ソードアート・オンライン~狂人伝~   作:ふーま

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茅場晶彦視点、始まりの儀の前


夢に見た世界

君達は、剣の世界を夢見たことはないだろうか。

剣を取って怪物や敵と戦う神話の英雄に憧れたことは。

戦場で輝く騎士や戦士になりたいと思い、おもちゃの剣を振り回して想像の世界に遊んだことはないだろうか。

豪快で陽気な傭兵や海賊の酒盛りに参加したいと思ったことは。

そして世界を救う英雄譚に憧れたことはないだろうか。

ここにはその全てがある。

ここでは憧れが現実となり、己の剣とただ一つの命だけでどこまでも道を切り開くことができる。

これまでの現実に別れを告げ、これまで物語の世界だったここが現実となるのだ。

亜人の戦士と、剣技を競い合うのもいいだろう。

ドラゴンなどの強大な敵に己の全てを賭けて挑むのもいいだろう。

仲間と力を合わせてボスを打ち破り、勝利の美酒と宝物に酔うのもいいだろう。

己の才覚のみで大商人にあることも、伝説の武器を生み出す名工を目指すのもいいだろう。

得たアイテムと金で、自分の家を買い、生活するのもいいだろう。

己の心に一本の剣を掲げて思う存分、華々しい物語の世界を生きたいとは思わないか。

ここにいる選ばれた君たちがこの憧れに共感してくれるのなら私にとってこれほど喜ばしいことはない。

これはゲームではあるが現実であり遊びではない。

ただ一つの命をもって、それぞれの物語を切り開いてほしい。

どうしてここまでするのか、と聞きたい者もいるだろう。

君たちも知っての通り、元の世界ではその憧れはかなわないからだ。

剣が主役だった時代もあったが、それは決して私たちが望むような世界ではなかった。

神話の英雄は神々の愛憎などのくだらないものに振り回され多くが悲劇をたどった。

ドラゴンやオークなどの怪物はおらず、他の生物との戦いは罠と飛び道具に頼り、刃物など解体にしか使わなかった。

戦場での騎士の戦いなど形式だったもので派手な斬り合いも少なく、歴戦の戦士も弓や石ころなどの飛び道具で死ぬ。

戦争のきっかけは大抵が欲望にまみれたもので世界を救う戦いなどなかった。

傭兵は金目当てで真面目に戦わず、彼らの宴は略奪と虐殺と女子供の悲鳴を伴う。

ダメージは包丁で皮一枚切ったものでさえ痛みと血は想像以上だというのは経験したものも多いだろう。

1/4もダメージを負えば数ヶ月はまともに動けなくなるし、当たりどころによってはあっけなく死ぬ。

軽い怪我でも細菌が入ればそれだけで死に至ることも多々あった。

移動や装備の重さによる疲労や飢えや病で戦うことさえできないことさえある。

そのような現実は私達の望むところではない。

それを経験したければ、ここに来る為に使った資金で紛争地帯にでも行けばよいのだから。

だから私は、この世界を作ったのだ。

ただただ、理想の世界を現実にするためだけに私の人生はあった。

オンラインゲームの形を取ったのは、これが現実とは別の世界を作り、多くの人間を集める為に最もふさわしかったからだ。

私はこれまでもいくつもゲームを作ってきた。

だが、これまでのオンラインゲームでは、世界だけは作れても私達はただ外からキャラクターを操り眺めることしかできなかった。

それでは私の願望には足りなかった。

私はこの世界を、この天空に浮かぶアイングラッドをその目で見、その脚で歩きたかったのだ。

この手の夢物語は、私のゲームのユーザーからも時折聞かされたものだ。

君達もそう思ったからこそ、このゲームを手にとってくれたのではないだろうか。

だから私は夢物語を現実にするためにナーヴギアを作ったのだ。

この世界はデータであり脳が見ている幻想だと君達は思うかもしれない。

だが、考えてみて欲しい、それは現実世界でも変わらないのではないだろうか。

現実世界で見るもの聞くこと触れるもの、それは全て神経から送られる電気信号が脳で処理されて感じるものにすぎないと思わないか。

