綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね 作:きつね雨
何度、何度同じコトを思っただろう。
バンバルボア帝国の皇女。ツェツエ王国の超級冒険者"魔剣"。魔力に愛され、沢山の人が羨望の視線を送る人。
女神に例えられる美貌は色褪せたりしない。お母さんのシャルカさんも勿論凄く綺麗な人だけど、お姉様は可愛らしさまで追加されてるから反則だ。
それなのに、ありがちな傲慢さも驕りも感じさせない。誰よりも優しいひと。
軽く視線を下げれば信じられない程に細い腰。其処にクルクルと巻かれた縄の先は僕の手の中まで伸びている。教えて貰ったけど、この水色と茶色のロープは"ジルヴァーナに罰を"って名前らしい。幼かったお姉様は毎日の様にお城を抜け出すから、捕まえたり罰を与える為に必要だったって。見た事もない過去なのに、すぐ想像出来てしまうのが可笑しい。
そんなロープだけじゃなく、綺麗なリボンに飾られた女性は背筋を真っ直ぐに座っている。そっと横顔を眺めれば、水色の瞳がキラキラしてた。比喩じゃなく、ホントに光ってるみたいで信じられない。パルメさんがお姉様の髪や瞳を宝石に例えてたけど、もしかして事実なんだろうか。
何となく手を伸ばせば、編まれた白金の髪やスラリと流れる首筋や肩にだって届くと分かってる。でも……
いま、背後から思い切り抱き締めたい。
最高の触り心地と確信出来る肌に指を這わせたい。
いつまでも、僕だけに笑顔を向けて欲しい。
真っ赤に染まる頬、少し涙目になる瞳。
フルフルと震えて恥じらう姿。
こんなに近くて、凄く遠い。
ダメだ、こんな事を考えちゃ……
お姉様の結婚を、将来の子供を祝福出来ない妹なんて許されない。いや、僕は侍女を目指すのだから妹ですら無くなる。でも、早く気持ちを整理したいけど、もう少しだけ……
お姉様のうなじをジッと見詰めていたら、真っ白な女の子の声が耳に入って来た。
『ふむ。お主達が受け継いで来た伝承もまた正しいのじゃ、シャルカよ。兄達二人は人を憎み、今も深い眠りについておる。あの時、始原と妾が怒りを鎮めるよう語り掛けたが……もはや正気を失い、封ずるしか方法が無かった。つまり、戦いは避けられん』
ピリッて空気が変わった気がする。同時にこの戦いの、そしてお姉様の役割を嫌でも突きつけられた。
『本当に……ジルを見ていると彼奴を思い出す。始原は巫山戯た奴だったが、同時に酷く優しい竜じゃったよ。争いを嫌い、人を想い、生き物や樹々を心から愛しておった。話すのも好きでな。いつも馬鹿な事をして、妾は笑う事を覚えた。そうじゃな……幸せな日々であったと今なら分かる』
その橙色の瞳はお姉様を捉える。不思議だけど、強い愛情?を感じた。
未だ信じられないけど、白いこの人は竜らしい。シャルカさんの話にも出てきた古竜の一人で、名はルオパシャさん。何故だろう、その分かり易い感情を悔しく思ってしまった。
だからなのか、つい口を動してしまう。言い聞かせるように。
「お姉様の旦那様を決めるのも、やっぱり大切な事なんですね……」
ほら、頑張って自分の気持ちを否定してる。思わず視線を避けたのは、お姉様が不安そうにこっちを見たのが分かったからだ。声色に感情が乗ったのが伝わったのかな……鈍感そうで鋭い時がある。気を付けよう。
シャルカさんのお願いで、お姉様は試合に臨む皆んなの解説を始めたみたい。僕が仕える
魔王スーヴェインさん。この中だと一番知らない人だ。馬車の中で少し話したけど、基本的に余り喋る人じゃない。水色した肌は、間違いなく始原の血を受け継ぐ証だろう。渋めの声そのままの格好良いおじさん。
まあ"魔狂い"のお爺さんも余り知らない人だけど、噂話は良く聞いてたし。いきなりお尻を撫でられた時はホントに驚いてしまった。お姉様がよく言ってたままの"エロジジイ"だ。
えっと、魔力そのものやコントロールを奪う? 何だか僕の"
「次はクロ? ちゃんとした名前はクロエリウスって言うんだけど、ツェツエが認めた"勇者"だね。才能が変わってて、魔力放出、使用、全部が必ず
定量? 必ず決まった量を扱えるって、プラスにもマイナスにもなりそうだけど。僕にはイマイチよく分からないけど、戦闘には重要なのかもしれない。焦ったり、追い詰められても安定的に戦えるって意味かな。
「あ、お姉様が魔力強化を教える事が出来たのは……」
大正解って笑顔と態度で褒めてくれた。何だか恥ずかしいけど嬉しくもある。やっぱり先生役が好きなんだな、きっと。
「最後は……」
「ツェツエの王子、ツェイス殿下ね」
「うん」
