桂香の元カレ   作:サルガシラン

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 感想で続けてと書いて下さった方々に感謝を込めて送る、あなたを振り落とす過去編。



八方万丈:初期フォーム

 

 

「よろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」

 

 

 八方万丈はその一局を忘れない。

 

 

 高校に入学して間もない四月。

出来たての将棋部へと発起人である部長の堀戸に無理矢理連れられて、彼女はやって来た。

 

 プロ棋士の娘だという彼女が備えていたのは、男子の目を奪う可憐さとプロポーション。

万丈とは同じクラスだったが入学から日も浅く話したことはなかった。なんか可愛い子がいるな、程度の認識だった。

 

 だから、騒々しい奴に腕をひっつかまれてきた彼女に万丈は同情した。

部長を名乗る女はどうせまた嫌がる相手を強引に素人だらけの将棋部へ連行してきたのだろうと。

手ごろな相手が欲しいと中学時代の万丈に将棋を覚えさせサンドバックにしたのと同じく、高校でもその傍若無人さの被害者を量産するだろうと。

 

 

 憐れな少女への万丈の第一印象は、クラスの可愛い子。

 第二印象は人の迷惑を省みない悪魔の重戦車による、新たなる被害者。

 

 指差しやすい位置にいたという理由で相手に選ばれた万丈は、疲れと不機嫌さがにじみ出る少女と安物の布盤で指し始め。

 

 

 

 その中盤。それまでの印象がすべて吹き飛んだ。

 

 

 

 彼女の一挙手一投足にどうしようもなく動けなくなった。

穏やかな顔立ちに浮かぶ真剣さと、風に揺れる栗色の髪に。

十分に読んだ筋を迷わず描く自信に満ちた細い指と、澄み切った翡翠の眼に。

 

 視界は彼女とその将棋に占領され、耳朶には駒が布の上で擦れる微かな音だけが届いた。

 

「……あ、負けました」

 

 勝負になるはずもなく。

粘ったものの勝ち筋がないと気づき万丈は投了。

それでも、対面で満足げに息を漏らす彼女の姿に心はもっていかれていた。

 

「ありがとうございました! 八方くん、でよかったよね?」

 

 驚いて万丈の髪が二房、ピンと跳ねる。

迷いが晴れたかのような清々しい顔で笑いかけてきたその美少女に、うめくように答えた。

 

「ハイ、ヤツカタバンジョーと申しマス……」

「八方くんの将棋おもしろいね! 指しててすっごく楽しかった! もう一回やらない?」

 

 

 彼女への新たな印象は。そんな考えなど頭から燃えて焼き切れるほどに。

 

 彼女――清滝桂香の笑顔に、火のついた顔でコクコクと頷くことしか万丈には出来なかった。

 

 

 

 

 そして万丈はバカになった!!

 

 

 

 

「清滝さん、好きです!!」

「え!? えーと……友達から始めましょ」

「ぐあああっ……」

 

 早々に告白し、案の定丁重にお断りをされた。

その後、暗黙の不可侵条約を破ったと男子連中からシメあげられ、ちゃっかり桂香と友達になっていた堀戸&女子たちによって心身ともにトドメを刺される始末。

 

 

「清滝さん、最っ高に好きデス!」

「ごめんねー。これ次の授業で使うらしいから持ってくの手伝って」

「ウーッス。ギターと音叉と……トランペット? 次の授業って物理だよな?」

 

 それでもつぶれない万丈は攻めの手を打ち続けた。

 

 万丈が告白し、桂香が適当に断る。それが常態化するまで続けたのである。

ときおりドン引きされ周囲が呆れ果て、あまりのフラれっぷりとめげなさに不屈の告白オヤカタとあだ名されるほど全身全霊のアプローチをかけた。当初は万丈を避けていた彼女も、次第に諦めたのか順応した。

 

「じゃあ全部持ったし早く行きましょ」

「ちょっと待て、手伝うとは言ったが他の教材も全部押し付けるのはどうかと! 重いぃ……」

 

 ついでに万丈への遠慮がなくなり扱いがぞんざいになった。

 

 

 

