【完結】魔法少女奇譚   作:ふーま

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姫の親友かく語らう

りん

 

玉のない鈴が鳴っている。

鳴らないはずの鈴が鳴っている。

この音色に従えばまた会えるだろうか。

向こうへ行ってしまったマミさんに。

 

りん

 

走る、走る、脇目も降らず。

鈴の音と共に感じる方向へ。

鈴の音の大きくなる方向へ。

 

りん

 

いつの間にか、マミさんの家の前まで来ていた。

このドアを開けたら、あの優しい先輩はまた前みたいに暖かく出迎えてくれるだろうか。

すう、と深呼吸をしてドアに手をかけようとしたそのとき、ドアが内側から開いた。

 

「マミさ……誰?」

 

そこにいたのは、赤毛のポニーテールの、私の知らない少女だった。

彼女も驚いているようで、うろたえていましたが、次に私を驚かせる一言を喋ったのだった。

 

「…って、もしかしてあんた、鹿目まどかかい?」

 

その少女は、私の名前を読んだのでした。

 

 

 

 

 

「そう、マミさんはそんなことになってるんだ」

 

まどかは、近くの公園で杏子と話していた。

お互いについての自己紹介に始まり、

マミと杏子の二人が知り合いだったこと、

二人の過去について、

杏子がマミがいなくなったと聞いてこの街に来たこと、

きっかけとなったイレギュラー、暁美ほむらと神野陰之について、

そして、あの『家』での出来事を。

話の中でつい杏子は自分の過去まで話してしまい、まどかがそれに涙を流しそれをなだめたりもしていたのだが、今は落ち着いている。

どうして話してしまったのか、というと、マミの後輩だからか、それともまどかの包み込むような雰囲気に飲まれたのか杏子にはわからない。

でも今は二人、マミという共通の先輩のことを想うだけだ。

 

「昔と変わらず元気そうだったぜ。

 人間じゃなくなった、『物語』になったっていっても、マミはマミだったよ。

 もっとも、私たち魔法少女は元々人外みたいなもんだったけどな~」

 

まどかに泣いてしまったお詫びとばかりに買ってもらったたい焼きをほうばりながら杏子は告げる。

そして思い出したようにふところに手をやると、手紙を取り出した。

 

「ほれ」

 

そう言うとまどかに向けて手紙を渡す。

 

「マミからあんたへの手紙だ。

 あいつも会いたがってたけど、あそこは一人ぼっちの奴じゃないと入れないらしいからなあ」

 

「マミさんの…」

 

鹿目さんへ、と書かれた封筒のそのかわいらしい文字を見て、まどかはマミさんがマミさんのまま変わらないことを実感する。

涙を浮かべながら手紙を開く、そこにはこう書かれていた。

 

【鹿目さんへ。

 まずは謝らないといけないわね、ごめんなさい。

 せっかくあなたたちが私と一緒にいてくれるって言ってくれたのに、私はこっちを選んでしまったのだから。

 あの時は本当にうれしかった。

 ずっと、あなたたちと一緒にいたいと思ったわ。

 でも、私の『願望』はこっちにあったの。

 これは私のわがまま、だから鹿目さんは自分を責めたりなんかしないで。

 私はこれで満足しているのだから。

 最後に先輩として一言言っておきます。

 鹿目さんは優しいから、皆を助けたいと思ってしまうかもしれない。

 あのお茶会で神野さんが言っていたようにね。

 でも、私も含めて、自分の『願望』に従って動いた結果こうなっているのだから、あなたが背負う必要なんてないのよ。

 そっと、支えてくれるだけで十分なんだからね。

 感謝しています。

 美樹さんと、暁美さん、そして、この手紙を届けてくれた佐倉さんを、よろしく頼むわね】

 

「マミさん…」

 

まどかは涙を流しながら読んでいた。

そして、手紙の中身が気になって寄ってきていた杏子に、そっとその手紙を差し出す。

それを読んだ杏子が言う。

 

「マミのやつ、いい後輩を持ったもんだね。

 なあまどか、あいつの言うとおりさ。

 誰かが大変に見える状態だからって、それを魔法少女の願いでなんとかしようなんて考えるなよ。

 願いでなんとかなったように見えても、それがその人の『願望』も捻じ曲げちゃうかもしれないんだしさ」

 

その言葉は、まどかに向けたようで、杏子の過去の自分に向けられたようにも聞こえた。

だからこそ、まどかはそれを真摯に受け止める。

 

