世話焼き男子とガールズバンド   作:れれれれ

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第15話 「頼」

 沙綾が香澄の勧誘をキッパリと断った。

 その事実を知ったのは月曜の放課後、香澄本人からのLIGNEでのことだった。

 

 喫茶店を出てから、こないだ沙綾と待ち合わせした公園に来てぼーっと考え事。ベンチに身体を投げ出し虚空を眺める様は、傍から見ればただの廃人でしかないだろう。

 

 

「まさか、そこまで拒絶するとは…」

 

 

 一発で加入を決めるとは思っていなかったし、それくらいは想定内だった。しかし沙綾は断ったのだ。保留にしてくれ、とも言わず。

 特に引っ掛かるのが、拒絶するときに彼女がしていたらしい表情。

 

 

『それで、そのとき…すごく悲しそうな表情をしてた』

 

「…」

 

 

 これを聞いたとき、俺は激しく後悔した。

 正直、ずっと重い何かを抱え続けていたなんて思っていなかったのだ。時間がすべてを洗い流してくれるという、一縷の望みを信じていたから。

 それに気づけず今までのうのうと過ごしてきていた自分に吐き気がする。

 

 だからと見て見ぬふりをできるはずもなく、香澄にはもう少し粘ってみてくれとは言ってみたが…。

 

 

 ──なぜ俺が香澄に固執しているか。それは彼女が、当時の俺らの持っていなかった強い「意志」を持っているからだ。

 

 俺は弱い意志のために沙綾を止められず、その沙綾自身はそもそも自分の意志を捨てた。誰もが意志を蔑ろにしていた。

 だからこそ香澄なら沙綾を引っ張っていけるのではないかと考えたわけだ。

 

 そのために俺は香澄にバンドを始めた理由を聞いたのだ。そのおかげで、間違いなく彼女はキーマン足りうる人物だと確信を得られた。

 

 

 だが、もはやそれは盲信とも呼べるものだったのかもしれない。

 そもそもこうして事が行き詰まるなど考えてもいなかったのだから。

 

 

 そこまで考えたところで唐突に俺にでかい声がかかった。

 

 

「あっいた!昌太くーん!!」

 

「香澄?どうして…」

 

 

 その声の主は、戸山香澄。さっき羽沢珈琲店で落ち合っていた少女。

 もうあれから一時間くらいは経っているが、なぜ俺がここにいるとわかったのだろうか。いや、それ以前になぜ探しに来たのだろう。

 

 …置いていったお金が足りなかったとかか?置いていったのは覚えてるが、そのとき何を置き、何を話したか正直はっきりと覚えてない。

 

 

「はい、五千円!返しに来たよ!」

 

「これのためだけに来たのか?会計は?」

 

「五百円置いてきたから大丈夫だよ」

 

「いいのかそれで…」

 

 

 どうやら俺が置いていったのはお札、それも五千円だったらしい。よほど俺は考え込んでいたらしく全く覚えていない。

 当時頼んだのはお互いドリンク一杯くらいなものなのでこれは明らかに多い。気づいてくれて助かった。

 

 そして、香澄は唐突にこう言った。

 

 

「それで、昌太くん。何を抱えてるの?」

 

「はっ?」

 

「もう限界近いんじゃないの?ほらほら、全部吐いてスッキリしちゃいなよ!」

 

「うぉおちょっと待て、別に俺は何も」

 

 

 そう言いながら香澄はベンチに座ってる俺に覆いかぶさって、背中を擦ってくる。

 さっきまで何してたかは知らないが、気づかれたのか…。これからは尚の事気張らなきゃダメみたいだな。

 

 

「さーや…だよね?」

 

「…!」

 

「どうして一人で抱え込んじゃうの?私に頼んだみたいに、もっと皆を頼っちゃってもいいと思うけどな」

 

「…簡単に言ってくれるな。人に迷惑はかけたくないんだよ」

 

「私は嬉しかったよ、頼ってもらえて。私でも昌太くんの力になれるんだって。昌太くんもそうでしょ?」

 

 

 俺の前でしゃがみこんだ香澄は、下から顔を覗き込んでいつものニコニコ顔でそう言った。

 事情を知らないとはいえ、彼女はただの俺の都合で投げたことを全く苦ではないと言うのだ。本当にできたヤツだな。

 

 

「それは、まあ」

 

「うん。誰だってそうなんだよ。アフロの皆も言ってたよ?もっと頼ってほしいって。抱え込まないでほしいってすごく心配してた」

 

「アフグロが、か」

 

「私たちじゃ、力不足かな?」

 

「それはありえねぇよ。俺にはもったいないくらい、みんないい子だ」

 

「それじゃあ…」

 

「でも、生来から染み付いた貧乏根性が邪魔をする。頼りたくたって、周りのことを第一に考えてしまうんだ。自分が受け皿になって溜め込んでいけば、幸せだから」

 

「…っ」

 

 

