世話焼き男子とガールズバンド   作:れれれれ

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 評価の投票者数が増えているとまず心臓が縮み上がるらしい(ハメ作者㊙️情報)(評価本当にありがとうございます)
 


第31話 栄星体育祭

「ガハハハ、テメーなんか短距離走でこう…ちぎって、ポイだ! ポイ!」

「あぁ? 出来んならやってみろやぁ〜〜、そっちがその気なら俺は、ゲ、ゲェ〜ってやってポォーだオラ! 三倍だ三倍!」

「味方じゃないの? あんたたち…」

 

 七月。いよいよ腹立たしいことに蒸し暑くなってきた今日、ついに本番を迎えることになった。

 実行委員たる俺はクラスの並んでいる列から外れて、司令台そばの本部テントで忙しなく業務に励んでいる。

 雲一つない青空という枕詞が校長挨拶で遺憾なく発揮されるレベルの蒼穹、ぶっちゃけ炎天下で暑いので今ばっかりは実行委員で良かったと思う。陽炎が見える見える…。

 

 もちろん保護者と学生限定で一般の来場もあるし、そもそも普段の体育の授業が男女別であるうちの高校は、漢が己の運動能力を誇示できる好機でもある。

 さすがに冒頭のような意味不明ないがみ合いをしているやつはそうそういないが、そうでなくともどこか彼らの面持ちは固い。頑張れ男子(他人事)。

 

 その一助になればだなんて一ミリも思っていないが、俺の顔見知りにも今日が体育祭であることはそれとなく伝えてある。来るかは知らんけど。

 少なくともパスパレとハロハピはそのうち来るんだから、せいぜい頑張ってみるがいい。

 

 鳰原さんとは一緒に栄星のあたりまで来たあと、近くのコンビニで一般に開放される時間まで暇を潰してもらうことにした。

 俺にも仕事があるため結構長い間この辺に拘束してしまうことになるが、特に彼女は気にしていないようだった。むしろ『ついでに聖地にも行ってきます!』とか息巻いてるくらいだったから、俺もあまり気にしないことにした。

 

 

 今日のタイムテーブルは、各学年の男女混合リレーの後に、順次学年種目、そして早めにミニライブ。昼休憩を済ませたら綱引き、借り人競争、そしてシメは部活対抗リレーである。

 最後のリレーはなぜか実行委員の枠もあって、俺も走らされることになっている。いらねー。

 

「健太郎は全部出るんだよな? 一から十まで全部」

「死ぬわ。いうて学年リレーと学年種目、綱引きと借り人競争と部活対抗リレーだけだぞ」

「いや全部やん。流石運動部…」

「そりゃここでアピールしないでどこでするんだよ。パスパレも来るんだぞ!?」

 

 ブレないね君。

 

「逆に昌太は出るのか?」

「リレーは出るな。あと借り人」

「お前チャリ通だしな。足だけは早いもんな」

「つぶすぞ」

 

 インドア派のヤツにそれ言ったらマジで殺されるぞ。

 とりあえず全力出しとけばいい短距離走とは違って、他のスポーツは力の使い方を知らないとド下手くそになってしまう。いわゆる調整力ってやつ。

 普段から運動してないと調整力もカスだから、一向にスポーツがうまくならないって寸法ね。当たり前だね。

 

「…にしてもお前」

「みなまで言うな。言われんでもわかっとる…!」

「なんでそのまんま映ってたんだよ本当に…」

「知るか」

 

 思いっきり顔をしかめながら吐き捨てるように言う。

 

 今の俺は体操服姿だから、よほどあのシーンで俺を凝視でもしていなければ気づかれやしないだろう。

 しかし栄星のやつらからしてみたら母校が映るシーンだったし、そこで出てきた栄星の生徒が見る限りでは俺しかいなかったのだ。だからかここの生徒からはずっと視線を感じる。

 

 正直こんな形でも憧れの彼女らと同じ画角に映っていたのは嬉しいが、リスクがでかすぎるだろ。

 珍獣を見るような視線を送られるのはいくらなんでも耐えられん!

