【完結】魔法少女奇譚   作:ふーま

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人魚姫の結末は遠く

桜が消えていく。

断末魔を残し、満開の花を悲涙のように落として消えていく。

武器を突き刺し、それを眼前で見ていたさやかと杏子は消えゆく影の中に見た。

木というほとんど動けぬ体を失い形を失いつつある影が、沈んでいく子供たちに手を伸ばそうとするように枝だった場所を伸ばしているのを。

消える一瞬、二人は憎悪ではなく、桜の下で笑いあう子供達の姿を見た。

その中で一番年長の少女は、あの、影の魔女にそっくりだった。

 

 

 

魔法少女達は再び元の建設現場にいた。

人気はなく、夜の風が身にしみる。

最後に見たもののせいで、さやかも杏子もやりきれない顔をしている。

 

「…これでよかったのかな…」

 

さやかがぽつりとつぶやいた。

魔女は倒さなければならなかった。

けれどあの桜から子供達を奪い、殺したのは本当に正しかったのだろうかと。

 

「これでいいのよ。

 あれが子供達を大切に思うモノなら、子供達を襲う魔女になってしまった悲劇から解放してあげないといけないもの。

 魔女は願望の抜け殻、狂ったレコードのように同じことを繰り返すことしかできないのだから」

 

それに背後からほむらが淡々と答える。

ほむらとて内心やりきれないところはある。

守ろうと、手放すまいとするあの魔女と桜の姿はほむらにも重なるものだからだ。

だからといって狂ってしまった願望の亡骸を放置するわけにもいかないし、自分の願望のために敵を排除する業の道を歩くことはすでに決めたのだから。

さやかも杏子もほむらの言うことは正しいと理屈では判っていた。

それに“見て”魔女が何者かというのを知ってなおこの道を歩くと決めていたのだ。

それでもやりきれなさは残る。

願いの果てに待つのは幸せではなくほとんどが絶望であるというのは魔女の数と種類を見れば明らかだ。

この影の魔女のようにささやかで美しい願いも叶わないこともある。

だが最期は、あの光景のように昔に返って一緒に安らかに眠れたのであってほしいとそう願いたかった。

3人ともそう思っていても、口に出せば自分勝手な言い分になりそうで、静かな沈黙にそれぞれが思いを馳せた。

 

 

 

しばらくの間無言だった彼女達だが、このまま帰るわけにはいかなかった。

特にさやかには、言わなければならないことがあった。

だから、沈黙を破ったのはさやかだった。

 

「ほむら、助けてくれてありがとう。

 そして、えーと“魔術師”さんも」

 

ほむらに礼を言った後、さやかはあたりを見渡しながらも魔道士に礼を言う。

てっきり魔女空間のごちゃごちゃにまぎれて隠れているのかと思っていたが、結界が消えた今でも姿は現さないのが疑問だったが、取り合えず言っておく。

 

「『どういたしまして』」

 

ほむらの口から、少女と老人の声が重なったような響きで返される。

その現象にさやかと杏子は驚き後ずさる。

 

「何だ今のは?

 それにその“魔術師”とやらはどこだ、もう出てきてもいいだろ?」 

 

杏子がつっこむ。

戦闘中はともかく、こうなってはそろそろ明らかにしてほしい。

周囲を警戒する二人の少女を見て、ほむらはにたり、と笑うと答える。

 

「ここよ」

 

「どこだって?

 キュゥべえみたく他の人には見えないのか?」

 

いぶかしげな杏子に、ほむらは続ける。

その表情はマジックの種明かしをするかのようにどこか楽しんでいるようだった。

そして自分の体を指差して言う。

 

「だからここ、私の中よ。

 私の魂がこっちに移ったからね、力を借りるために間借りさせているのよ」

 

そう、自分のソウルジェムを取り出して言う。

 

『人使いの荒い大家よ。

 敷金礼金代わりとばかりにここまで働かされるとはな…』

 

「一月目というのは色々と掛かるものなのよ」

 

ほむらの言葉と老人の声が交互に聞こえる。

目を白黒させる二人を前に、ほむらは顔を引き締めて左目を酷く歪め、すうっ、と息を吸うと老人の声が響かせた。

 

『改めて名乗ろう、我が名は小崎魔津方。

 永遠と知識の探求を求めて、異界の物語となったものだ。

 君らの知る神野陰之とは異なり、未だ“人間”としてその願望を追い続けるものだ。

 人の魂にて神を超えて見せるものだ』

 

急に変わった顔と口調の変化、そして名乗りにこもる力は眼前の二人の魔法少女に刻み込まれ、強烈な印象を与え、それに敬服の念を覚えそうになったが、

 

