綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね 作:きつね雨
「綺麗……」
夕焼け色も遠くに見える尾根、連なる山々の山稜へ淡く消えていく。柔らかなグラデーションは赤から藍、そして闇色へと塗り替えられていった。そして、其れに合わせるように夜空は美しく彩られるのだ。
ターニャちゃんは空を見上げて誰に聞かれるでも無く呟いた。
雲が僅かに浮かぶ夜空は、比喩ではなく星々の宝石箱。
俺も初めてこの世界の空を見上げた時、言葉を紡ぐ事が出来なかったのを思い出す。あの日本から転移して来た者ならば、皆が同じ感動を覚えるのではないだろうか。
隣を歩く少女に倣い、俺も久しぶりにゆっくりと星々の饗宴を眺める事にした。
本当に信じられない量の光だ。赤や青、白や黄金色、指折り数えたのなら永遠に終わらないと確信出来る。だから……この世界に星座など無い。溢れた光が多過ぎて、そこにパターンを見出せないのだ。日本では街の人工的な光と淀んだ大気が邪魔をして、星など殆ど見えなかったのに。
勿論、宇宙の概念はまだ存在していない。それでも、この惑星に寄り添う衛星がいる。青と白のマーブル模様の姉星と、紫紺の妹星だ。妹星は決して姉星から離れたりせず、何時もひっそりと輝く。
「そうだね……ターニャちゃんのお陰かな、こんなに綺麗な星空があるの忘れてた……」
生まれ出て22年も経つと、当たり前が増えてしまった。
「私のお陰ですか?」
「そう、色々と忘れてたの。でも今日一日で沢山の事を思い出せたから」
俺は自然とターニャちゃんの小さな右手を左手で握り、ぼんやりと前を向いた。ターニャちゃんは重ねた手を見て、俺の横顔へ視線を移したのが分かる。
……あれ? 何か恋人同士みたいじゃない?
何か幸せってヤツを凄く感じるんですけど……繋いだ手が少し恥ずかしく思ったり。
パルメさんのお店であった痴態や、それを拡声器ババアに知られた事、
そんな事は煌めく星空の前では些細な事だよね。
決して現実逃避なんかじゃない、うん。
そう、我が家はもう直ぐそこだ。
荷馬車が停留した道端から我が家まで、購入した数々の品を運ぼうとした時だ。
自分の荷物は自分で運びます……そう言ったターニャちゃん。
ところがマリシュカの店で買った荷物は荷馬車から降ろす事が出来ずに断念。仕方なくパルメさんの店で揃えた服に挑戦して、袋にペチャと潰されて救出。それでも諦めず下着類が入った軽い方を、真っ赤な顔をしながら運ぶ。
ふんふんと可愛いらしい鼻息で、うんしょうんしょと運ぶ少女を見てホンワカしない奴はいないだろう?
思わず俺まで鼻息が荒くなって、ターニャちゃんの揺れるお尻を眺めてしまった。ターニャちゃんは何かを感じたのか、ピタリと立ち止まり背後をギロリと睨む。危ねぇ……俺は口笛をヒューヒューと吹き、バッチリ誤魔化した。
残りの荷物は俺が軽々と運び、漸く我が家へ到着です。
ああ、可愛い、可愛いよターニャちゃん。
「ここは今日からターニャちゃんの家でもあるの。だから、次からはただいまって言ってね?」
我が家の魔力銀製の鍵は、決められた特定のパターンの魔力を送る事で開錠する。貴族が住う邸宅や屋敷にも存在しない俺特有の技術により、防犯機能としてバッチリなのだ。勿論、窓や勝手口にも同様の鍵を整備済み。
「はい、ありがとうございます。あの……コレって私でも開けられますか?」
重厚で巨大な一枚板を半分に割り、両開きにあつらえた玄関扉はかなりの重量だろう。魔力を扱う技術が無ければ、鍵を開ける事は不可能と言っていい。
「今は無理かな。魔法を教える過程で基本となる技術を利用してるから、ターニャちゃんも直ぐに開けられるようにもなるわ。私も暫くはお休みを取るから安心してね」
ふっ……貯蓄は充分あるし、一生とは言わないが遊んで暮らせる。だが何より……あの痴態をマリシュカに知られた以上、俺はニートになると決めたのだ! あんなの恥ずかしくて人に会いたくない……変態勇者も徘徊してる可能性もあるし。
「荷物は明日片付ける事にして、まずはお家の中を案内しようか。その後はゆっくりしましょう」
この家にはとある王族の親戚一家が住んでいた。だがその一族も王都に移り住み、残った者も他国へと渡った。殆どが婚姻などの幸せな理由で、ホラーな展開は無い……筈。
一族が住んでいただけあって、部屋数は20以上あったし何に使うのか分からない部屋や物も多かった。買い上げた俺がまず始めたのは減築だ。
部屋数を6割削り、替わりに巨大な風呂を整備。更に平地にしたスペースには戦闘訓練も可能な広場と、美しい庭園を造った。それでも8部屋残った個室の壁は一部取り除き、ドーンと広くしたりした。
因みに外壁は高く取っているため、外から覗きは不可能だぜ。勿論幾つも手はあるだろうが、俺の魔素探知から逃れるのは至難の業だ。無人の時すら沢山の防犯装置を備え、魔王陛下やドラゴン、他の超級冒険者達くらいしか突破する気は起きないだろう。って言うか、そんな奴が現れたら絶対に許しません。
個室やお風呂以外にも、台所……厨房と言って良い……もあるし、暖炉付きのリビング、装備類や収集物を飾る趣味部屋も有る。
「お姉様……この部屋が私一人の?」
「うん。足りない物はどんどん言ってね? まだ最低限しかないから、遠慮は無しで」
「……パルメさんが頭を抱えていたのは、コレですね。お姉様に普通を期待したのが間違いでした」
溜息を大袈裟につくターニャちゃん。いや、豪邸なのは自覚してるけど溜息が出る程かな!?
