【完結】魔法少女奇譚   作:ふーま

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家と家無き子

見滝原の隣町、巴マミが消えた夜のこと。

鉄塔の中ほどに、一人の少女とキュゥべえがいた。

その少女は長い赤毛をポニーテールにしてまとめ、パーカーとホットパンツ姿の活発そうな容姿をしていた。

 

「巴マミが消えたって… 

 死んだのとは違うのかよ?」

 

キュゥべえが語ったのは、マミが魔女と共に消失した経緯だった。

その場にいた少女達が枕を涙で濡らしているのと同じ時間に、変わらぬ赤い目を鈍く光らせて淡々とその話を終え、眼前の少女の疑問に変わらぬ声で答える。

 

「僕にもわからないよ。

 マミも、マミが戦っていた魔女も死んでいないというのはなんとなくわかる。

 ただなんというか、混じりあって別の何かに変わってしまったようなんだ」

 

その答えに、少女はひっかかるところがあったようだ。

 

「おい、魔女と魔法少女は敵同士で真逆の存在のはずだろ。

 それがなんで混じりあうのさ。

 魔女と魔法少女が実は近い存在だとでも言うのかい?」

 

「それは…いや、そこは問題じゃないよ、佐倉杏子。

 君にわざわざ見滝原まで行って欲しいのは、そこにいるもう一人の魔法少女と、彼女に付き従う魔人のためさ」

 

少女、佐倉杏子の言葉に、キュゥべえは彼には珍しく逡巡したように見えた。

 

「消えたマミを探してくれってんじゃないのかよ。

 お前はあいつの友達じゃあなかったのかい」

 

「………」

 

その問いかけに、キュゥべえは無言を貫くだけだった。

 

「マミのやつも浮かばれないね。

 いや、まだ死んでないんだっけか。

 まあいいや。その魔法少女って何者?

 あんたと契約した願いでランプの魔人でも出したのかい」

 

杏子の興味も、キュゥべえの語った魔法少女と魔人のほうに移ったようだ。

単に、マミのことでキュゥべえをこれ以上問い詰めても何も進展はないだろうというのがこれまでの付き合いで分かっていたからというのもあった。

 

「僕にもよくわからない。

 さっきの話の中でも触れたけど、魔法少女の名前は暁美ほむら。

 黒い長髪で、マミと同じ学校の生徒だ」

 

杏子は、はあ?、と怪訝そうに首を傾げた。

 

「よくわかんないって、そいつもあんたが契約したんじゃないの?」

 

「そうとも言えるし違うとも言える」

 

「なんだそれ…」

 

首を傾げたままの姿勢で、不満そうに声を挙げる。

わざわざ人を呼び出して一仕事させようというのに、情報がないというのは不親切にもほどがあった。

けれども、キュゥべえはその不満そうな顔を見てもペースを崩すことはなかった。

 

「暁美ほむら、彼女らは極めつけのイレギュラーだ。

 あの魔人が絡む事態は僕の想像を遥かに超える、だが、暁美ほむらは魔法少女以外の何者でもないのも確かだ。

 いったいどういう行動に出るか予想もできないし、あんな魔人を生み出す願いなんて僕には想像もつかないよ。

 だから、この街は彼女ではなく君にまかせたい」

 

そう、杏子を呼び出した理由を告げるのだった。

 

「…あんたの都合に踊らされてるようで癪だけどさ、こんな絶好な狩場をみすみす見逃すわけにもいかないよね。

 いいよ。

 乗ってやるよ、キュゥべえ」

 

杏子はその申し出を受けることにした。

キュゥべえのうさんくささは増したが、そういう奴だというのはこれまでの付き合いでなんとなく分かっていたことだ。

魔人のことは気にはなるが、見滝原が格好の魔女狩りの場であることもまた事実。

それに、他にやりたいこともあったからだ。

 

「君ならそう言ってくれると思ったよ。

 じゃあ、頼んだよ」

 

そう言ってキュゥべえは夜の街へと消えていった。

一人残された杏子は、何かを思うように一人、鉄塔の上で朝まで星を眺めていた。

 