「そう言っておいて、神野陰之に挑んで負けたじゃないの。

 しかも復活のための魔道具も全部回収されちゃって、ただずうっと異界の木にぶらさがっていただけじゃない。

 私が神野からあなたの物語を聞いて訪れていなければどうしていたつもりなのかしら?」

 

ほむらが水を差したせいで名乗りの印象は霧散してしまった。

さやかや杏子の経験から想像するにあの神野陰之に挑んだというのはすさまじく、人でありながら異界の住人になることはおぞましいものであるはずだった。

だが、結果だけ見ればどこか情けないうえ、ほむらのなじるような口調がそれを感じさせない。

水を差された魔津方は、どこか疲れたような声でそれに答えた。

 

『感謝しておるからこそ、ここまで協力しているのではないか。

 戦闘用が中心とはいえ、一ヶ月で貴様をここまで育てる師の苦労に気を配れ』

 

ほむらが体を得体の知れないものに貸し与えているという忌避される印象は、どこかとぼけたやりとりによってさやかと杏子の中から次第に薄れていった。

 

 

 

「でも、私全然駄目だな。

 あそこまで啖呵きって魔法少女になっておいて、この程度だもん。

ほむらにも杏子にも迷惑かけてばっかりだし」

 

張り詰めた空気が弛緩し、夜の静けさと冷たさが戻ってきた場に、さやかがつぶやく。

その弱音に答えたのは意外にも魔津方だった。

 

『驕るなよ小娘。

 一番若い者に抜かれるようでは我々の立場がないわ』

 

「でも…」

 

さやかもそれは判っていた。

だが、彼我の間にある差に引け目を感じるその気持ちにそうそう整理はつかないのだ。

言いよどむさやかに魔津方は告げる。

 

『なに、末子というのも悪いものではないのだぞ。

“末子”とは神に愛されるモノ、成功を約束されたモノなのだ。

 3匹の子豚しかり、奈良梨取りの兄弟しかり、古今東西の物語において上の兄弟が掴めなかったものを手に入れる。

 この物語、あの“孵す者”によって生まれた魔法少女の末子は貴様だ。

 姉達が願い、失ってしまったものにお主は手を伸ばしているではないか。

 こやつらは梨の実こそ取れなんだが、沼の主から逃れてお主を支えてくれる。

 なれば、今のお主にできずして他の誰にできようか。

 “梨の実”たる儂が言うのだ、間違いは無い』

 

不安を打ち払うがごとき力強い言葉。

言葉こそ魔法の本質。

その言葉は暗示となってさやかを後押しし、その表情から弱気が引いていく。

流石だ、とほむらは思う。

これまでの時間軸では届かなかった自分の言葉、だから言葉を捨て、力に頼ってきた。

けれどこの魔道士は、言葉の力を教えてくれた。

だから自分も、今度は言葉でと思う。

そして、

 

「そうよ、私も杏子もあなたの味方なんだから。

 一人でなんとかしようとせず頼りなさい。

 あなたに幸せになってもらわないと立場が無いわよ。

 幸いグリーフシードのあてはあるんだし、遠慮することは無いわ」

 

杏子も続ける。

 

「そうだぜ、さやか。

 ちっとは信頼してくれてもいいだろう。

 戦いのほうもばっちり鍛えてやるから安心しなよ。

 ブーストにブレイク、あれを使いこなせればいいところまでいけるだろ。

 むしろあれはあたしが教えて欲しいくらいだしね」

 

その言葉に、さやかは力強く答えた。

 

「ありがとう、魔津方さん、ほむら、杏子。

 これからも苦労かけちゃうかもしれないけど、よろしく」

 

そして差し出された手を、ほむらと杏子はとった。

手を合わせ、三人の少女は微笑みあう。

 

「言い忘れてたけどこいつをあまり信用しちゃ駄目よ。

 こいつの復活、体乗っ取りの儀式には末子が必要だからね。

 弱気でいると体を乗っ取ろうとしてくるわよ。

 貴方は前科があるし、落ち込むとあっさりやられるかもしれないわね」

 

ほむらが笑いながら言うと、さやかがぎょっとして後ずさった。

 

『そうさせる気など毛頭ないくせによく言うわ。

 そんなことをすれば儂が先に滅ぼされてしまうぞ。

 まあ、せいぜいお主もこの小娘共も死なさぬことだな。

 抜け殻の体だけはもらってもいいことになっているからな』

 

「よぼよぼのおばあちゃんの体でよければね」

 

さやかの反応と、魔津方のため息が聞こえるような声を聞いてくすくす笑いながら答えるほむらに、魔津方の声はぶつぶつと、若返りでも研究するか、とつぶやきながら小さくなり消えた。

それと同時に、ほむらも少し疲れた顔でため息をついた。

そんなやりとりを呆然と眺めていたさやかと杏子だったが、魔津方が引っ込んだ様子なのを見て杏子が聞く。

 

「なあ、その…大丈夫なのか?

