桂香の元カレ   作:サルガシラン

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八方万丈:中間フォーム

「いいのかよオヤカタ」

「泣いてすがってヤリ直シテェモラエマセンカァってか? みっともなくて目も当てらんねぇな」

 

 友人の心配を歯牙にもかけず、グラスの酒を煽る。

これで何杯目だったろうか。万丈は明日来るだろう二日酔いが頭を過ぎって、やっぱり考えるのを止めてさらにグラスに酒を注ぐ。もう瓶からラッパ飲みしてしまおうか。

 

 

 世界一周迷子旅から時が経ち、今日は高校卒業後初の同窓会。

会場の一角で万丈は静かに赤羽たちと飲んでいた。

 

 

 迷子旅からからくも生還しギリギリ二学期に間に合った万丈は、桂香にまた告白をした。

付き合えなくても好きでいる、と一方的に伝え万丈はとりあえず立ち直った。

そのまま適当な大学を受験し合格、最後まで周囲を大騒ぎに巻き込みながら卒業した。

 

 出発から頓挫した日本一周の旅も、北海道から再挑戦し講義の合間合間でこまめに実行。

現在は岐阜県を計画的に迷子になっているところだった。

 

 大学生活も良好。言語学の教授とも筋トレを通して仲良くなり、その紹介で始めたマイナー言語を翻訳するバイトで確かな手応えを感じた。旅で得た人脈を活かしつつ卒業後は本格的にそれで生計を立てていこうと考えていた。

 

 元々、語学に関しては幅広く学んでいた。

「余所の国に行くなら死んでもその国の言葉を喋りなさい。余所の国から来たなら殺してでも日本語を喋らせなさい」という母の教育方針と万丈の遊び半分のやる気が本人の素質にまさかのベストマッチ。大抵の国の言葉は喋れたところに迷子旅による経験で完全に身についた。

 

 恋愛という点を除けば、充実した日々だ。その画竜点睛を欠く状態も万丈は納得していたのだ。

 

 

 ところが。万丈は岐阜のとある場所で恐ろしいモノに遭遇し、その価値観が揺らぐ。

 

 

 ――――結婚してくれる男はいねぇがぁ……!

 

 

 その名を独リ神。

 

 未婚の男を見つけるやいなや独り身で生き続ける苦しみをまき散らして結婚を迫る、痛ましくも哀しむべっきー存在だった。

 その女に似たナニかによる婚姻届け攻撃をいなしつつ、知り合いの熟女好きの独身男性を紹介してラブ&ダブルピースフィニッシュで無事決着。

 難は逃れたものの、その有り余る嘆きと呪詛に正面から向き合い受け止めてしまったのが不幸の始まり。万丈の中に己の未来へのどうしようもない恐怖が生まれたのである。

 

 

 万丈はこれからも桂香を好きでいるつもりだ。

だが、それで生涯独身でいると決めるのは早いのではないか。

しかし、本命の相手がいるというのに他の女性に恋愛だの結婚だのしてもらうのは不誠実だ。

 

 そんな葛藤から次の恋へと踏み込みたいが割り切れない千日手状態の万丈。そこへ同窓会を企画したいという一本の電話が届いたのだ。

 

 

 企画者の女は一人でも多く参加者を募りたかった。

バイト先である店から、ここを同窓会の会場にして一定以上の人数を集めて売り上げに貢献したら特別ボーナスを出すと約束させたからだった。そのためには同窓の連絡先をすべて知る万丈はなんとしても協力させたかった。

 

 なのでやる気になるよう適当に言葉を尽くした。八方万丈をやる気にさせるには清滝桂香のことを持ち出せばいい。それは万丈を知る者、つまり同級生全員の共通認識だった。

 

 焼けぼっくいには火が付き易い。同窓会でヨリを戻すなんてよくある話。時間が経ってるから桂香の気も変わってるかもしれない。ちくわ大明神。ホテルで一晩語り明かせ。えとせとら。

 

 その目論見はまんまと成功。ボーナス目当て女の無責任な甘言にまんまと乗せられ、全面協力。

独リ神の悪影響で迷子旅の中で得た答えをすっかり忘れ去り、未練たらたらの万丈は淡い期待を胸にルンルン気分で一時間早く会場入りし――――。

 

 

「じぇぁりぇ~……この酒ツエーイ」

 

 

 このザマである。

 

 偶然にも桂香と同時に会場にたどり着き、店の前でばったりと鉢合わせた。

その顛末は語るまでもない。万丈が管を巻く姿がすべてである。

 

 万丈は己の悪手を悟り、潰れるまで飲むと決めた。

目から水が流れそうだった。ついでに胃からもあふれ出そうだった。

 