「洗面室やシャワー室もあるけど……普段はさっき見たお風呂を使ってね? 私が一番拘ったのアソコなんだよ!」
「ああ、お風呂と言うか大浴場ですね……ライオンならぬドラゴンの口から絶えずお湯が出てました。一部露店風呂とサウナらしき部屋もありましたし、私も楽しみです」
グフフ……お姉さんと一緒に入ろうね? 自分の身体に無頓着みたいだけど、このジルの裸体に耐えられるかな!? 磨き上げたこの身体を洗って貰おうかなー? 今度こそ赤面プルプルを拝見します!
「ターニャちゃんには悪いんだけど、この家の殆どが魔力操作で動くから……だから最初は少し不便かもしれないけど、私が助けるからね?」
「……例えば、どういった物でしょうか?」
「例えばお風呂だけど、お湯を出すには魔力銀を加熱させる方式。料理する釜戸もそうだし、今付いてる灯りも全部魔力操作を応用してるの。あと、パルメさんが言ってた自動洗浄装置もそうだね」
言いながら魔力操作を行い、部屋の灯りの明度を緩やかに落としていく。ちなみに呪文や詠唱など必要無い。
薄暗くなったターニャちゃんの部屋は、姉妹星の明かりだけが頼りになった。
「……お姉様に頼り切りは駄目です。早く魔法を教えて下さい」
「ふふ、分かったわ。難しい操作や沢山の魔力は要らないの。ただ決められたパターンを覚えてくれれば大丈夫だから安心してね?」
「はい、お願いします」
「そうだ、この鍵を見てくれる?」
再び明度を上げた部屋から扉の方へ移動する。
ターニャちゃんの部屋に限らず、機械式の鍵は付いていない。少し変わった方式を取り入れており、ある意味で自動ドアみたいなものだ。
「簡単に言うとこの扉は絶えず開こうとしてるわ。それを魔力の鍵で固定してあるの。だから魔力を鍵から抜くと……」
キイィ……カチ。
手も触れずに扉はゆっくりと開き、指定の場所で固定された。
「逆に決まったパターンの魔力を注ぐと……ね?勝手に閉まってくれるわ。凄いでしょ?」
「魔力を抜く……? 想像も出来ません……本当に私でも出来るんでしょうか?」
「ふふふ、ターニャちゃん? キミの目の前にいる人は誰でしょうか?」
「そうですね……今日から私の姉になり、お人好しで少しだけおバカさんの凄く綺麗な人です」
「もう! そうじゃない……いや、合ってるけど、おバカ以外!」
「綺麗は否定しないんですか? ふふっ、分かってます。冒険者で、魔法と剣技を極めた世界に五人しかいない超級、魔剣のジルさんです」
「そうそう! 魔法の基礎なんて直ぐに出来る様になるから安心してね」
「さっきのヘンタイ……いやクロさんもお姉様に鍛えられたらしいですし、期待しています。ところでクロさんと結婚するんですか?」
うっ……折角現実を忘れてたのに……ターニャちゃんニヤついてますよ!?
「いや、しないからね……あの子が小さな頃に縁があっただけ!」
「ジルヴァーナ……それがお姉様の本当の名前?」
「……うん。そうだけど、今は只のジル。その名前は忘れてくれる?」
故郷に置いてきた幾つかの事情や関係は、どうしても捨てきれない。でも……そんなの関係ないし、最悪は力尽くで逃げてやる! ふっふっふ……今の俺を止められる者はいないのだ!
「わかりました。私だって今日ターニャになったばかりですから」
俺達は目を合わせてニコリとして、その内吹き出して声を出して笑った。
「よし、御飯にしようか! 直ぐに作るからね」
「手伝います」
「ほほう、ではお手並を拝見しましょう!」
「「ふふふっ」」
料理には自信がある。一人暮らしも長いし、前世でも料理は好きだった。下手の横好き? いや、好きこそ物の上手なれ、だ。
料理には自信がある……あるよ?
