これを読んだあなたは「桂香ってこんなキャラじゃ無くね」というだろう。
だが待ってほしい。某 銀〇の姉上もメガネとチャイナには良いお姉さんだが、ゴリラ相手には姉ゴリラの本性を表すだろう。それと同じ理屈だと採点を甘くしてほしい。
無理か。
私、清滝桂香には悩みがある。
「清滝さん、君が好きです!」
「いつも通りに切り捨てるね」
「いつも通りにゴメンされた!?」
高校入学直後から毎日のように告白してくる八方万丈くん。彼がその元凶だった。
「くそぅ今日も同じ展開なのかよぉ……」
「で、今日はなにが変わったの?」
「昨日ようやく届いた『恋が成就する開運ナンバースティック』を着けてきた……!」
「それでどうしてうまく行くと思ったの!?」
「だよなチクショウ!」
取り出したスティックをなにが開運だー! と泣きながら膝で蹴り折る姿を苦笑いで眺めた。
こんなやりとりが、もうかれこれ二ヶ月も続いている。
きっかけはクラスメートの堀戸千絵。
どこから聞きつけたのか私がプロ棋士である清滝鋼介の娘だと知った千絵は、入学早々立ち上げた将棋部に私を入部させようと勧誘してきたのだ。
嫌だった。確かに私は父に将棋を教わっていた。でもそれはもう昔の話で、今は将棋の存在なんて考えたくないほど嫌いだった。
「一回だけ顔出してくれるだけでもいいから! 顔だけ、顔だけ!」
問題はそう言っても千絵が引き下がらなかったこと。
教室でお手洗いで、ときにゴミ箱に隠れて待ち伏せられて。あまりのしつこさにいい加減疲れてしまった私は、ナンパ男のような提案につい妥協してしまい彼女に連行されたのだ。
「よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
そこで指したのが部員の八方くん。
将棋歴は浅いというそのクラスメートには悪かったけれど、連れてこられて不機嫌だった私は適当に相手をしてさっさと帰ろうと乗り気じゃなかった。定跡もなにもないような序盤の動きで、思惑通りにすぐ終わるだろうと侮っていたのも束の間。
その一局が私に火を灯した。
久しぶりだった。
頭の中に将棋盤をいくつも広げるのも。
駒を持つ手が踊るように動くのも。
思い描いた筋を盤面で実現することも。
相手は次にどんな手を指してくるんだろうってワクワクするのも。
ブランクも将棋が嫌だってことも忘れて、目の前の将棋に没頭した。
この手はどう? なんでそんなところに……そっか! そこにいかせるほど甘くないよ。そんなのじゃダメ。これで形勢はこっちのもの。え、さっきの悪手が!? だったらこう!!
熱かった。冷めきっていた心の奥に火を付けられたような興奮があった。
「ありがとうございました! 八方くん、でよかったよね?」
対局は私の勝利。満足感と興奮冷めやらぬまま八方くんにもう一局の約束を取り付けた。
「清滝さん、好きです!!」
「え!? えーと……友達から始めましょ」
「ぐあああっ……」
それは悪手だったと三日後の私はその日の私の迂闊さを呪った。
どういう訳か、翌日から彼は私に付き合ってほしいと付きまとってくるようになった。最初に断ったときにお友達から始めましょう、なんて言ってしまったのが失敗だったと後悔する。
そう返事をされて本当に友達になろうと接してくる奴があるか。そして一晩たったらまた告白してくる奴もいてたまるか。
最初は困ったことになったな、と嘆息した。だって、好きでもない相手にそんなことをされてもはっきり言って鬱陶しいだけ。
もう一人のしつこい方は流石にそんな私の状況に同情してくれたのか、もう部活に勧誘をしてくることは無くなった。要するに追ってくる人が変わっただけ。前とは別の理由で将棋を嫌いになりそうだった。
「賭け将棋?」
「そう。それで私が勝ったら、もう告白なんてして来ないで」
