綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね 作:きつね雨
「なるほど」
魔王スーヴェイン=ラース=アンテシェンは一人呟いた。魔族である自分は此処に立っているが、残る人族の三人は離れた場所に居る。白竜ルオパシャより説明は受けているから、多対一に不満がある訳ではない。
試合の勝敗に関しては言えば、先ず負けは無いだろう。スーヴェインはそう判断している。同時に手を抜けるほどの大きな差がない事も。
先程から続けている観察で、大体の実力は図れた。
魔王は大量の魔力と操作により強者と判断される事が多い。しかし実際には、相手を知りそして戦略を練ることが重要だと知っているからだ。情報収集に関しては相当な時間と予算を投じており、ツェツエ王国はその筆頭と言っていい。まあジルの追跡が理由の一つである事を否定は出来ないが。
ツェツエの王子であるツェイスは間違いなく一流の戦士だ。事前調査や噂に聞く
"魔狂い"は以前から知っているが、手は幾らもある。ただ、攻撃より援護や撹乱に回られた場合、厄介な存在となる。人族最高位の魔法を使う技術は、一目を置いてもおかしくないだろう。
若き、いや若過ぎる最後の一人。クロエリウス少年は誰と比べても一段二段劣る。魔力も、片手剣を構える姿勢からも、未だ修行途中なのは明らか。だが、
「ふ、この中にジルが居れば我は勝てないか……」
隙を見せない様に視線をずらせば、縄とリボンに縛られた皇女が居る。白金の髪は以前と比べ随分と伸びたものだ。少女らしさは消えて美しい女性となっている。しかし、他人事の如く戦いに興味津々な表情が子供染みていて、思わず笑ってしまう。
彼女が
「驚いたな、あのときは」
空間に存在する一定の魔力を自身の支配下に置ける。其れがスーヴェインを魔王足らしめている才能の一つだが、ジルだけは違ったのだ。そのものに意志などない筈なのに、彼女の傍に居たいと、愛していると魔力が叫んでいた……そう感じた六年前。酷く興味を惹かれ、類い稀なる美貌も手伝って、気付けば心を奪われてしまった。
そして今、此処に立っている。
シャルカに言われるまでも無く、ジルの心は別の人間が占めているのだろう。そもそも一人の男として意識されていないのは明らかで、数年も会っていないのだから。だが、今回の招聘は意味がある。臣下からも「必ず連れ帰るように!」などの言があった程だ。
この試合には負けない。しかし同時に、勝負に勝算は少ないと理解もしていた。
有り体に言えば当て馬なのだ。シャルカはあの容姿に反して戦略家であり、何より汚い手も厭わない。我が臣下に居ればと考えた事もあった。そう、本命は間違いなくツェツエの王子だ。だが、そもそも今回の参戦はシャルカにとっても想定外だったはず。他国の王に対し、当て馬にと依頼など出来ないから、言葉を選んでいたのだ。
恐らく"魔狂い"を利用し、ジルの気持ちを揺らして王子へと傾けさせる予定だったのだろう。ツェツエの勇者は予備、そんなところだ。
だが、此処で肝心なのは白竜ルオパシャの存在。
アレは我等が辿り着けない領域に在る。同時に人心など預かり知らぬと判断する筈だ。母の想い、本人の女心、国同士の関係性? そんな当たり前は古竜に通じない。そこだけはシャルカの落ち度だろう。言葉を解し、姿形が真っ白な少女であろうとも……幾星霜を生きる存在を理解するなど、誰であっても不可能なのだから。
つまり、絶対的な力を見せつけ、反論など許さない結果を示せば良いーーー
「ふん。久しぶりだな、この感覚は」
闘いに、勝負に、心地よい緊張感。
そうしてジルから視線を戻すと、魔王は集中を高めていった。そして上方から凛とした声が響いて来る。
「皆様方、近接では致命的な攻撃を控えるようお願いします。事前に説明した通り、ルオパシャ様のご協力の元、攻性魔法は一定の制限が掛かるのでご安心を。また、万が一の負傷も我が娘が治癒します。では……初めて下さい!」
○
○
絶対的な強者とは?
