【完結】魔法少女奇譚   作:ふーま

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魔女の庭に潜む怪物

佐倉杏子と鹿目まどかが出会った時から、僅かばかり時は遡る。

 

 

マミが消えた翌日の放課後、さやかは恭介のいる病院へと来ていた。

本当は、鈴を手にマミを探しに行ったまどかと一緒にいたかったが、昨日の怪異の後で恭介を心配するさやかにまどかが気を使ったのだ。

ほむらは学校を休んでいた。

マミがああなった原因があの魔人にあったことから、責任を感じてしまったのではないかとさやかは思う。

ただ、ほむらを責める気はなかった。

あれが御しきれる者ではないことぐらい、さやかも感じていたからだ。

そんな風に友人達のことを思いつつ、さやかは一人、夕日に紅く染められた病院へと入っていく。

いつもと同じロビー、嗅ぎ慣れた匂い。

昨日の一件でヌイグルミの中身が消失したことが話題になり、喧騒はいつもよりも大きかったが、それだけだ。

変わらない日常、マミさんが消えて変わってしまった日常。

何が起こったか知らない人々、何が起きたか知っている自分達。

どこか違う世界に来てしまったかのようにさやかは感じていた。

魔法少女や魔女のことを知ってしまった時点で、もはや人とは違うんだなと。

ただ、もしこの場所に“魔女”がいたならその思いにこう答えていただろう。

 

『人と違うのなんて最初からだよ。

 だって、人間が同じ世界を見てるなんて幻想にすぎないもの。

 人間みたいに複雑な心性を持ったら、もう精神レベルでは同じ生き物なんて言えないよ。

 誰も蛙を“狂ってる”なんて言わないのにねえ』

 

と。

されどさやかにその出会いはなく、その取り残されたような気持ちはくすぶりつづけるままだった。

 

 

 

 

 

色々考えているうちに恭介の病室にたどり着く。

恭介に昨日の影響がない様子にさやかはほっとする。

そして、学校であったことなどをちらほらと話し、そしてまたいつものようにCDを差し出し、音楽を聴く恭介の隣に寄り添う。

いつもと変わらないはずだったお見舞いの風景だったが、この日はそのまま終わらなかった。

 

「さやかはさあ、僕を苛めてるのかい?」

 

音楽を聴いていた恭介がぽつり、とつぶやいた。

 

「なんで今でもまだ、僕に音楽なんか聴かせるんだ。

 嫌がらせのつもりなのか」

 

さやかは始め何を言われているのかわからなかった。

なので、こう答えてしまう。

 

「だって、恭介、音楽好きだから」

 

「もう聴きたくなんてないんだよ。

 自分で弾けもしない曲、ただ聴いているだけなんて!」

 

そう言うと恭介はCDプレーヤーを叩き壊した。

突然のことと、自分の行動が恭介を苦しめていたことにさやかはショックを受ける。

それでも恭介を励ますべく、さやかは声を絞り出す。

 

「大丈夫だよ、諦めなければきっとなんとかなる。

 私も側にいるからさ」

 

泣き出した恭介をさやかは手を伸ばす。

けれど、恭介の口から語られたのはその儚い希望を打ち砕く内容だった。

 

医者に諦めろと言われた。

今の医学じゃあどうにもならない。

もう、痛みも何も感じない。

 

そう、恭介は泣きながら語った。

そして、最後にこういった。

 

「もう、治らない…奇跡や魔法でもない限り。」

 

そう言われてさやかははっとする。

その言葉を体現する存在がいることを。

この状況を打開する方法が目の前にあることを。

安易には頼らないと決めたその手段、だが、それに頼るほか方法のない状況だと気づいた。

 

「あるよ、奇跡も魔法もあるんだよ!」

 

その視界には、窓の外にたたずむ白い獣の姿があった。

 

 

 

 

 

決意を固めて病室から出ると、そこにはほむらがいた。

 

(そろそろ危ういと思っていたけれど、案の定ね)

 

繰り返してきた時間軸では、このタイミングでさやかが契約することが多かったので出てきたのだが、それが当たったらしい。

さやかの眼を見たほむらは言う。

 

「上条恭介のために、魔法少女になるつもりね。

 やめたほうがいい、少なくとももう少し考えて。

 魔法少女になることはあなたのためにはならないわ」

 

さやかには、その言葉が親切から来ることは分かっていた。

どうして知っているのかは分からないが、わざわざほむらが自分のためにやってきたことも。

突然のこともあり、後ろめたさや罪悪感はあった。

けれど、譲れなかった。

 

「ごめん、ほむら。

 これは私が決めたことだから!」

 