「うん、わかってる。

 でも、だからといって友達を助けないわけにはいかないよ。

 魔法少女じゃなくてもできることはあるはずだしね。

 杏子ちゃんだって、私の大切な友達の一人なんだしね」

 

そう言われて杏子は、恥ずかしそうに顔を赤らめる。

そして笑うと、まどかに向かう。

 

「そうだな、私たちはもう友達だ。

 …これからもよろしくね。」

 

そう言うと杏子は、うんまい棒とかいうお菓子をバトンのようにまどかに向かって差し出す。

まどかもにっこり笑うとそれを受け取る。

その後、他の手紙を渡すと言う杏子に、さやかが今いるであろう病院の位置を教えると二人は別れた。

そこで杏子は美樹さやかと、そして神野陰之と出会うことになるのだった。

 

 

 

 

 

その夜、杏子と再会し、仁美を救急車が搬送するのを見届けてまどかは家に帰ってきた。

もうすっかり遅くなってしまったまどかを出迎えたのは、玄関に酔っ払って横たわる母と、苦笑いする父の姿だった。

仕事絡みの接待があると言っていたのを思い出す。

まどかが帰るちょっと前に家にたどり着いたようだ。

このだらしない姿を、パパや自分への信頼なのかなあとまどかは思う。

色々あった一日ではあったが、最後はいつものような家族のやりとりが待っていたようだ。

 

 

 

「大変だったね、まどか」

 

二人で母を寝室に運び込むと、まどかの父、智久は二人分のココアを入れ、まどかをねぎらった。

友達が倒れていたので救急車を呼び、来るまで付き添っていたということは連絡してあったからお咎めはない。

二人はしばし、ゆったりとした時間を過ごした。

そんな中、まどかが口を開いた。

 

「ねえ、パパ……一つ訊いてもいい?」

 

「なんだい?」

 

「パパは…、ママが外で働きたいって言ったから、我慢して家にいてくれるの?

 私たちの世話をしていてくれているの?」

 

パパは、私達がいるから…そして、ママがあんなに働く才能に恵まれているから、仕事を辞めてまで家にいてくれるのか、とまどかはずっと気になっていた。

自分を犠牲にしてしまっているんじゃないか、そうだったら、家の事は私がやるから、好きに生きてと言いたかった。

マミさんの選択を知って、杏子の物語を知ってその気持ちは大きくなっていた。

パパは、何て応えるのだろうか。

その質問を聞いたときは驚いた顔をした智久は、まどかの不安そうな顔を見ると、安心させるように顔をほころばせ、微笑んで応えた。

 

「そんなことはないよ。

 僕はね、ママが好きだ、その姿も、生き方も。

 尊敬できるし、自慢できる。

 まどかもタツヤも大好きだよ。

 みんなと、こうして穏やかに、笑顔で過ごせること、それがたまらなく幸せなんだ。

 そのための役割として、僕は家のことをやって、ママが働くのが一番いいやり方だった。

 ただそれだけなんだよ。

 まあ、こうしてまどかやタツヤと一緒の時間が多い分、僕のほうがいい役割だけどね。

 …最後のは、ママには内緒だよ。」

 

まどかの不安は、完全に解かされていた。

そして、その言葉の温かさは、マミさんの手紙にあったものと同じものがあった。

 

「じゃあ、パパ。

 パパにとって、なによりも大切な本当の『願望』ってのは、何かな?」

 

そう、魔人にならって聞いてみる。

けれど、その答えはだいたい予想がついていた。

 

「もちろん、この家族が、皆仲良く、笑顔でいられることさ。

 それが、僕自身の幸せなんだからね」

 

このやりとりで、まどかの胸はいっぱいになっていた。

そして、パパのことが、家族のことが大好きなんだ、と心から思えたのだった。

そして、自分の『願望』も、家族や大切な友達と笑顔で過ごしたい、というものだったんだと、そう気づけたのだった。

まどかは部屋に戻ると、その幸せな気持ちを抱えたままベッドに横になる。

明かりを消すと、ぼんやりと月明かりが入ってくる優しい夜だ。

この夜が、自分の大切な友人達の事も優しく包んでくれることをまどかは祈る。

 

「私、家族の皆が、友達の皆が大好き。

 ずっと仲良く一緒にいられたらいいなあ」

 

大切な人がいることが、そして自分の『願望』を見つけたことがうれしくて、つい独り言がでてしまった。

 

 

 

 

 

「なら、それを願ってみるかい?」

 

