妖蟲奇譚   作:ふーま

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永遠を求めた者たち

「くそっ、衛宮の奴め。

 僕の気遣いを無下にしやがって」

 

間桐慎二は苛立っていた。

衛宮士郎を家に招いて同盟を持ちかけたのだが、あえなく断られたためだ。

あの出来損ないのマスターなら昔馴染みの僕の提案を受けるはずだと信じていたのに、まさか断るとは思ってもみなかった。

 

「お前がそのつもりなら、こっちもやってやる」

 

そして慎二は祖父、間桐臓硯の書斎をあさっていた。

衛宮と遠坂を相手にするには、偽臣の書のようにそれだけで力を持つ魔道書が必要だった。

本棚を見ていると、分厚い魔道書のあいだにひっそりと一冊の小冊子が紛れていることに気づいた。

 

「奈良梨取考……著者は大迫栄一郎、か。

 なんだってこんな魔道書っぽくないものがあるんだ?」

 

なんとなく気になったので手を伸ばしてその本を引き抜く。

小さい割に良い装丁がされており、滑らかな白革が張られ、墨痕鮮やかに題名が書かれていた。

手に触れた表紙の革が、まるで人間の肌のような手触りだった。

冷たい、死体の肌のような感覚に、嫌悪感と、そしてそこに秘められる力への期待がわいた。

案外掘り出し物かもしれないと、そのページをめくろうとする。

 

「なにをしておる」

 

突如後ろから響いた声に、慎二はぎょっ、としてその本を取り落とす。

そして冷や汗を浮かべながら後ろを振り向いた。

 

「おじい様、いえ、聖杯戦争に使えそうな魔道書を探してまして」

 

「ここにあるものはお前の手に負えるものではない、とっとと去れ。

 もし勝ち残ることができたらその後で手ほどきしてくれる。

 それまで二度とこの部屋には入るでない」

 

じろり、と濁った目でにらみつけられ、慎二は顔に浮かんでいた怒りを噛み殺した。

 

「わかりました、おじい様」

 

そして、部屋を出て行った。

その後ろ姿をじとりとした目で見送ると、臓硯は安心したようにため息をついた。

 

「危ないところじゃった。

 慎二の魔術耐性では本を開けば死んでいただろうしの。

 こんなことで失うなどもったいないし、これで兄が死ねば桜まで危うくなるしな」

 

そして、慎二が落としていった本に目を移す。

奈良梨取考、分厚い外国の魔道書が並ぶ書斎には似つかない日本語の小冊子だ。

だがそれは生命の危険という意味でその他の魔道書を上回るものだった。

それは、かつて間桐臓硯が知り合った魔術師の死後送られてきたものだった。

 

「臓硯よ、私も永遠に生きることにしたぞ」

 

最後に会った時その男はそう言っていた。

 

「どうするつもりだ、魔津方よ。

 お前の魔術は吸収でも蟲でもないはず。

 儂と同じ手は使えん、死徒化でもするつもりか?」

 

臓硯の疑問に、その男、小崎魔津方は答えた。

 

「死徒化など、私が私でなくなる危険を犯すうえ、不死身にはほど遠い。

 それにそちらには疎くてな、ネロのようにはいかんよ。

 お前と違って私はまだ生身だからな、死徒の研究も聖杯戦争への参加も寿命が持たん。

 私はな、永遠の過程こそが願望なのだ。

 それこそが学問の本質、それ以外は私にとっては必要ではない。

 古き、忌まわしき禁断の魔道書より私はその手段を手に入れた。

 きっと貴方より上手くやってみせようぞ」

 

得意げに言う魔津方に、臓硯は不機嫌そうにふん、と鼻を鳴らした。

 

「やってみろ、そう上手くはいかぬだろうがな」

 

その言葉には答えず、魔津方は去っていった。

それからしばらくしてのことだった、魔津方が首を吊って自殺したのは。

 

「死と共に人が消滅するならその存在に何の意味がある?

 私という人間の意思が消えれば、私の記憶も、私の遺した物も、私の墓石でさえもいずれは朽ちてなくなるのだぞ?