叫ぶと、きびすを返して駆け出してしまう。

 

「待ちなさい!さやか!!」

 

ほむらは叫んで追いかけようとするが、突如現れた神野がそれを制した。

 

「待ちたまえ、暁美ほむら。

 ここは私に任せてもらおう。

 君ならば十分止められるだろうが、それでは彼女の願望は叶うまい」

 

そう神野が言うと、急にほむらの体が重くなり魔法も使えなくなった。

これではさやかに追いつくことはできないだろう。

ほむらは再び神野に邪魔されたことで悔しそうな表情を浮かべる。

それを見た神野は赤子をあやすかのように言う。

 

「マミの時は、縫い合わされた彼女達の願いが君の願望を上回ったが、さやかでは君の願望には叶わないのだよ。

 それでも私が動くのは、君が望んでいるからだ。

 大切な人の為に己を捧げられる者同士、彼女が幸せになることを君も望んでしまっただろう」

 

そのとおりではあった。

これまでの時間軸で破滅を繰り返すさやかに対して恨みを抱いた時期もあったが、彼女と友人として過ごす中で、まどかと自分のようにさやかにも幸せになってほしいという考えが浮かぶことを止めることはできなかった。

だが、思いがいくら強くとも、その方法を思いつくことはできなかったのだ。

力ずくで止めることは可能だが、一時しのぎにしかならない。

恨まれても、その一時しのぎを繰り返して別の答えが出るまで粘るしかなかったのだが、神野陰之が動いたことで安心してしまう自分がいたのに気づいてしまった。

それを見た神野は嗤い、

 

「それに、この私が目の前で、“本当の願望”を踏みにじる願いを叶えさせるわけがあるまい」

 

生温い風とその言葉を残して消えた。

 

 

 

 

 

ほむらを振り切ったさやかは、病院の屋上へと来ていた。

そこには、どうやって先回りしたのか、すでにキュゥべえがいた。

花壇の中心にあるオブジェに鎮座するキュゥべえの影は夕日によって伸び、九尾の狐を思わせるシルエットを描いていた。

人をたぶらかし破滅させるその獣の伝説を思い出し、少々不吉な気がしたが、さやかはこれは自分で決めたことだと、たぶらかされていないとそれを振り払う。

ほむらには悪いとは思う。

けれどこれだけは譲れない、心からの願い。

そしてそれを口にする。

 

「恭介の腕を治してあげて」

 

魔法少女の戦いの運命も、体がどうなるかも知っている。

それでも恭介にあんなことを言わせる運命に抗いたい、あんな姿を見たくない。

 

「その願いで本当にいいんだね?」

 

キュゥべえが確認してくる。

迷いはない、後悔なんてするはずない。

すっ、と一呼吸、最後の一言は思った以上にするりと出た。

 

「うん、やって」

 

その言葉を受け、キュゥべえはさやかの胸に耳から生えた触手を伸ばす。

それはさやかの魂を、それが宿ると人が信じた心臓にて優しく包み込み、祝福するかのようだった。

実際には、心臓移植をする外科医のごとくその魂を抜き去るにすぎず、希望と祝福の光ですら麻酔にすぎないのだが。

それを知っているさやかではあったが、それでも彼女は願ってしまった。

願む奇跡と願む人生の違いに目を瞑ったまま。

もはや契約は為されてしまい、誰にも止めることはできないのだろう。

 

「…止めておきたまえ」

 

そう、人ではなくなった魔人以外には。

 

 

 

 

 

どろりとしたその声と共に、夕刻は漆黒へと塗り代わり、その闇から、夜色の外套が、小さな丸眼鏡が、漆黒の黒髪が形を現す。

九尾を思わせた影も闇に飲まれ、その影を作っていた白い獣は現れた黒い男の腕に掴まれていた。

 

「神野…陰之…」

 

その圧倒的な存在感に飲まれそうになりながらもさやかは呟いた。

それに応えるように、神野はくつくつと暗鬱に嗤みをもらした。

 

「警告しよう。

 今の君の願いは、決して君の為にならないものだ。

 あれほど暁美ほむらが警告したというのに、君は何を聞いていたのかな?」

 

神野はそう言って、手に掴んだキュゥべえをさやかの前から引き離す。

キュゥべえはまるで金縛りにあったかのように動けず、口も利けず、ぬいぐるみのようにぶら下がるだけだった。

さやかは動いてそれに追いすがろうとした。

だが、できなかった。

体にも力が入らない、息も高山にいるかのようにしづらい。

動かない体、それでも口は何とか動かせた。

さやかは声を振り絞る。

マミさんを向こうに連れて行ってしまったこいつに屈したくはなかった。

その上、恭介まで奪われるなんて耐えられなかった。

 

「覚悟はできてる、私は恭介の腕が治るならなんだってできる。

 だからそれを返せ!

