世話焼き男子とガールズバンド 作:れれれれ
音楽祭当日。沙綾は、未だポピパにはいないらしい。
あれから俺は今に至るまで一度も行動を起こせていない。おたえにああは言われたものの、どうしても突き放されるのが怖く終ぞ踏み込むことはできないままだった。
今俺は、花女のグラウンドで設営の進むライブステージをボーっと眺めている。
もちろん香澄たちも動いてはくれていたみたいだが、ここ最近はどこか様子がおかしいようにも見えた。
なぜかは知らんが、度々彼女が何かを言いかけてはおたえに口をふさがれる場面を多々目にしたのでな。何かあったんなら言ってくれればいいのに。
む、あの金髪ツインテールは…
「有咲」
「ん?…おー、昌太か」
彼女とは練習の段階で名前呼びしあうくらいの仲になった。もとから自分だけ苗字呼びなのが気になってたらしいが。
今はこの後のミニライブのため準備を進めているようだった。
「なぁ。昌太はさ」
「どうした」
「諦めたか?」
「…!」
「言っとくが、私たちは諦めてないからな。みんな山吹さんが来てくれるって信じてる。もちろんお前のこともな」
「…なんだ、突然」
「…二度は言わないぞ」
そう言って、有咲はプイっと視線を逸らす。
…確かに、俺はもうあきらめかけていたのかもしれない。今日を逃せば、今後の勧誘は難しいはずだ。
だが、なぜ俺まで信頼するのだろうか。俺が動いても事態は動きようもないというのに。
「だがこればっかりは諦めずにやってどうにかなる話には思えない。特に俺は一回明確に突き放されてしまったし、俺が行くのは悪手だと思う」
「…本気で言ってるのか?」
「…ッ!おっ、おい!?」
有咲は憤りを隠しもせず胸倉をつかんでくる。唐突のことで俺もまともに対応できなかった。
そのまま有咲は、激情に任せ言葉を削りだす。
「お前はそうやって目を背けるのか?アイツが何のために身を切って、何を思って捨てたか知らないままなんて──…ごめん。取り乱した」
「…」
ここは公衆の面前だ、当然人の目も集まる。それを自覚したらしい有咲は冷静さを取り戻した。
翻って俺は茫然としていた。ここへ来てあのおたえの問いがフラッシュバックしたのだ。
『山吹さんは、何のためにドラムを捨てたのかな』
先の有咲の言動も相まって、俺の本能がこれを見逃してはならないとガンガン警鐘を鳴らしていた。
間違いなくここに何かある。目を背けるな、と。
「私に言わせれば、一度突き放されたくらいで諦めるほうが悪手だ」
「くらいってお前──」
「わかってる、お前らが抱えてるのがそんな単純な問題じゃないって。でも同時に、お前らの関係はそんな程度で終わっていいものでもない」
「関係…」
「ああ。昌太が本当に山吹さんを大切に思ってるなら、こんなとこで諦めてちゃダメだ。…大切なんだろ?山吹さんのことが」
大切。そうだ、それは疑いようもない。そうでもなければこうも悩んでいない。
だからこそ迂闊に踏み込めなかった。結局原因だって分からず終い。
だが少し、こうも思った。「それがどうした」と。
「当たり前だ。沙綾だってお前らだって、みんな大切だ。一度だって失うのはごめんだ」
「……そうか。そのためなら百回でも千回でも一万回でもぶつかっていかなきゃ、絶対後悔するって、私は思う」
「一万回、か」
一見して果てしない数だ。しかし、塵も積もれば山となるのだ。いくら多かろうて、行動しなければ達成なんて絶対にありえない。
憔悴のあまり忘れていた。そもそも俺が悩んでいる理由はなんだ。大切なものを守りたかったからだ。
それを前にして、原因がわかっているか否かなんて実際は些末なことなのではないだろうか。
「この問題のキーマンは私たちでも香澄でもない。昌太、お前だ。お前の行動で、すべてが決まる」
「俺が…?」
「…だからこそ、私──いや、私たちは。お前を信じてる」
「…」
先ほどは特に気にも留めなかったが、一連の話を聞くとこの言葉の重みが大きく変わってくる。
ふと奈落の底から掬い上げられる感覚がした。今までなかった高揚感を覚えた。
幾度となくぶつかって、寄り添って、時には人の手を借りて訴え続ける。
僅かでも積み重ねていけば、ゆくゆくは事態の打開に繋がるはずだと。俺の心中で根拠のない妙な確信を得ていた。
「山吹さん…沙綾はお前を待ってる。例の公園だ」
「何…?」