この世界ではその電気信号がナーヴギアを通じて送られるというだけで結果としては変わらないではないか。

全ては幻想でありまた同時に現実である。

この理論の正しさは、ナーヴギアが完成し、君達がここにいることで証明できる。

前置きはこのあたりでいいだろう。

これは現実あるが故、死ねば終わりだ。

いくらでもやり直せるのであればどんな難関も色あせてしまうのだから。

そしてこれはゲームでもあるが故に100層全てのボスを攻略すればゲームも終わり、再び現実は入れ替わる。

ゲームには終わりがあるべきなのだから。

私の世界を踏破し、突破し、撃破してみたまえ。

それまでこの世界を堪能してくれれば私としても嬉しい。

これは私がやりたかったことであり、ただそれだけのことにすぎない。

君達も、自分のやりたいことをやりたいようにやりたまえ。

その中でこの世界を堪能してくれるのなら私にとってこれ以上喜ばしいことはない。

それでは、諸君らの検討を祈る。

 

 

 

 

 

録音が終わった。

ソード・アート・オンラインの完成の祝杯を上げた後勢いで録音したものだが、やはりこれは使えない。

これは皆で行うゲームなのであり、私の演説会場ではないのだ。

私の価値観で彼らを歪める訳にはいかない。

それに酔っていたせいか肝心のことをまともに伝えていない。

ゲームクリアまでログアウトが不可能なことや、ここでの死は現実の死であることはもっと直接的に伝えるべきだ。

さらに現実であることを実感させるため、アバターによる変装を解除する仕掛けを発動する必要があるのだが、この文章から続けるにはつながりが悪い。

そして何より私が真に求めたものは、剣ではなく天空に浮かぶあの世界そのものであるのだし。

まあ、それを抜きにしても彼らに現実を強いるのに私が録音では失礼ではないか。

相手に望むのなら、こちらも可能な限りフェアでなくてはならない。

別に用意した原稿を元にするとしよう。

始まりの儀を失敗するわけにはいかない。

それにしても、これがこのパソコンから外に流れていたら私の計画は水泡に帰していただろうな。

まあ、外部の人間にこの世界を破壊されないようセキュリティと隠蔽工作は万全にしてはあるのだが。

外部から破壊されるのは興ざめだからな。

私の世界を破るのは、世界の内側の人間であるべきなのだから。

魔王を倒すのは、その世界に生きる勇者であるべきなのだから。

そろそろ世間も騒ぎだしたようだ。

中のプレイヤー達も出揃い、そして気づき始めただろう。

気が熟すまであと半時といったところか。

さあ、最後の点検をするとしよう。

ご来賓の方々に完璧な場を提供することこそが主催者のするべきことなのだから。

 

 

 

 

 

「遊びをせんとや生れけむ」

 

いつの間にか、歌を口ずさんでいた。

1000年以上受け継がれた、古い歌だ。

そう、私も遊びをせんと生まれたのだ。

 

「戯れせんとや生れけん」

 

この歌を後世へ伝えたあの法王のように、私も大勢の人間を巻き込み戯れよう。

かつて武士や騎士が夢を持っていた時代のように、ギルド同士が競い合うのを楽しもう。

あの世界で彼らがどう生きるのか、それが見たい。

 

「遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ」

 

さあ、仕事が終われば私も行こう。

彼らが遊ぶ世界へ。

私の作った世界へ。

子供の頃からの、夢だった世界へ。

 

 

 

準備も整った。

時も頃合、世界に散ったプレイヤーを集めるコマンドを発動する。

問題なく起動、突然のことにざわめくプレイヤーたち。

聴衆は眼前、言うべきことはすでに頭の中。

さあ、始まりの宣言をしよう。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

現実を、始めよう。

 

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