 俺がそう言うと、香澄はその左胸に両手を添えて軽く俯いた。

 

 最大多数の最大幸福。俺が言ってるのはそういうことだ。

 俺さえ我慢すれば俺以外の人はきっと幸せになれる。だからこそ甘んじて負を受け入れ正を成すのだ。

 

 いつからか俺はこの原理を、これさえ遵守していれば平穏無事だと信じ込むようになっていた。

 

 

「…やっぱり、苦しいなぁ」

 

「ん?」

 

 

 彼女が何かを呟いたかと思うと面を勢いよく上げ、俺の手をひっつかみつつ顔をズイと寄せてくる。

 香澄はどこか苦しそうな表情をしていた。それはどこかあのときの沙綾のようで。

 

 

「あのね昌太くん、頼られるのは嬉しいよね?だったら、こうは考えられないかな?」

 

「なんだ?」

 

「『頼るのは幸せのおすそ分け』だって!私だって嬉しかったもん、間違いないよ。…皆、待ってるよ?」

 

「…」

 

 

 言ってまた彼女は悲痛そうな表情を浮かべる。そしてふと、思う。

 

 そもそも人に頼らなかったのは人の時間を俺の都合で奪いたくなかったから。そして、こんな顔を見たくなかったから。

 それなのに、頼らなかったことで悲愴感を与えてしまっては本末転倒ではないか。

 

 

「俺は、俺の都合で周りを振り回すのが嫌だ。自分の都合で抱え込んだことを人に丸投げしてるのが、無責任みたいで、何より迷惑でしかないと…それが本当に嫌だ」

 

「絶対迷惑じゃないよ!…ねぇっ、そうやって溜め込むことが、本当に周りを想うことに繋がるの?私はそうは思わない!だって、現に私が…私の心が痛いんだもんっ…」

 

「…」

 

「昌太くんは、一人じゃないんだよ?もっと自分のことも周りのことも、大切にしてあげてよ…」

 

 

 ここまで言われても、やはり人の時間を奪っている感触がして罪悪感があるのは事実だ。

 だが、頼らなかったせいでこうして人を追い込んでしまう罪悪感のほうが遥かに大きい。

 

 もしかしたら俺は周りを信頼しているようで、その実からっきしだったのかもしれない。“頼”なくして、それは信頼と呼べるのだろうか。

 

 

 …いいんだな、頼っても。香澄。

 

 

「…沙綾は、ドラムを一回やめてる」

 

「! …うん」

 

「でも、そばにいたはずの俺は止められなかった。寝耳に水だったんだ。それで勿論なぜドラムを捨てたか、本人に聞いた」

 

「…」

 

「だが、終ぞその理由を教えてくれることはなかった」

 

「えっ…昌太くんでも?」

 

「ああ。だから無責任な話だが俺も本当に知らないんだ、その動機は。でもそのときに沙綾が自分の意志を捨てたのは間違いない」

 

「と、言うと?」

 

「アイツは間違いなくドラムを楽しんでた。でも突然やめたんだから、そういうことだと思う」

 

「そっか…知らなかった。ごめんね、無理に聞き出したみたいで」

 

「いや、話したくて話してるんだ。気にするな。それにそのうち耳に入れることになった話だ」

 

「…うん、そうだね」

 

「俺は諦めて、見捨ててしまったんだ。自分にできることはないと。そうしてずっと見てみぬふりを通してきた俺自身が憎い」

 

「…」

 

 

 俺の懺悔にも香澄は黙って耳を傾けていてくれる。ズタズタの自尊心を携えた今は、それが心地よかった。

 

 

「それで、俺にはできなかったことだが…。沙綾をまた引き戻してやってくれないか、ドラムに。もうどこか辛そうなアイツを見てられないんだ。…頼む」

 

 

 頭を下げて懇願する俺。ここまでしっかりと人に頼み事をするのは初めてだ。香澄はどんな表情をしているだろうか、不安で仕方がない。

 そんな俺とは裏腹に香澄は言った。

 

 

「わかったよ、任せて!」

 

 

 ◇◆◇

 

 

 あの後、俺はいつものように地蔵通り商店街に来ていた。目的は、沙綾との接触。

 

 結局香澄と初めて会ったあの日から沙綾とは顔を合わせていない。

 結局何一つ変わっていなかった現状とそれに対する大きな罪悪感を自覚してしまった以上、自分で動かない手は俺には残されていなかった。

 それに音楽祭までもすでに一週間を切ろうとしている。そろそろ行動しないとまずいだろう。

 

 

 何を抱えているかはもちろん知らない。それでも香澄に言われたように、助けるくらいはできるはずだ。

 勘というかなんというか、ポピパは沙綾にとってかけがえのない存在になりうるはずなのだ。そんな機会を棒に振ってほしくはない。

 

 

