あと2、3話で完結のつもり。私がキチンと完結するまで書ける……だと!?
「銀子ちゃん、八一の誕生日になに渡したら良いと思うよ?」
「なに突然? どんだけ先の話してんのよ」
季節は梅雨真っ只中の六月。
私、空銀子はウチの大事な桂香さんに言い寄る筋肉男の運転で家に送られていた。例のごとく桂香さんに負けて頼まれたらしい。
後部座席の窓から見える夜の街を大粒の雨と風が濡らしている。傘があっても防げそうにない雨模様を眺めると車の送迎があって助かったと小さく息を吐く。便利な筋肉がいて良かった。
この男の世話になるのは一度や二度じゃない。
こういう夜道の送迎もあるが、わかりやすいのは女流タイトルを獲得したときの厳ついSPの真似事だろうか。インタビューの当たり障りない返し方を教えられたり質の悪いファンや記者から護ってもらったりとか、世話になっていることは残念ながら事実。
でもあのサングラスとスーツの大男を引き連れた写真で「新女王、堂々たる貫禄!」って大きく記事に載せられたのは一生許さない。悪目立ちしたでしょうが。
そのときだって、一緒に来てくれてた桂香さんにも同じ格好にさせて「ペアルック最っ高!」とか言って喜んでたし。桂香さんもちょっとノッてたけど。
「いや、少ししたらしばらく日本から離れるんだ。戻ってくんのは八一の誕生日過ぎた頃になりそうだから、今のうちに考えとこうってな」
「あっそ」
「とりあえず俺厳選の美味いプロテインセットが第一候補なんだけど……」
「それ一昨年やって微妙な顔してたでしょ。学習能力無いの?」
「だから相談してんだよー。あいちゃんと住みだしたし、一緒に使えるシェーカーとか良いと思うんだけどなぁ」
心底残念そうなのが後ろからでもバックミラーで見える。コイツは脳ミソまで筋繊維に浸食されているらしい。八一が悪影響を受けないようにまた釘を刺しておかないと。八一の家に住み着いた小童は早々とこの筋肉ゴリラに絆されて役に立たないから。
「なんで私に聞いてくるわけ? それこそ桂香さんに相談すれば良いでしょ」
「銀子ちゃんの意見も欲しいんだよ。万が一かぶったら悪ぃし」
「私とアンタの発想がかぶる? 名誉棄損で訴えられたいの?」
「むしろ俺の名誉が著しく損なわれてんじゃねぇか!?」
プロテインと元カノしか頭にないゴリラ・ゴリラ・ゴリラと、将棋に傾倒する普通のホモ・サピエンスを同列に語るな。
「何も決めちゃいないわよ。アイツの誕生日なんて覚えてもないわよ」
「気のない振りすんのはわかるけど、過剰だろ? 何年か前に『誕生日が覚えやすいのが取り柄の名前~』とか言ってプレゼント渡してたじゃねぇか」
「うるさい」
「今年も考えといた方が良いぞー。あいちゃんと天衣ちゃんがそういう気満々なんだからな。ちゃんとインパクト与えとかねぇと勿体ねぇだろ」
「……うるさい」
最近、八一のところに裸の幼女が押しかけてきたと腹を立てていたら黒い小童が更に増えた。どっちもあの鈍感を見る目が師匠に対する以外の感情があるのがバレバレ。マセガキ共め。
あのバカもバカだ。小学生相手にデレデレしてんじゃないわよ、クズロリ王め。
「それこそプレゼントは私ーってやるくらいのインパクトが……」
「アンタにセクハラされたって桂香さんに伝えとく」
「俺が悪かった。だからその手に持った携帯をゆーっくり降ろすんだ。話せば解る」
「……AgitΩのソース」
「へっへっへ交渉成立だぁ……ダースで持って来るぜ姐さん」
「多い。三本」
「いや三本も十分多いわ」
ソースはオタフクが至高。
でも以前この男がお土産に持ってきた「レストランAgitΩの美味ソーっス」もバカにできない。海外の本店でしか買えず、この筋肉に頼るしかないのが惜しい。
「まったく……脳みそピンクに腐ってんじゃないの?」
「でも男は超喜ぶんだなコレが。やるなら思い切りが大事だぞ、始めは盛り上がるけどちょっと照れると一気にぐっだぐだになるから気を付けな」
「なにその妙に……やっぱりなんでもない」
これ以上聞くとこっちがダメージを受ける、気がする。下手に深追いをして攻め駒を奪われ自陣を荒らされるなんて目も当てられない。
恋愛話にこの筋肉が絡むと大抵ロクなことがない。
桂香さんにどっかの将棋バカのことを相談したときもそう。主なアドバイスが男からアプロ―チされたら対処すればいいとか受け身側の助言の割合が多い。参考になりそうでならない。