 

「俺だってなんも聞いてねえんだよ! そもそもちゃんとカットするって言われてたし」

「あぁ…ハメられたんだな。もう後戻りできねえぞそれ」

「クソが!」

 

 俺に委員会を押し付けた引け目があったのか知らないが、顔を出していた健太郎は、リレーが控えているので早々に本部を離れていった。

 

 

「お疲れ様です、筑波くん」

「お、お疲れ中戸さん。次一年リレーだけど出ないんだっけ?」

「はい、わたしは学年種目だけ出て終わりなので。あとは本部にいようかと思ってます」

「そっか。嫌だよね、あっついの」

「本当ですよ…」

 

 同じ実行委員の中戸さん。圧迫会議のときもきっちり発言していた、同学年の真面目ちゃんだ。

 黒縁メガネをかけていてパッと見地味に見えるけど、例によって整った顔立ちだ。ゼンノロブ○イに似てるかも。

 

 そんな彼女はうげ〜っと顔をしかめて、手で扇ぐように風を送っていた。

 

「わたしインドアで、体力もあんまりないんです。だから…あら?」

「昌〜〜〜〜太〜〜〜〜く〜〜〜〜んっ!!!!」

「ガフッ!!」

「筑波くん!?」

 

 後ろからきらきら星が飛んできて俺の内臓が星になった。内蔵先生の次回作にご期待ください。

 きらきら星の正体はもちろん戸山香澄。六月を迎え、衣替えしたのか半袖の学生服で突っ込んできやがった。腰でぐりぐりすな暑い暑いやわっこい。

 

 どうでもいいが学生が入場する際はドレスコードが学生服と決まっており、校内にいる他校の生徒はみな学生服姿である。

 

「ぷはっ、なんか久しぶりだね! 最近全然CiRCLEにいないと思ったら実行委員だったんだ」

「沙綾から聞いてない?」

「忘れた!」

「…はぁ゛、はあ゛っ…。おい香澄、邪魔だろ。は〜な〜れ〜ろ〜…」

「やだやだ〜っ」

 

 中戸さんと同じくインドア派の有咲、走ってきたのか死にそうなほど息切れ。

 一番来なさそうだった有咲がいるってことは、他のポピパもいるんだろう。実際奥で沙綾とりみりんがこちらへ歩いてきているのが見える。

 

「沙綾、おたえは?」

「あれ、いない? 私はさっきから…見てないけど」

「私も見てないよ?」

 

 沙綾がちょっと目を見開いた。さては何かに気づいたな? ちょっと詰め寄ってみようとしたら、ポンポンと肩を叩かれた。

 

「やっほ、昌太」

「おた…え、何やってんだ。中戸さんの手使っちゃって」

「え? なんとなく」

「おいおたえ、仕事してるんだから迷惑かけちゃだめだろ…ほら」

「あー、ごめんなさーい」

 

 さっき肩を叩いたのは、おたえによって操られた中戸さんの手。おたえは背が高めだから、ちっちゃい中戸さんに覆いかぶさるのは簡単だったようだ。

 それにしてもちっとも反省してなさそうな声色である。当の中戸さんは俯いてふるふると震えていた。

 りみりんが心配気に声をかけると。

 

「だ、大丈夫ですか…?」

「あっ、あのっ! ポピパの皆さんですよねっ!?」

「ひゃいっ!!」

「そうだよっ! 昌太くんに誘われてさ、ライブも気になるから来たんだ〜!」

「か、感激ですっ!」

 

 胸元で重ねられたりみりんの手を引っ掴んで、中戸さんはすごく表情を輝かせている。

 どうやらポピパのファンだったらしく、さっきまでとは見違えて饒舌になっていた。

 

 中戸さんと話し始めたポピパ。唯一俺のそばにいた沙綾は、苦笑いしながらも何でもなさそうに話し始める。

 

「ね、昌太。時間押してるんでしょ? 今のうちに行ってきちゃいなよ」

「え? うわマジだ。じゃすまんがあとは任せた」

「うん。…あ、ちょっと待って」

「ん?」

 

 言うや否や、沙綾は俺の耳元に口を寄せて──

 

「頑張ってね。応援してるから」

 

 流し目で微笑みながら、そう囁いた。

 

 

「なんか…沙綾、正妻の余裕?」

「え? 制裁?」

「ううん、なんでもない」

 

 

 ◇◆◇

 

 

 フィールドは太陽に灼かれ、象るラインは陽炎に燃える。

 滴る汗の音すら聞こえそうな静寂、スタートラインに佇む戦士が望むはただ一つの栄光のみ。

 

