びません。不肖キルデベルトが今お伝えします」
「何故俺に……いや、ジルはバンバルボアの者なのか」
怪訝な表情はもはや隠せず、ツェイスは戸惑いながらも問うしかない。
「それどころか帝国が紡いできた歴史、その結晶とも言える
「なに?」
ニコリと笑い、キルデベルトは語りかける様に話し始めた。
「シャルカ皇妃陛下が世界で最も愛するのは一人娘で在らせられる皇女殿下です。しかし世界は不思議に溢れております。皇女殿下は類稀なる
「……それで?」
既に答えは明らかだったがツェイスは次を促した。
「どうやって別大陸まで辿り着かれたか、それは分かりません。どんな運命か、このツェツエ王国第二の大都市アートリスの冒険者として身を立て、気付けば最高等級である超級へと最年少で到達。今や魔剣は世界に名だたる最高の冒険者となりました。名と過去をバンバルボアに置き去りのまま……ですが、遂に真名を取り戻された」
「つまりジルは……バンバルボア帝国の?」
「はい。尊き真名はジルヴァーナ=バンバルボア。ジルヴァーナ皇女殿下で御座います」
「ジルヴァーナ……そうか、皇女……」
万感の、幸福の呟きだった。二人を遠ざけていたのはジルの身分。ところが実際にはバンバルボア帝国の皇女だったのだ。つまり、ツェイスと何ら変わらない。そうとなれば王国の貴族連中も反対など出来ない。いや、する筈がない。それこそ不遜だろう。
あの美貌、それでいて飾らない無垢な精神。例え魔剣で無くとも、彼女の全てを愛するツェイスに障害は消え去った。
「殿下。一つお詫びが」
「何だ?」
「ジルヴァーナ様に負けず劣らず、母であるシャルカ皇妃陛下も常識が通用しない方でして……」
言い淀むキルデベルト。少し顔色が悪い。まさか本人がいきなりツェツエに来るとは流石に想像していなかったのだから仕方がない。キーラが居る時点で嫌な予感はしたのだ。
「その……既にあの街へ、アートリスに来ております。ジルヴァーナ様と合流済みと、先程……」
「……ちょっと待ってくれ」
左手で顔を覆ったツェイスを誰が責められよう。話したキルデベルトもついさっき頭を抱えたのだから。
「バンバルボア帝国の皇妃、つまりツェツエで言うパミール王妃に当たる方が、既に入国していると?」
「……はい。何と申しますか、すいません」
「皇帝陛下はご存知なのか?」
「それが……何も言わずに来たらしく……」
嘘だろう? そうツェイスは表情で語った。下手をしたら戦争ものだ。皇妃と皇女二人がツェツエにいるのだから……
とりあえず思考を放棄して話を続ける。
「それで? まだ他にもあるのだろう?」
「はっ。シャルカ皇妃陛下からの御言葉をお伝え致します」
「聞こう」
再び膝をついたキルデベルトは、恭しく語る。
「ジルヴァーナを欲するならば力を証明しなさい。我が娘は安くない。同時にバンバルボアの義務を知り、理解する者だけが相応しい。候補は……」
「候補は?」
「貴方様
恭しく話しているが内容は無茶苦茶だ。相手によってはいきなり斬られても不思議ではない、其れ程の巫山戯た話だった。ましてや無断で他国に入った者が言う台詞だろうか。
キルデベルトも緊張し、頭を上げる事なくそのまま。たが、耳に届いた声に怒りは無かった。
「ク、ククク……ハッハッハ! 流石ジルの母上だな! お会いするのが本当に楽しみになったよ、キルデベルト」
「……はっ」
「行こう。ジルは俺が貰う。誰であろうと全て打ち負かせば良いのだろう? それに相手も想像がつくし、さしずめ囚われの王女様か。しかし魔剣を捕えたのが実の母とは、アイツは何処までも面白い奴だ」
キルデベルトですら見惚れる、満面の笑みがツェイスに浮かんでいた。
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