世話焼き男子とガールズバンド 作:れれれれ
ところで誤字報告ってどこから見れるの
本番を三週間後に控えた今日は、初めての栄星での合同練習だ。
むろん俺も仮ステージの設営やブッキングなどに駆り出されている。それもあって、まだ昼過ぎだというのに肉体的にヘロヘロになっていた。
ちなみに今日は休日だ。クソ。
だがそれはハロハピやパズパレを始めとした運営陣や、協力してくれる先生方、また黒服さんなども同じことなので、俺だけが文句を垂れるわけにもいかない。
「んごご、腰が折れるッ…」
先日ハロハピのもとで丸裸にされて以来(語弊まみれ)、白鷺さんのツンケンしていた態度も少しは軟化した気がする。気がするだけだが。
それでも少なからず未だに尾を引いているのは事実で、俺としては進展を望みたくともなかなか踏み出せないでいる。
「あ゛ぁ、水筒…水筒が消えた…」
「わっ!? 昌太くん、後ろ後ろ!」
「ン゛? …あぁ、彩さん。どうもどうも…」
ゾンビみたいな呻き声を出しながら水筒を探していると、気づかないうちに後ろにいた彩さんの足元に転がっていったらしい。
彩さんは珍しくポニーテール姿で、赤いハチマキをリボン代わりに結っているようだった。
手渡された水筒のお茶をを浴びるように飲む。
「あっついね〜。…大丈夫?」
「ぶっちゃけ割としんどいですけど、昼休みが過ぎればどうにかなります。…たぶん」
「そ、そっか。私も手伝うから、言ってね?」
「ありがとうございますー…」
棒になった脚を無理やり引き倒して、これまた持参した弁当を強引に引っ張り出す。
その隣にぽすっと座った彩さんは、意を決したように切り出した。
「あ、あのさっ」
「はい?」
「これは、私のわがままなんだけど…」
「わがまま?」
「…このままじゃ、嫌だな。私」
主語がなくても、彩さんが何を指して言っているかはすぐわかった。あのときのことを唯一知っている人だから少しは覚悟してはいたが…。
わざわざわがままだなんて前置きするあたり、あくまで強制はしたくないという彩さんの優しさが見える。
「私はパスパレの中では昌太くんとの付き合いは、その…長いし。千聖ちゃんとも少しだけど長く付き合ってるからわかる。二人が絶対わるいひとじゃないって」
「…はい」
「でもその二人が少しすれ違っただけで、ずっと仲違いしたままなんて…あんまりだよ」
「やっぱり彩さんって、真っ直ぐな人ですよね」
「ぇ…そ、そうかな?」
そして「わがまま」と前置きしておきながら、仲違いしたままは嫌だからと仲を取り持つように行動を起こした上に、俺に対しては真っ直ぐに思いを伝えられる彩さんは、やっぱり強い人だ。
少し紅潮した頬をそのままに彩さんは続ける。
「んんっ。と、とにかく…それは二人も同じことだと思うの。昌太くんだってこのままは嫌でしょ?」
「…そうですね」
「だよねっ! 千聖ちゃんだっていつもは昌太くんに対してやけにツンツンしてるけど、同じことを考えてる」
「あれだけバッサリ言われたんですけどね…」
「う…で、でも。あれだって千聖ちゃんが誤解したまま動いちゃっただけで…。今はもうそんなこと思ってないよ」
その件は、薫さん(名前で呼べと言われた)からも聞き及んでいる。
白鷺さんの幼馴染だという薫さんの言うことだから疑ってはいないが、今まで見てきた白鷺さんのそれとはやはりかけ離れているものだから、よほど俺が逆鱗に触れたんじゃないかと今でも思ってしまう。
俺は続きを促すように首肯する。
「む、あんまり信じてないなー? 大丈夫だよ、千聖ちゃんだってそこまでにぶちんじゃないもん」
「それはそうでしょうね」
「うん。でも、少しでも歩み寄れれば元通りになるはずなのに、少しの誤解のせいで──誤解に縛られて、足踏みしちゃってるんだ」
そう言いながら、彩さんは髪を結っていたハチマキを解いて、そのまま頭に巻き直した。
「だからっ、こうやって結び直してぱぱっと仲直りしてほしいの! これが私のわがまま! ──なんて、そんな簡単なことじゃないのはわかってる。それでも二人には仲良くいがみ合っててほしいなって私は思います!」
そう締めくくった彩さんの表情は、難しいと言いつつ、その成功を疑わないものだった。
今しがた解かれた流麗なピンク髪を一撫でしながら、彩さんに中てられた俺はこう宣言した。
「ありがとうございます、彩さん。それなら、見ていてください──」