トントントントン……シャッ、ポトポトポト。
シュッ、サクサクッ、ザーー
俺は今、お皿を持って立っている。
「あっ、そっちの熱量を下げて貰っていいですか? ……はい、そのくらいで」
再び皿を持ち、ターニャちゃんの指示を待つ。
自信あったんだけどなぁ……
ターニャちゃんの手際は……いや、もうプロじゃん!!
「……ターニャちゃん、上手だね……」
「そうですか? お姉様の手伝いが出来て良かったです」
手伝ってるの俺なんですが……初めての台所と調理道具、見た事の無い食材もあるだろうにコレかぁ……
「覚えてるの? 此処に来る前の事」
「……全部ではないと思います。でも、どんな所でどんな風に生きていたかは覚えてますよ?」
「そっか……帰りたい?」
話しながらも調理の手は止まらない。みるみると完成に近づくのが手にとる様に分かる。
現代日本とこの世界は大きく違う。家族だっていただろう。友達や、もしかしたら恋人だって……現実は物語の様に簡単じゃないし、割り切れない思いは誰もが持っている。ましてや中学生なら、尚更だろうし。そんな子供に何を聞いてるんだ俺は……
「正直……良く分からないんです。でも、今は幸せを感じています。自分でも不思議なんですけど」
流石の俺もターニャちゃんを元の世界に帰す術は持たない。
「幸せを? どうして?」
「……それを言わせるんですか?」
丁度ひと段落したのか、手を止めて俺を見た。
「……えっ?」
「お姉様……貴女が居るからです。だから……幸せです」
今まで沢山の男達を掌で転がし、数多の恋心を振り払って来た俺は……あれだけ大勢の奴等を弄んできた筈なのに。
今日初めて会ったばかりの小さな子なのに。
ボンッ!!
あー!! 今絶対赤くなってる! オカシイ!オカシイぞ……なんだコレ!?
胸が痛いし、頭がクラクラする……
「お姉様……もしかして……そんなに綺麗な人が……」
いやいや! そんな筈は……俺は超絶美人で超級冒険者のジルですよ? 恋愛の一つや二つ……吐いて捨てるほど……アレ? 前世では恋愛のレの字も無かったが……今世は、今世なら……アレレ?
……ねーじゃん! まだ誰とも付き合ってないじゃん! う、嘘だろう!?
「ま、まさか、そんな訳ないじゃない……恋愛なんて両手で抱えられない程だし、経験あり過ぎて困っちゃうから」
「恋愛なんて一言も言ってませんが? それに私達は
「……そ、そうですね」
アカン、設定までグチャグチャだ!
「可愛過ぎだろう……こんな都合の良い人間が居るなんて、コレが異世界転生の特典か? チョロインかよ」
「タ、ターニャちゃん? 何か言った?」
普段なら必ず聞こえていた筈の距離だが、混乱してたから聞き逃したぞ。
「何も言ってませんよ? お姉様、御飯が出来ました。冷めない内に食べませんか?」
「……そうね、食べましょうか」
あっ……美味しい……
可愛いし、料理上手だし、頭も良いなんて、最高のヒロインだね!
だから、ちょっと混乱したのかな……うん、きっとそうだ。
「ターニャちゃん、凄く美味しいよ。毎日手作り料理食べたくなるなぁ……」
……まるでプロポーズみたいだな……いやいや、意識し過ぎだぞ!? ど、どうしたんだ俺は……。
「お姉様? 顔が真っ赤です。また変な事考えてませんか?」
「そそそそんな事ないよ?」
「料理なら毎日作ります。それ位させて下さい」
「え? いいの!? 会ってまだ1日だし、ちゃんとお互いの事知ってから……」
「お互いの事? まあ、好き嫌いは確かに知りませんけど……きっと大丈夫です」
「だ、大丈夫なんだ……最近の若い子って凄いんだね……」
「お姉様も十分若いと思いますが……凄いって何がですか?」
「えっ? ほら、人生を左右する決断なのに、凄いなぁって」
「……? 良く分かりませんが、頑張ります」
「そ、そう? ふ、不束者ですがよろしくお願いします」
「お姉様にお世話になるんですから、それ位当たり前ですよ? もっと堂々として下さい、出来るだけ要望にも応えますから」
「堂々と……よ、要望にも応える!? じゃあ、あんな事やこんな事も……」
最近の子は大胆だな……どうしよう、俺ってターニャちゃんをリード出来るのか!? あっ……鼻血が出そう……
「お姉様の好みを教えて下されば、何でも作りますよ?」
「……作る? えっ?」
「……? 料理の話ですよね?」
「……そ」
「そ?」
「そ、そうだね……楽しみだなぁ」
「お姉様、やっぱり顔が真っ赤ですよ?」
大丈夫ですか……って、全然大丈夫じゃないです!
熱い、顔が熱い!
あぁーーーーー。記憶を消してくれー!
「お姉様?」
お願いだからーー!!
ほんわか回?
次回「お姉様、一人で遊ぶ」 ジルさん、何して遊ぶんでしょうねぇ