幸福な気持ちでベッドに横になり目を閉じたまどかの耳に、少年のような声が響いた。

声のほうに目をやると、先ほどまで何もなかった窓に月明かりに照らされた獣の影が浮かんでいた。

窓は閉めていたはず、と疑問に思う間もなく、影はするりとカーテンを抜けベッドへと降り立つ。

いつの間にか入ってきたそれに、その暗がりに光る赤い目にまどかは気味の悪いものを感じた。

けれどまどかの反応を気にせずそれは続ける。

 

「君の素質なら、造作もないことさ。

 どういうわけか知らないけど、君には運命さえ捻じ曲げ、神にすらなれるほどのとてつもない素質がある。

 魔法少女の戦いで命を落とす運命を捻じ曲げ、ソウルジェムの穢れだって天寿を迎えるまで先送りすることだって十分可能だろうね。

 君と君の大切な人たちと、それが魔法少女であれなんであれ天寿を全うするまで一緒にいられるさ。

 君がおばあちゃんになって死ぬそのときまで、皆笑顔で過ごせるだろう」

 

ただ、首を縦に振りさえすればまどかの願いが叶う、甘い蜜のような蟲惑的な提案だった。

けれど、昼間に話した杏子の言葉が思い出され、まどかはその提案には飛びつかなかった。

魔法少女の祈りは人の心すら変えてしまう、そうやって得られた笑顔や幸福は本当にその人のものなのだろうかと、それが怖いと考えてしまう。

それに、自分にそんな才能があるとは思えないし、あったとしてもそれほどの才能で得ようとするのが“普通の幸せ”なんていいのだろうかとも疑問に思う。

だからまどかは、その疑問をキュゥべえにぶつけてみることにした。

 

「そんな願いでいいの?

 キュゥべえ。

 神様にだってなれる力で、“普通”を願っちゃうなんて無駄遣いだとは思わないの?」

 

まどかはそもそも杏子やマミの言葉からその提案に乗り気ではなかったので茶化すように言ってみたのだが、それに対するキュゥべえは真剣な声だった。

 

「そんなことはないよ、まどか。

 君の言うところの“普通”が手に入れられるまでにどれほどのことがあったのか、僕は知っているからね。

 人類が洞窟に住んでいたときからずっと、僕達は魔法少女の、人類の側にいたのだから。

 飢え、病、天災、戦争、差別、ありとあらゆる苦難を乗り越えて人類は歩んできた。

 “普通”の幸せを願い、それが無残に引き裂かれて死んでいった人々がどれだけいるか。

 そしてその中で、数え切れないほどの魔法少女の祈りが捧げられてきたのさ。

 今の君たちが言う“普通”なんて、人類の歴史からみればまさに“奇跡”さ。

 だから、それを守り抜こうとすることもまた、“奇跡”の力を借りるに値するのさ」

 

それを言うキュゥべえの赤い瞳に見つめられて、まどかの脳裏に様々な映像が飛来していた。

飢えや病で死んでいく子供達が、

火山の噴火や地震に飲み込まれる一家が、

家族のいる国を守るためと言って矢や銃弾の雨に突撃してばたばたと死んでいく兵士が、

身分の違いから恋人と引き裂かれ死を選んだ男女が、

今まどか達が享受している制度や製品を生み出すため家族も自らをも犠牲にした人が、

独裁者の気まぐれで、宗教の狂気で、疑心暗鬼で虐殺される人々が、

そして、それらの悲劇を覆そうと、苦難に歩む家族や仲間を救おうと願った無数の魔法少女が、そこにはいた。

誰もが平穏を望んでいた。

けれど全うできずに死んでいくことのなんと多いことだろうか。

まどかには、自分の立っている場所が、荒涼とした野の無数の白骨の上であるかのように感じた。

そこから意識を戻したのは、再び発せられた少年のような声だった。

 

「どうだい、まどか。

 “普通”の対価が分かったかい。

 特に君の友人達には魔法少女もいる。

 さっき見せた映像の中にいた武士や騎士に兵士、彼らが老人になるまで軍属にいたところで命のやり取りは100もあればいいほうで、常に前線にいてそれを生き残れるかはまれなんだ。

 けれど魔法少女は魔女や使い魔との戦いで100の命のやり取りなんて3年もあれば確実にこなしてしまう。

 いくら死ににくい体とはいえ、ほとんどが長生きできず力尽きるのも当然といったところだろう。

 どうだい、君の祈りで皆を守ることができるんだよ?」

 