 私の邪魔をしないで!」

 

その剣幕に対し、神野は諭すように告げる。

 

「それが君の願望なのかね?

 “彼が演奏できるようになる”、それで君はどうしたいのだね?

 “彼の腕を治した恩人”になりたいのか、“ただのファンとして音楽を聴ければそれでよい”のか…

 君の願いは傍目に見れば純真無垢で美しいものなのだろう。

 だが、純真無垢を支えるのは、“無知”と“無思慮”と“欺瞞”に過ぎないのだよ。

 赤子ですら自分が幼いことを利用する。

 人は決して無垢にはなれない、どのような行為や想いも、そこに計算が存在する。

 君は自分の中の計算を認めようとせず、その願望に蓋をして純粋さを演じているだけだ。

 何が君の幸せだい?

 何をして喜ぶ?

 わからないまま終わる、そんなのはいやだろう?」

 

精神を真綿で締め付けるかのごとく畳み掛ける神野の声。

それはあの喫茶店で巴マミがさやかに問いかけたことと同じだったが、さやかはその問いに答えることができなかった。

恭介の為にやれることをやりたい、そして、恭介といられる、この“世界”を守りたい…けれどわたしは…どうなりたい?

それを考えることは、自分が嫌な女になってしまう気がして、結局考えるのをやめてしまっていた。

 

「…だから、今はまだ、これは存在しないほうがいい」

 

その言葉と同時に、キュゥべえは破れたヌイグルミのように、体から白い綿を出してしぼんでいった。

綿はふわりと宙を舞い、舞うごとに細かくなり、粉雪のようになって薄闇へと溶けていく。

足元の花壇とその雪が作り出す幻想的な光景にさやかは幻惑される。

その雪が全て消え、神野の手に何も残らなくなったとき、さやかはようやく我に返った。

 

「あ…あんた…なんてことを。

 キュゥべえを返しなさい!

 あんたに私の何が分かるっていうの!」

 

キュゥべえがいなくなっては願いが叶わない。

恭介はあのまま苦しむままになってしまう、それだけはあってはだめだ。

神野の言葉は暴論だ。

私と恭介とのことの何を知っているというのか。

誰かを助けたいという願いはそんなにいけないことなのか。

正義すら計算で行われると認めろというのか。

それは、一人ぼっちで皆を守ってきたマミさんへの冒涜だ。

そんな想いがぐるぐると渦巻き、神野の問いかけへの思考は激昂に塗りつぶされ、口から出たのは問いへの答えではなく怒声であった。

神野陰之相手にそこまで言ってのけるのをかつて彼と関わった者が見れば驚嘆するだろう。

だが、その純粋な怒りは、神野の言葉が正しいとするならば“無知”と“無思慮” と“欺瞞”の産物なのだ。

神野はその怒気を嗤いながら受け流し、優しげに言う。

 

「分かるとも。

 私は願望の守護者なのだからね。

 強い願いを持っているようで、その実その願望から眼を逸らすような君ではその結末は一つしかない。

 これは君にとっては明日の出来事だが、彼女にとっては昨日のような出来事なのだからね」

 

―――

――――

―――――

 

キュゥべえに願いを叶えてもらい、私は魔法少女になった。

後悔なんてあるわけなかった、恭介を助けられたんだから。

あるとすれば、そう、迷わなければマミさんが死なずにすんだんじゃないかってこと。

マミさんの意志は私が引き継ぐ。

魔女に襲われていたまどかと仁美を助けることができた。

親友を失わずに済んだ、これからも皆は私が守ってみせる。

 

病院の屋上で、恭介の両親と病院の先生方で回復祝いをした。

そこで恭介がバイオリンを演奏してくれた。

怪我をする前と変わらない音色が私の心に響いてくる。

私、最高に幸せだよ。

 

佐倉杏子って魔法少女に会った。

グリーフシードのために使い魔を見逃す悪い奴だ。

あの転校生と同じだ、魔法を自分の為に使い、そのために人を犠牲にするなんて。

こんなのが、同じ魔法少女だなんてあっていいはずがない!