──今日、俺は度し難い自分にケリをつけてきます。
◇◆◇
夕方。
ここ栄星高校には、全く人気がないのに自販機やベンチが置いてある謎のスペースがある。
今日一日を終えクッタクタのクタになり、少しゆっくり休もうと在校生のみが知るここへやってきたのだった。
水分補給自体は水筒で事足りているので、適当に微糖のコーヒーを買った。
パスパレとハロハピは先ほどまで行っていた合同練習の感想戦、というよりは反省会と課題の洗い出しのため、もうしばらくは栄星に残るようだ。
他人事みたいに言っているが、俺も彼女らのブッキング担当みたいな位置に知らないうちに据えられていたため、しばらくしたら戻らなければいけない。
…のだが。
ベンチに腰掛けて缶を開けた途端、とてつもない睡魔に襲われた。心地よく差し込む斜陽もあって、抗いきれないまま俺は夢の世界へフリーフォールしてしまうのであった──
「──んぐ」
…あれ? 寝てた? やべ、何時だ今…。
「随分な重役出勤じゃない。いいご身分ね、筑波くん?」
「ブフッ!!!」
「ちょっ、コーヒーこぼすわよ」
微睡みから覚めてみると、隣から飛んでくるのはツンツンした皮肉。そう。俺が腰掛けていた隣に、白鷺さんもまた座っていたのである。
幸いまだ眩いくらいに斜陽は差していて、コーヒーもまだぬるいようだ。結露がぴちゃりと床に落ちて煌々と輝いている。
眠気覚ましにヌルいコーヒーを一口嚥下する。
「いざ起きてみれば突然ジタバタして…あなたってこんなに落ち着きがなかったかしら?」
「…なんでここに」
「探しに来たに決まっているでしょう。苦労したのよ? ここを探し当てるの…。それに、もう始まっちゃってるわよ。反省会」
そう言いつつも、のんびりと俺の隣から動こうとしない白鷺さん。
寝起きのせいかあまり頭が働かないが、今めっちゃ急がなきゃいけないのはわかる。とっとと立ち上がろうとして──
「だから落ち着きなさいよ。起きたばかりで状況がつかめていないのはわかるけど、コーヒーだってまだ飲んでないじゃない」
──左手を引っ掴まれ、そのままベンチに引き戻された。
左に座っている彼女を見ると、夕日に躍る美しい金髪とこちらを覗くルビーのような眼があまりに幻想的で、思わず魅入ってしまった。
俺かボーッとしているのに気づかないまま、白鷺さんは立ち上がりながら続けて言う。
「今から行ってもきっともう遅いでしょうし、それならいっそゆっくりしましょう。ひどくお疲れのようだし」
迷う様子もなく俺と同じ微糖のコーヒーを買い、そのまま俺の隣に戻ってくる。
そのまま缶を開けてくぴっ、と一口飲み下したあたり、本気でゆっくりするつもりのようだ。
「…ちょっと甘い」
「いつもはブラックなんですか」
「えぇ、いつもはね」
流石、現役女優兼アイドル。このままCMにして流してしまえば映えてしまいそうなくらい、彼女は夕日にも負けない存在感を放っていた。
白鷺さんはふいっとこちらを一瞥して、神妙な面持ちで切り出した。
「それじゃ、お話しましょ? 筑波くん。私はあなたに用事があるの」
「…奇遇ですね。俺もです」
◇◆◇
「昌太くんがいない?」
そんな彩ちゃんの声が耳に入る。
ここは栄星高校の大会議室。斜陽が差しオレンジ色に染まったこの教室で、先ほどまで行われていた合同練習の反省会が行われる…ことになっていたのだが。
「どうしたの?」
「千聖ちゃん。それがね、昌太くんがどこかに外したまま三十分も戻ってきてないらしくて…」
「お手洗い…でもなさそうね」
「あいつのカバンもあるんで、帰ってはいないはずなんですけどね…」
実行委員の人いわく、少なくとも彼が学内にいるのは確かだという。
今はすでに17時を回っていて、あまり遅れると日も暮れてしまうのだ。というか、今の時点で結構暗い。
しかも彼はこのミニライブ関連で中心的な立場のようで、いないとかなり困るとは実行委員さんの言。
「香椎せんぱーい! 筑波のヤツがどこ行ったか知りませんか?」
「あれ、いない? さっきちょっと休憩したいって出ていったけど」
「休憩って…どこにだ?」
「今誰も手が空いてないのよね? 八田くん」
「ぽいなー。中戸さんも?」
「うーん、ちょっと忙しい…」
なぜか誰も彼の行方をしっかりと知らない様子。
誰が悪いとかではないが、こうなると柄にもなく彼が心配になってくる。もっと前、初対面時だったらこんなこと思いもしなかったんでしょうけど。
