妖蟲奇譚   作:ふーま

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妖蟲奇譚

この世界には、蟲がいる。

それは普通の、昆虫図鑑に載っている虫とは違う。

もちろん、森の奥底や秘境でまだ誰も名前をつけていないような新種、という意味ではない。

その蟲にも二種類あり、誰でも見えるものと、ほとんどの人には見えないものがいる。

前者は我々のような魔術師に飼われ、改良され、使役されるおぞましい蟲共のことだ。

魔術師によって秘匿されているとはいえ所詮生き物であるから目の前に出てくれば当然見える。

だが後者は魔術師にすら見ることはできない。

けれど儂には、我が一族の誰も見えなかった、その“蟲”が見えた。

 

 

 

儂が初めてその“蟲”を見たのはいつのことだったかは思い出せない。

年老いて耄碌したからではない。

あの当時、儂が子供だった頃は今と違って外は虫だらけだったし、家では魔術師として使い魔の蟲達の相手をしていたのだから、それらと“蟲”との区別がつかなかったというそれだけの話だ。

蟲を扱う魔術師の家系の為か、我が一族は、というより祖父や父は狩猟などより虫取りを好んだ。

元より日陰者の魔術師の身と開き直り、魔術を使って色褪せぬ見事な標本をいくつも作っていた。

儂もそれに影響されて、外では虫を取って遊ぶことが多かった。

儂が名を上げるまでは無名で細々とした魔術師の家系だったから、のんびりとしたものだった。

共に作った標本のいくつかは、この国にまで持ってきて、今なお儂の部屋に飾られている。

そして家では魔術師として毎晩蟲蔵に放り込まれて蟲共の相手をさせられた。

肉体的には確かに苦痛ではあったのだが、精神は穏やかなものだった。

父達はそんな儂を見て、後継者として褒め称えた。

何故そんなに褒められるのか、うれしくはあったが不思議だった。

魔術師としてというより、当時の風習として家長に異を唱えるなどはできなかったのだが、儂がもう少し純粋な子供だったのなら、

 

「お父様も、お爺様も、魔術を知らない皆だって“蟲”を体の中に飼っているのに、外にいる蟲の相手ができるくらいでそんなに褒めてくれるの?」

 

と、鼻腔や眼窩に口などありとあらゆる穴から “蟲”を出している父親に聞いていただろう。

 

 

 

それらの“蟲”は時も場所の季節も選ばず、どこにでもいた。

数はそれほどいなかったが、時には同じ種類のものが群れを成して飛んでいることがあった。

それらは自然の場所にはあまりおらず、家や路地などの人のいる場所や墓地、または魔術師の家に数多くの姿を見るのだった。

けれど子供の頃の儂はそれが特別な物だとは思わなかった。

確かに普通の昆虫とは例外なくどこか歪な形態だったり、赤一色のものもいたりと違うところはあったのだが、儂らが使う蟲達に比べるとまだ普通の形をしていたからだ。

淫虫や刻印虫などに比べると、それらの“蟲”は蝶や蛾、甲虫や蝿に近かった。

魔術師の家や墓場、人のいる場所に多くいるのも、誰かの使い魔だからだろうと思っていた。

あの当時、今では中世と呼ばれる時代においてはろくな生態学などなかったし、魔術の秘匿もそれほど徹底されてはいなかったから仕方のないことである。

だが、次第にそれが虫でも蟲とも違うことが分かってきた。

どうも儂以外の誰にもその“蟲”が見えないらしいのだ。

近所の虫嫌いの女の子が、赤ん坊ほどもある巨大な“蛾”を頭に止めても平然としていたし、魔術師である父親ですら、蟲蔵にいる“蟲”達の世話をしていないことにも気づいた。

魔術師としての基礎が固まり、扱う蟲達についての詳しい講義を受けた際も、書物を読む許可を受けて書棚を漁った際も、その“蟲”達については何もなかったことで、それは確信へと変わった。

 

 

 