戦った、負けた、やられた、悔しい。

けど、私は絶対認めない。

マミさん…

 

どうして、こうなったんだろう…

私は、もう人間じゃなくなってた…ゾンビだったんだ。

このちっぽけなソウルジェムが私だなんて。

こんなんじゃ恭介にキスしてなんて言えない、抱きしめてなんて言えない。

いや、そもそも魔法少女になったのは恭介を、皆を助けるためなのに自分のことを考えちゃうなんて。

あさましい、嫌な女だ…あの杏子とかと一緒になっちゃう。

 

杏子と話した。

あいつも、辛い過去があったみたい。

ただ、それでも、私は人の為に祈ったことを無駄にしたくない。

最後まで貫き通してみせる。

 

決意が、揺らぎそう。

仁美が、恭介のことを好きだった。

一日だけ待つと言ってくれた。

恭介を取られたくない。

けど、こんな体の私じゃあ、恭介と付き合う資格なんて…

時間だけが過ぎていく、もう夜だ、これなら、仁美をあの時助けなければ…

私…何を考えているの?

嫌な子だ、酷い人間だ。

やっぱり、私、みんなといる資格なんて…

時間だ、魔女狩りに…行かなきゃ。

こんな私には、それしかできないから。

戦っていれば嫌な気持ちも湧いてこないだろうから。

…また、自分の事を考えている…。

 

魔女戦で苦戦した。

体を貫かれても痛みも感じなくできる、傷もすぐに治る。

もう私は化け物なんだ。

こんなどうしようも無い人間にはふさわしい末路なのかもしれない。

まどかにも、八つ当たりして傷つけてしまった。

 

ふらふらと、足取りは恭介の家への道を辿る。

会えたとて、どうしてほしいのか分からない。

ただ、足だけが動く。

恭介はそこにいた…仁美と仲良く喋っていた。

ああ、私は迎えに来て欲しかったんだ。

物語の白馬の王子様のように、恭介が私を選んで救いにきてほしかったんだ。

でも、こんな浅ましい私の、その身勝手な考えが実るはずもなかったんだ。

苦しい、助けて、仁美なんて死ねばいいのに…私は何考えてるの?

 

やっと、分かった。

希望と絶望は同じものなんだって。

どうしても、嫉妬が、苦しみが消えない。

恭介の演奏を病院の屋上で聞いたときから一週間しかたってないのに、あのころの幸せが嘘みたい。

誰かの幸せを祈った分、誰かを呪わずにはいられない。

それが魔法少女の真実、行き着く先。

勝手に突っ走って、自滅して、助けようとした人たちを傷つけようとする。

 

「私って、ほんと馬鹿」

 

そして私の濁りきったソウルジェムは砕け、グリーフシードになった。

消え逝く視界が最後に捕らえたのは、そこから孵る人魚の魔女の姿と、私を助けようと駆け寄ってくる杏子の姿だった。

 

―――――

――――

―――

 

「ああああああああああああああ!

 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

断ち切られた願いを、もはやどこにも行けない『願望』の亡骸をまざまざと見せ付けられ、さやかの心は絶望に満ちていた。

知ってしまった、魔法少女が穢れを溜め込むと魔女になることを。

知ってしまった、自分の思いが届かず、親友に恭介を奪われることを。

さやかが感じた絶望は、彼女が魔法少女ならばその魂を魔女に変貌させるに十分すぎる量だった。

この時間軸におけるさやかはまだ何も願ってはいない。

だが、彼女がキュゥべえに願おうとした、その健気で、優しく、愚かで愛しいその願いはすでに終わってしまったのだ。

慟哭し崩れ落ちたさやかの耳にはもはや何も届かないであろう。

だが、なおも神野陰之は言葉を告げる。

 

「知っていたかね。

 伝承において人魚は神に愛されず、魂を持てない存在だ。

 アンデルセンの“人魚姫”は悲劇だが、王子を殺せず身を投げた人魚姫はその心のあり方ゆえ、風の精霊の仲間入りを果たし、やがては魂を持ち天国へ登ることを約束された。

 彼女は救われていたのだよ。

 だが、世界を呪った人魚姫に神が救いを与えることなど、どうやってもありえないのだ。

 例え優しい姉の人魚が何を十字架に祈り、何を代償に差し出したところでね」

 

そこまで言うと神野はちらりと後ろを振り向いて嗤う。

 

「もっとも、この物語ではまだ魔女の家の中には踏み入れてはいない。

 ここはまだ魔女の庭だ。

 そこにいた怪物に、末の姫が捕まってしまったにすぎないのだよ。

 さて、門前で妹に追いついた“姉”は、どのように物語を変えてくれるのかな?

 “風の精霊”が救いを願わずともよい、そんな結末へとたどり着けるかな?」

 

これらの言葉をさやかは聞ける状態になかったが、振り向いた神野の視線の先には、青褪めた顔で手紙を握り締めた佐倉杏子の姿があった。

 

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