【完結】魔法少女奇譚   作:ふーま

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末の姫の決断

繰り返す、さやかは何度でも繰り返す。

記憶は巡る、あの一週間を、この十四年を。

思考は羽ばたく、あったかもしれない一週間に、ありえるかもしれない数十年に。

学校では、光の関係で鏡のようになったガラスを見つめながら、自分の選択で変わる様々な学校生活をそこに見る。

家では夕暮れに、夜に、その先にあるであろう未来を思う。

 

 

 

一つは、魔法少女にならない未来。

恭介の腕は治らないが、突っ走って魔女になることはない未来。

そこにはまどかもいる、ある程度リハビリが進めば恭介も学校で一緒になる。

仁美とは…現状維持が続くならあの申し出は遅くなるかもしれない。

その間に、恭介と仲直りしてうまくやれるかもしれない。

恭介の治療法が見つかるかもしれないし、演奏以外の別の道を探せるかもしれない

まどかやほむら、…そして杏子も、手伝ってくれるかもしれない。

そして、恭介と一緒になれる未来も。

 

そううまくはいかない、絶望の未来も浮かぶ。

例えば、恭介が絶望し、自分が知る恭介でなくなってしまう未来。

結局恭介が仁美を選び、同じ教室でそれを見続ける未来。

色々な出来事に耐え切れず、性懲りもなくまどかに当たって結局一人きりになる未来。

明るい前途が開けたところに、魔女が現れ手も足も出ず大切なものを奪われる未来。

そして、そんな未来すら訪れず、全てはワルプルギスの夜によって終わってしまう未来。

 

 

 

もう一つは、魔法少女になる未来。

恭介の腕が治り、病院の屋上での演奏会までは大体一緒だろう。

今回は全て分かった上なので、真実を知ることによる絶望はないだろう。

戦いも、もっと慎重にやれるはずだ。

仁美を相手にしても、今度は堂々と勝負できるかもしれない。

そうすれば、恭介の隣にいれて、いつでもあの演奏を聴くこともできるのだろう。

 

けれど、まだ見ぬ未来が怖い。

例えば、恭介の腕が治ったところで、再び奇跡でしか治せない事態が起こる未来。

恭介が音楽を捨ててしまう未来。

仁美との勝負に負けて、恭介を取られる未来。

それらに、絶望せずにいられるだろうか。

そして、戦いの中で死んでしまう未来。

“記憶”の自分は自暴自棄だったので捨て身戦法で戦っていたが、それを止めたら今度は前勝てた相手にあっさり殺されてしまうかもしれない。

かといって前と同じ戦法でいったところで、運悪く死んだり、消耗が激しすぎて魔女になるかもしれない。

何より、最強の魔女たるワルプルギスの夜相手に新人の自分が生き残れる可能性のほうが少ないだろう。

かといって魔法少女になったにも関わらず杏子やほむらを見捨てては自分で自分を許せずいずれ魔女化するだろう。

 

 

 

いくつもの希望と絶望の未来があった。

どれを選んでも、どこかで後悔はあるだろう。

どれを選んだつもりでも、周りの人間や魔女によってそれは別の方向へと変わってしまうだろう。

 

『上条恭介のために、魔法少女になるつもりね。

 やめたほうがいい、少なくとももう少し考えて。

 魔法少女になることはあなたのためにはならないわ』

 

響くのは、ほむらの声。

冷たく見える表情の奥に、たまに暖かいものが見える友達。

 

『見捨てられない、というのもまた愛であり願望なんでしょうね。

 私のようにはならないで、と言う資格はないわ。

 でも、鹿目さん達を悲しませるようなことにはならないでね。

 あなたと上条君が幸せになれることを祈っているわ』

 

目に浮かぶのは、マミの手紙。

異界に行ってなお、優しく自分達を見守ってくれる先輩。

 

『私の願望かあ、恥ずかしいけどね。

 パパやママ、さやかちゃんや仁美ちゃん、ほむらちゃん、杏子ちゃんも入れて、皆で笑顔で暮らしたいなあって』

 

響くのは、まどかの言葉。

私の心を癒してくれた、離れたくない最高の親友。

 

『こうと決めたら、どーんと行くしかないだろう。

 私が一緒に行ってやるよ。

 魔法少女にならなかったとしても、魔女は私が全部排除してやるから心配すんな。

 むしろその方がグリーフシードを独り占めできるかもしんねーし』

 

響くのは、杏子の声。

ぶっきらぼうに見えて、その実熱く優しい、新しい親友。

 

『なんだって構わない、どんな奇跡だって起こしてあげられるよ。

 傷を癒す魔法はなく。

 星を落とす魔法はなく。

 闇を切り裂く聖剣はなく。

 愛するものを蘇らせる秘術は無く…昔君達の誰かが言っていた言葉さ。

 でもね、僕と契約してくれたらどんな願いだって叶えてあげる。

 魔法の力で、空想の果てなんかじゃなく、現実にしてみせるよ』

 

誘うのは、キュゥべえの声。

対価と引き換えに、手の届かぬ奇跡を現実にするモノ。

 

『君達は自分の本当の願望を、もう一度考えてみることだ。

 魔法少女が叶える祈りと、自らの願望は同じとは限らないのだからね。

 自分の心から目を離さないことだ。

 目を離すと…見たまえ、こんなことになる』

 

『何が君の幸せだい?

