桂香の元カレ   作:サルガシラン

10 / 16

 主題はエロ本だけどエロいことは全くしてないお話。



元カレと思春期八一

 

 

「こいつが例のブツだぜ、おぉ客さんん……」

 

 暗い部屋の中。

 サングラスをかけた筋肉質の男が低い声で、大きなスポーツバッグを差しだした。

 

「この中に……」

 

 ゴクリと生唾を飲み込む。

 

 所持する危険性から、手を出すに出せなかったそれ(・・)に震えながら手を伸ばす。

不用意な手が命取りになる局面で駒を動かすような慎重さでその中身を確認する。

 

「これが、そうなのか……?」

 

 この「ハンニンコミック」Tシャツ男は信頼できる運び手だ。それを疑うわけではないが、不安になって再度たずねる。ぱっと見では願い求めた品だとは判別できなかったからだ。

 

「安心しな……こいつの良さも隠蔽性も俺が保証するぜ」

 

 渾身のドヤ顔がサングラスの下で作られている。つまり偽装は完璧、というわけなのだろう。

 

「じゃあこれが……!」

「ああ、これが…………」

 

 男が神妙な顔でサングラスを外しながら、宣言する……!

 

 

 

「部屋にそのまま置いててもバレないエロい本だ……」

「ありがとう……! ありがとう万丈……!!」

 

 

 バッグの中に入ってたのは数多くの漫画や小説。種類も巻の数字もバラバラのそれは、男の友となるお色気シーンが含まれているという共通項があった。

 

 俺こと九頭竜八一。中学一年生の記憶である。

 

 

 始まりは俺の苦悩もとい煩悩だった。

 手元にエロいものが欲しい。そんな欲望が生まれたのだ。

 

 中学生になって思春期の男子らしくそういうモノに興味を持ち始めたが、俺が身を置く環境を考えるとそれに手を出すのは非っ常にハードルが高かった。師匠の家で内弟子生活をしているため同居する二人の女性の目を気にしなければならないのだ。

 

 まず桂香さん。彼女は掃除をするために結構な頻度で俺の部屋に入ってくる。俺も自分の部屋ぐらいは掃除はするが、割と四角い部屋を丸く掃いてしまっているらしく姉弟子の部屋とまとめて汚れを落とされる。

 

 さらには姉弟子がいる。桂香さんなら掃除のときも俺に配慮してくれるので隠す準備ができるがこちらはそうはいかない。突然突入してきてVSを始めたり、知らない内に俺の部屋でマンガを勝手に読まれていたりとわりと傍若無人だ。文句を言えればどんなに良かったか……!

 

 万事休すと打ちひしがれる俺の肩を慮るようにポンポンと叩く者がいた。万丈だ。

 

 我らが桂香さんにフラれてからはもう会うこともないのかと寂しい気もしていたこの男は、厚顔無恥にも最近また師匠の家に出入りするようになった。それも桂香さんとヨリを戻すためだ。

 

 桂香さん本人がそれほど嫌がっていないし、なんならほぼ便利なパシリ扱いをしてはいるが俺からしてもコイツのしつこさは目に余る。

 憧れのお姉さんであり妹弟子である桂香さんに年単位でまとわりつく悪漢に、清滝一門の長男として一言ビシッと言ってやろう。そう手を払いのけようとして――――。

 

 

「バレないエロ本が有るって言ったらお前はどうする」

 

 ――――その手を固くつかんだ。

 

 

 かくして現在に至り、裏取引ごっこも終わったので閉め切ったカーテンを開ける。

 

「ほ、本当にバレないんだよな?」

「焦りなさんな。将棋漬けでこういうの探せない八一ちゃんが好きそうなの持ってきたからよ」

 

 サングラスを仕舞ってバッグを漁り、ビニール包装の新品を取って掲げる。その表紙を見ただけでは、そういう本だと保証された今もにわかには信じられない。

 

「本に関わる仕事してると、種類問わず読む機会が多くてよ。最悪銀子ちゃんが勝手に見ちゃっても『え、そんなつもりの奴じゃないんですけど?』ってとぼけられる奴だけ選んで来たぞ」

「配慮の鬼……! 感動した! 俺、初めて万丈のこと尊敬したよ!!」

「はっはっはもっと言えもっといえーい! おい初めてっつったか?」

 

 たくよー、と不貞腐れながら『火星のパンドラ』と題された本を開いてエッチなページを開いて見せてくる。ほー。ほぉー……。ほぉぉー……!