しかも中身はやたらと実践的なのに、迷子になるって言って自然に手を繋ぐーとかデートに変な服で来たら試着室に投げ捨てなさいとか、想定する相手がどう考えてもコレだ。参考にならない。
「つまりよ、あいつ相手にはそれくらいはっきり好意を示すのも戦略だって話」
「……具体的には?」
「まず告る」
「『戦略』を辞書で引いてきたら?」
相手がバカ詰みの手順を踏んでないのに即王手を狙うなど素人でもやらない。
そもそもコイツに八一のことを相談した覚えは一度もない。桂香さんが言い触らすわけないので問いただせば「え、隠してたのか?」とマヌケ面で答えたので足の指を踏んでやった。コレと二人になると結構な頻度でこの話題になる。鬱陶しい。
……まぁ? コイツのお節介で遊園地に八一と二人っきりで出かけさせられたことはあるし? 鬱陶しいなりに役に立ってはいると言ってやらなくもない。
「でも俺これで桂香さんと一度付き合ってんだぞ。実績がありますぅ~」
「そうね。たった一年でフラれた実績があるわね」
「ぐぅ、俺のアキレス腱に容赦がねぇ……!」
序盤だけ優勢で中盤以降劣勢になるような研究をそのままなぞる棋士がどこにいるか。
「極端なこと言ってんのはわかってるけどよ……相手は八一だぜ?」
「……」
「一回ちゃんと告っても『か、からかわないで下さいよ姉弟子!』ってなりそうだぞ」
「……似てない」
有効な返し手が即座に打てず下手なモノマネを咎めるくらいしかできなかった。声真似はともかく発言自体は遺憾ながらあり得る。あの朴念仁の鈍さを言及されたら同歩しかないのだ。
アイツのそういう点だけはこの色ボケ筋肉を見習えと辟易して、やっぱり足して二で割って筋肉だけ差っ引けばちょうど良くなると考えなおす。
というか。毎度のことながらそもそも。
「……余計なお世話」
私はプロ棋士になって八一と戦うまでどうこうする気はない。
あの将棋バカと本当に向き合うつもりならプロ棋士の世界で真剣勝負をするほかない。私たちは男とか女とかの前に一介の棋士なのだ。これだけは譲るつもりはない。
棋士じゃないコイツに私の意地は理解できないし、説明する義理もない。コイツは大事なことを賭けて負けたのにヘラヘラして同じ失敗をするような奴。それが将棋ならば尚更。
この男を嫌いな理由はまだある。この男は間違いなく将棋星人だ。才能だけならもしかしたら八一に迫るかもしれない。なのにコイツは桂香さんと指すためだけに地球へ永住して、そのまま地球観光を楽しんでいるのだ。
師匠や桂香さんに負けず劣らずこの男にお世話になってるのはわきまえている。桂香さん一筋でどっかの誰かみたいにフラつかないのも悪くない。
それでも好きにはなれない。多くの棋士が悪魔に魂を売ってでも手に入れたい物を持つくせに、それをよりにもよって女流棋士になろうと懸命な桂香さんと指すためだけに投げ捨てるような奴を棋士として姉弟子として妹分として許せない。
だからバックミラー越しに睨みつけると、男が鏡の中で困ったように微笑んだ。
「余計でも世話焼きたくなるんだよ。もどかしいし……羨ましいしな」
「羨ましい?」
車が停まる。フロントガラスで赤信号が雨水で滲みながら光っていた。
「だってお前ら、どっちがどんだけ将棋一生懸命やっても問題ねぇだろ」
「……?」
言葉の意味がまったく理解できない。そんなの棋士なんだから当たり前でしょ。
「俺と桂香さんだと……そうも行かねぇからよ」
運転席からそう呟いて苦笑する。
……私は二人が破局した理由を知らない。
別れる少し前から鬼気迫る雰囲気で将棋に没頭する桂香さんの姿に、別れてしばらくしてから破裂したみたいに泣き出した姿に、それを聞いてはいけない気がしたから。
この筋肉が賭け将棋しにくるようになってからは、そんなことなかったみたいに桂香さんは調子を取り戻して昔より楽しそうだけど。
それでも今一歩、あと一歩。目指す場所に届いていない桂香さんがいる。
この男に桂香さんを含む私たちは世話になっているけれど、あくまで将棋以外のことでしかない。
以前の強さのままなら、それに引っ張られて桂香さんの実力も引き上げられた可能性もある。実際は得意戦法が参考にしづらいトリッキーさなうえ、肝心の桂香さんとの対局じゃデレデレして集中力はボロボロ、頓死すれば髪の毛でわかる体たらくぶり。