 私は消滅したくない、死を憎んで何が悪い」

 

そう言っていたあの男のことだから多少は期待していたのだが、それが自殺したのでは話にならぬ。

興ざめだった。

そして忘れたころに、その本が届いたのだ。

それは、何の変哲もない本にも見えたが、解析をかければ禍々しい魔力に満ちていた。

慎重に調べたところ、その本は蘇りの魔術儀式そのものだった。

魔津方は死んでいたが、消滅してはいなかったのだ。

奈良梨取り、この国に伝わる昔話になぞらえ、自らを梨の実として末の子に収穫させる。

この本は上の兄弟を失った末の子に取り憑き乗っ取るというものだった。

それゆえ読んだのが上の兄弟であれば問答無用で首吊り自殺に追い込む。

慎二を止めたのもそのためだ。

自ら人間をやめ、他人の体を乗っ取る、それは蟲に体を変え他者の肉を蟲に食わせて肉体を補充し生き続ける臓硯と同じだ。

だが魔津方のそれは魂の媒体に短命な蟲ではなく長命な木を選び、肉を調達するのではなく若い肉体そのものの支配を得るというものだ。

これならば臓硯のように魂が腐ることも、不便な老人のままであることもなくなる。

自慢するように送ってきたそれに臓硯は妬みを覚え、本棚へとそれを乱暴に突っ込んでしまった。

だが、あれからしばらく経っても彼が復活した兆しはなく、臓硯も忘れていた。

動けぬ木の実の状態で何年も放置されるのであれば、まだ自分の意思で動き回れる自分のほうがよっぽどいい。

まあ知識のために永遠を求めた魔津方ならただ世界を眺め、思索を巡らすだけでそれなりに満足なのであろうが。

だから、久々に見たその本を見ても思い出に浸るような目で見ることができた。

そして、はたと思いつく。

 

「上の兄弟が読めば首吊り自殺するという効果、か。

 こっそり桜を操作してこれを衛宮の家に置けば、やっかいな遠坂の小娘を殺せぬだろうか。

 セイバーのマスターもついでにやれるだろうしな。

 だが、儂がやったように慎重に解析されたり魔術耐性で力づく耐える可能性もあるか。

 それに成立したらしたで今度は末子たる桜が乗っ取られる危険もあるか。

 儂のせいで3兄弟にしてしまったからな、策を弄した挙句、桜も聖杯も魔津方に取られるやもしれぬし。

 ……お前はどう思うかね、慎二ではまともに戦うのも辛かろうし、こんな手でも使ってみるか?」

 

部屋の入り口に投げかけられた声に、扉の陰から女性が姿を現した。

長身で長い紫の髪を下ろし、目隠しをした美女。

サーヴァントであるライダーだった。

彼女は答えた。

 

「サクラに危険が及ぶ手段は取りたくありません。

 それは私から見てもよくないものです。

 それをサクラに持たせるというのなら、私がなんとしても処分します」

 

その答えに、臓硯は特に表情を変えず、

 

「そうか、ならやめておこう。

 リスクも大きいしお前と敵対してまでやるほどのものでもない。

 これは蟲蔵の石畳の下にでも隠しておくか」

 

あっさりと本を懐にしまった。

それを見たライダーは心なしかほっとした様子だった。

立ち去ろうとするライダーの背中に声がかかった。

 

「そうそう、この本の儀式は末子成功譚を基にしていてな。

 上の兄弟が失敗して、末子が成功を収めるというやつだ。

 三女として、末子としてお前はどう思う、メデューサ」

 

アテナの私怨によって怪物へと落とされ、それを招いた自らの失敗により上の姉妹をも巻き込んだライダー、メデューサへと言う臓硯の顔は嗤っていた。

彼女の物語は悲劇そのものであり、末子成功譚とはほど遠いものだったからだ。

怒りを覚える、だがサクラの命運を握る目の前の妖怪にそれをぶつけることはできなかった。

今のライダーに大切なのはサクラだ、虐げられるサクラには自分と同じ悲劇ではなく、幸せになってほしかった。

だから、ライダーは臓硯へと告げる。

 

「ならば、サクラこそが聖杯を取り報われるべきでしょう。

 その為に私は動くだけです」

 

その答えに臓硯は少し期待はずれのように、だが多少は満足したようにくくと嗤う。

 

「サクラが報われる、か。

 それこそ灰かぶりのハシバミの木や鳩のようにお前がサポートして衛宮の王子様との間を取り持ってみるか?

 聖杯を儂に捧げてくれれば儂が魔術師の役を演じてもいいぞ」

 

ライダーは答えた。

 

「それもいいですね。

 ですが、忘れないでください」

 

そしてライダーは霊体化して姿を消していく。

完全に消える前に、最後に一言だけ残した。

 

「鳩は、蟲を食べますよ」

 

あとには臓硯一人が残された。

一人残された書斎で、ライダーの捨て台詞にくつくつと嗤いを浮かべていた。

そしてつぶやく。

 

「ククク、お前は蛇であろうに。

 まあ在り方としては堕落や不老不死の蛇よりかは平和と愚者たる鳩の方が近いのかな。

 まあ、お前がやる気であるなら儂はそれで構わんがな」

 