 何をして喜ぶ?

 わからないまま終わる、そんなのはいやだろう?』

 

心を抉るのは神野陰之の声。

本当の願望を叶える闇を引き連れた魔人。

 

 

そう、結局は自分の願望次第。

友の助言を、気持ちを知り、自分の気持ちに向き合い、無数の未来の中の一つを目指す。

運も含めて強ければそこにたどり着き、弱ければ失敗するかもしれない。

目指すところと違う未来になって絶望するかもしれないし、それなりに満足するかもしれない。

どうなるかはやってみなければわからない。

月並みの言葉だが、後悔はしない選択をしたい。

本当に欲しいもの、それを思ったとき、これまで思ってきた未来や過去、その中で浮かんできたもの。

それはあの一週間の、バイオリンを弾き終わった恭介の笑顔、そしてそれと目が合い、微笑み返したあの一瞬。

 

 

 

 

 

再び、病院の屋上にさやかとキュゥべえ、そしてあの場にいた二人も揃った。

 

「やれやれ、僕の体を潰してまで契約を中止したのに、今度は僕に頼るなんて、わけがわからないよ。

 まあ、経緯がどうであれ契約してくれるなら構わないけどさ」

 

文句を言いつつも、契約の用意を整えたキュゥべえを見て、さやかはごくり、とつばを飲む。

“記憶”がフラッシュバックするが、それを振り払う。

 

「あんたは本当にいいの?

 結局こうなっちゃってさ、ほむらには悪いとは思うんだ」

 

最後に確認するように神野を振り向き、さやかは言う。

もはやほむらがここにいてもさやかは止まらないだろう。

だが、友人への、その真摯な思いへの罪悪感は残っていた。

それを吹き消すかのように、神野陰之はその迷いを断ち切る。

 

「本当の君はなんだ?

 君の好きにすればいい。

 君の本当の形は君しか知らない。

 誰も君の形を縛ってなんかいない――

 君は君の成りたいものになればいい」

 

天使の啓示などとは程遠い、悪魔のような囁きに、だが、こくり、とさやかが頷く。

杏子と目が合う。

その眼にはもう迷いはなかった。

己の『願望』を見据えた、力強い意思のみがそこにあった。

それを見た杏子もまた、微笑みを浮かべて頷く。

そしてさやかは、願いを言うべく息を吸う。

夜闇の魔王に導かれ、人魚の姉を付き添いに、末の姫は魔女の家の門を叩いたのだった。

 

「私の願いはね、キュゥべえ。

 “恭介の体を癒し、守護すること、年老いて死ぬまで音楽を奪われることのないように”」

 

その願いに、キュゥべえは首を傾げた。

 

「それじゃあ、キャンセル前とほとんど変わらないじゃあ…

 なんだい、このエネルギーは!?

 前回とは比べ物にならない、癒しの祈りに持続性を加えただけで、ここまで増加するはずがない」

 

最初は不満げな声を挙げていたキュゥべえだったが、突如驚いたように声を高める。

直前キャンセルも初めてだったが、それ以上に、祈りによって得られるエネルギーの上昇量は彼らの持つデータをはるかに上回っていた。

感情をエネルギーに変えるインキュベーターの技術ではあるが、彼らは感情を理解しない。

そのため、得られるエネルギーを因果の量、すなわち心の中に持つ願いが世界に与える影響を基準で判断していた。

だが、人間は、世界から見ればちっぽけな願いであっても、そこに強烈な感情を込められるのである。

さやかは願う。

かつての問いへの答え、さやかが望むのは、恩人になることでも、ただその音楽を聴ければよいだけでも、彼に夢を叶えて欲しいわけでもない。

大好きな恭介の隣にいたい、音楽を追い続ける姿も、その音色も、全てを持った笑顔の彼のそばで、私も笑顔で一緒に。

音楽をすることの強制はしない、成功を約束するという矯正もしない。

ありのままの恭介が、事故や病といった理不尽な障害に遭わず、純粋に挑む、そんな道を共に歩きたい、それが願い。

そして祈る。

それは形として見れば、たった一人が生涯健康でいるというちっぽけなものである。

だが、その祈りが守ろうとするものは、紛れも無く彼女の“世界”なのだ。

 

「さあ、叶えなさい、キュゥべえ!!」

 

キュゥべえは気圧されたように、または感心するかのように息を吐いて、それを受け止める。

 

「僕としたことがさやかの資質を見誤っていたとはね。

 いいだろう、受け取るといい、それが君の運命だ」

 

さやかの胸にキュゥべえの耳が伸び、そこに触れると青色の光が溢れ、輝く石が取り出された。

ソウルジェムの精製、魔法少女美樹さやかの誕生である。

 

 

 

 

 

病院を後にしたさやかと杏子は、二人で河川敷の斜面に寝そべっていた。

恭介にはまだ会っていない。

恭介の体は治ったはずだが、病院側がそれに気づく前だと何故それを知っているのかということになるし、また、気づいた後だと検査漬けになるだろうからだ。

そのことは過去を“見た”から知っていた。

 

「よかったのかい?