「どうっすか清滝さん! この鍛えぬいた大・胸・筋!」

「すごいねー。正直ひいちゃうぐらい」

「……おい部長さんよ、反応がスゲーイ微妙なんだけど。話が違うんじゃねぇか?」

「ふーっはっはっは! ぶ、文化部の、くせに……ハリウッドみたいな筋肉! パネぇー!」

「………………アーユーレディ?」

「チャーオォウ、不屈の筋肉オヤカタ!」

「ぅぇ、堀戸ォ!」

 

 ただ玉砕するわけでは終わらず万丈は己を磨いた。

 

 気を抜けば突然跳ねる頑固な寝ぐせをねじ伏せ、以前より身だしなみに気をさくのは序の口。

全身放送事故と罵られたファッションセンスを、Tシャツがダサい程度まで矯正。

精神を削りながら恋愛ハウツーやら女子目線でみるモテる男の条件やらを徹底リサーチ。

果ては恋愛運の上がる開運スティックなるものにまで手を出し、冷静になってへし折った。

 

 桂香の好みが筋肉ムキムキのマッチョマンだというホラを吹き込まれると、栄養士並みにこだわった食事と身体が壊れるギリギリまで肉体改造を施し魅惑の世紀末ボディへと変身をとげる。

オチは噓つきと筋肉の鬼ごっこだったが。

 

 

 

「清滝さん、愛してまっす」

「はいはい知ってる。うーん……竜をここで放置するのはもったいなくない?」

 

 桂香と指したいがために将棋の腕も磨いた。

共通の話題であると同時に、万丈が一番見たい彼女は半端な腕では見れないからだ。

部員ではないもののたまに指しにくる桂香に、下手な姿は見せられないという意地もあった。

 

 祖父の蔵書の棋書をダンベル片手に読み込み、プロテインを摂取しながら詰め将棋を解き、ストレッチ中に将棋番組へ耳を傾けた。集めた知識をぶつけるべく部員をはじめ、近所の将棋道場で常連客や一番強いおじいさん、その人に勝とうとやってくる幼い道場破りを捕まえて指しまくった。

 

 他にも戦略眼を鍛えるといいぞぉとのたまうオッサンから兵法書をもらうとスクワットで熟読。

ゲーマーから瞬間の判断力が上がると聞けば格闘ゲームをやり込み、俯瞰する能力が付くと聞いてサッカー部員に教わりながらサッカーゲームにどっぷり浸かり、近所の婆ちゃんに集中力が上がると吹き込まれて太極拳体操とヨガが習慣になった。

 

 他にも、駒の気持ちを感じようと周りを巻き込んで人間将棋を実行したり、目隠し将棋を覚えるため目隠し生活を一か月続けたりもした。

 

 すべては桂香と将棋を指すためであった。

 

「そうか? ここで竜がふんぞり返ってたほうが他の駒もノリノリになるだろ」

「ごめん言ってる意味がわかんない」

「え。戦いってノリが大事なもんだろ?」

「そういうこと言ってるんじゃないよバカ」

 

 

 

 努力は実り、万丈はどういう訳か将棋が雑に強くなった!

 しかし、桂香と将棋の話をしても噛み合わなくなるという本末転倒が待っていた!!

 

 

 

 悲しみをぶつけた結果、万丈は高校生対象の将棋大会を連覇。虚しい勝利に万丈は泣いた。

 

「くっ……ちくしょぉぉ……」

 

 しかし、そこで彼を立ち上がらせる救いの手が伸びた!

 

「まったく見てらんないな!」

「中学からのダチの赤羽……?」

 

「俺たちが助けなきゃ全然ダメそうだもんなオヤカタ!」

「サッカー部の青葉」

 

「イッショにキバろうゼ……オォヤカァター」

「自称帰国子女のキバ=T=バッツ―!」

 

「……ま……楽しくやろうじゃない」

「部長の堀戸まで!?」

 

 万丈の努力に桂香の心は小動もしなかったが、友人たちの心は動かした。

その後、桂香に呆れられときに見直され、友人の手を借りたり協力するふりの堀戸に弄ばれたり。

 

 

 そんな感じで過ぎた忙しない一年間が終わる、桜咲く三月。

 

 

「清滝さーん、付き合ってくれー」

「いいよー」

「そっかー」

「……」

「……」

 

 二人きりの教室で、万丈は今日も桂香と将棋を指していた。

万丈は己の悪手によって挽回できなくなった戦況を、最後までどうにかならないかと足掻く。

パチパチと。打つ度に鳴る木製盤のもとへ窓から入り込んだ桜がひらひらと舞い降りてくる。

 

「それで、どうするの?」

「おう………………んん?」

 

 赤い顔で悪戯が成功したように微笑む桂香と髪の毛をはねさせて惚ける万丈。

 

「詰み、だよ?」

 

 将棋盤で桂馬と成香によって動けない玉へと、飾るように桜が降りた。

 

 

 

 

 

 そうして、万丈は人生の絶頂を迎えた!