 

 

 

 

翌日、見滝原に着いた杏子は、今日は移動で疲れたから休むと言ってキュゥべえと別れ、一人夕暮れを歩く。

キュゥべえにはほむらを監視させ、何かあったら呼ぶようには伝えてある。

 

(…巴マミ、あのやろう、いったいどこにいきやがった…)

 

杏子はソウルジェムを取り出し、巴マミの波動を探りながら歩いていた。

杏子とマミとは魔女の結界内で出会い、幾度か共に戦ったこともある仲であった。

まだ魔法少女になりたての杏子にマミは優しく、戦いの手ほどきを授けてくれた。

正義に燃える二人の魔法少女は意気投合しお互いの家を訪問するほどだった。

だが、ある事件をきっかけに、杏子は魔法を自分のためだけに使うようになった。

それは、人を救おうとするマミと最後まで相容れず、結果として杏子は見滝原市を離れた。

マミの生き方から離れなければ、その事件で受けた衝撃から自分自身を保てなかったのかもしれない。

離れてからも、かつての自分と同じだったマミのことは少々気に掛かってはいた。

それでも相手が死んだのであれば、自分を納得させて利己主義を貫こうとすることができただろう。

だが、助けられる可能性があるのなら、手を伸ばそうとしてしまう、そこが彼女の本質だった。

悪態をつきつつもマミを捜すように、杏子は元々他人思いの少女なのである。

もっとも、キュゥべえがこの探索に気づいていない以上、利己的な魔法少女の仮面は健在なのだろう。

利己的に生きようとしている自分のこんな姿を見られるのは少々恥ずかしかったし、マミへの友情を示さなかったキュゥべえを連れてくる気持ちにはなれなかった。

 

「……結局、残り香に誘われただけだったか…」

 

目の前の表札には、巴の文字。

街をさまよい歩いた末にたどり着いたのは、マミの生活していたマンションの一室だった。

生者の気配のしない、シン、とした静寂と黄昏のみがそこにあった。

彼女が生きているのなら、助け出したかった。

結局、自分には誰も救うことができないのか。

掴もうと手を伸ばせばそれは失われ、皆目を放した隙にいなくなる。

世界を覆う夕闇と同じように虚しい気持ちを抱え、ただ、主を失った部屋を確認すべく扉に手をかけた。

 

 

 

 

 

「ようこそ、『忘れられた子供たちの家』へ」

 

「…は?」

 

そこにあったのは、マンションの一室にしてはやたら広く、そしてにぎやかな空間だった。

手前こそゆったりとしたマンションらしい洋間だが、その奥にある扉の窓からは、お菓子のような遊具の並ぶファンシーな空間が覗いていた。

横にある扉からは、図書室なのだろうか、本棚が見える。

そう、例えるならば保育園や託児所といったものを意識させる空間だった。

そこかしこを子供達が走り回ったり、お絵かきをしたりと思い思いにすごしている。

奥の部屋では、子供達が恵方巻きにピエロの顔がついたようなものにまたがって宙を飛んでいる。

そして洋間の中心にある低いテーブルの奥に、先ほど杏子が思い浮かべていた少女、巴マミが微笑みながらたたずんでいた。

 

「マミ、あんたは消えたんじゃなかったのか?

 それにここ、魔女の結界かっ!?」

 

杏子は困惑を抱きつつも、変身し臨戦態勢をとる。

このような不思議空間は魔女の結界以外にはありえなかった。

それに子供たちはともかく、宙を浮く恵方巻きや子供達におもちゃにされてる渦巻きの顔を持つ犬のようなものは魔女や使い魔に違いなかった。

 

(マミのやつは、魔女に取り込まれちまったのか)

 

そう杏子が思うのは当然のことだった。

それに対してマミは落ち着きを崩さずに応える。

 

「50点、といったところね。

 その答えは、正解であって、正確ではないわ」

 

「どーいう意味だ。

 ちゃんと説明しろ!」

 

はぐらかすかのようなマミの返答に、杏子は声を荒げた。

 