 無機質な音声は待つことを許さず、高々とギャラルホルンを吹き上げる。

 

『On Your Marks. Set──』

 

 ──さぁ、ラグナロクの始ま

 

「キンッッッッモ!!!!!」

「うわぁ! 突然暴れるな!」

「アッ、すんません名前も知らない先輩」

 

 これは俺が今考えた『死ぬほど誇張したさっきの学年対抗リレーの様子』の一端である。が、脱線してなんか自分で自分が無理になって考えるのをやめた。体育祭始まったばっかなのに世界終わったし。

 

 チャリ通で日頃から吐くほどペダルを踏み抜いてぶち壊した脚は伊達ではなく、スタートダッシュが遅れた割にバトンを渡すのは一番乗りだった。が、最終結果は3位。普通だな!

 ぶち壊れたのがペダルなのか脚なのかは想像に任せる。

 

 

 現在は二年生が学年種目を行っているところだ。これと次の三年の学年種目が終わればいよいよライブだ。

 ステージの設営はとっくに済んでいて、あとは楽器さえ用意すれば誰でもブチかませる状態に仕上がっている。

 

 ドラムやキーボードにマイクなどの設営は、俺からの進言で本人たちが直前に進めることになった。

 ハロハピはそれすらパフォーマンスの一部に変えてしまえるし、パスパレにしてもついこないだお披露目したばっかりな状況だ。そんな中でメンバーがいそいそと楽器持ち出し始めたら面白いでしょ、絶対。

 

 話がずれたが、要するに今となってはライブが終わるまでライブ担当としての仕事はないってことだ。

 委員長の香椎先輩にも「雑用は俺たちに任せて、お前は自分の作り上げたライブを楽しんでこい」って言われて本部を追い出された。それに関しては俺何もしてないんだけどな。

 

 今追い出されても本気でやることがなくて暇だったため、白熱した学年種目を繰り広げる二年生の皆さんを傍目に、俺は設営の済んだライブステージへと足を運んでいるのだった。

 

 

 まだライブまでは時間があり、ステージのそばにはまだ人も疎らにしかいない。

 のだが、ステージの目の前で佇んでいる外部生の人がめちゃめちゃ目立っている。何しろオーラが違うのだから。

 まぁ氷川さんなんですけど。

 

「おや、筑波さん。お疲れ様です」

「お疲れさまです。もうここにいるんですね…他のメンバーは?」

「今井さんと宇田川さんはグラウンドへ学年種目の観戦へ。どうやら知り合いがいるようですね。湊さんと白金さんはあちらに」

「あ、全員来てるんですね」

 

 言われて端っこを見ると、確かに二人が固まって佇んでいた。あの一角だけやっぱりオーラが違っていて、ステージじゃなくてあの二人を遠巻きに眺めている人もいる。

 

 まだ冬服のままだが暑かったのかブレザーを片手に掛けている友希那さんは、ワイシャツに濃い青のプリーツスカート姿。

 燐子さんはすでに夏服へ衣替えしていて、上下一体のワンピースではなくオーソドックスな薄青のセーラー服姿だった。

 

「うわっ、遠巻きに見るとオーラが全然違ぇ」

「ほかの皆さんもそうですが、あのお二方は特にビジュアルが清廉ですし。一人でも十分人目を引くのですから、二人集まれば…何でそこで私の方を見るんですか」

「いや…氷川さんもそうでしょうよ。遠巻きに見てる人いますよ」

「あぁ…。いえ、私のこれは怖がられているだけでしょう」

 

 んなわけあるか、と心の中で呆れる。まだマシになったとはいえ、自己評価が若干ズレているのは相変わらずだ。

 

 さっきから自分のことを棚に上げているが、この人も大概美形。たぶん本人は目つきが悪いからとか何とか思ってそうだが、それすらもスパイスになっているということを彼女はわかってない。

 なんて口に出して言ったら口説いてるみたいだから言わない。

 

「それはあなたも大概よ、紗夜。いい加減自分への評価くらいちゃんと把握してほしいわね…」

「湊さん…。それならあの方は? 目を見開いて硬直していて、いかにも恐れを抱いている表情ではないですか」

「いやあれは恐れっていうか畏れでは」

 

