綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね   作:きつね雨

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お姉様、愛される

 

 

 

 

 愛する娘が立ち去った後も、シャルカは暫く動かなかった。

 

 たった一人の、腹を痛めて産んだ子供。成長するにつれ自身に似通って行った。水色の瞳の意味を知っている今すらも、その母としての気持ちに変わりなど……いや、もしかしたら八年もの時が更に強くしたのかもしれなかった。

 

 再会したジルヴァーナは少女であった十四歳の頃そのままだ。身体の成長を除けば、だが。女性として理想と言って良い姿形を形容する言葉も少ないだろう。

 

 でも……変化は外側だけで、その精神性は良い意味で成長していない。

 

 幼く、嘘をつけない。表情豊かで、周りに笑顔の花を咲かせる。圧倒的な魔法の才を真の意味でひけらかすことも無く、魔素感知を万人に使用出来るよう発表したのに報酬を求める事もしなかった。祖国であるバンバルボアでも多くの恩恵を与えたのだ。そう、精霊に例えられたのは、その才能と美貌だけが理由ではないのだから。

 

「ジルヴァーナ……母を許してね」

 

 扉の向こうへと消えたジルの後姿も綺麗だった。

 

 女ならば羨望を覚えるだろう細っそりした腰と丸いお尻まで届く白金の髪。背筋が真っ直ぐだから、その歩く姿に視線は集まるのも頷ける。

 

 シャルカは自分の美しさを昔から自覚していた。当然楽しいことばかりでは無い。男達の視線は鬱陶しいし、貞操の危険だってある。外見でなく内面を見て欲しいと何度も思った。

 

 そんな美をジルヴァーナは受け継いだ。何処か斜に構えていたシャルカと比べれば、ずっと魅力的かもしれない。事実、魔王や王子を筆頭に、多くの男性を虜にしてしまっている。

 

「哀しい想いをさせてしまったけれど、私も貴女もバンバルボア帝国の皇族なの。紡いだ歴史と血を裏切る訳にいかない……()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな誰にも聞こえない呟きは、悲哀と決意を滲ませていた。

 

 シャルカはすぐ横に佇む男へと視線を合わせる。

 

「魔王陛下」

 

「なんだ?」

 

 魔国の王、魔王スーヴェイン=ラース=アンテシェンもシャルカの方へ顔を向けた。彼も悲し気なジルを目で追い、シャルカの沈黙を責めもせずに暫く待っていたのだ。

 

「ご存知の通り、まもなく残る候補者が来られます。ですが……」

 

「皆まで言わなくても良い。我は全てを乗り越えるつもりだからな」

 

「……分かりました。ただ、それでも皆様には先に伝えなくてはならない事があります。母として、同じ皇族の女として。何より、娘を愛してくださった方々へ」

 

「ああ」

 

「では此方へ。ジルヴァーナに聞かせたくないのです」

 

「案内してくれ」

 

 態とジルを遠去けたのはスーヴェインも理解している。だから戸惑うことも無かった。

 

 そうして、二人は屋敷を後にした。

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 

 ジルやターニャが住うツェツエ王国第二の都市は、中央に向かって盛り上がるような地形をしている。王都アーレ=ツェイベルンは三日月状の湾を抱えていることから、ある意味で対象的かもしれない。

 

 時代の様々な建造物、計画性乏しく拡大していった街並みのアートリス。一方の王都アーレは整然と伸びた街路と、色合いも統一された建物が特徴だからだ。

 

 そんなアートリスは乱雑で、喧騒に溢れ、人口も王都を上回る。

 

 だからだろうか、ジルの屋敷がある閑静な地域からほんの少しだけ歩けば、人熱(ひといきれ)激しい街中へと変貌するのだ。多少大きな声で話しても、街の風景の一部でしかない。

 

 ただ、それでも、その場所で緊張の糸は張り詰めていた。

 

 もしスーヴェインが魔剣ジルすらも上回る隠蔽魔法を施していなければ、多くの注目を集めていただろう。万能の才能(タレント)を持つ彼女すらも届かぬ頂きに魔王は立っている。

 

「御紹介は必要かしら?」

 

「いえ、私達も初めてではありませんし、魔王陛下だろうと考えてもいました」

 

 バンバルボア帝国第四皇妃シャルカの問いに、ツェツエ王国王子であるツェイス=ツェツエが答えた。

 

「あら、そうでしたか」

 

「ええ、六年前にジルが引き合わせてくれました。とても懐かしい」

 