「ペース早くネ? 一緒に飲んでたカネサソリちゃん、もうグロッキーだゾ」

「たく、ボーナス目当てとか太ぇこと考えやがって……こいつも相変わらずだな!」

 

 とりあえず、適当をのたまった企画者の女は潰してバイト仲間らしいキバに任せた。

幹事自体は別の奴なので問題はない。この酔い潰れ女は高校時代から金が関係する時は微妙に信用できなかったからだ。なので責任感が強い鷹山くんに後始末ごと押し付けた。

 

「でも本当にいいの? 清滝さん、今フリーだって盗み聞いてきたよ?」

「いいのぉ。男はフリーでも将棋にはフリーじゃねぇんだよぉ」

「……そうとう酔ってきてんね」

 

 酔っ払いの意味不明の発言に呆れる青葉を知らん振りして盗み見れば、そこにはめかし込んだ桂香が堀戸含む高校時代の友人たちと談笑する姿があった。傍目には楽しそうに笑っているとしか見えないだろう笑顔に万丈はため息をついた。

 

「でもよ、前だって何度も押してようやくだったじゃ……」

「赤羽」

 

 ぴしゃりと出した低い声が、喧騒の隙に生まれたわずかな静寂に小さく響いた。

 

 

「男と女が進めた一手にな……“待った”なんてねぇんだよ」

 

 

 そんな当たり前の事実を、彼女の顔を見るまで気づかなかった己に鼻が鳴る。

万丈がグラスの酒を一気にあおれば、とびきりキツイ刺激が喉を焼く。今日はとことん飲むと決めた。明日はツラいが、今までの二日酔いに比べれば何でもない。

 

 だから、もういいのだ。もう……。

 

「へっ……まったくオヤカタは本当しょうがねえなあ」

「あん?」

「飲むんでしょ。付き合うって!」

「新しい酒モテキたヨー!」

「お前ら……」

 

 あやすように。祝うように。他の参加者たちから浮くほどに騒ぐ。

思わず熱くなる目頭を軽くこすって、万丈は周りを囲むかけがえのないバカどもの音頭を取った。

 

「よーし。店の酒、全部飲み干すつもりで行くぞテメェらー!」

『おおーう!』

「八方ぁー予算オーバーするから止めろー。じゃなきゃ狩るぞ?」

「予算内で行くぞテメェらー!」

『おおーう!』

 

 幹事の鷹山からの苦言を冷や汗流しながら音頭を取り直す。

 

 この酒が抜けた頃には、ようやく新しい一手を打てるだろう。

だから。もう少しだけ酔わせてくれと掲げたグラスに反射する小さな彼女に万丈は独り言ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「げぇいがぁずぁーん!! もういっがい、もういっがい……やり直じで、もらえまぜんがぁ!」

「ちょ、ちょっと万丈くん! はな、放してよ、お酒臭いし……もう!!」

 

 数十分後。

ぐでんぐでんに酔っぱらって泣きじゃくる男が、昔の女にすがりついてみっともなく復縁を迫る。

そんな目も当てられない醜態が、そこにはあった。

 

 赤羽たちは顔を覆った。

 

「飲み過ぎだよオヤカタ、ぅヤメロォ!!」

「うるせぇ! 千%合意議決するまで諦めてたまるくぁ!!」

「男と女に“待った”はないんじゃなかったのかよ!」

「“待った”してぇよぉ……人生詰むまでコンティニューしてぇんだよぉ……!」

「いろいろ台無しじゃねぇかナ! オラは・な・れ・ろ……!」

「げいかざぁーん……! ばなじ、話だけでもぉぉ……!」

「聞く! 後でいくらでも聞くから……あー勘弁してよもー!」

 

 見かねた仲間たちが総出で桂香から万丈を引き剥がしにかかり、しばらくして化粧室から戻ってきた桂香の友達の堀戸がその暴れる大バカをシメおとして騒動は収束した。

 

 数日後、万丈は菓子折り片手に清滝家へ土下座及び切腹も辞さない勢いで訪問し、色々あった。

 

 

 

 そして色々あった末の現在。

 

「あ゛り゛ま゛ぜん゛」

「じゃあ今回はねー……マッサージして」

「もう全身隈なくやらせていただきます!」

「お父さんを」

「職業柄、肩と腰がなー……ガチガチなんや」

「あ、はい。じゃあ一旦、身体伸ばすところから始めましょうか」

 

 

 今日も元気に負けていた。

 

 




次回、色々した話、かもしれない。

万丈に起こったナニか

  • オカルトなガス
  • 変なリンゴ
  • 酒の勢い
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