 俺のボヤきに、友希那さんに続いてこちらへ来た燐子さんもうんうんと頷く。

 硬直って言われると何か死んでるみたいで嫌だね。死後硬直。ただあの人は同族の香りがしたし、死んでるって表現もあながち間違いではないかもしれない。

 

「ライブですか? 今日の目玉は」

「そうよ。リサとあこがほかの競技も見たいというから、ついでに早めに乗り込んだだけ。あとはまぁ…あなたも出るでしょうから」

「私もそんなところです。日菜が見に来いと聞かなくて…。栄星にはあなたくらいしか知り合いもいませんし、今井さんたちのように応援する用事は()()()()ないですね」

「私は、えっと…ライブもそうなんだけど。…や、やっぱり何でもないっ」

 

 燐子さんはこちらをチラッと見てから、慌てて言葉を濁す。何よ顔赤くしちゃって。

 燐子さんはわかるが、友希那さんや氷川さんもライブだけ見に来たのかと思った。何しろストイックの鬼とも呼べる二人だし。

 

「まぁライブまではまだ一時間弱あるんで、ゆっくりしていってくださいよ。今日暑いですし、校内も一部開放されてますから日陰で涼んだりとか。ね、友希那さん」

「なっ、何で名指しなのよ」

「まだ冬服ってどう考えても暑いでしょ。友希那さんってたまにズボラなとこありますからまさかとは思いましたけど…」

「むっ…わ、わかってるわよ。でも…夏服を、かなり奥へ仕舞い込んでしまって…場所がわからなくなったのよ」

「要するに面倒なのですね、湊さんは…」

「友希那さん、夏服くらいなら一緒に探してあげますから…。衣替え、しましょう…?」

「わ、わかったから。ジリジリと近寄らないでちょうだい」

 

 じわじわと隅へ追いやられる友希那さん。あの分なら衣替えもすぐ済むだろう。

 それを見届けると、なんとなく友希那さんの頭を一撫でしてからこの場をあとにした。

 

 

「〜〜〜っ! あ、あの男っ…! 昌太!」

「顔真っ赤ですよ」

「うるさい…」

(いいなぁ)

 

 

 ◇◆◇

 

 

 人っ子一人いない校舎内。この棟の一階部分は概ね開放されていて、誰でも入れるようになっている。

 一応一番の奥地にある例の謎スペースにも行くことができるので、休憩がてら足を運んだのだが。

 

 化粧だけを済ませたらしい制服姿の千聖さんが、窓のそばのベンチに座ってすやすやと眠っていた。

 先日と違うのは、立場が逆であること、今が昼前であること、手はコーヒーを持たず上腿で重ねられていることか。

 

 

 このスペースは棟の突き当たり部分にあり、廊下のほかは特に出入り口も存在しない。そして基本的に日はよく差すものの、窓が一辺にしかないためにあまり明るくなく、日中でも明度のコントラストがはっきりしている。

 何が言いたいかというと、写実派の絵画のような光景が今目の前にあるということだ。

 

「…んんぅ。ぁ、いけない…あら、昌太」

「おはようございます、千聖さん」

「えぇ。ふぅ…ここへ来るとどうも眠くなっていけないわね」

 

 俺が端っこで佇んでいると千聖さんが目を覚ました。寝起きにあまり強くないのか、目をくしくしと擦りながら柔和な笑みを浮かべている。

 

「座れば? …ちょうどこの前と逆ね」

「ちょうど俺も同じこと考えてましたよ。スヤスヤと寝てるとこまできれいに反対だなと」

「私のあなたへの態度も…かしらね? ふふ」

 

 ライブ前のLIGNEや昨日の通話ではああだったが、最近の千聖さんは一気に距離が近くなったというか、険悪だったのが嘘のように態度が軟化した。

 ぶっちゃけ俺としてはあまりの変化にやりづらさが先行している。

 

「実はね、あれから花音に怒られちゃったのよ」

「え? でもそんな素振りは…」

「そりゃあなたの前では慎んでるわよ、花音()ね。それで、そのときは私が誰にもあなたとのことを話さなかったせいで『そんなに私が信用できないんだ〜…』って痛いところをちくちく突いてきたのよ。あんまり花音らしくないやり口で本当に困ったわ…」

「でも花音さんって元来のおっとりさに見合わない一面ありますよね」

 