儂は、魔術師としての探究心で、その“蟲”について調べ始めた。

ただし極めて慎重にだ。

異端者である魔術師の中でも異端者になってしまえば、もはやどこにも行き場はなくなってしまうからだった。

始めに儂は虫についての伝承から調べた。

象徴といったものも魔術においては重要なものであるから、蟲使いが虫について学ぶのも自然に写っただろう。

調べていく中で、昔はかなりの広範な地域で、蝶は『死者の魂の化身』だと考えられていたことがわかった。

ギリシア語の「プシュケ」という単語は蝶と魂両方の意味を持つという。

また教会の絵画でも、神がアダムに吹き込む魂に蝶の翅がついていた。

あの“蟲”は、人の魂ではないか、かつて儂と同じ力を持つ者たちがその表現を残したのではないか。

その仮説は、祖父と父の死をもって確信へと変わった。

流行病だった。

当時は大した魔術師の家系ではなかったため癒しも成功せず、二人は死んでしまった。

悲しみながらも、儂はその死体を興味深く見つめていた。

見守る中、二人の口がもぞもぞと動き、開いていった口から大きな“羽虫”が、羽化するように這い出してきた。

その羽虫は長い脚をもぞもぞと動かして外に出ると、その翅を伸ばし、儂の方を一目見ると、ぱっ、と空へと飛び立った。

そして次から次へと出てきては飛び立っていく。

窓へと追いかけると、そこには、他の家や道端の死体から舞い上がる無数の“蟲”達が踊っていた。

それはまるで蟻が交尾するときのあの狂乱に似て、それを遥かに上回る大きさと種類と数のその景色はまさに圧巻だった。

ことここに至り、儂は“蟲”が魂だと確信したのだ。

 

 

 

やがて家族を失った儂は街へと出て著名な魔術師の元へと弟子入りした。

“蟲”への観察は続けていた。

赤い“蟲”は未練を表すこと。

家族を失った人についていたり、魔術師の生贄にされた人の“蟲”がその家に張り付いていたりする。

“蟲”は感情に左右されること。

感情が沈めば“蟲”も引っ込み、高ぶればあちこちから顔を覗かせて蠢く。

その動きを見ることで儂の占いや探知の能力は底上げされた。

“蟲”を喰らえること。

“蟲”は一人に何匹もいるため、その一部を奪ったところで生命に支障はない。

“蟲”取りの効果をつけた吸収の魔術はより効率を高めた。

そしてそれらの経験を蟲の改良などに用い、魔術を高め続けた。

いつしか儂は名を上げ、名門マキリの初代当主となっていた。

 

 

 

在る時、魂を物質化するという第三魔法について知った。

元より“蟲”という物質として視ている儂であっても、魂の次元を上げて高次元の存在へと到るその術に惹かれた。

儂には“蟲”が視える、それを発展させればと、探求に取り組んだ。

そして当主になって数十年、体も年老いた。

だが、探求への道は遠かった。

そして死が恐ろしかった。

積み上げたことがなくなってしまうのが、儂亡き後の一族がどうなるのかが怖かった。

教会のいう天国も、“蟲”の見える儂には意味のないものだ。

死ねば世界へ散ってしまう。

自分という者が自分でなくなってしまう、追い求めたものの結末を知ることができなくなってしまう。

“蟲”に嫌悪はないがまだ人間でいたかった。

そして、はた、と気づいたのだ。

人間は、“蟲”が詰まった蟲袋である、ならば、肉を蟲で作ればどうだろうか、と。

“蟲”と蟲は違うが、魔術的な概念でいえば馴染むはずである。

これまでの第三魔法の探求からも可能なはずだ、と。

そして儂は、生き延びる為にそれを行った。

肉体を捨て、自らの“蟲”が逃げないように翅を奪い、蟲で作った体に押し込んだ。

上手くいった。

蟲の原料は他の人間の肉を使った。

そうでなければ儂の人間としての肉体を形作れない。

何、儂は窮屈な蟲袋から“蟲”を開放させてやっただけだ。

“蟲”へは傷一つつけてはいないのだから。

 

 

 

そうして儂は生き続けてきた。

ただ、儂がそれを求めたのは、道具である蟲でも、世界を舞う“蟲”でもなく、父と作った虫の標本の、永遠に残る美しさに憧れたのが全ての始まりだったのだろう。

そう、だからあの時ユスティーツアの提案に…

――――――

―――――

――――

 

「お爺様」

 