 そうあれこれと言い訳を作りながらやまぶきベーカリーの店内を伺うと、いつものポニテがヒョコヒョコしているのが見える。…沙綾はいるみたいだな。

 意を決して、俺は店内へ入る。

 

 

「…よう、沙綾。ちょっといいか」

 

「昌太?どうしたの?」

 

 

 怖い。怖いが、このまま放っておくのはもっと怖い。

 一つ深呼吸して問う。

 

 

「突然で悪いが…改めて聞く。なんで沙綾は、ドラムを捨てたんだ?」

 

「…! なんで、今になって」

 

「今になってもお前はときどき暗い顔をする。それが俺にとっては看過できないからだ」

 

「…ドラム、飽きちゃったからさ。別に暗い顔なんてしてないし、心配するほどじゃ」

 

「嘘だな。目が泳いでる」

 

「えっ!?」

 

 

 試しにカマをかけてみたらまんまと引っかかった。やはり、そんな生半可なものではないってことか。薄々感じちゃいたが。

 しかし、それがわかったところで俺にできることはあるのだろうか。考えながら言う。

 

 

「やっぱりか」

 

「…カマかけたの?」

 

「すまんな。沙綾の本心が知りたかった。それで、なんでだ?」

 

「…」

 

「俺には当時何があったかはわからない。でも、手助けくらいならできる。皆だって、それに俺だって助けてやれるはずだから──」

 

 

「やめてっ!!!」

 

 

「!?」

 

 

 沙綾が叫んだ。ここまで彼女が感情を表に出したのはいつぶりだろうか。

 何がキーだったのかはさっぱりわからないが、どうやら地雷を踏んでしまったようだ。

 

 予想外の展開に頭が真っ白になる。

 

 

「…ごめん。悪いけど、今日はもう帰って」

 

「沙綾…俺は」

 

 

「お願い」

 

 

 茫然自失な俺にできることはなく、おとなしく店を出る。

 自分としては最大限沙綾を慮りつつ、どうにか助けられないかと提案したつもりだった、のだが。

 

 どこで間違えてしまったのだろうか、俺は。

 明確に沙綾に突き放されたことは今までなかった。しかし今回はこれだ。もう二度と、彼女と笑いあえる日は来ないのか。

 

 

 そう考えると、俺は絶望の底へ叩き落されるような悪寒を感じた。

 

 

「昌太」

 

「…おたえか?」

 

 

 楽器店帰りだろうか、手に新品のピックをいくつか持ったおたえに話しかけられる。

 しかし今の俺にはとてもまともに会話ができるとは思えない。おたえには申し訳ないが、早いところ打ち切らせてもらうことにする。

 

 

「悪い、今はちょっと話せそうにないから──」

 

「大丈夫だよ。まだ終わってない」

 

「──は?」

 

 

 何がだ。

 そう言おうとしてまたおたえに遮られる。

 

 

「山吹さんは、ちゃんとわかってるから」

 

「…何を、言ってるんだ」

 

「ん。要するに諦めちゃダメってこと。昌太が諦めたら、もう全部取り返しがつかなくなるから」

 

「だが、俺は…」

 

「大丈夫だから。私を信じて」

 

 

 またこの間のようにおたえは俺の目をジッと射抜いてくる。

 だがそこに先日の薄気味悪さはなく、むしろとても心強いものだった。どうして断言できるんだ?

 

 

「なんで確信をもってそう言えるんだ。おたえは、何を知ってるんだ」

 

「覚えてないかな?私のこと」

 

「はっ?」

 

「前にも会ったことあると思うんだけど」

 

「…いや、悪いが」

 

「『SPACE』って言っても?」

 

「『SPACE』──! まさか…」

 

「うん、そのまさか」

 

 

 初対面からおたえに感じていた妙なデジャヴ。実際は過去に数回顔を合わせたことがあったのだ。

 おたえは『SPACE』というライブハウスでかつてバイトをしていたことがある。俺はこの性格だからたまに手伝いもしていたわけだが、そこで顔を覚えられたのだろう。

 

 

「悪いけど、さっきのちょっと見ちゃった。性格と素振りを考えると、あれは本心ではないかなって思って」

 

「そうなのか。本当にそうならよかったんだがな」

 

「…一応一週間はあるし、こっちでもいろいろ考えてみるよ」

 

「…すまん」

 

「ううん。私たちだって、山吹さんと演りたいからね」

 

「そうか…悪いが、俺は先にお暇させてもらう。また明日な」

 

「またね、昌太」

 

 

 正直、未だにわからないことだらけだ。なぜ沙綾が唐突に取り乱したのか、そして結局なぜドラムをやめたのか。

 意気は変わらず消沈していたが、おたえの「諦めちゃダメ」という言葉は妙に記憶に残った。

 

 

「──まぁ、そう思った理由はまだあるんだけど。でもこれを教えるのはまだ早いかな」

 

 

これからはどっちが見たいですか

  • いつものゆるい日常
  • シリアス
  • その他(宜しければ感想などに)

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