…なんだか知らないうちに懐柔されたみたいでムカつくわね。
「…ちょっと聞きたいのだけれど」
「はい、何ですか?」
「一応彼がいなくても反省会くらいは回せるのかしら?」
「そうですね。あとで結果だけ共有できればいいので」
「そう、ありがとう」
そろそろ彩ちゃんと花音が見ていられないくらいソワソワし始めた。
はぁ、仕方ないわね。
「なら、私が探しに行ってくるわよ。その間に反省会は始めてもらって結構よ」
「えっ…! それは申し訳…」
「そうは言ったって、実行委員さんにも予定はあるのでしょう? それに、ただでさえ人手が足りないのにそれ以上削っちゃマズいわよ」
「そ、それは…」
「それに、私は練習内容くらいならもう頭に入ってるし、そう忘れはしない。あとで課題点を教えてくれれば、あとは自分でできるわ」
私がつらつらとメリットを並べ立てると、実行委員さんはそのほうがちょうどいいと考えたようで、結局私が彼を探しに行くことになった。
実はこれは打算込みの提案で、他の皆は大会議室から出ないことがわかっていて、おまけに学校内には他に一部の先生方除いて誰もいないこともわかっているから、彼と話すのにはうってつけだろうと思ったのだ。
少しの罪悪感を抱えながら校内を闊歩していると、ちょうど良さそうな自販機とベンチのあるスペースがあった。
基本的にこの手の建物は、階層が違っても同じ棟なら構造も同じ場合が多い。
その経験に従って、大会議室のある一階から最上階の四階までこのスペースを虱潰しに探してみたら。
「…いた。何を呑気に寝ているのかしら、この男は…」
僅かな心配も杞憂に終わったようで、程なくして四階で筑波くんが眠っているのを見つけた。
筑波くんがいなかったことで大会議室はそれなりに剣呑な雰囲気になっていたというのに、そんなことは露知らずコーヒーを片手にすやすやと寝息を立てている。
寝顔だって、ムカつくくらい穏やかだ。といっても少しクマが出来ているのが見えるが。
「まさか、ちゃんと寝てないの? …ちゃんと寝てないのにあんな激務、こなせるわけないじゃない…」
なぜか少し胸が締め付けられる感覚が過ぎった。
…そもそも、彼がこんなに疲れ果てたのも、元はといえば私のせいかもしれないのだ。そう考えて、一気に別の罪悪感が押し寄せてくるのがわかった。
元から打算があったとはいえ、このまま起こして反省会へ合流させようとは、どうしても思えなかった。
このあと程なくして彼が目を覚ますまで、私は隣に座ってじっと見守り続けるのだった。
◇◆◇
「──なんて偉そうに口火を切ったはいいけれど…」
さっきまでの皮肉屋はどこへやら、急にしおらしくなる白鷺さん。
再び立ち上がってこちらに向き直ると、勢いよく頭を下げた。
「…ごめんなさいっ…!」
「んなっ」
「何も知らない私がにべもなく突き放して、挙げ句烙印まで押して…! あなたをそこまで追い詰めてたの、知らなくて…っ」
「ちょ待って待って待って」
こっちもある程度覚悟はしていたが、正直ここまでガチで謝られるとは思ってなくて、思いっきり面食らってしまった。
確かにゴチャゴチャと考えてはいたけど、かと言って死ぬほど思い悩んでたわけでもないのだ。
俺も動転してしまって、ガッツリと白鷺さんの肩を掴んでやめさせようとした。
「確かに悩んでましたけどそんな死ぬほどじゃないっていうか、ももももういいですから!」
「嫌っ! あなたが許してくれるまでやめないっ!」
「なんで!?」
「だって現にクマできてるじゃない!」
「嘘でしょ!? これたぶん白鷺さんのせいじゃなくて単に生活習慣の乱れっていうかぁッ!!」
冷静になってみれば茶番にしか見えないくらいに騒ぎ立てるが、今周りの階には誰もいないため、誰かが来ることもなかった。
結局お互い疲れ果てて、またベンチにもたれかかることになる。
「はぁ、はぁっ…筑波、くん?」
「はぁ゛…はい?」
「…私ね? 初めてあなたに会ったときから、何というか…ずっと、胸が厶カムカしていたの」
「へ、へぇ…ムカムカ?」
「そ。それで、ね…。さっきあなたを眺めていて、やっとこのムカつきが何なのか、やっと理解したわ」
「…何だったんですか」
「嫉妬よ」
「へっ?」
嫉妬。
普通に考えて、白鷺さんが俺に対して抱くようなものではない。白鷺さんにとって、俺の何が羨ましかったというのだろうか。