 

「コイツとかはエロもそこそこ有るが、本編の方もかーなーり面白いからそっちでも楽しめるぞ」

「なんか濃い目の表紙だから手に取ったことなかったけど、こういう奴だったんだな」

「ああ。ファンからは『話がまともでむしろエロが邪魔』とか『人に薦めたいけどおっぱいが割と多くて困る』とか散々だぞ」

「邪魔呼ばわりされてるじゃねぇか」

 

 なお、後に俺も同じ感想を抱くことになる。

 

「ハマったら他の巻も集めてみな。バレても話が面白いから集めてますって言い張れるぞ」

「……なんか木を隠すなら森、じゃなくて森造るために木を植えてないかお前」

「さぁ? 気のせいじゃねぇかな~」

 

 吹けてない口笛を吹きながらあらぬ方へ向く姿は、誤魔化す気があるのかないのか。

ま、本当にハマったら集めてみるかな。

 

「なんか赤いと思ったら少女マンガもあるのか」

「おう。男は結構見落としちまうが、少女マンガって割と過激なのが多いぞ。コレとか」

「へぇ~……ぇマジでいきなりだ!」

 

 『知らないほうが良い鴨』という本を半信半疑で開くと数ページ目からおっぱじまっていた。

しかし、こういうのを目的に少女マンガを買う人間はいるのだろうか。

 

「女の方がちょっと成熟早いからマセてるってのもあるけど、こういうのは少年マンガで言うところのバトルとかお色気シーンの代わりに求められるもんなんだよ」

「バトルの代わり……? そんなメインになってそうな部分なのか……」

「まぁ、それちょっと対象年齢上の奴なんだけどな。需要が有るからそういうのが多いわけだし、見たときに派手さがあるのはわかんだろ?」

 

 少女マンガって恋愛がメインなイメージがあるけど……そうか、だからこういうのは男と女の決戦シーン扱いなんだな。

 

「一応注意しとくが、恋愛で悩んでも少女マンガ参考にするのは止めとけ。フィクションだから許されてるのばっかだからな」

「いや、それは注意されなくてもわかるよ」

「俺は参考にしてヒデェ目にあった…………おのれ俺様系」

「いや、それは注意されなくてもわかれよ」

 

 どうせ桂香さんに壁ドンで「俺の物になれよ」みたいなことしてドン引きされたんだろ。

 

 呆れながらパラパラめくると、一冊ごとのエッチなシーンの少なさに眉が少し寄る。そういう場面だけを求めて読んでるせいもあるが、少々物足りなさがあった。

 

「女の子の成熟が早いっていうなら、姉弟子も早くそうなって欲しいなぁ。突然俺の部屋に入らなくなったらもう少しわかり易くても大丈夫なんだろうし」

「あん? お前の場合は銀子ちゃんの抜き打ちがなくても桂香さんにバレんだろ」

「え、桂香さん相手なら入ってくる前にちゃんと隠せるから大丈夫だぞ?」

 

 きょとんと言い返す俺に万丈が姿勢を正して忠告する。

 

「いいか八一、どんなに巧妙に隠したところで、母ちゃんにエロ本は隠し立てできねぇもんだ」

「桂香さんは母親じゃないぞ。俺たちのお姉さんだ」

「わかっとるわ。聞け、今言ったことはわかるよな」

「よくあるって言うよな」

 

 実家にいる兄貴もお袋にエロ本見つかって勉強机の上に積まれてたな、と黙って思い起こしていると、なんでかわかるか? と万丈が問うてくる。

 

「それはな、母ちゃんがエロ本隠すようなところまでキチンと掃除してくれるからだよ……!」

「お袋……!!」

 

 母親の愛に不覚にも不意打たれ郷愁の念を禁じえなかった。それがエロ本の話によってもたらされたことからは目を逸らす。

 

「そして桂香さんは確実にそういう隅々まで掃除してくれるタイプだ……!」

「桂香さん……!!」

「そして見つけた後も見てみぬフリをしてくれる優しさがある!」

「その優しさは嬉しいけど恥ずかしい!!」

 

 優しさで塗装された地獄、辛い……! 絶対にそんな目に会いたくない! 隠し通すぞ!