「わかったけど、落ち着いてくれるかしら。

 ここはあなたの敵ではないわ。

 それに、私達は敵対していたけれど、あなたがここに来れたということは、やっぱり私達は似たもの同士なのでしょうね」

 

杏子の怒気をさらりと流してそう言うとマミは腰を上げた。

 

「ちょっと長い話になるかもしれないから、座ってて。

 紅茶とケーキを用意させてもらうわ。

 あなたの疑問にもちゃんと答えてあげるから」

 

その言葉には敵意も違和感もなかった。

以前会ったマミのままである。

その穏やかな仕草に、声を荒げたことでこっちを向いた無数の子供たちの好奇の視線を前に、杏子の毒気はすっかり抜かれてしまった。

杏子は少し赤くなり、魔法少女の変身を解かないまでも、魔法少女としての武器である槍をしまってテーブルの前に座った。

キッチンで紅茶の用意をするマミを見ながら、周囲を観察する。

そこにいたのは、それこそ幼児から中学生くらいまでの子までさまざまだ。

服装もさまざまで、中にはまるで江戸時代や明治時代から来たのかというくらい時代掛かった格好の子供、目隠しをした少年までいる。

いったいここは何なのか、杏子が考えていると、準備を終えたマミがやってきて紅茶のカップを差し出す。

そこに横から、キャンディのような頭をした少女の人形がちょこちょことやってきてケーキを置く。

 

「うわっ」

 

突然のことに杏子は身を引いて身構えてしまう。

マミはそれを見てくすくすとやわらかく笑いながら言う。

 

「ありがとう、シャルロッテ。

 かわいいとこあるのね、佐倉さん」

 

恥ずかしいところを見られて杏子の顔がかあっと赤くなる。

照れを隠すようにマミに問いかける。

 

「それよりもさっきの話だ。

 いったいここは何なんだ?」

 

マミは自分の紅茶を一口飲むと口を開いた。

 

「ここは、『忘れられた子供たちの家』。

 一人ぼっちになってしまった子供たちを受け入れる『物語』よ」

 

理解できていないという顔の杏子に向けてマミの説明は続く。

 

「世界には、私達が普段生活している世界のほかに、その心の深遠を写した異界というものが存在するの。

 それは普通、認識できないけれど、二つは隣り合っているわ。

 都市伝説や怪談、神話や民話の類は聞いたことあるわよね。

 魔法少女だったころ、あれは魔女の仕業だとばかり思っていたけれど、よく考えればそうとは言い切れないものも多いわ。

 それらには、異界が関わっているものが多いのよ。

 魔法少女の魔法とは別に、その異界の力を使った魔術というのもあるらしいしね。

 異界は、それらの話で伝わるような怪異といった形で現実に影響を与えるわ。

 そして、異界の存在は、『物語』によって形をなすの」

 

そこでマミは紅茶をもう一口すすり、一息ついて話を続ける。

 

「私が最後に戦った魔女は、病院で亡くなった子供や、子供を守るために切り離された孤独や寂しさの感情の集合体だったわ。

 私も家族を亡くしてずっとひとりぼっちだったから、彼らの気持ちが良くわかった。

 気がついたら魔女の差し出す手を取っていたわ。

 助けてあげたい、ひとりぼっちなんかじゃないってね」

 

杏子には、いきなり話される異界うんぬんの話は理解しきれない。

だが、マミの気持ちはよくわかった。

嘘を言っていないであろうことも。

マミは、そのときのことを思い出すかのように目を瞑っていた。

そして目を開け、お茶目に微笑んだ。

 

「気がついたら、この空間にいたの。

 こうなったのは、暁美さんと一緒にいた神野さんのおかげなのでしょうね」

 

「神野って、暁美ほむらに従う魔人か?