 …あれ…」

 

それにほむらは答える。

 

「まあ、ね。

 ソウルジェムが砕けたら彼に体を渡す代わりに、普段は私に主導権があるわけだし。

 私は彼の意識を封じ込めることはできるけれど彼にはできないしソウルジェムに危害を加えることもできない、そんな契約なのよ。

 そうじゃなかったら男の意識なんてこの体に入れられるわけないじゃない」

 

「ほむらも女の子の意識があったんだ」

 

そんな話の流れを切るようにさやかがぽろりと漏らす。

そんなさやかをほむらはぎろりと睨む。

 

「あなたに言われたくないわね、美樹さやか。

 どういう意味か教えてもらえるかしら」

 

怒気をたぎらせながら瞬時に取り出した拳銃を向けるほむらに、さやかは後ずさりながら答えた。

サイレンサーがついているあたり徹底している。

 

「い、いやー、そんな銃の扱いとか、さっきの颯爽とした登場とか、さ。

 女の子っていうよりはなんていうかコマンドーっぽいなーって」

 

今にも銃を撃とうとするほむらを見てそう言うとさやかは逃げ出す。

ほむらも追いかける。

さやかの一言によって雰囲気が崩れてしまったが、そんな二人を見ながら杏子は思った。

 

(まあ、なんとかなるだろ)

 

ほむらと魔津方のやりとりを見ていると、小さいとき死んでしまったおじいさんを思い出す。

あの二人はどうにもおじいちゃんと孫という感じに見えたのだ。

何かあっても自分達が支えればいいだろう。

もっとも、さやかがああだと愚痴は全て自分が聞くことになるんだろうな、と杏子は苦笑した。

まったく面倒のかかる“妹達”だな、とそのつぶやきは幸い喧騒にかき消されて誰の耳にも届くことは無かった。

 

 

 

さやかを打ちのめしたほむらの顔はすっきりしたものだった。

さやかもこの顔を思い出せば心配はあまり浮かばないだろう。

最もすでに治ってはいるが銃弾を二、三発ほど食らっているので心配する心が残っているのかどうか疑問だが。

杏子はやれやれと苦笑すると、放置されたままだったグリーフシードを拾って二人の下へと向かった。

そして、その夜はグリーフシードで魔力を、最後に無駄使いしたぶんも含めて回復させて少女達は帰路へとついた。

 

 

 

 

 

その夜から数日後のことである。

ほむらは、目の前で蠢く二つの肉塊を眺めていた。

だらり、と投げ出された腕の先で五指が芋虫のように蠢いている。

机の上をごろり、と転がった頭の一方からぶつぶつと意味を成さない声が響いていた。

もう一方はその表情を見せず、浜辺に打ち上げられた海草のような髪が揺れている。

それは、“なりそこない”だった。

その、肉塊の一つが声を挙げた。

 

「結局…」

 

それにもう一つが答える。

 

「二人とも…」

 

「おあずけですのねー」

 

その“なりそこない”達の名は、美樹さやか、志筑仁美といった。

 

 

 

あの後、さやかは以前の時間軸と同じく上条恭介への思いを打ち明けた仁美に正面から向かい合った。

“以前”と同じ1日だけ待つという仁美の申し出に対し、さやかは正々堂々と同じタイミングで告白することを提案した。

その結果が、目の前にいる、想い人と恋人に“なりそこなった”二人だ。

喫茶店のテーブルにだらしなく突っ伏して蠢く二人を、ほむらは憮然とした表情で眺め、隣にいるまどかも苦笑いで見守る。

恭介の答えは、概ね次のようなものだったという。

 

「僕は音楽だけを思って今まで生きていた。

 けど、それで、本当に“大切”なものがなんなのか考えたことが無かった。

 なさけないことに、君達の好意にも気づけなかったんだ

 だから、その音楽以外の“大切”が分かるまで、答えは少し待って欲しい」

 

臭い台詞を言うものだ、とほむらは思う。

だが、彼の言う“大切”を、彼同様一つのことへの執着から見失っていたのもまた事実であった。

その言葉を茶化す資格はないことを実感していたから口には出さない。

まどかもまた、それを茶化すほど野暮ではなかった。

 