「私たちにはできなかったことだが…山吹さんを、連れてきてくれないか。あのドラムの席へ──どうか、頼む」
この光景は、奇しくも俺が香澄に頼み事をしたときと重なった。
…そうか、そうだったな。頼られるとやはり心地がいい。俺は一体何をナヨナヨと悩んでいたのだろう。
大切な人を助けるのに、何を厭う必要があったのだろうか。
「わかった。任せろ」
「…任せたぞ」
例の公園。ある時は俺が一度沙綾と待ち合わせをして、ある時は廃人のようにベンチにもたれ散らかして。
そんな公園で今度は彼女と何を成すのだろうか。
いてもたってもいられず、俺は全力疾走で公園へ向かった。
「…行ったか。『灯台下暗し』ってのは、まさしくこういうことを言うんだろうな。頑張れよ、昌太」
◇◆◇
音楽祭の一週間前、沙綾が昌太を追い出して数十分。沙綾は自分のしたあまりの仕打ちに深い罪悪感を覚え、店番を親に任せ裏手に引っ込んでいた。
泣いてこそいないものの、それも時間の問題であろうことは表情が物語っている。
もとより沙綾は昌太に大きな恩義を感じており、それが罪悪感の増大に拍車をかけていた。
リビングにて椅子に座って項垂れる沙綾に、最近となっては日常茶飯事となってしまったいつもの声がかけられる。今日は香澄に加えて有咲もいた。
『…さーや』
『香澄…?ごめん、バンドの話なら──』
『帰らないよ』
『──えっ?』
『今の山吹さん、ほっといたら死にそうだし。見捨てていけないでしょ』
『…』
『昌太くんでしょ?』
『あはは…見られてたんだ』
『私たちじゃないけど、おたえが見てたらしいな。本当だったとは』
悲痛な気分をごまかすように、力なく乾いた笑い声をあげる。
それでもなおも沙綾はうつむいたままだ。
『私は…恩を仇で返しちゃった。とても昌太に見せる顔がないよ』
『…昌太くんは、かなり追い詰められてるみたいだった。さーやがドラムをやめた理由がわからなくて、助けてやれなかったって』
『そんなっ…私は!それじゃあ…』
心外だとでも言わんばかりに椅子から立ち上がって、今度はどこか焦燥感を感じさせるような表情を浮かべる。
後に続いた言葉はあまりにか細く、香澄と有咲は聞き取れなかった。
『山吹さん。私が思うに、山吹さんと筑波さんとではいろいろとすれ違いが起きてると思うんだけど…』
『私たちじゃ、力になれないかな?』
『私は間違ってたのかな、昌太…』
『山吹さん?』
『…ううん、何でも。わかったよ、香澄たちなら』
沙綾の感じている恩義とは、母親のことである。
彼女の母親である千紘はかつてはとても身体が弱かったが、今では年に一~二回ほどしか体調を崩すこともなくなり、常人と相違ない生活ができるようになっていた。
これに至るまで手助けをしてくれたのが、昌太だった。
『昌太はお母さんが健康体になるまで、ずっといろいろ手助けしてくれてた。パン屋としての仕事もそうだけど、私生活でもね。そのおかげで余裕ができて、私も順調にバンド活動ができてた』
しかし、問題はここからだった。
『でもね、そんな生活を続けてたら昌太への負担が大きすぎる。そうは思わない?』
『…そう、かもな』
『…』
『…だよね。でも当時の私は気づけなかったんだ、そんなことにすら』
昌太はこれらを一人で抱え続けた結果、過労が祟りぶっ倒れてしまったという。もちろん病院送りである。
その時には幸い千紘さんは現在のように健康体となっていたため、昌太へ然るべきケアをしながらもいつも通りの生活を維持はできたが。
『私がそのことを聞いたとき、一気に身体が冷えていく感覚がした。真っ先に昌太がいない未来を想像して──身震いした。一瞬世界が死んだのかとすら思った』
『…ッ』
『これは私がドラムに感けてて、昌太を止められなかったから。助けてあげられなかったから、こうなったんだって思った。だから、ドラムをやめた』
『…山吹さん』
『そんなことを馬鹿正直に昌太に言ったら、絶対気にしちゃうから。昌太にだけはこのことを話すわけにはいかなかったんだけど…』
『同じこと、言ってる…』
『…えっ?』
『昌太くんも、『さーやを止められなかった自分が悪い』って言ってたもん…』
『…昌太、も』
自分が昌太を想っていたように、昌太もまた沙綾を想っていた。
そのことを悟った沙綾は、昌太の名をつぶやくことしかできない。
『…要するに、『筑波さんを守るためにドラムをやめた』ってことだよな』