 『千聖ちゃんってすごく不器用なんだよ』って言われたときとかな。普段は変な道通ってふえぇって言ってるのに、一体その内に何を飼っているのやら。

 意外と千聖さん以上に底の見えない人かもしれない。

 

「そうね…あの強かさには私も何度も──と、この話は湿っぽくなってしまうわね。要するに、その…いつも通りでいいのよ。私に対しては」

「は!?」

「わからないとでも? あなたって結構隠すの下手くそよね。お人好しでバカ正直で…前も言ったけどそのうち悪い人に引っかかりそうで心配だわ」

「は…へ、へへへ…人を見る目はあるんで大丈夫ですよハハハ…」

「その目がなかったらとっくに死んでるわよ」

 

 えっ、俺ってそんなに弱い存在なの? 社会に放り出したらすぐ死ぬくらいのお人好しに思われてんの俺!?

 社会的地位アリと同等くらいじゃん…と思いながらちらと右に視線をずらすと、頬を紅潮させながら頬杖をついてジト目でこちらを見つめる千聖さんが目に──入ったと思ったらそっぽを向かれた。

 

「私だって慎むの大変なのにこの男は…」

「え?」

「な、何でもないわよ」

 

 何かを振り払うようにスクッと立ち上がると、そのままずんずんと廊下へ歩み行ってしまう。

 と、ふと立ち止まり。

 

「…このあとのライブ」

「はい?」

「ちゃんと見てなさいよ。見逃したら承知しないから」

「もちろん」

 

 当たり前だと返すと、ひとつ頷いてそのまま去っていった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「ふえぇ…」

「…」

 

 さっきはあれだけ感心してたのにこの人は…!

 千聖さんが去ってからしばらくして俺も校舎を脱出し、ライブが三十分後に迫った今もなお徘徊を続けていたのだが。

 

「あっ、昌太くん! 助けて〜!」

「なんで駐車場にいるんすか…。しかもここ栄星の端も端なのに…」

 

 俺が徘徊してなかったらこの人どうなってたんだ。

 特に意味もなく、本当にたまたまこのクソ端にある駐車場までわざわざ足を運んでみると、特有の鳴き声を上げながら半泣きの花音さん。

 

 ここは教職員向けの駐車場であり、こんな昼間に車で出入りする人はいない。つまり今のここは全く人気がなく、体育祭真っ只中のグラウンドと比べると不気味なまでに静かなのだ。

 そのせいで心細かったのか知らないが、俺を見てガチ泣きしそうになっている。

 

「ふえぇ〜ん!」

「あ〜泣かないで泣かないで。もう大丈夫ですよ〜」

 

 というかガチ泣きしてしまった。

 はるか昔に沙綾の妹の沙南をあやしていたときを思い出しながら、めちゃくちゃしがみついてくる花音さんを撫でる。元気かな、純と沙南。

 

 普段はこうやって、なんか守りたくなるようなほわほわした空気感なのに、ふとした瞬間に小悪魔っぽい表情で囁いてきたり、痛いところをちくちくとつっつきながらぷくーっと頬を膨らませたり。

 あと普通にここぞというときの肝が据わっている。あれ、花音さんがよくわからなくなってきたぞ。

 

「ふぇ…もっと撫でてぇ…」

「はいはい…。そろそろステージ行くんですよね?」

「うん。本当はもっと早めに行きたかったんだけど、歩けど歩けどステージから遠ざかってる気がしたし、最終的にはこんな誰もいないところに…。ぐすっ」

 

 よほど堪えたらしい。

 まあ無理もないだろう。ここは人も来ないくせに道路からも微妙に離れていて、ノイズの一つも聞こえてこないのだ。

 キーン、というどこから聞こえてくるのかもわからん謎の音が響くのみである。夜に来たら本当になんか出るんじゃないかと思う。

 

 こういう臆病なとことか寂しがりやなとことかが守りたくなる一因なんだろうな。

 とか考えながらずっと撫で続けているが、逆にぴえ〜とさらに泣き出してしまう。逆効果じゃねえか!

