綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね 作:きつね雨
アートリスの冒険者ギルドへと、
「マウリツさん、特に異常は無いみたいですけど」
「……ああ」
若いながらも中々の剣才に恵まれたジアコルネリがぼやいた。しかしマウリツは油断なく周囲を見渡している。
定期的に行われている魔素感知により、おかしな反応を見つけたギルドの依頼。その依頼を受け、森深く調査に来ているパーティは"槍蒼の雨"だ。
当初は偶にある魔物達の騒ぎかと思われた。しかし魔素感知に優れた職員が早朝にも拘らずギルド長に報告を上げたのだ。少しの異常でも報せるよう厳命されていたから、夢の中にいたウラスロは直ぐに起き出して来ていた。因みに、ギルド内にある仮眠室は実質的に彼の部屋になっている。
そして、そのウラスロの勘が囁く。何かがおかしい、と。だから、調査程度には大袈裟と言っていいダイヤモンド級を擁する槍蒼の雨へと依頼をしたのだ。
「どう思う? ブランコ、ブルーム」
少し後方から追随していたそっくりな双子にマウリツは問うた。まだ陽も昇ってない為に森の中は夜と同じ暗闇に落ちている。夜目は全員が効くが、日中に比べたら見辛いのは間違いない。
「魔素感知に反応が無い。今は大人しいものだが、逆に気に喰わないな」
「ああ、ギルド長の勘は馬鹿に出来ない。それに」
「それに?」
ジアコルネリは疑問符を浮かべている。
「静か過ぎる。魔物の姿がないのも不自然だ」
最初が魔法士のブランコで、相槌を打つように繋げたのが治癒士のブルームだ。双子なのも手伝って暗闇では区別がつかない。若いジアコルネリの為に単純には否定しなかったマウリツ。其れを理解している双子も教えを説く様に返した様だ。
才気あふれるジアコルネリは、ベテラン揃いの皆から絶えず教えを受けている。彼を見出したマウリツは自身への責務だと思っていた。
「ピピ、こっちへ」
先頭でパーティを誘導していたのは、斥候を得意とするナイフ使いのピピだ。超級"魔剣"ジルは内心で忍者などと呼んでいるが、本人は当然に知らない。太めの身体に真っ黒な衣服と装備。革鎧すら黒色に染めていた。
前方から視界を逸らさず、ゆっくりと後退して来る。無口だが真面目な冒険者、其れが皆の印象だろう。街中でジルを見掛けた時は気配を消し、ネットリ眺めるのが趣味などとは誰も知らない。
「何か気付いた事は?」
「嫌な気配。まだ距離ある」
「なに? どっちの方向だ?」
「あっち」
指差した方角は森の最深部だった。
「分かった。全員距離を離さずに行く。ピピは後方で指示を」
「
コクリと頷きながら小さく呟いた。
「ブルーム、頼む」
「ああ」
霊体には物理的な攻撃が効きづらい。当然幾つかの対処法はあるが、最も効果的なのは"魔法"だ。治癒士であるブルームは
マウリツ、ジアコルネリが前に出て、直ぐ後ろにブルーム、続いてブランコ。ピピだけは一番最後で周囲を警戒している。
そして、暫く進むとギルド長の勘が当たった事を全員が知る事になった。ピピの判断の正しさも。
「……なんて事だ」
マウリツが呆然と呟く。
括り罠に掛かったのだろう、小さな身体が横たわっているのが見えた。
括り罠自体は珍しく無いが、この森で仕掛ける馬鹿は普通いない。ましてや深部ならば尚更だ。かなり暴れ回ったのか周囲の草木は薙ぎ倒されていて、子供とは言え膂力は凄まじいのだろう。数本は樹木すら折れていた。縄は首に喰い込み、擦り切れた様な血の跡もある。
もう既に息絶えており、マウリツ達の絶望感を誘う。
「
茶色の毛に覆われているのは間違いなく子熊だった。子供とは言え成人男性程の体躯はある。親熊はどれほどの大きさか考えるのも嫌になるだろう。