桜の声が聞こえる。

どうやら、眠っていたらしい。

懐かしい夢を見ていた。

まだ、ちゃんとマキリ・ゾォルケンとしての“設計図”を持った肉体があったときのことだ。

もう、あれから500年程にもなるのか。

魂同様、体も蟲へと変貌させ、蟲を換え続けることで生き続けてきた。

腐っていく魂からは失われてしまったかもしれないと思っていた、若い日の記憶。

懐かしい。

だが、最後に思い出そうとしたことは何だったのか。

大切なものだった気がするのだが・・・

 

「あの・・・おじい様?」

 

む、思考に浸かっていたせいで桜を無視してしまった。

不安げに桜が声を掛けてきている。

衛宮の小僧の監視についてだろうな。

わざわざ蟲蔵まで儂を訪ねてくるとなるとあの小僧絡みでしか思いつかない。

桜をマスターとして使うと決めた今、聖杯戦争が終わるまでの間あの家に行くのを止められないか不安なのであろう。

 

「何じゃ、桜よ」

 

「あの・・・私、もう先輩の家に行ってはいけないのでしょうか」

 

桜がおどおどと声を掛けてくる。

内容は想定していた通りであり、儂は別にその方針については何も言ってはいないのだが、概ね慎二の奴が何か言ったに違いない。

我が教育の成果とはいえ、引っ込み思案のせいで“蟲”まで引っ込んでその綺麗な顔が丸見えである。

“蟲”のせいで美人であっても生の顔をまともに見られない儂にとっては眼福だ。

写真なんて便利なもの昔はなかったのだからな。

若い時に魔術でそれらしきものを開発しておくのだったと今になって悔やまれる。

マキリの拷問のような魔術継承や教育によって苦痛を与えるのも楽しいが、そうやって心を閉ざした娘の“蟲”が引っ込んだ顔を愛でるのもまた乙なものだ。

まあ、桜が最も美しいのはそこではない。

さて、この顔を見るのもよいがそろそろやるとするか。

このままでは桜も可哀想だ。

全く、これを教えてくれた衛宮の小僧には感謝せねばなるまい。

では、魔法の言葉を言うとするかの。

 

「構わんよ、監視は続いておるし急に変わったら逆に怪しまれよう。

 令呪は慎二に移してあるのだし、相手を欺く絶好のチャンスをみすみす逃す手はあるまい」

 

「はい、わかりました」

 

それ、急に顔が明るくなったわ。

言葉こそそっけないが魂が飛び出るがごとく喜んでおる。

というより実際“蝶”が飛び出て踊っておる。

美しい、まさに満開の桜よ。

ひらひら、ひらひらと桜色に輝いておる。

高揚した“蝶”共は顔の穴をふさぐこともなく舞い踊る。

桜の素顔の微笑みと桜色の“蝶”の共演はこれまで生きてきて一番のものだ。

全く、羨ましいぞ衛宮士郎。

魂が飛んでいかんとするほどに女に想われるというのはな。

 

 

 

ひとしきりそれを堪能し、蟲蔵に闇が戻った。

元よりここは闇の中。

照らすのは蟲と“蟲”の光。

この蟲蔵を明るく照らすのは、桜の“蝶”ぐらいなものだ。

それを共に見られるような人間には、残念ながらついぞ巡り合わなかったのだが。

それにしても慎二の奴はまた余計なことをしているらしい。

あの“蛆虫”めが。

自分を特別だと勝手に思い込み、見下していた妹が自分より上だったことで勝手に劣等感に支配されている愚か者。

力にのみこだわって魔術師のもう一つの本分たる探求へは手を出そうともしない。

例え自身に力がなくとも、500年蓄えた資料とこの儂、そして桜がいれば並みの魔術師以上の成果が得られように。

マキリ500年の中でも才能がないだけではなくあそこまで劣った人間はいなかった。

空を飛ぶ翅を持っているのが普通の“蟲”ですら、地を這う“蛆虫”という体たらくだ。

うぞうぞ、うぞうぞとその体中を這いずり回り、嫉妬のあまり桜にたかろうとする。

ああ見苦しい、その見苦しさこそ愉悦とする儂でなければ当に切り捨てていただろう。

だがまあ、蛆虫も羽化すれば蝿になる。

アイルランドの伝承で語られる蝿の象徴は探求、蝶と共に語られる虫。

そして蝿の王に繋がる存在。

そうなれば魔術師としてもそれなりにはなるであろう。

この聖杯戦争では、その期待を込めて最後のチャンスを与えてやろう。

 