 仕方ないので空いていた左腕で花音さんを抱きしめると、やがて落ち着いたのか泣き止んだ。

 

「あったかい。えへ、また助けられちゃったな」

「…何か、花音さんってほっとけないですよね」

「え? そ、そうかな?」

「あぁいや、見てられないとかそういうわけではなくて。なんというか、守ってあげたくなるというか。庇護欲がそそられる」

「守…そ、そうなんだ…。えへ」

 

 ニヘラと嬉しそうである。

 …これって遠回しに危なっかしいって言ってるようなもんでは? いや俺にそんなつもりはなかったし、花音さんもそう捉えてはなさそうだし…いいか別に。

 

「じゃあ早いとこ行きましょ。ライブ始まっちゃいますよ」

「う、うんっ!」

 

 このまま後ろを追従してもらってもはぐれるので、花音さんの手を引いてステージへ向かう。

 彼女は何やら感触を確かめるように手を握り直し、やはりどこか嬉しそうにしていたのだった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 さて、ライブ五分前である。

 香椎先輩に本部を追い出されてからなんか色々あった気がするが、これでも一時間前後しか経っていない。

 

 花音さんをちゃんとハロハピに合流させると、俺は実行委員の権限を使うわけでもなく観客席の後ろに立つ。

 別に実行委員なんだから舞台袖にいても文句は言われないだろうが、最後尾でもちゃんと観客席から見たかった。

 

「ここでいいの? 昌は」

「ん? まあ舞台袖でもいいんだがな。やっぱりライブはここから見てこそだろ」

「ふっ、言えてる」

「蘭こそここでいいのか? ほかのみんなもいるんだろ」

「うん、ひまりと巴は真っ先に前の方に行ったよ。つぐみとモカは…どこだろう」

「別行動でもしてたのか?」

「そ、みんな見たいものがあったらしいから」

 

 腕を組んで真っ直ぐ前を見据える蘭。友希那さんといい蘭といい、音楽に対して貪欲なのは実に似ている。

 蘭たちも来ているということは、俺がしれっと声をかけたみんなが来ているということ。やはりこのライブは皆の興味を大いに煽るものだったようだ。

 

「忙しかったのはわかるけど、たまにはつぐのとこにも顔出してあげなよ。この間すごい寂しがってたんだから」

「え? マジ? そりゃ悪いことしたな…なら今度行くか」

「おやおや〜? それは蘭自身のことなのでは〜?」

「え、ちょ…モカ!?」

 

 知らぬ間に俺の後ろを陣取っていたモカが、背中からひょっこりと顔を出してニヤニヤと蘭をイジる。

 ワーワーともみくちゃになる二人を尻目にステージに目を戻すと、すでにライブの下準備は盤石となり、今にも始まらんとしていた。

 

 二人がそれに気づかないようなので、もう始まるぞと言いながらモカの腕を引っ張り寄せると、なおさらモカのしたり顔と蘭のしかめっ面が深まった。なんで?

 

 

 先鋒はハロハピだ。練習でもそうだったが、彼女らの爆発力はハコを盛り上げ温めるのに最適なのだ。

 めちゃくちゃアドリブが多くて毎回どうなるかよくわからんけど、まあ…大丈夫だろ!

 

 と、思っていたんだが…。

 

「昌…これは?」

「…コッペパン」

「しかもこれは上質な米粉パンですな〜。ほんのりと香る甘みともちもち食感が美味なり〜」

「なっ…何これっ!? 訳わかんないでしょ!?」

「う〜ん、どうしてこうなった」

 

 ハロハピのライブが始まるや否や、ステージの方から何かが大量に射出された。俺の顔面に降ってきたそれを剥ぎ取って見ると、個別に包装された米粉パンだった。

 いや意味わかんねえよ! 普段の練習でもここまでじゃなかっただろ! というか片付けどーすんだよ、全部俺たちがやんのか!?

 

 しかしあまりに荒唐無稽だったそれも、最終的にはすべてが場の盛り上がりに変換され、一曲終わってみれば知らないうちにみな盛り上がっていた。

 

「まさか、あれをばら撒いたのも手始めに注目を引くため…?」

「いやあれなんも考えてないと思う。参考になんかしちゃだめよ蘭ちゃん」

「むぐむぐ〜」

「モカお前まだ食ってんの?」

 

 このハロハピのことをバンドではなくパフォーマンス集団と形容したほうが相応しいと言ったのは覚えているだろうか。

 その例えはこのように音楽の枠組みを外れた演出で観客を楽しませる姿勢から来ている。お嬢の尋常じゃない身体能力でステージをバク転や三重飛びしながら駆けずり回ったり、さっきみたいにパンを射出してみたり。