そこまで言うとキュゥべえはまどかの返事を静かに待つ。

饒舌だったキュゥべえの声がやみ、再び部屋を静寂が支配する。

目を閉じて考え込むまどかを前に、時間だけが過ぎていく。

キュゥべえは微動だにせずその答えを待つ。

月明かりに照らされ、まるで絵画のようにその場に影を焼き付けた。

やがて、その静かで幻想的な光景を破り、まどかは目を閉じたまま静かに口を開いた。

 

「それは、とっても魅力的で、楽しい生活になるんだろうね。

 皆で魔女を狩って、一緒に遊んで、一緒に笑って。

 それがずうっとずうっと続く、そんな天国みたいな毎日。

 たくさんの人が願い、たくさんの人が失った、そんな幸せな日々」

 

そこでまどかは目を開いた。

そこには、白骨の山に立つ怯えも、甘言に踊らされる揺らぎもない、強い意思があった。

 

「でも、私は魔法少女にはならない。

 ほむらちゃんが望んでいないのもあるけど、それだけじゃない。

 今見た人たちみたいに、私のママも、パパも、そしてさやかちゃんもマミさんも杏子ちゃんもほむらちゃんも頑張っているんだもの。

 その頑張りを、祈りを無視してただ約束された幸せを与えちゃうのは何か間違ってると思うから」  

 

その時まどかは、かつて見た夢のことを思い出していた。

暁美ほむらが戦う夢の、その最後、皆から魂を吸い上げる魔女の姿を。

あの時聞こえた声はなんと言っていただろうか。

 

『あなたが叶えたんだよ。

 みんながひとつになって、争いの無い、みんなが仲良くなれる世界を』

 

確かそう言っていたはずだ。

あのような結末を認めたくはなかった。

キュゥべえに祈った結末は、あの夢と同じようなことになってしまうのではないかと、

無理やり与えられた救いは、果たして真の幸せなのだろうかと、そう思ったのだ。

それに、とまどかは、ちょっとお茶目に続ける。

 

「それに、ママが言ってたもの。

 おいしい話があったら、相手はどうやって儲けるか考えなさいって。

 それが騙されない秘訣なんだってさ。

 私が契約するとキュゥべえにはどんないいことがあるのかな?」

 

今度は、キュゥべえが答える番だ。

まどかの意外なほどに強い意思に驚いたのか、それとも質問が答えづらいものなのか、しばらくの間、キュゥべえは無言だったが、やがて整理がついたのか話し出した。

 

「君は強いね、まどか。

 普通の子なら、二つ返事なんだけどね。

 …僕の利益だったかな。

 僕はね、宇宙のために働いているのさ。

 エントロピーって知ってるかな。

 正しくは熱力学第二法則とか、エントロピー増大の法則とかって言うんだけど、そこはまあ置いておくよ」

 

急に話が宇宙という大きなものになったことでまどかは困惑する。

それを見たキュゥべえは、ちょっと考えるように言葉を止めると、また話し始めた。

まどかに配慮して、分かりやすくしようという努力がその口調には見られた。

 

「要するに、エネルギーは使うとあっちこっちに散らばってしまって回収できなくなるってことさ。

 木を燃やしたときのエネルギーで空気は暖められるけど、その温かい空気を集めたところで木を復活させることができないようにね。

 そうして宇宙はやがて使えるエネルギーを失って死んでいくんだ。

 けど、君たち人間の強い感情が発するエネルギーは、その法則によらない、エントロピーを凌駕する新しいエネルギーになりうるんだ。

 僕達は魔法少女システムを通じて、魔法少女が希望から力尽きる際の差額のエネルギーを回収し、宇宙の寿命を延ばしているんだ。

 魔法少女の奇跡や、その力は祈りによって励起されたエネルギーの一部を使って行われると言えば、そのエネルギーの大きさも分かるだろう」

 

そう言うキュゥべえを見て、まどかはようやく理解した。

これは、魔法少女の味方なんかじゃなく、その目的のために動くモノなんだと。

少女とキュゥべえの間にあるのは、ただのビジネスライクなものにすぎないのだと。 

だけど、それならなおさら説明するべきではないか、とまどかは思う。

魔法少女の体のことを黙っていたことといい、これでは騙しているようなものではないかと。

そう、まどかの表情が疑念と非難の色を帯びていくのにキュゥべえも気づいたのか、補足するかのように口を開いた。

 