 

 

 

 

 

 桂香いわく「根負け」によって始まった交際は順調だった。

 

 

「清滝さん、今日は俺がめいっぱい楽しませて……」

「帰る」

「エーッ!! 待ってなんで!!」

「ちょっ……こっち来ないで! 何なのその鎖ジャラジャラしたタキシード!」

「下手な格好で清滝さんに恥かかせられないから気合入れてきたんだぜ!?」

「その気合と一緒に歩くのは一生の恥!!」

 

 初デートに万丈が空回った結果、全身にチェーンと鍵を付けた地獄タキシードによってすべてがご破算になりかけたり、デート中に迷子になったり、桂香が作ってきたお弁当に混ぜられたピーマンをそれだけ取り除いて食べ切り「器用か!」と叱られたりしたが、おおむね順調だった!

 

 

 

「ほうほう……君が噂の万丈くんなんやな? うちの桂香と付き合いたいゆーんなら……」

 

 しかし、万丈の試練は終わらない。

 

「わしら一門に将棋で勝ってからにしてもらおうやないか!!」

「ば、バンジョーなんかにけいかさんはわたさないぞ!」

「ぶちころす」

 

 ある日。暗くなるまで指してしまったので将棋道場から常連の小学生二人を家へ送ると、彼女とその父親が待っていた。幼い道場破りこと八一と銀子はなんとプロ棋士である桂香の父、鋼介の内弟子だったらしく万丈と桂香は不意の遭遇に交際の事実をうっかり口から滑らせた。

 

 当然、鋼介の万丈を見る目が「幼い弟子を送ってくれたマッチョ」から「娘にまとわりつく悪い筋肉野郎」に変貌する。かくして、清滝一門がよってたかって万丈を攻める構図が完成。

 

「どうしてこうなんだよ……」

「ご、ごめんね。付き合ってあげて」

「いや、いいんだけどな。ただ、この娘がずっと……」

「ぶちころす」

「……しか言わないのがおっかないぐらいで」

 

 娘を守りたい親。憧れのお姉さんを渡すまいとする少年。ただ殺意の眼光を向ける白い少女。

立ちふさがる三人相手に平手でボッコボコにされながら、万丈はぶっ倒れるまで指し続けた。

 

「手をつなぐまでなら許す!」

「手!? 公然と手つないでいいんすか!? 桂香さんいいのか!?」

「待て、なんでそないに喜んどるんや。付き合っとるんだよなお前ら」

「うん。でも彼こういう人だから」

「……けいかさん。ホントにいいの、コレで」

「ふふ、慣れちゃった」

「…………くー……ぶちこ……」

 

 甲斐あって。万丈は勝利はもぎ取れなかったものの、その根性を認められ交際は一応許された。

当初とは違う意味で反対されそうになったが、許された!

 

 

 そして季節をめぐりながら万丈と桂香の日々は続いた。

 

 

春は互いに初めての恋愛を手探りで距離を縮め。

夏は海や祭りを堪能し。

秋は体育祭や文化祭を燃え尽きるまで騒ぎ。

寒い冬は身を寄せ合って道を歩く。

 

 まさに順風満帆。

世に言うリア充とは俺のことであると万丈が図に乗る程度には最高の人生を謳歌していた。

 

 

 

 そんな順風満帆で人生最っ高なリア充ライフまっただ中の高校三年の四月。

 

 

 

「万丈くん。私、本気で女流棋士になりたいの。だから……だから……」

 

 

 ――別れよう?

 

 

 窓の外で無風の土砂降りが世界を濡らす中。万丈は膝から崩れ落ちひび割れて砕け散った。

 

 

 

 リア充、体よくフラれたってよ。

 

 

 





 ボルテックフィニーッシュ! イエェーイ!

 もし桂香が女子校出身と判明した場合、この話は隠れ身の術でドロンします。


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