八方くんからの猛アタックが一週間ほど続いたころ。
そろそろなんとかしたかった私は千絵に相談した。小学校からの腐れ縁だという彼女なら彼をどうにかする方法を知ってそうだったからだ。
「もし八方くんが勝ったら一回だけデートするぐらいなら付き合ってあげてもいいよ?」
他の友達も交えて相談し検討した結果、八方くんに賭け将棋を持ちかける案を採用した。
彼の将棋は定跡外の手ばかりで面白かったけど、だからこそ粗だらけで付け込める隙も多い。最初に指した時は油断して拮抗したが、最初から本気で指せばブランクのある私でも間違いなく負けたりしない。それぐらいの実力差なのはわかってる。
万丈の頭じゃそんなの測れないからデートを餌にすれば後は楽勝、とは悪い顔した千絵の談。
騙すようで悪いとは思ったが、賭けなんて騙される方が悪いのよと彼女に背中を押された。
早く解放されたかったのもある。今は銀子ちゃんたちの手前、家では二人のお姉さんとして色々気を使わなければならない。それは苦じゃないけれど、学校でまで気を使うようになるのは勘弁してほしかった。
「あー……」
私の提案に八方くんは難しい顔をしていた。一も二もなく飛びついてくると予想してたのに。
「嫌なの?」
「そうじゃねぇんだけど……なぁ、俺が勝ったときの条件変えてもいいか? デートじゃなくて」
「……何?」
「俺が勝ったら、これからも告白するのを許してくれ」
予想外の返答。その妙に遠回しな要求に疑問符が浮かんだ。
「勝ったら付き合ってくれ、じゃないんだ……?」
「そりゃそうだろ。こんなので嫌々付き合ってもらったってなんも嬉しくねぇよ」
「ふぅん」
景品じゃねぇんだから、と当たり前のような顔で駒を並べだす八方くん。
変なとこ律儀だなーと対面に座りながら、彼への評価をすこし改めた。
そして、その対局は――――。
「う、そ……っ」
私の、負け。
最初に対局したときよりも格段に強くなっていた。あのときから本格的に将棋の勉強をし始めたそうだ。後にその勉強の中身を聞いてみると一部を除けば初歩の初歩、むしろそんなこともやらずにあれだけ打てていたのかと気づいて驚かされた。
「ふぃ~……」
「……」
「………………なぁ、清滝さ」
「八方くん」
「ん、どうした……?」
「指そう」
「え」
でもそのときはなにもかもどうでもよかった。
ただ悔しさで一杯だった。悔しさで内側から焼け焦げるような感覚も久しぶりだった。
「いいから。もう一局」
「あの、賭けは……?」
「何度でもしてくればいいでしょ全部フッてあげるから! そんなことより将棋!!」
髪の毛が変にはねてるその男子を逃がさず、その日は勝ち越すまでムキになって連戦した。
「清滝さん、俺は貴女に夢中でっす!」
「私は詰将棋解くのに夢中だからごめんね」
「二手で即詰みした!?」
「そろそろ諦めて告白してくるの辞めない?」
「そんな! 俺に死ねってのかよ!?」
「なら私が告白受け入れたら八方くん死ぬよね」
「そうなったら完全勝利の喜びで不死鳥の如く生まれ変わるって!」
「今のところ不死鳥どころかゾンビだよ?」
大げさに嘆く八方くんをバッサリと切り捨てる。なんだかんだと関わってる内に遠慮するような間柄ではなくなっていた。あと告白を断るレパートリーがやたらと増えた。遺憾だった。
私はほんのすこしだけれどまた将棋に向き合い始めた。
まだ父に……師匠に向き合うのはためらってしまって、隠れてこっそりと、だったけれど。八方くんを相手にするにはまだそれで十分だったから。
こうして私には、何ヶ月たっても毎日のように告白してくるライバルができたのである。
己の理解力の無さを屁理屈で誤魔化そうとしたことを深くお詫びいたします。
誰か代わりにもっと書いてくれ桂香ヒロインの小説……! 八銀も天衣も良いけども!