 

 

 

 

さて、聖杯戦争の直前にあそこまで昔のことを思い出したのだ。

せっかくだから回想を続けよう。

劣化する為、肉体は換えねばならん。

記憶もまた、劣化する前に回想し刻みこんでおかなければ、いざ不老不死を得た時に寂しいだろう。

 

 

 

永遠が欲しかった。

人の魂たる“蟲”を基に蟲を使役して得る不死の術。

“蟲”が見える蟲使いにしか、儂にしかできるもののいないその魔術。

寿命を迎えて世界へ飛び立とうとする儂の“蟲”が逃げないよう羽根をもぎ、蟲で作った体に押し込めた。

肉が持たなくなったら蟲に人を喰わせて肉を集めて、古い体と取り替えた。

だがそれだけでは足りなかった。

無理に変質させた魂は100年、200年と経つ中で腐り始め、肉体もそれに引きずられて生きながら腐れていった。

それは耐えようのない苦痛だった。

そんな不完全な不死ではなく、完全なる永遠が欲しかった。

そのためには腐っていく魂を修復し、維持するだけの力が必要だった。

そんな折のこと、儂が生を受けて300年経った頃だったか、遠坂とアインツベルンが聖杯召喚の儀式を持ちかけてきたのは。

求め続けた魂を物質化する第三魔法の再現。

何か崇高なお題目があり、それに向けて理想に燃えていたような気もするが思い出せない。

結果として大聖杯の取り合いから殺し合いになり誰も聖杯を手に入れることはできなかったのだから、人一人の欲望に飲まれる程度の大したものではなかったのだろう。

そこでその一人を円滑に決めるシステムとして聖杯戦争と呼ばれる7人のマスターによる殺し合いが儀式に組み込まれたのだが、結果としてマキリは聖杯を逃し続けた。

この地に間桐と名を変えて定着し、地の利を得んとしたが、合わない土地は衰退を早めるばかりであった。

そして4度の聖杯戦争全てで、間桐は破れた。

確かに悔しい、だが、勝算のできた今となっては、これまでの聖杯戦争は良い娯楽だったとも思える。

未練の赤い“蝶”を大量に引きつれて死の匂いを漂わせるマスターとサーヴァント。

倒されて“蟲”の花火となって聖杯へ吸い込まれていくサーヴァント達。

サーヴァントに“蟲”を吸われて死んでいく人間達。

蟲に体も“蟲”も食い荒らされてなお足掻いていた雁夜。

彼らの悲劇も、“蟲”達の狂宴も最高の見物だった。

それに5年前、あの衛宮切継が死ぬところも使い魔で見ていたがあの最期も風情があった。

聖杯の泥に引かれた“蟲”共にびっしりとたかられた奴がついに力尽き、その心の深遠より樹液のごとく湧き出していた呪いが解かれて集っていた“蟲”が飛び去った。

その後に奴自身の魂である“蝶”が出てきたのだが、それは赤い色をしていなかった。

その“蝶”は息子の周りを優しく回ると、北のほうへ向けて飛んでいったのだったな。

あのような末路を迎えてなお、未練なく逝けることに少々感動すら覚えた。

ああ、今回の聖杯戦争では何が見れるだろうか。

あの小僧は切継、桜に続いてまた何か面白いものを見せてくれるだろうか。

そして最後には儂の手に聖杯をつかめるだろうか。

 

 

 

 

 

痛い、痛い、体が腐る。

死にたくない、死にたくない。

聖杯戦争まであと少しだ、アインツベルンはサーヴァントを呼び出したと聞く。

死にたくない、死にたくない。

儂の思いに惹かれてか、ここで死んでいった人間達の無念からか、この蟲蔵は赤い“蟲”で一杯だ。

蟲とともに赤い“蟲”を喰らう。

心地よい、この未練が儂の力となる。

死にたくない、死にたくない。

条件は整った。

我が願望の成就は、聖杯まではもう少しだ。

永遠を掴むのは、この儂だ。

 

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