『…うん』
『はぁ…めんどくせぇ。本当に似た者同士なんだな…』
『ありさ?』
『いや。とにかく、私に考えがある』
◇◆◇
「沙綾あああああ!!!!!」
先日、昌太が懊悩していた公園。そこへ件の昌太が、大声で名前を叫びながら全力疾走してくる。
沙綾は有咲の言っていた通りこの公園にいた。それも、ちょうど当時昌太が座っていたベンチに。
この件において有咲が問題にしたこと。それは、沙綾と昌太双方が妙に情報を小出しにしたり、変に気を使ってあまり踏み込まなかったりしたこと。
別に誰が悪いということでもなく、複合的要因なのだ。この問題のどちらか一つがすでに解決されていたならば、ここまで事がこじれることもなかったろう。
そして先日は沙綾が昌太を一方的に追い出してしまった。あのまま昌太が諦めてしまっていたら事は完全に潰えていたため、たえや有咲は必死に昌太を引き留めたのだ。
このような拗れに拗れた問題に対して、有咲はこう言った。
──本音をぶつけ合ってしまえばいいんじゃないか、と。
「…昌太」
「沙綾。やるぞ、ドラム」
「私は…もうやめたの。もう、できないの」
「できないなんてことはない。今からでも遅くはないだろ」
沙綾の肩に両手を乗せ、視線を合わせて語りかけるもやはり彼女は頑なに拒む。
昌太はまだその理由は知らないが、知らないなりにどうにかならないかとあれこれ考えながら話す。
「でも、私がまたドラムを始めちゃったら──」
「なんだ?できることなら俺も手助け…」
「──昌太、また倒れちゃうでしょ…」
「ッ!お前、そのことを…」
「昌太が倒れたって聞いたとき、怖かったの。目の前が真っ暗になって、それで…昌太がいない世界を想像しちゃって、身震いがした」
「…沙綾」
初めて沙綾が「核心」を昌太に話した。
昌太はまさか自分が原因だとは露ほども思っておらず、彼女の独白に全身の毛を粟立たせる。
そんな彼を傍目に、沙綾はベンチから立ち上がって叫ぶ。
「私は、もう昌太を失いたくないのッ!昌太がいないなんて考えられない!!あなたを失うくらいだったら、ドラムなんかやめる!!!」
「…」
そう言い切ってから、沙綾は俯く。
初めて聞く沙綾の本音。その思いの丈に昌太は思わず絶句してしまう。
しかし、こちらだって負けてはいられない。震える唇を開いて、再度なるべくやさしく語りかける。
「沙綾。俺のわがまま、聞いてくれないか」
「…なに」
昌太のわがままは、頼み事と同じように今まで言ったことはないくらいのレアなものである。
だからこそ、昌太にしては聞きなれないワードに沙綾は顔を上げる。
「俺の勘でしかないが、あそこは──ポピパは、沙綾にとってかけがえのないものになると思う」
「…」
「それに、俺はドラムを叩いてるときの沙綾は本当に楽しそうでさ。ずっとお預けを食らってて寂しかったんだよ」
「寂、しい…?」
「ああ。だから俺としては、あの沙綾をもう一回見たい。またドラムをやってほしいんだ」
「…でも、それじゃあ…昌太は…」
「そうだな。だが俺は人に頼ることを覚えた。だから、俺はなるべく一人では抱え込まないと誓うよ。俺がキャパオーバーしたら助けてくれよ、沙綾」
「…っ!」
元々昌太がぶっ倒れたのも、ろくにSOSも出さずに全てを一人で抱え込んでしまったことにある。適度に周囲を頼って労力を分散できていれば、こんなことは起きていなかった。
香澄に人に頼ることを教えてもらってから、そのことを昌太は自覚していた。そのため問題の根幹を成す欠点をなるべく抑えて、本当の意味での「迷惑」をかけないと誓うことで落としどころとしようとしているのだ。
「でも沙綾を助けるのはやめるつもりはないからな。その辺はお互いさまってことで」
「私を頼ってくれるの、昌太?」
「ああ、それでもいいなら存分にな」
「…当たり前だよ!」
つまり、これからは困難を二人で、みんなで分かち合っていこうと言うのだ。
昌太を救えなかった過去に負い目を感じていた沙綾にとって、それは至上の幸福だった。勿論それは昌太にとっても同じことだ。
「絶対、絶対だよ?約束だよ?」
「もちろん」
「もう私を置いて行かないでね?」
「そのつもりだよ」
「…昌太っ!昌太ぁっ!」
再度沙綾は昌太の胸に顔を埋め、嬉しさと感動とが綯交ぜになった感情を吐露する。