 いったいあいつ何者なんだ?」

 

キュゥべえの言っていたイレギュラーの名前が出てきて、杏子が身を乗り出す。

 

「彼はさっき話した異界の住人。

 魔人で、本当の願望をかなえてくれると言うらしいわ。

 私は、ずっと望んでいたのよ。

 ひとりぼっちになりたくないって。

 魔法少女として戦っていたのも、自分と同じふうな子供を作りたくなかったからなの。

 ひとりぼっちがいやなのは、戦っていた魔女もいっしょだった。

 二人の願望が交じり合い、魔人の力が加わった結果、異界にこの部屋が顕現したというわけ。

 この『物語』は、ひとりぼっちの子供を掬い上げるの。

 異界や魔女の結界に捕らわれてしまって彷徨う魂をね。

 そうしてやってきた子供達もいるのよ。

 始めは子供たちもおっかなびっくりだったけど、今では皆仲良く遊んでいるわ。

 そしてあなたみたいに、ひとりぼっちをさびしいと思っている人も現実から引き寄せてしまうこともあるみたいだけど」

 

マミの説明が終わった。

 

「異界ってのはまだよくわかんねーけどさ、あんたがこうなった理由は判るよ。

 そうだよな、ひとりぼっちは…さびしいもんな」

 

思うところがあるのだろう、よってきた子供の頭を優しくなでながら、杏子もしみじみと言葉を返す。

その姿を優しく見つめながらも、皮肉るように笑ってマミは問いかける。

 

「あらあら、魔法は自分のためだけに使う、一人で生きるんじゃなかったのかしら」

 

そう言われて、杏子は苦笑する。

 

「まあね、それを変えるつもりはないさ。

 けれど、あんたは知ってるだろ、あたしの物語をさ。

 あたしにも、大切な家族が、妹がいたんだ。

 いまはちょっと、あんたがうらやましく思えるんだよ」

 

照れ隠しのようにケーキをむさぼる杏子を見ながらマミは思い出す。

佐倉杏子の、魔法少女としての物語を…

 

杏子の父親は神父だった。

正直で、優しすぎる人間だった、その人柄は、実際に会ったマミも素晴らしいと思った。

ただ、その思いが強すぎて、教義にないことまで説法し、行き過ぎて破門、信者は遠ざかり、家族は食べるものにも事欠くようになる。

それでも杏子の父親は諦めなかった、杏子達家族もそれを支え続けた。

だが、人は離れていき、生活もどんどん苦しくなる。

妹がやせ衰え、母は病気になり、必死になる父親に向けられるのは蔑みの視線。

誰も、父親の言葉に耳を貸さないことが、杏子には悔しくて悔しくてたまらなかった。

そして、杏子はキュゥべえと出会い、魔法少女の契約をする。

 

『みんなが…父さんの言うことを理解してくれますように―――聞いてくれますように』

 

その日から教会には人があふれ、家族の生活も一変、家庭に笑顔があふれた。

そして、父親が表から、自分が裏から世界を守ると決めて、杏子は魔法少女としての戦いに望んだ。

マミと出会ったのはそのときのことだ。

世界を守ろうとする二人は意気投合し、お菓子好きの杏子は甘味を求めてマミの家に入り浸り、家族のぬくもりを求めるマミは杏子の家で穏やかな時間を過ごした。

けれど、その幸せは長くは続かなかった。

魔法少女の姿が父親にばれて、願いのことも聞きだされてしまったのだ。

信者が、自分の言葉ではなく魔法の力で寄ってきたことを知った父親は絶望し、酒びたりになる。

杏子を魔女と罵り、娘を悪魔に売ったことを悔やみ、そして、杏子一人を残して無理心中を図った。

マミの家で父親のことを相談して帰ってきた杏子の眼前に現れたのは、母と妹からあふれた血の海だった。

そして、首を吊って、もう流れないはずの時間を刻むようにぎい、ぎいと揺れる父親の姿だった。

人のために願い、家族を壊してしまった杏子は、もう、自分のためにしか魔法は使わないと決めた。

その悲痛な思いに、無理に覆い隠されようとする優しい心に、マミは寄り添い、助けようとしたが、結局引き止めることはできなかった。

それ以来、この日まで、二人が会うことはなかった。

 

「ええ、知っているわ。

 あの時は、私では力になれなかったわ、ごめんなさい。

 今だって、あなたを妹さんに合わせることもできないの」

 