「わからないって顔してるわね? でも私は、確かに嫉妬してた」
「嫉妬…」
「…あなたならもしかしたら知ってるかもしれないけれど。私は長らく芸能界に身をおいて、今まで生き残ってきたわ」
「はぁっ…知ってますよ。もちろん」
「それで嫌でも思い知らされたの。芸能界は良くも悪くも等価交換が全てだって」
白鷺さんは続けて、あそこにいる以上、タダなんてものはありえないと言う。
そんな環境に多感な子供の頃から居続ければ、やがてスレてしまう。いつしか彼女は、無意識のうちに冷めた目でモノを見るようになったのだとも。
それでも、パスパレと出会ってからはそれも大きく変わったらしい。
「変わったと言ってもね、たぶん奥底ではまだ燻ってたんだと思う。冷めた私がね」
「……」
「でもあなたは、彩ちゃんや花音を始めとして、みんなに無償の愛を運び続けた」
「無償の愛って…大げさですね」
思わずフフッと笑ってしまう。すると、どこか不服そうに唇を尖らせて抗議してきた。
「大げさなんかじゃないわよ。実際あの子達にとっては──いえ、これはやめておきましょうか。…とにかく、その無償の愛のあり方は、私のそれとは真逆なのよ」
「真ぎゃ…まぁ、はい」
「私にとっては…それがすごく眩しくて。憧れちゃったの」
「……」
「これが私の嫉妬。はぁ、本当に自分が度し難い…最初からあなたのこと妬んで、ちょっかい出してたってわけ」
そう締めくくって、再びコーヒーに口をつける。
白鷺さんが知らず俺に嫉妬していた。
俺とてあの発言の裏を知りたいと思っていたが、その内実がこういうことだとは思いもしなかった。
「白鷺さん」
「あぁ、もうそれ面倒くさいでしょう? 名前でいいわよ、千聖で。私も名前で呼ばせてもらうわ」
「…じゃあ千聖さん、あのとき、俺結構我慢してたみたいです。無意識のうちに」
「みたい?」
「全く自覚はないんですけど。あのときの俺、突っぱねられても弁明もなにもしなかったじゃないですか。なんでだと思います?」
「なんで、って…」
コーヒーで舌を湿らせる。
別に大したことでもないのだが、千聖さんは深く考え込んでいる。
「『千聖さんの手を煩わせたくなかったから』だそうですよ」
「なっ…! あなた、それはもう優しさとかじゃなくてただのヘタレよ…」
「そうですね、『人を傷つけるのを怖がりすぎてる』とも言われました」
「…よく見てるのね、その人」
「え?」
「いえ。確かにそうだなって思っただけ」
顳顬を押さえ、呆れたと言わんばかりに首を振る仕草を見せる千聖さん。
まぁ彼女に言わせれば、押して押し切られるだけの人間なんて芸能界じゃすぐ食われちまうのだ。だからまぁ当然と言える。
「私が言えたことじゃないけれど、あなたもっと強く出ないと損するわよ…。周りに恵まれてるからまだいいでしょうけど…」
「あ、それも言われた」
「あらそう。ならこれも蛇足だったわね」
「はぁ、でも本音聞けて安心しましたよ。嫌でしたもん、今になって付き合いやめるの」
「そりゃそうよ。どこの誰に人の交友関係に口出せる権利があるというのかしら…はぁ…」
「…も、もう気にしてませんからね」
お互い残りのコーヒーを一気に飲み下す。
あれこれ話してはいたが、経った時間はせいぜい二十分かそこら。空の赤みは増したが、まだ日は落ちきっていない。
「くぁ…」
「まだ眠いの?」
「昨日ロクに寝てなくて…これだけ忙しいならちゃんと寝とけばよかった」
「…ならもう少し寝ていきなさい。私もここにいるから」
「え、でも反省会が」
「どちらにせよもう遅いでしょう。ミイラ取りがミイラになったって、私も一緒に怒られるわ」
そう言っていたずらっぽい笑みを浮かべる。
正直今はあまり動きたくないのでありがたい提案だ。ここはお言葉に甘えさせてもらおうか。
「そうですね…それならお願いします」
「あら、意外とすんなり受け入れるのね」
「今更でしょう。それだけ眠いんですよ…」
「そ。…おやすみ」
千聖さんの挨拶を聞きながら、すぐに俺は再び襲ってきた微睡みに身を任せた。
その後千聖さんも眠ってしまったらしく、俺たちを探しに来た上で肩を寄せ合って眠っていたのを見た彩さんの叫びで目を覚ますことになった。
こっそり写真も撮っていたようで、それを見た千聖さんにほっぺを引っ張られていたのは記憶に新しい。
シリアスパートとっとと終わらせてわけわからん話書きたい。胃が痛いわ。
たぶんこの章は次回で終わりです。