暗い書斎に暗鬱に染み入る声、だが、誰もいないはずのそこから声がした。

 

「彼女の願望とカタチは怪物とは程遠いものだからね。

 貴方よりはよほど人に近いと思うがいかがかね?」

 

そして、部屋の隅の闇は夜色の外套に、黒々とした長髪に、怖気をふるうほど端正な白い顔へと変化し、その口元を三日月形に薄く開かれて嗤った。

それを一瞥すると臓硯は、ふん、と口を鳴らした。

 

「今更何の用だ、神野陰之。

 お前に土地を貸していたのは100年は昔になるぞ。

 今では“世闇の魔王”、“名付けられし暗黒”などと呼ばれているのだったな。

 それとも魔術師達が嫉妬と卑下で呼ぶ、“番外の魔法使い”、“根源に最も近く決して辿り着けぬ愚者”とでも呼ぼうか。

 実力がありつつも、力を求め闇に名を売って自らを失った愚か者よ」

 

神野陰之、彼と間桐臓硯が出会ったのは100年以上も昔のことだ。

きっかけは、まだ人間の普通の魔術師だった神野が臓硯の管理する土地を借りたことだった。

自分と同じような昏く闇に蠢く雰囲気に、普段行っている霊地の管理法の説明以上に魔術の手ほどきをしてしまったことも覚えている。

彼はいい契約者だった。

自分勝手なのが魔術師であるが、彼はちゃんと賃貸料を払い、そして魔術師として卓抜した実力を上げ、力を求めて探求を繰り返していった。

“闇”というものがあった。

天地開闢より前、神々が生まれる前からあったので、神々はそれに名を与えようとはしなかった。

この世が始まる前からあったので、“根源”には含まれない、対極としてそれは存在し見向きもされなかった。

それは名前を欲していた。

ある時神野は“闇”と邂逅し、その巨大な力の流れに畏怖と歓喜を覚え、闇も“名を持つもの”との出会いに震えた。

そして神野は力と引き換えに自身の“名”を闇に売り渡した。

そして彼は闇そのものとなり、自らの願望を失った。

そして、他者の願望を、その闇の力で叶える願望器となった。

臓硯は、こっそりと潜ませていた使い魔によりその経緯を知った。

驚き嫉妬したが、永遠となっても自身を失うというその結末には興味は惹かれなかった。

無人となったその土地を片付ける際、その最後を思い出して自らの真の不老不死をより強く願った時、その闇の姿で挨拶に来たのを最後にその姿は見ていなかった。

 

「あの時のことは、自己を消失し魔法そのものとなった今でも感謝しているよ。

 私が魔術に打ち込めたのも貴方から借りた霊地があってのことであるし、多少の手ほどきを受けた恩もあるからね。

 それに私は“根源”よりも人の“根底”の方に興味があったのでね。

 これは私の願望だったのだよ。

 それよりも、貴方の願望はどうなのかな?」

 

「不老不死は聖杯を獲ればなる。

 お前の出る筋合いはないわ。

 お前も人の願望を叶える万能の願望器ではあるが、願望の強さに応じた物しかくれないのでは話にならん。

 しかも相反する願望があればその力も打ち消される。

 聖杯戦争のような願望のぶつかり合いに貴様が出てこられても役には立つまい。

 その点聖杯ならば儂の思うがままにその魔力を使えるし、お前よりも上の次元にたどり着くことさえできるのだぞ」

 

その答えに神野はくつくつと嗤う。

 

「残念だ、古い知り合いの500年の願望の成就に力を貸そうと思ったのだがね」

 

それほど残念にも見えないその様子に臓硯は不機嫌そうに告げる。

 

「そんな姿となっても冗談が言えるとはな。

 それならキャスターなりイレギュラークラスなりでさっさと儂のサーヴァントにでもなったらどうだ?」

 

「それはできない相談だね。

 私は全ての善と悪の肯定者なのだから、一人のみを助ける訳にはいかないのだよ。

 だが、この戦争が始まり私が干渉できなくなるまでに一つ言っておこう。

 貴方の願望は、必ずや聖杯にまで届くだろう。

ただ、今はまだ弱い“鍛冶屋”の火にだけは気をつけたまえ

それが私から送れる師への最後の忠告だ」

 

神野陰之は、陰鬱な笑みを漏らしながら消えた。

後には同じく陰鬱な気配を漂わせる空間のみが残った。

 

「馬鹿弟子めが。

“鍛冶屋”の火に焦がれているのは桜のほうであろうに。

魔津方よ、陰之よ見ているがいい。

真に永遠をつかみとるのはこの儂であることをな」

 

そして臓硯も部屋を出た。

再び書斎は暗闇へと包まれ、静かになった。

 

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