 

「要するに良妻賢母な桂香さんは最高なんだ!」

「結局それかと思うけどそうだな。結婚したい!」

「ざけてんじゃねぇぞこのクズ竜くんが」

「突然本気でガンつけてくるなよ……」

 

 憤怒を顔全面で表現する万丈を雑にあしらいながら他の本を手に取り新品保証のビニールを剥がして、当該ページの有無を見分していく。

 

 ……ふおぉー、これはすごい。

 

「……ん?」

 

 確認を続ける内になんとなく違和感を覚えた。

対局相手の悪手を見逃しているような、気のせいで済ましてはいけない嫌な感覚。

 

「……なぁ、万丈」

「どうした八一?」

 

 その感覚に従って他の本を次々と確かめる内に違和感は確信に変わった。

 

「お前が持ってきた本……なんか桂香さんに似てるキャラ多くないか?」

 

 まず、キャラの胸が大きい。俺がそういうのが欲しいと注文したからなのでそれは問題ない、ないのだ。それは大変ありがたいのだが……。

 

「はぁ? なに言ってんだお前」

「いやだって……このキャラとかこっちの奴も同じ系統の女の子だろ?」

 

 問題はそのキャラ造形だ。茶髪ロングだとかお姉さんキャラだとか。一冊ごとのお色気シーンが少ないのも手伝って桂香さんを連想しそうなキャラがイケないことになってる場面だけが集まっているように錯覚してしまう。

 

「俺が桂香さんっぽいのがエロい目に合ってるのだけ持ってきたと?」

「……」

「いやいやいや、流石の俺でもそんな気持ち悪いことしねぇって」

「じゃあ、見てみろよ」

 

 促す俺にまさかー、と笑う万丈が適当な本を一冊手に取りそういうシーンを見る。

 

「いやいやいや、適当に選んで持ってきただけなのにそんな」

 

 笑いながら二冊目をチラ見。

 

「いやいや」

 

 余裕がなくなってきて三冊目。

 

「いや……えぇ……」

 

 表情が抜け落ちて四冊目。

 

「……」

 

 パタンと五冊目を閉じ。

 

「…………………………マジだ」

 

 顔を両手で覆ってか細い声でうめいた。自覚なかったのかよ。

 

「待ってくれ……俺、気持ち悪ぃ」

「いまさらだろ」

 

 大ダメージを受けて筋肉がくず折れた。自覚なかったのかよ。

 

「まったく万丈は本当にしょうがないやつだなぁ~」

 

 苦悶する万丈を尻目に本をしっかりと確保する。それはそうとして、万丈が折角持って来てくれた本だ。ちょっとケチがついた程度で手放すのは忍びない。今後、お世話になる本という名の友たちを宝を扱うように本棚へと運ぼうと立ち。

 

「待て」

 

 腕を掴まれた。

 

「なんだよ」

「そいつは没収だ」

「俺にくれるんだろ?」

「事情が変わった」

「お前の事情だろ」

 

 筋肉を駆使して本を奪い取ろうとしてくる万丈に全力で抗う。

 

「いいやよく考えたらお前にエロはまだ早いぜ中一ちゃんが……!」

「なにをイマサラ……!」

「代わりに銀子ちゃんっぽい女がエロい目に会ってるの探してくるからよ……!」

「いらねぇよそんなモン!?」

 

 そんなの男の友にしてるってバレたら姉弟子に殺されるわ!!

 

「桂香さんと一つ屋根の下で暮らしてるような奴にこんなもん悪影響だろうがぁ……!」

「桂香さんにそんな邪な目を向けるわけないだろうがぁ……」

「ああ、テメェ桂香さんに魅力が無いってぬかす気かぁ!?」

「言ってないしそれで突然キレるなめんどくさい……!!」

「桂香さんはなエロ方面においても最高の女なんだからな!」

「お前から聞きたくないわそんな話!」

「へー万丈くんそんな風にみてるんだー」

「惚れた相手とどこまでもイキたいなんて当たり前だろ!」

「ふ~ん」

「お前が知らないようなところも全部最っ高なんだよ桂香さんは!」

「そんなこと言ったら俺なんかな、桂香さんと一緒にお風呂入ったことあるんだからな!! お前は一緒に入ったこともそういう桂香さんも知らないだろう!!」

「懐かしいね~。八一くんそのときすごく恥ずかしがってたよねー」

「なんだとこの羨ましい! 俺だってな、桂香さんとホテ……!」

「それ以上口にしたらタダじゃおかないから」

 