斯くして、今に至るまでに引き摺り続けていた過去の記憶を、彼らは打破したのだ──
「──ん?LIGNE?」
「…どうしたの?」
唐突に鳴り出すバイブレーション。音源は昌太のスマホだった。
LIGNEのメッセージを確認した昌太は何やら冷や汗をかきはじめる。
「……やべぇ。早く行くぞ沙綾」
「えっ?何で?」
「お前の出番だ」
Arisa『次ポピパの出番だぞ!』
筑波昌太『ふぁ』
◇◆◇
やっと5人揃ったPoppin'Party。彼女らの出番は熱狂のもとに終了した。次は有志枠だな、こっちも楽しみだ。
沙綾がああやってドラムやってるのを見たのは…もうじき2年になるか?あの夢を思い出して泣きそうになってしまった。
良かったなぁ、諦めなくて。
「昌太」
「おたえか、お疲れさん」
舞台脇の関係者出入り口のあたりで感慨に浸ってたら、ギターケースを背負ったおたえが近寄ってきた。
そういえばおたえに関して結局わからなかったことがあるんだが、この際だし聞いてみることにする。
一週間前、沙綾に突き放されたあとにおたえに遭遇したとき。
その際に投げかけた『お前は何を知っているんだ』という疑問を、何だかんだと彼女ははぐらかしていたのだ。
「なぁ、結局おたえは何を知ってたんだ?」
「あぁ。実はね、沙綾がドラムをやめた理由、知ってたんだ。私」
「そうなのか?」
「うん。SPACEで沙綾がバンドをやめるとき、廊下で一人で譫言みたいにつぶやいてたのをたまたま聞いちゃって。『こうしなきゃ、また昌太は倒れちゃう』って」
「…今それ聞くのはキツいなぁ。なおさらこれからは抱え込まないようにしなかんな」
「それがいいよ」
当時の状況を聞いて、改めて一人で抱え込まないことを誓った。
そんな俺を傍目におたえはいそいそと背負っていたギターケースを下ろし始める。
「昌太、はいこれ」
「えっ?これおたえのじゃねえの?」
「昌太のだよ」
「は?」
なんでこいつが俺のギターを持っているのか。なんで今になってそれを渡してくるのか。
色々とツッコみたいところはあるが、さらにそこへ爆弾が投下される。有咲によって。
「昌太〜、もうちょっとで出番だぞ」
「は??」
「有志枠とっといたから。行ってくれば?」
行ってくれば?じゃねえんだよな。枠取られたらもう選択肢ないようなもんだろ。
有咲に説明を求める視線を向けると、当の本人はおたえに詰問する。
「…おたえ、ちゃんと説明したか?」
「ん?したよ」
「有志枠取られたことしか聞いてねぇぞ」
「してねえじゃん…昌太、沙綾と一緒に一発演奏してこい」
「えっ、沙綾も?」
「…私も出ることになっちゃった。ごめんね?」
「いや、それ自体はいいんだけど…」
止められなかったのこれ。
まぁ、粋な計らいってやつなんですかね。ただ一言は欲しかったかな。
「はぁ…わかったよ。ありがとな」
「何が?」
「いや、なんでも。沙綾、この曲今も叩けるか?久しぶりにこれで合わせるぞ」
「…! うん…できるよ。沢山、やったもんね」
「…ああ」
俺がスマホで見せた譜面を見た沙綾は、涙声になりながらそう言う。それは、かつての後悔の記憶。
「練習してる暇はなさそうだな。ぶっつけ本番で行くぞ」
「…うん、任せて」
「頼りにしてる」
『音楽祭有志枠、次のグループの入場です!』
先のポピパや他の出演者のおかげで、観客は大いに盛り上がっている。本当に久しぶりだな。
気を抜けば溢れそうな涙を堪えながら、ギターを携え沙綾と舞台に登る。
「宜しくお願いします。聞いてください──」
それは、眩い思い出の記憶。
隣の彼女とかつてのようにアイコンタクトを交わす。
すべてを抱え、嘆きすれ違い。倒れても倒れても立ち上がり掴んだ今。
記憶を歌に、ギターに乗せ演る。
後に香澄の撮った写真には、彼自身でも眩しいと思ってしまうくらいに明るい笑顔の沙綾と、昌太が写っていたという。
「──『何度でも』」
これからはどっちが見たいですか
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いつものゆるい日常
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シリアス
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その他(宜しければ感想などに)