「ふふふ、でも、恭介がやっと気持ちに気づいてくれたんだ。

 あとは、幼馴染の強さってのを見せつけちゃいますよ」

 

「あらあら、こういったシチュエーションでのメインヒロインは、後からやってきた美少女と相場が決まっているものですわ」

 

二人は少しづつ回復してきたようだ。

くずぐずと崩れたような姿から、幽鬼のようにゆらぎながらも体を起こし、不気味に笑いあっている。

けれど、そこには絶望といったものは感じられなかった。

意気込みが外れて気が抜けた状態というのが正しいのかもしれない、どこか二人はそれを楽しんでいるような雰囲気すらあった。

間に挟まれる自分達、特にまどかは大変だろうな、と人事のようにほむらは考える。

そして、何故か知らないが上条恭介すら精神的に成長したこの時間軸でこそ、この大切な友達と共に乗り越えたい、いや、乗り越えてみせると決意した。

 

ほむらが思考に没頭している間、まどかは女の戦いへとヒートアップしそうになる二人を止めようと必死になっていた。

 

 

 

 

 

「まだちょっと話しないですけど、お稽古の時間なのでまた今度。

 さやかさん、どうなっても恨みっこなしですわよ」

 

まどかの努力が功を奏し、女の戦いにまでは到らなかったものの、お互い言いたいことを言い合ったためかすっきりした顔で仁美が去っていく。

 

「分かってるって。

 私達は親友でもありライバルさ」

 

こちらも完全に復活し、すっきりした顔のさやかが親指を立てながら答える。

だが、それに付き合わされた二人、特にまどかは疲れた顔で別れを告げた。

仁美が去っても彼女達は席を立たない。

仁美が見えなくなると、その空いた席にどかりと腰をおろした影があった。

その影は開口一番こう言った。

 

「どこまでも難儀だねえ、さやか。

 坊やが欲しけりゃ、相手にかまわずもっとがつがつ行けばいいのにさ。

 それだけの権利を持つだけの対価は払っただろ」

 

その影、佐倉杏子は近くの席でパフェを食べながら話を聞いていたのだ。

なぜ彼女がここにいるのか、というとほむらが話があって呼んでいたためだ。

だが、当初予定になかった仁美とさやかの相手をするためにテレパシーで連絡を取り合い別の席へ行ってもらっていたのだ。

食べかけのパフェを片手に、やれやれといった表情でさやかを見つめる杏子に、さやかが返す。

 

「しょうがないよ。

 どうなったって、私は私、この性格のままいくしかないのよ」

 

そう答えるだろうことは杏子には分かっていた。

だからこそ、表情だけでなく口でもやれやれ、と言って話を続けた。

 

「ま、あんたがどこまでもそんな奴だっていうのは分かってるけどさ。

 これ以上口を挟むようなことでもなさそうだったしねえ」

 

そう言うと、パフェをまた一口ぱくりとやり、次はほむらを見つめる。

 

「で、ほむら。

 あんたの用はなんなんだ?

 この恋愛模様を見せるためだけかい?」

 

「どうなるか気にしてたと思って」

 

その疑問に表情を変えずほむらはさらりと返す。

 

「ま、まあ気になってたけどさ…」

 

杏子はちょっと赤くなり、それを聞いたさやかの表情がうれしそうに変わるのを見てさらに赤くなり、照れ隠しのように声を荒げる。

 

「ってほんとにそれだけかよ!」

 

「冗談よ。」

 

ほむらは真顔で答え、杏子ががくりとうつむく姿を見てくすくすと笑う。

その笑顔と、ころころ変わる杏子の表情を見てまどかも楽しくなり一緒になって笑う。

そこでさらにさやかが杏子をからかい、一通り三人が杏子で楽しんだあと、ほむらは急に真剣な顔になって本題を切り出した。

 

「私の秘密を全部話す時が来たの。

 と言っても今日は時間を使いすぎたし、長い話になるから仕切り直すわ。

 次の土曜日のお昼過ぎ、私の家に来て欲しい。

 けれど、色々とあるから、心の準備だけはしておいてほしいわ」

 

西日が沈み、暗くなり始めて世界が変わったようなその空間で、真剣な顔でそう宣言したほむらを見て、3人の少女はごくり、とつばを飲んだ。

 

 

 

人魚姫の結末は遠のき、その物語とは違う道へと少女達は歩き始めた。

しかし、もう一つの暁美ほむらの物語、この物語はいよいよ終幕へと差し掛かる。

 

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