杏子の物語に、そして力になれなかったことに、マミは涙を浮かべた。

それは、また出会えたことに対する喜びも混ざった、複雑なものだった。

 

「いいさ、あたしだってあんたと一緒だと、親父を思い出しちまって耐えられなかったんだ。

 妹のことも…あんたの話を聞いたときはもしかしたらって思えたさ。

 けど、ここにはやっぱいない、親父が連れてっちまったんだな。

 …ちゃんと、あんた一人の力でも導けたじゃないか…親父よう……

 妹が、あいつが魔女や怪異の世界で苦しんでなかっただけ、よかったさ」

 

杏子も、口元は笑っていても、目には涙が浮かんでいた。

そんな杏子の手を、ぎゅっと握る、小さな手があった。

 

「なかないで…おねえちゃん」

 

いつの間にか、小さな子供たちが杏子の周りに集まっていた。

心配そうに見つめる子供たちを前にして、杏子は涙をぐしぐしとぬぐい、後にはいつもの勝気な姿が現れた。

 

「なかねーよ。

 おねえちゃんは、強いんだぞ」

 

そう、にかりと笑う。

そして、よってきた子供の中に、目隠しをした少年を見つけて言う。

 

「あんた、なんで目隠しなんかしてるんだい。

 ここには、怖いものなんてないよ」

 

「ほんとう…?

 でも、外れないの…」

 

少年は悲しそうに言う。

それをマミも補足する。

 

「そう、どうやってもだめだったのよ。

 なんとかしてあげたいけど、よほど強力な呪いみたい」

 

杏子も触れてみるが、外れそうになかった。

 

「ほんとだな、だが、マミにはできなくてもあたしにはできることがある。

 ちょっとどいてな、あんたも動くなよ」

 

そう言って周りの子供たちを遠ざけると、いきなり魔法少女の武器たる槍を出して一閃する。

そして数秒後、はらり、と目隠しが切れて外れた。

光のあふれる世界に出て、目をまぶしそうにぱちくりしている少年と、その槍を見て、周りの子供たちも歓声を上げた。

 

「過激すぎるわよ。

 それにわたしにはできないって…銃器か刃物かの違いじゃないの」

 

マミはあきれた声を挙げる。

 

「成功したからいいじゃないか。

 このコントロールはマミ、あんたの指導のおかげなわけだしな。

 さあ、目隠しが外れたお祝いだ…食うかい?」

 

そう、子供たちに向けてポッキーの袋を開けて差し出す。

子供たちはうれしそうにそれを取る、目隠しをつけていた少年も、おずおずと手を伸ばした。

 

「あたしは、きょーこっていうんだ、よろしくね。

 あんたは?」

 

「想二…」

 

子供たちに向けて、杏子は思い出したように自己紹介をする。

それに最初に応えたのは目隠しをしていた少年だ。

いい名前じゃないか、と言おうとする杏子だったが、周りの子供たちも次々と自己紹介を始めてもみくちゃにされてしまった。

 

 

 

 

 

「今度は、あなたが表で世界を救ってみない。

 今度は裏を私がやるから」

 

子供たちと戯れる杏子をしばらく楽しそうに見つめていたマミだったが、杏子に提案をした。

 

「どういう意味だい?」

 

顔をマミのほうに向けて杏子が問いかけた。

 

「この子たちは異界に完全に混ざってしまって無理だけど、やってくる子供達の中には現実に帰れる子供達もいるのよ。

 入り込んですぐここで救い上げられれば、元の場所に帰ることもできるのよ。

あなたにはそれを迎えに来て欲しいの」

 

その提案に杏子はしばらく考えていたが、やがて肯定の返事をする。

 

「…あたしなんかで、いいのかい」

 

ばつの悪そうな顔をする杏子に、マミはたたみかけた。

 

「あなただからこそよ。

 お願いするわ。

 もちろん、報酬も出すわ。

 シャル~ちょっときて~」

 