 ツェイスもスーヴェインも頷き、何かを思い出しているのだろう。ツェツエ側では"魔王襲来"として記録された六年前、ジルが冒険者として参加していた。あの日の詳細をスーヴェインもジルも語らないが、再び人魔大戦が起こることはなかったのだ。

 

 二人の戦いは引き分けだとも、スーヴェインがジルを気に入ったとも、噂が流れていた。ジルを求めてこの場所にいる以上、後者の噂が正しかったのだろう。

 

 シャルカ、スーヴェイン、ツェイス、そして少年にしか見えない勇者クロエリウスが集っている。アートリスの中心部に程近く、ジルの屋敷からも遠くない。

 

 シャルカが案内した形となっているが、実際にはアートリスの冒険者ギルドが用意した集会所だ。ツェイスの伝手、正確に言えばギルド長ウラスロ=ハーベイによって準備されている。複数の冒険者に依頼を出し、総合的な作戦を組む時に使われることもため、防音性にも優れた室内でもあった。

 

 幾つか配置された円テーブルの一つに、四人は集まっている。

 

「クロエリウス様はよろしいですか?」

 

「はい。僕はツェツエ王国により勇者として指名された者ですから。魔王陛下とは初めて会いましたが、お師匠様からも聞いています。それに……」

 

「それに?」

 

「丁度良いです。僕が魔王陛下に勝てたら結婚してくれると、昔に約束しました。お師匠様……いえ、ジルさんは僕がもらいますから!」

 

「ほう」

 

 スーヴェインは目を細め、若き勇者を眺めた。ツェイスは無言で様子を見ているようだ。

 

「あらあら、ジルヴァーナがそんな事を?」

 

 シャルカも楽しそうに微笑む。

 

「はい!」

 

 そうですか。

 

 笑顔のままシャルカは返した。そしてすぐに笑みが消え、張り詰めた空気が漂う。そんな彼等に母として、この場を作った者として伝えなければならない事があった。

 

「最初に、皆様へ話さなければならない。バンバルボア帝国の皇妃として恥ずべき事実です。ですが、母として大切な気持ちであると信じてもいます」

 

 本来であれば、皇女の一人でしかないジルヴァーナに自由など無い。皇帝陛下が望むお相手に嫁ぎ、帝国の礎となるべきなのだ。

 

 だけれど……

 

 娘を想う気持ちをターニャへと話したとき、あの可愛らしい少女は答えてくれた……母として当然だと、曇りなき眼で。皇族としての当たり前を、彼女は優しく解き放ったのだ。だから、心に柔らかな安堵が生まれたのをシャルカは自覚出来た。

 

 そう。間違っていなかったんだ、と。

 

「どれほどに身勝手で、どんなお叱りも受け入れるつもりですが……それでも、そんな娘を幸せにして貰いたいと願っています」

 

 俯き、絞り出すように、シャルカは言葉を続ける。

 

 

「……我が娘、ジルヴァーナには他に愛する人がいるのです」

 

 

 

 シンと、沈黙が部屋を包んだ。

 

 その告白を聞いた三人の男達も、其々の反応をする。

 

 

 

 チャコールグレーの瞳は少しも動揺せず、スーヴェインは天井を眺めた。国を支える柱である国王にとって、重要なのは血と歴史だ。心の小波など彼にとっては乗り越えるだけの存在なのかもしれない。それでも、一人の女性を想い、大陸を越えてこの場に居る。

 

 すぐ隣、波打った金の髪もやはり揺れてはいない。ツェツエ王国直系を示す瞳の色はより深い紫紺に染まっている。そんなツェイスはほんの少しだけ拳を握り、それでも感情が表に出ないよう抑え込んでいた。

 

 最後の一人、赤い瞳のクロエリウスだけは違う。そしてそんな瞳だけでなく、全身驚きで震えてその気持ちを言葉と感情に乗せた。誰よりも小さい身体だから涙を我慢する子供のようだ。

 

「だ、誰なんですか⁉︎ この三人以外にですよね⁉︎」

 

「その通りです」

 

「どんな男に……! そんな話なんて聞いたことも」

 

「名を明かすことは出来ません。はっきりと言えるのは、()()()と娘が結ばれる事はない。それだけ。もうジルヴァーナだって理解しているでしょう」

 

「ジルが言葉にしたのですか?」

 

 黙っていたツェイスが淡々と疑問をぶつけてくる。シャルカはその聡明さと強き心に尊敬の念を抱いた。何処かで理解していたと、紫紺の瞳が語っているのだ。

 

「いえ、決して。実際にはその気持ちを伝えてもないですし、お相手も知らないでしょう。ですが、母として確信があります。どうですか、魔王陛下?」

 