その様な存在と戦うとき、誰もが想像するだろう。
ドシリとした構え、力など入っているのか不明な余裕、ニヤリと皮肉気な笑みと、あるようで全く見つからない隙。相手の出方を見極め、或いは楽しみながら立ちはだかる筈だ。そんな思いは相対する三人もそうだったし、シャルカやジル、そしてルオパシャさえも。
だが、魔王スーヴェイン=ラース=アンテシェンは全てを裏切った。
シャルカの声とほぼ同時に走り出し、一気に距離を縮めたのだ。ジルほどではないが、明らかに強化を行なった速度は一瞬を思わせる。
「……な⁉︎ クロエリウス、避けろ!」
「う、うわぁ⁉︎」
流石の反応を見せたツェイスはスーヴェインの側面に数歩移動した。たった数歩だが、見る者が見れば目を見張る。そんな反応だ。
弱い雷精を身体に流し、一時的な速度を得る。多少のダメージも入る為に多用は避けたい手段だが、魔剣を打ち負かす為に開発した技術だった。早々に使う羽目になったのは完全に想定外だが。
一方のクロエリウスはジル直伝の魔力強化により退避行動に移った。しかしツェイスに比べ明らかに遅い。初動が違い過ぎるのだ。魔王スーヴェインは慌てた風もなく直進する。
そう、ツェツエの王子が標的では無いからだ。
「くそっ!」
勿論瞬時に理解したツェイスだったが、だからと言って対処方法は見つからない。全ては一瞬の出来事だった。
「おひょ、これは参ったの」
一方、魔狂いフェルミオは好好爺然とした柔らかな表情を崩さず、そして笑う。言葉とは裏腹に驚きは少なかった。視界から外れて行く若き勇者を確認しつつ、魔力を収束させる。
そして放ったのは得意とする殲滅魔法では無かった。それは魔狂いが操る二属性の一つ、風魔法。魔王の進行方向に爆風を起こし、合わせて大量の土煙が発生した。だが魔素感知に長けるスーヴェインには僅かな戸惑いもなく、速度の低下を無視して突き進む。
「……成る程、見事なものだ」
生成した魔力の剣を振り抜こうとしていたスーヴェインは一人呟き、そして立ち止まる。第一目標だった人族が想定より早く離脱していたからだ。チラリと側面に視線を移せば、紅眼の少年自身が驚いた表情を隠せていない。
「魔王陛下は油断なりませぬなぁ。真っ先に勇者を狙うとは」
「此方も侮った事を詫びよう。風魔法を勇者の離脱に使うとは、さすが"魔狂い"」
「いえいえ。儂も"魔剣"にやられたクチでしてな。あの娘の行使技術には何度も驚かされました」
フェルミオは撹乱と見せ掛けた風で、クロエリウスを吹き飛ばした。しかも、ルオパシャに攻性魔法が制限される事実の確認、魔王による収束の妨害。その二点も同時に掴む。
「ふむ」
一言を溢したスーヴェインは後方、つまり背中に大型の剣を生成した。身長を超える魔力製の剣は、不思議と金属を思わせる音を空間に鳴らす。
「くっ」
回り込んでいたツェイスが薙ごうとした長剣は見事に弾かれ、同時に流した雷魔法も届かない。生成した場所は魔王本人から数歩離れているからだ。全く見ることなく防御に成功したスーヴェインだが、その表情に慢心は見えない。そして、鈍い銀色に輝く魔力の剣は防御から攻撃に転じる。致命傷を避けるため、その一振りは胴体でなく脚に。一方のツェイスも負けじと愛剣で迎撃する。やはり鈍い金属音が重なり、身体が泳いだ。
効果範囲が広過ぎる……!