 

 むろん音楽もおざなりになるわけでもなく、むしろそれとサーカスじみたパフォーマンスが融合した未知のバンドこそが、彼女ら『ハロー、ハッピーワールド!』なのだ。

 

「訳わからないけど、なんか心惹かれるのがわかる…。全く参考にはならないけど」

「バンドっていう枠にとらわれないライブづくりは、確かに俺としても眼を見張るものがあると思ってる。参考にはならないけど」

「確かにそうだね〜。参考にはならないけど〜」

 

 そして、ハロハピの出番もいよいよラスト。

 見事場を盛り上げてくれた彼女らは、思惑通りライブを温めるのに大いに貢献してくれたのだった。

 ハロハピが舞台袖に引いていくと、間を開けずに彩さんがステージに出てきた。

 

『みんな、盛り上がってるー!?』

 

 彩さんのその問いに、観客は耳を劈くほどの歓声で応えた。

 

『次は私たち、Pastel✽Palettesの番ですっ! 今回は先日お披露目したバンドとしての私たちが、皆さんを夢の世界へ招待します! 置いていかれないように、ね?』

 

 言うや否や俺と目を合わせて、ウインクを飛ばしてきた──ように見えた。

 え、何? めっちゃ可愛い…痛ぇ! 腕つねるな蘭!

 勘違いなのか何なのかはさておき、これにも観客が大きな歓声を上げた。普段のあがりっぷりが嘘のように、今の彼女はアイドルだった。

 

 その後千聖さんにも同じようにウインクされ、再び蘭とモカに抓られながらもライブは大成功のうちに幕を下ろしたのだった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「お疲れさまですショーさん! 最後のリレー、すごくかっこよかったですよ!」

「よせやい照れるだろ」

 

 とか言ってるが、俺は昨日の鳰原さんの身体能力バケモン説忘れてねえからな。息一つ上がってないのはどうかしてるって。

 今は栄星の校門。すべてのタイムテーブルが終了し撤収もひととおり済んだので、ここで鳰原さんと落ち合って東京駅へ向かうことにしたのだ。

 

 しばらく校門で突っ立ってかのライブの感想を語り合っていると、道路に沿ってこちらへ歩いてくる見覚えのある姿が見えた。

 

「沙綾。今帰り?」

「うん、あっちのコンビニ寄ってから帰ってるとこ。…見ない子だね?」

 

 ジトッと半目で鳰原さんの方へ視線をスライドさせる沙綾。見ない顔なのは当然だろう、ちゃんと知り合ったのは昨日なのだから。

 …しかしそうなると初対面はいつになるんだ? 一応もっと前からお互い認識はしてたんだが。

 

「えっと、鳰原令王那です。ショー…筑波さんとは…何でしょう? 友人?」

「…同士? まあ友人でいいんじゃない?」

「…ということです。よろしくお願いします」

「えっ? えー…山吹沙綾です。どういうこと?」

「パスパレ繋がりで知り合ったからな…言葉にしようと思うとちょいむずい」

 

 幼馴染さんは依然難しげな表情を崩さないまま、何故か鼻をスンスンと鳴らす。

 スン、と真顔になった。そのまま聞いたことのない平坦な声で俺に問う。

 

「…昌太。今日これから予定は?」

「東京駅に行ってしばらくぶらついて、それから帰りかな」

「そう。それならこっち戻ってきてからでいいから、私の店来て」

「え? 遅くなるかもしれんけ」

「いいから」

「…お、おう? わかった」

 

 それだけ聞いて、ツカツカと沙綾は帰っていった。

 …何だ? あんな沙綾は初めてだ。怒ったときだってあんな感じではない。鳰原さんがいるのも忘れてしばらく茫然としてしまった。

 

「…あの、ショーさん? 大丈夫ですか? 山吹さん」

「沙綾とは長い付き合いだが、それでも今のは初めてだ。…とっとと行ったほうがいいなあれは」

「そう、ですよね。私もそう思います。…こんな時にまで付き合わせてしまって申し訳ないです」

「約束したことだしな。今更一人で行かせるのも気が引けるだろ」

 

 ひとまず鳰原さんと俺は早いところ東京駅へ向かい、彼女の財布を回収した後に別れることとなった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 何で私はあの場を逃げるように後にしてしまったのだろう。