 あんた、あいつのことが好きなんだろう。

 あの魔力なら、自分が恋人うんぬんっていうのをさりげなく文章に混ぜたら一緒にかなっちまったんじゃないか?」

 

杏子がさやかに尋ねる。

最も、それは攻撃的なものではなく、ただの確認にすぎなかった。

それが分かったさやかも、穏やかな表情でふるふると首を振って答えた

 

「それじゃあ、あんたの親父さんと一緒になっちゃう。

 魔法で作った関係じゃあ、納得できないし、結局壊れちゃう。

 だから私は、正々堂々、恭介を落としてみせる」

 

その答えを予想していた杏子は、穏やかに微笑んだ。

 

「だよな」

 

しばらく無言で、二人はそよ風に吹かれていた。

 

「なあ親父、私、今度はちゃんとやれたかな…」

 

そんな中、杏子は空を見上げて、ぽつりと呟いた。

そこには、きれいな青さが広がっていた。

 

「ちゃんとやれたよ、私が保証する。

 あんたがいたから、私はここにこうしていられるんだよ」

 

さやかが、杏子の手を握り、優しく言った。

じわり、と杏子の眼に涙が浮かんだようだったが、その目を服の袖でぐしぐしとぬぐってしまったため、実際どうだったのかは分からなかった。

そうしてさやかを向いた顔は、いつもの勝気な杏子だったのだから。

 

「へっ、ひよっこが言うねえ。

 ここまでやってあげたんだ、あっさり死んだり魔女になるんじゃねーぞ」

 

表情は不敵だが、口調は優しい。

そうして、さやかに握られているのとは逆の右手を突き出す。

 

「分かってるって。

 これからよろしく、杏子」

 

さやかも、杏子の手を握るのとは逆の左手を突き出し、拳をあわせた。

 

 

 

 

 

『分かってるって。

 これからよろしく、杏子』

 

それを河の対岸方面のビルから双眼鏡で眺め、肩を撫で下ろした影が一つあった。

双眼鏡を外し、ふう、と息を吐いたその影は、暁美ほむらだった。

耳に当てたイヤホンから声が漏れていた。

杏子に任せたとはいえ、心配だったほむらは渡した通信機に盗聴器をしかけていたのだ。

何かあれば時間停止を駆使して駆けつけるつもりだったが、その必要はなかったようだ。

 

「うまくいったみたいだね。

 心配性なんだから、ほむらちゃんは」

 

隣を見ると、そこには笑顔のまどかの姿があった。

今回の件でこそこそと監視するほむらを見つけたまどかはいきさつを聞きだし、さやかと杏子に任せることに決めていたのだ。

ここにいるのは、むしろほむらが余計なことをしすぎないかの監視だったりする。

 

「私にもいろいろあるのよ」

 

やっていることがやっていることだけに、ほむらはばつの悪い表情で答える。

 

「もう、盗聴とかは無しだよ」

 

まどかに念を押されてしまう。

 

「分かっているわ。

 でもこれで、心配の一つはなくなったわ。

 あとは、魔法少女としてさやかを援護してあげないとね」

 

「上条君との関係のほうもね」

 

まどかはにやにやと笑いながら言う。

ほむらになんだかんだ言いつつも、ほむらが見たこと聞いたことを全て聞き出していたりする。

弱みのあるほむらは未来にあたる志筑仁美関係や魔女化についての会話以外はそのまま伝えてしまっていた。

また心労が増えるのかと、ほむらはため息をつくが、その表情はどこか楽しげであった。

 

 

 

 

 

人魚の末の姫は想われていた。

その家族に、海の仲間達に。

けれども彼女は、王子様への想いゆえ、相談もせずに魔女の元へ走ってしまった。

人間の足を手に入れ、王子様のそばにいることができる幸せな日々を手に入れたが、それは長くは続かなかった。

王子という身分にふさわしい婚約者を前に、結局その恋は叶わず、魔女との契約の通り泡と消える運命を受け入れた。

 

ではもし、姫が家族に相談していたら、そしてその恋路の困難さを理解したうえで王子に選ばれるために手をつくしていたらどうなっていただろうか。

その先はまだ、誰も知らない。

はるか過去から在るモノも、未来を知る少女でさえも。

 

 

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