マミが呼ぶと、お菓子を運んできたほうではなく、恵方巻きの方がぬうっ、と現れた。

驚く杏子の前で口をあけると、勢いよく息を吸い始めた。

その勢いある吸引にも関わらず杏子も子供たちも吸われることはなかったが、代わりに杏子のソウルジェムから穢れが吸いだされていった。 

 

「なっ!?」

 

驚く杏子の前で、恵方巻きは今度は尻を向けると、何かを産み落とした。

 

「グリーフシード!?」

 

立て続けのできごとに杏子の理解は追いつかない。

マミはそのあっけにとられた顔を楽しそうに眺めると説明を始めた。

 

「そう、シャルロッテは“悪夢を吸い取るヌイグルミ”の性質と“穢れや呪いを集めてグリーフシードを孕む魔女”の性質を併せ持つの。

 ここの子供たちが持つ穢れや悪夢、呪いもこうやって解消したの。

 だから、グリーフシードは大量にあるのよ。

 これなら、あなたへの報酬としては十分でしょう」

 

しばらくぽかん、としていた杏子だったが、

 

「ここまでの報酬を出されちゃあ、のらないわけにはいかないよねえ。」

 

と、利己主義者の仮面を道化のようにつけて応えた。

 

「よろしくね、佐倉さん。

 ついでに、向こうにいる後輩に、手紙を頼みたいのだけど…」

 

その申し出も、杏子は快く受けた。

マミが手紙を書き終わるまでの間、しばらく子供たちと戯れていた。

 

 

 

 

 

「夢…だったのか?」

 

杏子はマミの家のベッドで目を覚ます。

外は家に入った時と同じ夕暮れだ。

時計の針はほんの数十分しか進んでいなかった。

あの『家』でマミと話した記憶はあるが、儚い希望が見せたただの夢だったのか。

落胆を覚えながらも、ふっ、とテーブルの上を見ると、そこには三通の手紙と、卵パックに入ったグリーフシードが置かれていた。

テーブルの上のものが、あれが現実だということを教えてくれた。

 

「夢じゃ…なかったんだな。

 マミ、聞こえてるか、あんたとの約束、果たしてやるよ。

 あたしも、もう一度がんばってみるよ」

 

そう言い残し杏子はマミの家を後にする。

そこには家に入る前の暗鬱な気持ちはなく、朝日のように晴れ晴れとした気持ちがあるだけだった。

がちゃり、とドアをあける。

 

「マミさ……誰?」

 

そこに立っていたのは、桃色の髪をした小柄な少女だった。

いきなりのことに杏子は混乱する。

行方不明の人間の家から勝手に出てきたことなんてばれたらろくなことにならない。

 

「あああ、あたしは、その、違うんだ……って、もしかしてあんた、鹿目まどかかい?」

 

あせりながらも、気づけば目の前の少女は、マミが言っていた特徴にそっくりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

杏子がいなくなった部屋、その主たるマミが、何かを感じ取ったかのように立ち上がり、くすっと笑みをもらす。

 

「そうそう、言い忘れていたけれど、ここに来れるのは一人ぼっちの子供だけじゃないのよ。

 保育所みたいなものだから、当然保護者とか、迎えに来た人なら入れるのよね。

 だから佐倉さんと鹿目さん達がお友達になって一人じゃなくなっても、彼女が約束を果たそうとする限りはまた会えるのよ。

鹿目さんの鈴や、暁美さんがかもし出す魔の気配なら、それとは別の方法で入れるかもしれないけどね。

 …今度は、別の人がお迎えにきたようね。

今日はお客さんが多くてうれしいわ」

 

そういってマミはドアに向かう。

ドアの先にいたのは黒ずくめの美貌の少年と、臙脂色のケープと長いスカートを着た人形のような少女だった。

 

「…想二君、お兄ちゃんがお迎えに来たわよ。

 さあ二人ともあがって頂戴、つもる話もあるでしょうしお茶とケーキくらいならお出ししますのでゆっくりしていってください」

 

 

暁美ほむらの預かり知らぬところ、一つの物語が終わりを告げた。

本来の時間軸ではありえなかった可能性、それを叶えることができた少女はお茶を入れながら、手を取り合う兄弟を優しく見つめていたという。

 

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