 校門で昌太と話していた女の子。…鳰原さん、と言ったか。綺麗な黒髪をツインテールにまとめた、可愛らしい女の子だった。

 

 何故か彼の周りには女の子が多い。もちろんそれに思うところがないわけではないけど、それでもその女の子たちはみんな私も知っている人だったから、心は穏やかだった。

 

 でも鳰原さんは私も知らない、彼の新たな女の子の知り合い。そんな子に私は大きく乱されてしまったのだ。

 ──彼女から、彼と()()()()がしたのだ。シャンプーかはわからないが、芳しいそれ。このことが指し示すのは即ち…。

 

 こういうときばっかりすぐ解答にたどり着いてしまうのはなぜなのだろう。すぐにその意味を理解してしまって、昌太にも雑な態度を取ってしまった。

 

 

 なぜか、今の私はどうしようもなく焦っている。何に対してなのかはわからない。そして胸を覆い尽くす寂寥感。

 今日はすでに閉められた店内のカウンターでぼんやりと佇む。こんなにわけのわからない感情でぐちゃぐちゃになるのは初めてで、自分自身戸惑いを覚えている。

 

 彼が絶対来てくれるのはわかっているはずなのに、えも言われぬ焦燥感に胸が痛む。目の前の世界を覆い尽くす茜色に、ツーッと涙が流れているのすら気づかなかった。

 

「すまん沙綾。待たせた」

「…っ! 昌太…」

「ん? えっ何で泣いてるんだ!? 大丈夫か!?」

 

 前触れもなく開け放たれた扉に胸が跳ねて、それから寂寥感は…温かい何かに変わったような気がした。

 あんなにぶっきらぼうに言ってしまったのに変わらず私を心配してくれて本当に…そっか、今私うれしいんだ。

 

「昌太。…鳰原さんと昨晩、何したの?」

「…っ!? ど、どういう」

「誤魔化さなくていいよ。もうわかってるから。匂いで」

 

 匂いと聞いて得心が行ったのか、少しだけ彼は目を見開いた。

 どうせ彼のことだから…と思いつつ、ちりと心は痛む。

 

「…鳰原さんが財布を落として帰れなくなったから、俺の家に匿っただけだ。彼女の家が遠くてとても帰れる状況じゃなかったしな」

「それだけ?」

「あぁ、誓ってそれだけだ」

 

 すると、やっぱり私の心がひどく休まる感じがする。…鳰原さんと何かあったら何なの? そもそも何で私は匂いを察しただけでこんなに…。

 未だぐちゃぐちゃの頭とは裏腹に、口は勝手に言葉を紡ぐ。

 

「ねぇ、昌太。今の私ね、すごいぐちゃぐちゃなの」

「ぐちゃぐちゃ…?」

「そう。…昌太のせいなんだよ」

 

 自分の口が勝手に紡いだその言葉は、妙に心にストンと落ちる。

 カウンターから出て、仁王立ちする彼の元へ歩み寄る。お互いの身体が当たりそうだ。彼の背は高いから、自然と私が上を見上げる形になった。

 あれだけぐちゃぐちゃだった頭は、おかしなくらい鮮明に自らの思いを紐解いていく。

 

 彼の匂いに包まれて、爆発しそうなくらいドキドキしてる。顔に熱が帯びていく。それなのにすごく安心しているのもわかる。さっきはあれだけ──

 

 ──そうか。私、嫉妬してたんだ。

 彼と一番長い付き合いのはずの私じゃなくて、まだ関係の浅い彼女に取られちゃうんじゃないかって。

 

「でも、不思議なの。今の私、すごく安心してる」

「…沙綾」

「ふふっ。ね、ちょっと腰落としてくれる?」

 

 これは、私をぐちゃぐちゃにしてくれた朴念仁への罰だ。今度は君がぐちゃぐちゃになっちゃえ。

 なんてささやかな仕返しとともに、素直に腰を落としてくれた君の頬にキスをした。

 

 

 私、君が好きみたいだ。

 

 

 




 
 これで本当に終わりです。意地でも一話で章を終わらせようと思ったら一万二千字。
 最近沙綾がヒロインでめっちゃ可愛いSS作品が増えてて(体感)、僕はすごく嬉しい。推しは沙綾と丸山です。
 
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