ツェイスは焦りを表に出さず、内心で呟きながら着地する。ツェツエには存在しない技術だ。放出系の魔法ならばいざ知らず、物理的に弾かれる魔力の大剣なのだ。しかも明らかに本気ではない。複数の剣を創出されたら対処の方法にも限界があるだろう。ジルとは違う体系の"魔剣"だ。
「フェルミオ!」
「ほほっ」
ツェイスの離脱に合わせ、火炎と風を織り交ぜた魔法がスーヴェインを襲った。全員の視界は真っ赤に染まったが、何故か魔王の敗北を感じることは出来ない。そして、それは事実だった。そこから一歩も動いていないスーヴェインは、全くの無傷。衣服やマントに焦げ跡すら存在しないのだから。
「分かっていたつもりだったが……」
「やはり、魔力の収束を阻害されますなぁ……位置も威力も効果時間も操作から外れましたぞ。これは、正直、困りましたの」
放出系の魔法が行使者の操作から外れる。これは"魔狂い"にとってかなり致命的だ。いや、大半の行使者にとってもだろう。こうなると魔力を伴わない接近戦が思い浮かぶが、逆にスーヴェインは魔法を自在に放つ事が出来る。
つまり、フェルミオの役割の半分は無効化されたに等しい。やはり妨害と撹乱程度しか役に立たないと諦観が浮かんだ。
「本当の実戦ならばまた違った結果になるがな……そう悲観するものでもないぞ、魔狂い」
何故か魔王から慰められ、フェルミオは思わず笑ってしまう。
試合開始前から空間の魔力を掴んでいたスーヴェインからしたら謙遜ではない。例えば奇襲ならば、また違った結果になる場合もある。まあそれでも負けはしないが……ボソリと溢した声は誰にも届かなかった。
ふと見るとスーヴェインの手に大剣が握られていた。そして足元に突き刺す様に傾ける。ただでさえ小さな身体を折り曲げ、地面を滑るように接近する姿を捉えたからだ。
「……はやっ」
視界から僅かに逸れていたつもりだった。自身が行える最高の魔力強化を行い、一気に近づいのに! まるで師匠であるジルヴァーナの様にあっさりと反応されて、クロエリウスは思わず嘆くしかない。とにかく此処で制動をかけても逆効果だと、当たるに構わず剣を振った。
案の定簡単に受け止められたが、振り切った勢いを殺さず走り抜ける。向こう側にツェイスの姿が見えて、最悪の場合も援護か入るのが分かった。想定通り、魔王から追撃も無かったから正解だったのだろう。
恐ろしいのは、常識を遥かに超える速度なのにしっかりと視線が追って来ている事だ。一瞬目が合って、クロエリウスの胸はドキリと鳴ってしまった。
実際のところ、我ながら最高の一撃!と心で喝采を上げていた。ツェツエの勇者なのに、もう勇気が折れそうだ。「魔王陛下? うーん……普通にやってたら誰も勝てないかなぁ」そう話したジルヴァーナの苦笑が目に浮かぶ。
「普通、か」
タタタとツェイスの横に並び、魔狂いにも視線を合わせながら零す。そして覚悟を決めて言葉を続けた。
「殿下。どうせ制御から外れるなら魔法を乱発しましょう。当たらなくても良いので。僕が続いて仕掛けます。少し卑怯ですが、彼方は致命傷を与える大規模な魔法を放てません。魔王の、強過ぎる力が仇になっているのでしょう」
或いは、絶対的な差を見せつけるため。
「だが、お前にも危険があるぞ?」
魔法に巻き込まれる可能性が非常に高い。行使者本人もコントロール出来ないのだから。そして同時に、勝負は簡単に決するだろう。まさに短期決戦で、魔王へ対抗するにはそれしか無いとも言える。
「何とか躱しますよ。寧ろ、計算外が起きないとたった一撃も当たる気がしませんし……此方は居ないものと見て放って下さい」
「……分かった。いいな、フェルミオ」
「ふむ、良いでしょう」
愛する師匠へ悪戯する為に、クロエリウスは魔素感知や操作を鍛えてきたのだ。あの異常極まる"魔剣"をも欺く技術には自信がある……まあジルが聞いたら怒るだろうが。
魔王も余裕の現れか、特に動いていない。チラリと目線を上げれば、ワクワクを隠せないジルの表情が映って面白い。自身の旦那を決める戦いだと忘れているのか、間違いなく試合を眺める観客気分なのだろう。
濃い口紅と真っ白なケープが眩しくて、クロエリウスのやる気が高まっていく。少々の危険など無視すればいい。
「万が一怪我したら、治癒して貰えるらしいし」
辛そうにしていれば、お人好しが過ぎる彼女は必死で助けてくれるだろう。あわよくば、いや必ず抱きつき……あの大きくて、柔らかで、とにかく最高な胸に顔を埋めるのだ! きっと良い匂いだってするはず!
そうして、勇者から恐怖は消え去った。
お気に入り、評価、何より読んで貰えることが嬉しいです。
いつもありがとうございます。
次話はターニャ視点の予定です。