「何処の馬鹿が括り罠を……いや、親熊は? 魔素感知には……」
「違う。いま、
ブランコの唾棄を全員が耳にした時、魔素感知を得意としていないマウリツやジアコルネリにも分かった。身体中に鳥肌が立ち、気温すら下がったと錯覚する。それは恐ろしいまでの気配、圧倒的な憎悪。
まだ距離はあるが、ゆっくりと此方に近づいて来る。
「
「ど、どうしますか? 子熊の近くに居たら俺達も標的になりますよ!」
普段は自信過剰気味のジアコルネリだが、流石に焦りを隠せていない。パーティ最強のマウリツすら勝てる保証などない強力な魔物だから当たり前だ。しかも堕ちたウルスは霊体や精霊種に近いために、普通の剣など全く意味を成さない。
「カースドウルスは標的なんて選ばない。もう動くモノが目に入れば襲って来る。それに時間が経てば
「じゃあ尚更逃げないと! それともブルームさんなら何とかなるんですか⁉︎」
焦りなく首を横に振り、淡々と答える。歴戦の冒険者、その威容はジアコルネリに未だ無い。
「一番近い街はアートリスだ。奴ならば気配を辿り直ぐに向かうだろう。あの街には俺達の家族が居るし、お前が最近告白してフラれた娘だっているんだぞ?」
「え⁉︎ 何で知って……い、いや確かに……」
「ブルームの言う通りだ。今対処出来るのは俺達だけ。腹を括れ、ジアコルネリ」
「マウリツさん……でも、どうやって倒すんですか?」
先読みのマウリツ、パーティのリーダーたる彼を尊敬はしているが、不可能は存在するのだ。それとも何か手があるのかとジアコルネリは思う。
「今の俺達では無理だな。以前現れたカースドウルスを倒したのは"魔狂い"だ。ブランコも優れた魔法士だが、流石に難しいだろう」
「ああ。奴が大人しく待っててくれて、三日三晩魔法を喰らってくれたら何とかなるけどな」
万全の準備を整え、対策を講じたならば僅かながら可能性はあるが……現在の"槍蒼の雨"では困難を極める。
「そんな……!」
「落ち着け。あの街に誰が居るのか忘れたのか? アイツがアートリスの蹂躙を許す訳がないだろう?」
「誰がって……あっ! もう一人の超級"魔剣"のジル‼︎」
「そうだ。ジルの
「「はぁ、仕方無いな」」
双子は綺麗に揃って溜息を吐いた。自分達の役目を理解したからだろう。それを見たマウリツも不敵に笑う。そして決意を秘めた視線を仲間に配った。
「いいな? 俺達の役目は時間稼ぎだ。アートリスの女神が降臨するその時まで、な。それとピピ」
「分かってる。出来るだけ急ぐ」
「ああ、恐らく昼までが限界だぞ」
無言で頷き、ピピはアートリスに向かい走り出した。体に見合わない速度で、すぐに姿は見えなくなる。このパーティで斥候と遊撃を担うピピならば、たった一人でも役割を果たす筈だ。
「カースドウルスに通常の剣は効かん。ジアコルネリはレイス共をやれ。以前に教えたのを覚えているな?」
「は、はい。常に強気で行けと。魔法でなくても、精神力は剣光にのる」
「そうだ。基本的に滅する事は不可能だが、怯ませたりは出来る。逆に心が乱れたり弱ければ奴等には全く効かない。それと距離は一定以上離すなよ? ブルームの指示に必ず従え」
「分かりました」
若いとは言え、ジアコルネリも冒険者だ。やるべき事が明確になれば強い意思を宿した瞳に揺らぎはない。
「いくぞ」
○ ○ ○
最初に現れたのは、青白くフワフワと浮かぶ歪な球体だった。死霊の成り損ない。それは形を保つ事が出来ず、ただ生者に襲い掛かる存在だ。
単体ならば脅威にはならない。
纏わり付かれたら生気を抜かれて力が抜ける。しかし虫を払うように手を振ればあっさりと離れるだろう。無論そのままにしておけば体力を奪われて動けなくなるが。