ツェイス殿下。
何度か話したから人柄も知ってるつもりだ。きっとお姉様に一番お似合いな
「魔力強化とは違う原理で、身体の強化も出来たはず。今の実力は私も知らない。でもスーヴェインさんもきっと苦手に感じると思う」
「ツェイス殿下の説明だけ、やけに詳しいわねぇ?」
「違うからね?」
真顔で返すお姉様。冷やかされてる訳だし、照れてしまいそうなのに不思議だな。
『ジルや』
「はい?」
『お前はあの様な男が好みか?』
「……好み?」
まさか……ルオパシャさんの眼、表情、僅かに染まる頬、何かを否定する気持ち。僕は何故か分かった気がした。そもそもお姉様は何で気付かないんだろう? これだけ沢山の人に想われてるのに。鋭いシャルカさんも、こっちを向いたルオパシャさんの表情が見えてない。
"モテ期"なんて言葉があったけど、お姉様は年中無休みたいだ。それどころか性別や年齢も、そして種の違いも関係ないらしい。ホントにヒロインなんだなぁ。
でも、残念ながら僕やルオパシャさんは資格が無いけれど。彼女が雌じゃなく竜でもなかったら、一体どうなっていたんだろうか。
そろそろ試合が始まるみたいだ。
鍛えて貰った"才能"で色々勉強しよう。魔法は使えなくても、魔素を見て操る力は凄いって教わったし。
いつの日か、お姉様を守ったり、助けたり出来るかもしれない。
◯ ◯ ◯
魔素が薄い?
いや、存在が抑えられてる?
多分だけど、ルオパシャさんが何かしてるんだろう。攻性の魔法に制限をかけるって言ってたし、特別な方法があるのかもしれない。幾ら眺めても原理が不明だし、今は考えても仕方がないか。
始まった途端走り始めた魔王陛下には驚いたけど、魔力強化がお姉様に似てるのが凄いと思う。でも魔素の動きや細部の美しさは魔剣ジルが上。うーん……イメージで言うとお姉様と魔素は友達や恋人同士で、魔王陛下の場合は上司部下って感じかな。僕ともかなり違うし、真似は難しそう。
でも意外で何より驚いたのは"魔狂い"のお爺さんだ。
魔素の運用速度がお姉様より速い。あれだけ荒い扱いなのに。魔法に関しては魔剣が一番と思っていたけど、もしかして違うのかも。だってルオパシャさんの制限がなければ、まだ凄くなる訳だから。しかも……多分ツェイス殿下やクロエリウスもサポートしてる。空間に手を伸ばし制御から外れそうな魔素まで掴んでる風だ。あのお爺さんが居なければ、魔力強化が衰えたり魔法も極端に弱くなるだろう。
"殲滅"と呼ばれる広域破壊魔法?は使わないみたい。いや、もし行使の気配を感じたら、魔王陛下が許さないのが分かってるのか。
でも、凄い。あの技術を学んでみたい……セクハラが無ければ、だけど。流石にお尻を何度も撫でられたりしたくないし。
それでも、魔王陛下が一番かな。
独自の"才能"だからかイマイチ原理が分からない。パッと見は単純に魔素を動かしてるだけなのに。
「ね、ターニャちゃん」
「はい、お姉様」
何だろう? 小声だし内緒話かな。でも、次の声が続いて来ない。様子を伺うとお姉様は黙ったまま僕をジッと見てる。
「どうしました?」
「あ、うん、えっと」
水色の瞳が揺れて綺麗だ。何だか慌ててるけど。
「えっとね、魔王陛下が何してるか見た?」
「あ、はい。何か勉強になるかと思って……もしかして拙かったですか?」
しまった。勝手に見ると失礼に当たるのかも。相手は一国の王なのに、お姉様の側だと勘違いしてしまう。
「ううん、そうじゃなくて、ターニャちゃんからはどう見えるかなって」
「ああ、なるほど……ついさっきも驚いたんですけど、殆ど魔素に動きが無い様に見えますね」
「そうなの?」
「はい。でも実際は違いました。魔素が収束を始めたり、活動が活発になると、ほんの少し……本当に少しだけ
「ずらす……」
ボソリと溢したあと、僕を見詰めたままのお姉様。こんな近くで真正面から顔を見たの久しぶりかも。陳腐な言い回ししかし出来ないけど、やっぱり綺麗な
「あの……あまりジッと見られたら恥ずかしいです」
「あ、ごめん」
視線を僕から外すとシャルカさんに振り返る。水色が見えなくなったとき、ほんの少しだけ寂しく感じてしまった。
「お母様、何ですか?」
疑問を投げた、お姉様の視線の先……あの目だ。シャルカさんの、全てを見透かすような、奥底まで観察されてるような……
「……気にしないで。二人とも仲が良いって思っただけ」
そう言って、フイとツェイス殿下達の方を向く。
『む、そろそろじゃな』
ルオパシャさんも同じ様に視線を逸らした。見られていた意味を考えない様にして、僕も戦いの行方を見守るしかない。
だって、