 ……。

 

 思考が止まる。万丈の髪が二房はねる。二人そろって同じ方向に首が動いた。

 

 

 桂香さんが、いた。いつも通りの穏やかな笑顔で、いた。

 

 

「あの、桂香さん? いつから聞いていらしたの?」

 

 あまりの事態に思わずお嬢様みたいな口調で質問する俺を、彼女はニコニコと見つめて。

 

「『お母さんには隠したりできない~』みたいなこと言ってた辺りかな?」

「ああ、結構前から聞いてらしたのね……」

 

 顔は笑顔で声も明るい。なのに押しつぶされそうな圧があり、底冷えするように耳に響く。

端的に言って、コワイ。

 

「万丈くん?」

 

 ドン! 俺に注目している間にこっそりと退出しようとしていた万丈を、桂香さんが片手で壁を叩いてその行く手を阻んで追いつめる。わあ、壁ドンだぁ……初めて見たあ……。

 

「万丈くん」

「はい」

「持ってきた本を全部まとめて、ちょっと来なさい」

「あの、釈明の余地を……」

「来なさい」

「ハィ……」

 

 ガッと首根っこを掴まれ万丈が背中を丸めて小さくなる。桂香さんに負けた後でもならないような萎縮具合が桂香さんから発せられる威圧の大きさを表すようで恐ろしい。

 

「八一くん」

「は、はひ」

 

 万丈の首元をひっつかんだまま桂香さんが振り返る。能面のような笑顔に思わず正座する。

 

「八一くんもお年頃だから、そういうのに興味を持つのはある程度仕方ないと思うよ」

「桂香さん……」

 

 片手を頬に当て叱るような諭すような声は、それだけを勘定するとただの優しいお姉さんだ。

ただ反対の手を見ると恐怖で縮み上がる巨漢を手荷物のようにぶら下げる姿が、それがタダの現実逃避であると突き付ける。

 

「でも本は没収ね」

「ハイ」

 

 当然だろう。自分に似たキャラがエッチな目にあっている本を、男の友として所持されるなど女としても家族としても許せる話じゃない。

 これだけで済まないだろう、もっと重い罰が与えられるだろうと囚人のように次の言葉を待つ。すると、下を向いて震えている俺へとなだめるような声が降り注いだ。

 

「これは没収するけどほどほどに楽しむくらいなら私もとやかく言わないから安心して?」

「桂香さん……!」

「私からはそれでおしまい」

 

 下された無罪放免の沙汰に希望とともに顔をあげる。良妻賢母と万丈が称えるのも当然だったと歓喜に号泣しそうになる。肩に過重積載されていたプレッシャーから解放されて、軽くなった体のまま飛べそうな心地だった。

 

 

 

「でも銀子ちゃんから話があるみたいだから聞いてあげてね?」

「――――」

 

 

 

 扉の向こうから、白く小さな執行人の姿が覗いていた。

 ゴミを見る視線が真っ直ぐに俺を貫いていた。

 

 宙へ浮かぶ心地から処刑台へ叩き落される。準備万端ですぐにでも執行されそうな雰囲気だ。

 

 スポーツバッグと万丈を引きずって桂香さんが出ていくと、交代するように姉弟子が入室。

まっていまふたりっきりにしないで。

 

「……」

「あの、姉弟子。そう実は、これは万丈にそそのかされて……」

「死ねヘンタイ」

 

 全力で踏まれた。

 

 

 その後、俺は姉弟子に踏みに踏まれてしばらく口を聞いてもらえなくなり、万丈は桂香さんからのお説教を受けたからなのか妙にやつれていた。なぜか桂香さんもフラフラだったが。

 

 





 子供のお仕置きとオトナのオシオキ、というのを思いついたけどボツ。

万丈に起こったナニか

  • オカルトなガス
  • 変なリンゴ
  • 酒の勢い
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。