剣速と踏み込みに自信のあるジアコルネリ、彼の剣閃は死霊を真っ二つにした。半球状になった後、フラフラと別の方向へ飛んで行った。
「フッ!」
前掛かりになった体勢をそのまま生かし、次の死霊へと横薙ぎで払う。またもや二つに分離すると、空間へと溶けた。
「いいぞ! だが、前に出過ぎるな!」
やはり剣の才に恵まれた男だ。ブルームはそう思いながら檄を飛ばしている。通常ただの剣で消滅などしない。
「は、はい!」
「ブルーム! 東側だ!」
「分かった‼︎」
そしてマウリツは短槍を操りつつも、戦場の全体を把握している。見れば東側から死霊の群れが近付きつつあった。森の中では長い槍が邪魔になるため、この調査を請けた時に用意していた装備だ。長さが劣る分、長所である間合いは狭まる。しかし、速さと小回りは秀でるのだろう。的確に死霊を捌きつつも、少しずつ前へと進んでいた。
「ジアコルネリ! 人型した死霊の視線から逃げろ! 精神へ攻撃を受けるぞ!」
「了解!」
距離を取ったまま、樹々の端から覗き見る死霊。球体とは違い、何とか手足と顔が判別出来る。全く動かず、ジッと此方を見ているだけ。だが、それが恐ろしい。所謂"幽霊"ならば、此方の方がしっくりくるだろう。
ジアコルネリはマウリツからの助言に従い、草木を遮蔽物としながら位置をずらして行く。
「ウルスは……ブランコ! 姿を見たか!」
「いや! 少し先で止まったようだ!」
「何故……いや、子熊か」
「多分間違いない! より怨みを強くして来るぞ!」
ブランコは魔素感知を行い、ウルスの場所を特定していた。きっと息絶えた子供を憐れみ、そして怒りを溜めている。直ぐに生きとし生けるものに襲い掛かってくるのは間違いない。
「魔素感知を続けて動いたらすぐに知らせてくれ! その時は少しずつ後退して時間を稼ぐ!」
「ああ!」
思ったより
その時、焦燥の色濃く混じった声が横から聞こえた。声を荒げたのはブランコだ。
「くそったれ!
「何だと⁉︎」
霊体が寄り集まって新たな個体へと変容する。個々の個性は失われ、嫌悪感が湧き上がる身体を受肉するのだ。
見た目は赤黒い肉と血走った目と手足の集合体と言えばいいだろうか。肉団子の様に丸く、空中に浮かびながら歪に脈動している。目は数十もあり、死角は無い。其々がギョロギョロと四方を睨み付けて獲物を探し始めた。
何より……此方からの剣や槍、弓矢は効かない癖して、魔法だけで無く物理的に攻撃すら行うのだ。肉片を飛ばしたり、丸い巨体でぶつかって来たりもする。カースドウルスには及ばなくとも、かなり強力な魔物に分類されている死霊の一種だ。
「ウルスの怨みが呼んだか……くっ」
悪態を吐きたくなったマウリツだが、今も必死で剣を振るジアコルネリを見て思い止まった。しかし状況は最悪と言っていい。レギオンを相手取りながらカースドウルスを牽制するなど不可能だ。
ヌチャヌチャと血が滴り、断末魔の様な悲鳴がレギオンから伝わって来る。心の弱い者ならば、それだけで精神をやられるだろう。
「何とかウルスが来る前に……」
「マウリツ! ウルスが動き出したぞ‼︎ まだ時間はあるがこっちに向かってる!」
そして、その僅かな希望すら砕け散る。時間稼ぎどころか全滅も頭に浮かんだ。予定の昼まで到底保たない。
絶望が迫る。
だからだろう、希望はあっさりと舞い降りた。
水色の槍、いや……美しく精緻な氷柱で構成された魔法が幾本も突き刺さる。奴が持つ魔力の障壁すら簡単に貫いて。ほんの一瞬でレギオンは霧散した。
そしてその水色は次々と射出され、残る死霊達も消えて行く……
「間に合ってくれたか……」
靡く長い髪、そして隔絶した美貌すら視界に入った。
もう間違いようが無い。
絶望の戦場に降臨した、アートリスの女神だった。
次回も来週末頃の予定です