これをりゅうおうのおしごと!の二次創作と騙る勇気。
「オヤカタ早まるな! 考えなおせって!」
蝉が合唱する晴天の1学期終業式。その直後のこと。
赤羽が自殺志願者を引き止めるように万丈をとがめた。
「大げさだな……別に危ねぇことするわけじゃねぇだろーが」
「いやいやいや! オヤカタだと地雷原をバイクで突っ切るのと同じだよ!」
呆れてこぼす万丈のボヤキを青葉が青ざめた顔で否定する。
「まだ人生ながいゼ。命投げ捨てるのはモッタイナイよ」
「だから死ぬかって。キバッTまでなんなんだっつの」
穏やかに諭すのはキバ=T=バッツ―。
三人とも万丈にとって特に気の置けない良い友人たちであった。
三者三葉。それでも皆一様に万丈を案じて彼の計画をやめさせようと必死であった。
というのも。
「ただ夏休み使って流行りの『自分探しの旅』に出るっていってるだけじゃねぇか」
「それが致命的なんだよこのド方向音痴が!」
「その流行りとっくに終わってるんだよ!」
「最悪アノヨへ迷子になるナ」
野営装備を満載した愛用バイクにまたがる万丈へ三方向から反論が打ち返された。
その重装備は何だと青葉が問いただしてからずっとこの調子である。
たかがひとり旅。しかしそれを行うのは他ならぬ八方万丈。
数多ある万丈の欠点が一つ、方向音痴。
その酷さたるや、目的地が北にあれば西北西へ歩き出し、海へ集合をかければ砂浜ではなく崖の上へたどり着く。通学路ですら普段と違うルートを選ぶだけで迷う絶望的方向感覚。
ひとり旅なんぞ始めた日には、最悪の場合はどこぞの樹海にでも入り込んで文字通り死ぬまでさまようハメになるのは火を見るより明らかだった。
赤羽たちの懸念は至極まっとうな物。
だが、己が身を案じるがゆえの怒りに対し、万丈はやたらと不敵に鼻を鳴らした。
「そうじゃねぇんだよ。俺のこの旅は迷子になったら終わりじゃねぇんだ」
「じゃあどういうことなんだ」
「その方向音痴を治すために旅に出んだよ」
「治す? どうやって」
半目で睨む赤羽に万丈は自信満々に答える。
「俺は一度通った道は流石に迷わない! そうだろ青葉」
「うん、まぁ……でもそれそんなドヤ顔で言うほどのことじゃないよね?」
まったく自慢にならないことを誇る友人に青葉は心底呆れた。
万丈は記憶力がある方である。
今までの人生においても自分に必要な道は、地図も勘も頼れないので目と脚で覚えてきた。
誤って入った道も一度通ればどこへたどり着くか忘れたことはない。地元の道は頭に入っている。
全ルート迷子済みだ。
この方向感覚は筋金入りだが勝手知ったる道は例外。
そこから導きだした方向音痴の治し方とは、つまり。
「日本中を迷って道を覚える!二度と迷子にならないための『日本一周迷子旅』なんだよ!」
「旅にデル前から頭がマイゴになってるゼこのバカ!?」
「そして旅の間はピーマンだけ食う! ついでに苦手を克服して健康的な食生活だ!!」
「むしろ不摂生ジャネーか!?」
片手にピーマンをかかげながら吠えるバカのあまりに頭の悪い発想にキバが吠える。青葉など開いた口が塞がらなくなっている。残る赤羽は万丈へと当然の疑問をぶつけた。
「だいたいさ俺たちもう受験生なんだぞ。んなことしてる場合じゃないだろ」
「……あぁ。そんな場合じゃねぇから、無理にでもやるんだよ」
うって変わって神妙な面持ちになった万丈は、雨の気配などない青空に手を伸ばす。
その腕は三か月前の万丈の腕とは似ても似つかぬ細いものだった。
「テメェらだってわかってんだろ。このままじゃ俺はどうにもダメなままだってな」
桂香から別れを切り出された雨の日から、万丈は壊れた。
顔面からは力が抜け常に上の空。酔っ払いの二日酔いでもこうはならないだろうほどやつれ、筋肉もしぼんだ。何も身が入らず将棋は全敗。素人の新入部員にすら負ける体たらく。
他にも習慣になっていた太極拳は体操と拳法を間違えまさかの習得。ヨガにいたってはうっかり宙に浮いて講師の河内がなんやと!? と腰を抜かした。
当然、勉強も手につかず成績はがくりと落ちた。赤点で補習となるのを回避したのは運が良かったのか逆に悪かったのか。
「区切りをつけてぇんだよ……このままじゃ受験どころか年単位で腑抜けのままだ」
「オヤカタ……」
別れを切り出された直後の万丈は崩れ落ちはしても、それを拒むことも揉めることもなかった。
曲がりなりにも彼氏として付き合う間に桂香の
そうでなくとも生半可な覚悟と努力では彼女が目指す夢を達成するなど到底無理であることも。
自分と過ごすことに時間を割いていられないことも。
わかっていた。
わかっていたから素直に受け入れた。
愛する彼女の夢のためだ、嫌われたからでもないのだしと己に言い聞かせた。
ただその甘い考えが自分にとって想像を遥かに超えた悪手だったというだけだ。
普通に会話を試みると、どこか鼻白んだ空気が二人の間を漂った。両者の温度差から生まれた凍りつく気まずさが、一切の容赦なく万丈をガリガリと抉った。
後悔した。
後悔したことが悔しかった。
将棋のために別れたことが悔しいのではない。その程度で桂香を、その夢を素直に応援できなくなった自分が情けなくてたまらなく悔しい。
方向音痴を治す。好き嫌いを無くす。ただのついでだ。
本当はズルズル引きずるそんな女々しさと器の小ささを何もかも振り切るための傷心旅行なのだ。
「んじゃなテメェら、新学期で会おうぜ!!」
だから万丈はピーマン片手にバイクを吹かして旅に出た。日本地図を轍で埋めるのだ。
「あん? なんだこの看板。日本語書いてねぇじゃねぇか」
そして気付いたときには国外へ脱出していた!