「君が怒るのも無理はないかもしれない。

 始めはちゃんと説明していたけれど、正直に言うと拒否されてしまったり、知識が足りなくて理解してくれなかったりしたからいつからか聞かれるまで説明しなくなったからね。

 そもそも君達がエントロピーの理論に辿り着いたのは比較的最近の事でもあるしね。

 でも、僕達には僕達の目的があったし、願いはちゃんと叶えてあげた。

 対価たる戦いのリスクと早死にの可能性についてだけは忘れずに伝えていたから理解して欲しい。

 むしろ、そうまでして叶えたい願いがあったのに、魂の位置が変わったり人の感覚としては早すぎる最期を迎えることくらいで騒ぐ人類のほうに非があると思うのだけどね」

 

ただ、その言葉ではまどかの抱いた非難は消えない。

人の感情は、そうそう割り切れるものではないのだ。

それを理解しないキュゥべえが、まどかは嫌になった。

 

「貴方が魔法少女にしてきたことは、ひどいと思う。

 けど、その祈りを叶えてくれたことには、いいことだったと思う。

 今夜は帰って、キュゥべえ。

 今は、あまりあなたの顔を見たくない」

 

そして、まどかはベッドに倒れ、顔を枕にうずめてしまう。

それを見たキュゥべえは、名残惜しそうにそれを眺めていたが、やがて諦めたようにその場を後にした。

 

 

 

 

 

「やれやれ、これならいけるかと思ったんだけどな。

 鹿目まどかもその仲間も死ぬまで幸福になれるし、悪いことじゃないと思ったんだけどね」

 

鹿目家を後にしたキュゥべえが、ぽつりとつぶやく。

先ほどの鹿目まどかへの提案、それは彼女達に敬意を払ってのものではない。

暁美ほむらや神野陰之というイレギュラーの存在、そして佐倉杏子が使えない事からの妥協点、つまりは講和条件のようなものにすぎない。

今日の夕方、美樹さやかと契約しようとしたときに神野陰之が乱入してきたところまでは覚えているが、気づいたときには夜で、しかも別の個体に意識が移っていた。

群体たる彼らインキュベーターは単体が死ぬと即座に別の体がそれを引き継ぐため記憶に欠落は生じないはずだが、実際それが起こっていた。

それほどのイレギュラーに対しては、効率を犠牲にしてでも慎重に当たる必要があったのだ。

もし先ほどの提案にまどかが首を縦に振っていた場合、彼女達は老人になって天寿を全うすることができるだろう。

これは魔法少女の大半が成人を迎えずに死ぬか魔女化することを考えれば破格のことである。

インキュベーターが損をすることもない。

彼女達の満足する死のタイミングと同時に、先送りされた穢れはソウルジェムを濁らせて魔女を産み、そのエネルギーを回収することができる。

感情の落ち着いた老人だと効率は落ちるが、それまでの人生で先送りした穢れも足せばそれなりに補填できる。

魔女になって人を襲うことを危惧するならば死ぬ前に無人の惑星まで送ってもいい。

そこまでしても構わないほど鹿目まどかの持つ資質は大きく、彼女一人でインキュベーターが集めようとしているエネルギーのノルマを超えておつりがくるくらいなのだ。

100年近く待つことになるが、人類発祥の時からこの地球にいるインキュベーターにとってはほんのわずかな時間にすぎない、

また提案が受け入れられた場合は得られるエネルギーは三割程減ってしまうが、減ったところでそのエネルギーの絶対量は魅力的だ。

 

 

 

ソウルジェムが魔女を産むことも、この辺の計算もまどかには話してはいない。

魔女になるのも、戦死するのも魂の消滅という意味では一緒で、力尽きるということに変わりはないからだ。

話したからといって何が変わるわけでもない。

ソウルジェムが砕けるか濁りきれば死ぬという対価は単純で分かりやすいと思うのだが、魔女になることまで話すと皆尻込みしてしまう。

個体としての死という結末は一緒なのに。

希望という正の状態から絶望という負の状態への差、それこそがインキュベーターが回収するエネルギーの正体だというのもぼかしてしか伝えていない。

最も、イレギュラーたる暁美ほむらや神野陰之ならそれに気づいているかもしれないが。

そう、イレギュラーと言えば、あの魔人は、正の願いにしろ、負の願いにしろ、その絶対値に応じて出てくるのかもしれないな…

思考が脱線しかけたところで、まどかのことへ考えを戻し、つぶやく。

 

「まあ、気長に待つとしようか。

 ワルプルギスの夜を前にすれば、彼女も考え直すかもしれないしね」

 

そう言うとキュゥべえ、いや、“孵す者”として計算をするインキュベーターは夜へと溶けていった。

別の個体から得られた情報で、もうじきこの街にやってくることが分かった最強の魔女、ワルプルギスの夜、それを前にしたまどかをどう勧誘しようかと考えつつ。

 

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