「我は言った。笑顔でいて欲しいとな。何一つ変わりはしない」

 

 スーヴェインにも動揺はなかった。ジルの腫れた目や作り笑いを見れば察する事も出来たのかもしれない。誇り高き魔国の王にとって、全ては戦い勝ち取るものなのだろう。

 

「実は、男として自分を見ていないことを分かっていました。そうですね……多分友人の一人というところです。因みにですが、そう話した時にジルは困った顔をしてましたよ」

 

 苦笑を浮かべるツェイスにはその"お相手"すらも想像がつく。言葉には絶対にしないが、隠し事が苦手な事は周知の事実……ジル本人以外には。

 

「……そうでしたか」

 

「うぅ、お師匠様に好きな人が……? うわぁ! 考えなくない‼︎」

 

 頭を抱えたクロエリウスの反応こそが普通だろう。残る二人が凄いのか、異常なのかは誰にも分からない。

 

「私の身勝手な願いとは……そんなジルヴァーナを、それでも幸せにして欲しい。いつの日か迷いが消え、互いを想い合う二人に……あの娘の心は未だ若く、これからも成長していくでしょう。移り変わる季節や空のように、その心も変化するものと私は知っています。ですから、貴方様方ならば叶う筈だと信じたい」

 

 言葉を結ぶと、シャルカは小さく頭を下げた。頭を抱えていたクロエリウスすらも顔を上げ、ジルに似た美貌へ視線を合わせる。惹き込まれたと言っていい。そしてツェイスは優しく言葉を紡いだ。

 

「皇女としてでなく、たった一人の女性として愛せよと、そう仰っているのでしょう? ジル奪還の戦いの参加資格に"景品を幸せに出来る事"とあります。その"幸せ"には貴女の願いも込められている……そう思わないか? クロエリウス」

 

「も、勿論ですよ‼︎」

 

「……ありがとうございます。本当に、娘はどこまでも幸せな女ですね」

 

 マリンブルーに染まるシャルカの目に、ほんの僅かだけ涙が滲んだ。まさに、澄んだ水を湛える青き海だろう。上品に雫を拭うと、再びバンバルボア帝国の皇妃としての顔へと戻る。

 

「ジルヴァーナはアートリス支部所属の超級冒険者の一人。恐らく、その力は王国どころか世界屈指でしょう。実際幼き頃より魔法の才は眩しいばかりで、帝国式と亜流の剣技すら修めております。では何故夫にまで()を求めるのか、それをお話しさせてください。魔王陛下とも深く関係しておりますし、ご存知の事も多いと思いますが……最後まで聞いて下さいませ」

 

 黒と紅の古竜、インジヒとシェルビディナン。今やたった一人となった人種の味方、真白のルオパシャ。そして、はるか太古より受け継がれてきた始原の力。水色の竜帝、その願い。

 

 ジルの瞳、魔族の肌、広く受け継ぐ血と強き意志。

 

 滔々と語るシャルカの声は、歴史の重みすら感じられた。

 

「……そのようにバンバルボア帝国勃興の日から伝承してきました。人々と世界を守るため、抗う力の意味を知って欲しいのです。そして、ジルヴァーナに課された皇女としての義務も」

 

 何としてもジルヴァーナの血を次世代に受け継ぐ必要がある。

 

「ですから、貴方様方の力を以って証明して頂きたい。僭越なから、私はその意志と心を拝見させて頂いております」

 

「意志と心? では、肝心の力は誰が見るのですか? まさかジル本人ではないでしょうし、当然ながら"魔狂い"も違う筈……」

 

 長い間黙って聞いていたツェイスも思わず聞いてしまう。

 

 想像よりずっと壮大な物語であり、ツェツエ王国には殆ど残っていない事実でもある。そもそもバンバルボア帝国と比べて歴史も浅いのだ。スーヴェインに変化がない事から、魔族にも一定の情報もあったのかもしれない。

 

「"魔狂い"には別の役割を()()()()()()()。ですので、その点は正しい。しかし、例えば私が魔王陛下の力を測るなど愚の骨頂でしょう。人種の及ばぬ魔法の深淵をご存知の方ですから。なので、それに相応しい方を招聘しておりますわ」

 

 その寂しさを含む微笑に三人はジルの面影を見た。

 

「さあ、では参りましょうか。その相応しい方も既に到着されている筈。アートリスにも、ツェツエにもご迷惑にならぬよう、全てを整えて下さっていますからね」

 

 向かうはアートリスより西。

 

 六年前、幼きジルとツェイスが初めて邂逅した場所だ。

 

 

 

 

 

 

 

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