そのまま世界一周迷子旅が始まったのである!!
「桂香さんー! アイラビュー!!」
「フン……日本の猿が俺の『風都タワー』を理解するとはな」
「へっ、路地裏のロバ男爵が俺の歌に耐えるとはな。仲間内だと鼻歌も封印させられたのに」
「お前は……強いな……」
「……楽しかったぜ、お前とのデュエット」
とある貧民街で万丈は夢破れたロックシンガーと固く握手を交わした。
フラフラ迷っていると、旅行者を狙いのスリに財布と一応あったパスポートを奪われた。
同じ被害にあったサーファーと一緒にそれを追った先で、貧民街のリーダーである彼から「ここで弱い者に与える物などない。奪い返したければお前の強さを見せろ!」となぜかチェスを挑まれなんやかんやでデュエットして和解。
握手を交わす二人の足元には殺人音波の二重奏に仕留められた人々と動物が転がっていた。
財布などは取り戻し、その後なぜかスリの女に感謝され連絡先を聞かれた。
「桂香さーん! ビィチャムドハイルタィ!!」
「兄さん頂上だ……僕たちは頂上に、着いたんだ!二人とも、生きて……!!」
「ああ……ヤケに朝日が目に沁みやがる……」
ある大きくそびえ立つ山の頂上から夜明けに向かって叫んだ。
万丈はとりあえず旅を続け、まず過酷な環境で鍛えて元の筋肉を取り戻そうと山へ。
途中で遭難してた兄弟をダンベル代わりに拾ってそのまま登り切り、元より強靭な筋肉を得た。
お礼したいという小説家兄弟を相手に、持ってたシャタルでそのままエクストリーム対局。
下山後、万丈の世紀末ボディに見惚れた山の麓のオカマに誘われたが命をかけて丁重に拒んだ。
「桂香すわぁん!ウォーアイニー!!」
「ホワチャー!? 奥義伝授ホーイ!」
「なんて男だ……覚えた奥義を老師の腰を治すためだけに使うだなんて、なんて無駄なことを!」
「バンジョーありがとネ! これでまた夜の街に繰りだせるヨー!!」
「いや労われよ腰」
ある国の料理店では怪しい老人店主の腰を、習った拳法を打ち込んで治療。
五千年の歴史と言いつつ三日ですべて覚えられる謎のインチキ拳法だが、旅の役に立った。なお、店の本で学んだ料理と整体の知識の方が旅で大いに役立つこととなる。
中国将棋を指している途中、後継者として孫娘の婿になってくれと頼まれたが返事代わりにインチキ拳法を打ちあった。
「桂香ずぁん! ポムラクゥン!」
「おばあちゃんが言っていた。『恋とは心が下に落ちる浮遊感』だとな。お前は俺の『恋する麻婆豆腐』を口にした……その意味を理解できたか?」
「トキメイたぜ……俺の負けだ」
「いや負けないで下さいよ! 僕たちの命がかかってるんですよ!?」
「はっ! 危ねぇ、料理する前に棄権しそうになっちまった……!」
「フッ甘いな」
「お上がりよ! 俺の『愛は負けない麻婆豆腐』を食らえ!」
「フッ辛いな」
ある街ではトラブルに巻き込まれた日本の料理人とともに地下料理界で戦った。
ピーマンを切らして倒れた万丈は助けてくれた彼らと、命がかかったお豆腐料理五番勝負に参加。
勝負は最終的に虎を放った主催者と、メス虎に懐かれた万丈によるマークルックで決着した。
巨大な壁に三分割された内戦続きの国では、変なガスを浴びて前後不覚に陥り。
美味そうな果実が実るざわめく森では、白服の金髪男と闇のチャトランガで変なリンゴを賭け。
風車が彩る風の止まない都市では、危険な薬物をムリヤリ注入されそうになった。
いくつもの世界を巡り命の危険が山ほどあった旅の中でようやくピーマンに慣れた万丈は気づいた。己の悩みのちっぽけさと、極限状態に近づくほど心を埋め尽くす彼女への慕情に。
彼氏彼女じゃなくなったからなんだ、死ぬわけじゃなし。
彼女を応援したいなら、大事なのは自分が彼女を好きでいることだけだ。生きてるんだし。
彼女が自分を好きである必要はない。彼女の幸せを願うことだけだ。命ある限り。
「……なんとしても帰らねぇと。赤羽たちとの約束もあるしなぁ」
そんなことを日本へ向かうイカダの上で雲一つない青空を見上げながら悟る。
そう、生きていることがなにより大事なのだ。
決意を新たに、行く手を阻む荒波とイカダを壊しそうな程じゃれつくイルカたちに挑んだ。
「桂香さんンン、愛してるぜぇ!!」
この中に一行、原作キャラがいるかもしれない。いないかもしれない。