こんなのと戦って強くなれと言う輩がいたら、その正気を疑う。
「……アンタまさか、あの素人みたいな弱さって……」
「んなわけねぇだろ、いつも本気でやってる。本気でやって本気で桂香さんに見惚れてんだ」
「情けないことを胸張らないでくれる?」
まさかと思って問いただせば、呆れた本音が返ってきた。信号が青に変わって車が動き出す。
「ただもし……もしだぞ? このままただ勝って、OKされても……堂々巡りな気がしててな」
微妙に身が入らねぇのも本当だ、と吐露する男と鏡越しでも目が合わない。運転してるから、だけじゃないと思う。小道に入って車の速度が落ちた。
「……将棋一筋で、将棋盤に向かうあの顔がたまらねぇんだ」
でも出来るならな、と続いて。
「あれを一度でいいから将棋抜きでこっちに向けさせたいんだよ」
じゃなきゃ意味がないと言いたげな顔は、どこか遠くにある宝物を眺める眼差しをしていた。
「……ふん」
それを理解できるのが腹立たしい。
私はあの頭がほぼ将棋に占領されてる将棋星人に、真剣勝負で将棋ごと私に目を向けさせたい。
それは私にとって将棋はすべてだから。私のすべてをぶつけて受け止めさせて勝ちたいから。
でも、この男はそうじゃないんだろう。
将棋がすべてってわけじゃないから、それ以外で桂香さんと向き合って振り向かせたいんだろう。
そんなの、無理。桂香さんは棋士で将棋が恋人と胸を張れる人だから。
それを望むのは、銀をそのまま真後ろに下げたいと望むのと変わらない。二人が今の関係のままずっと千日手をくり返す理由がわかった気がした。
「俺は将棋のことじゃ役に立てねぇ」
「……」
「だから、もし桂香さんが銀子ちゃんたちを頼ってきたら……頼むわ」
「……そんなことになったら、アンタなんかに言われなくても助けるに決まってるでしょ」
「だよな。でも頼むよ」
嬉しそうにクシャっと万丈が笑って、停車する。いつの間にか家の前に到着していた。
「ま、お前らはこんな風にこじれたりは無さそうだからつい、な。将棋以外なら手伝えるからよ。車で送ったり、恋愛相談とかな」
「……まるで参考にならないからいらない」
「頼むからもうちょっと手心加えてくれねぇかな!」
茶化すバカの声を背にドアを開けて傘を差す。雨は振り続けているけど風は少し止んでいた。今のうちに屋根の下へ避難してしまおう。
「あ、八一の誕プレ……やっぱプロテインセットに……」
「プロテインから離れろ筋肉バカ」
すっかり忘れていた話題に、もう八一の分もソース買っておきなさいと言い含めておいた。
……私も今年はちゃんと考えておこうかな。
後日。
「万丈くん、晶さんに聞いたんだけど……前から知り合いだったんだってね?」
「お、おう。六年ぐらい前ガン……海外にいる特殊技能を教えてくれる師匠の元で一緒に……」
万丈のいない所で無事に壁を乗り越えた桂香さんが、頼まれた家事を終えて筋トレしてた筋肉ダルマの背中に腰を下ろしてイチャついてるのを見かけた。
晶……? ああ、黒い小童がいつも連れてるスーツの女か。
「頼りになる素敵な兄弟子だったんだってね~」
「えっと、兄弟子っつっても俺が二週間早かっただけで……」
「へぇ~なんだか聞き覚えある関係だな~」
「海賊電子ジャー」Tシャツの上でグリグリとお尻を動かす桂香さんはニコニコしてる。口調は棘があるのに、どちらかというと楽しいオモチャで遊んでるような表情だった。
「晶さん美人だもんね、若いもんね。五歳も年下だけど成人してるから問題ないもんね?」
「あのう、筋トレの負荷を上げてくれるのは助かるんだけど、その、重心を考えて頂けると」
「あら、私って重いの?」
「羽根のような軽さと柔らかさで宇宙までイケそうです!」
「じゃあこのまま頑張ってね」
「重心んん!?」
……………………堂々巡り? こじれてる?
怪訝な顔で隠れて眺めていたら、言い合いが終わり桂香さんがその背中にしな垂れかかって、耳元で囁いた。
「崩れずにやり終わったらご褒美あげるね?」
「……うおおおぉっ!」
……言いたいことは有ったけど、見なかったことにして通り過ぎた。
下手な深追いは、禁物。
万丈、桂香さん成長イベントをスルー。あれは自分の過去と向き合って殻を破るのが良いので仕方ないね。なお原作より強化されてる模様。