「~♪」
朝、目覚めた暁美ほむらは朝日を見ながら自宅で一人歌っていた。
いよいよまどか達に自分の物語を伝える日がやってきた。
それが終われば、約束を果たし自分の望む結末までは決戦を残すだけとなる。
もう少しで願望に手が届く、暁美ほむらはセンチメンタルになっていた。
「~♪」
歌っているのは入院中に見た怪獣映画の主題歌だ。
満身創痍で、敵の群れに向かっていくあの亀の怪獣と、前2作と違い切ない感じの主題歌が印象に残っている。
「~♪」
そのときはただなんとなく覚えていただけの曲だったが、今となってはこの曲を自分のこれまでの戦いと重ねていた。
もういちどできるなら、そう願ってほむらは時を遡り、走り続けてきた。
つらく悲しい時、苦しく泣きたい時、懐かしいまどかとの思い出に助けられてきた。
嵐が来て、心の翼が折れそうになっても、まどかへの思いを支えに生きてきた。
「~♪」
この曲を歌うたび、ほむらはその思いの原点、まどかとの日々を思い出していた。
そして、あの怪獣のように強敵に打ち勝ち、まどかを守りぬきたいと誓った。
それに、今回は一人じゃない。
これまで一人で戦ってきたときは気づこうとはしなかった。
だが、あの守護神ですら、一人ではあの軍勢の名を持つ宇宙生物には勝てなかったのだ。
仲間がいる、一人じゃないことがどれだけ力になるか、ようやく自分にも分かってきた。
だから、きっと言える、彼も最後の戦いには勝っただろう、そして、私達も勝つのだと。
「昔、子供の儂は火の中を逃げ回った。
恐くて恐くて、今でも夢に見る。
今度は、絶対に守ろうや」
劇中のセリフを思い出す。
例えちっぽけでも立ち向かったあの人達のように、私も戦おう。
まどか達が来るまではまだしばらく時間があった。
今は、思い出に浸り、決意を新たにしよう、そう思ってほむらは目を閉じ、続きを歌おうとする。
「やあ、いい歌だね」
だが、そんな時に限って無粋な客がやってくるものだ。
拍手のつもりなのだろうか、ぺち、ぺち、ぺち、と間抜けな音を出して耳毛を打ち鳴らしている。
本当にそう思っているなら、せめて歌い終わるまで待つべきではないか。
もっとも、感情の無いインキュベーターに曲の良し悪しが分かるかは疑問であるし、そういった配慮に関しても同様だ。
「一体、こんな朝っぱらに何の用かしら。
魔法少女にだってプライベートはあるはずよ」
ほむらは不機嫌を隠さない。
「ご機嫌で歌ってたところを邪魔するのは悪いと思うけど、君達にとって重大なニュースを持ってきたんだ」
しかしその視線をさらりとながし、キュゥべえは悪びれもせず続ける。
「この街にワルプルギスの夜がやってくる。
最強の魔女で、具現しただけで大災厄として大量の犠牲者を出す。
と言っても、この部屋を見る限り、そのくらいは知っているみたいだけどね。
それにしてもこの資料の量は、始めからここにワルプルギスの夜が来ることを予想していたみたいじゃないか」
ほむらは自宅にワルプルギスの夜に関する資料を置いている。
見やすさと臥薪嘗胆の意味で、部屋のあちこちに魔法で浮かべていたのだが、それが仇となったようだ。
「答える必要はないわ」
ほむらは切り捨てる。
キュゥべえに話す筋合いのものではないし、手札は最後まで隠しておきたかった。
「気にはなるけど、そこは重要ではないし、後回しにしておくよ。
知っているなら知っているで話が早くなるからいいことだしね。
…ワルプルギスの夜は強い。
いくら魔法少女が3人揃ったからといって、勝てるとは限らない。
あの魔人や、君の魔術があろうともね。
たとえ勝てたとしても、街に大きな被害が出るか、君達の中の誰かが命を落とすことになるだろうね」
「何が言いたいの?」
インキュベーターのそれはただの警告に聞こえる。
だが、彼らの目的では、ワルプルギスの夜との戦い自体はどうでもいいはずだ。
何をしにきたのかが読めず、ほむらはいぶかしげな表情になる。
そのほむらの疑問に、それは律儀に、そしてどこか得意げに答えた。
「ようするに、まどかが魔法少女になるしかないってことさ。
君がまどかを魔法少女にしないために並々ならぬ努力をしていることは知っているよ。
でもね、奇跡や魔法でもないとどうしようもないことだってあるんだ。
魔女のせいで街が崩壊し、知り合いが死んでまどかが納得するかい。
彼女はそれを望まないだろう。
ワルプルギスの夜による被害を願いで修復するのか、水際で食い止めるため事前に魔法少女になるかは分からないけど、遅かれ早かれ結末は一緒だよ」
つまりはこのキュゥべえは勝利宣言にきたのだ。
ほむらのどのような努力や前準備も、ワルプルギスの夜という圧倒的な力の前には無と化すと言外に言っている。
ほむら達が敵わなければ、まどかは願ってしまうだろうし、ほむらの願望を超え、神野の束縛を受けずに叶えられるだろう。
むしろ神野陰之がまどかを後押しして力を与えるかもしれないが、そうなっても最悪の魔女になりうる魔法少女が誕生するのに違いはないだろう。
そうなれば、世界が滅びるか、まどかが魔女になる前にほむらが介錯するか、危惧した誰かにまどかを殺されるかだ。
すべて過去の時間軸で起きたことであり、もはや繰り返したくはなかった。
だが、そのためにはワルプルギスの夜という圧倒的な力を前にして、それに短時間で圧勝するか攻撃をさせずに封殺するしか方法は無いのだ。
黙ってしまったほむらに対して、慰めるかのようにキュゥべえは話しかける。
「君には気の毒だけどね。
ワルプルギスの夜さえ来なければ、もっとじっくり時間をかけていたはずだったんだし。
でも、魔法少女システムが悪だとは思って欲しくない。
君の歌っていた曲が主題歌になった映画、あの2作目の宇宙怪獣は実際に存在して、地球にも本当に来たことがあったんだ。
でも、村が一つ二つ消えるくらいの被害ですんだ。
どうしてだと思う?
それは魔法少女の手によって、宇宙に放逐されたからさ。
倒すのは無理でも、追い返すくらいならぼくたちにもデータがあるからそんなに無理な奇跡じゃないからね。
魔法少女は人知れず世界を救っていたりもするのさ。
ぼくにはあの魔人以外は認識できないけれど、叶えてきた願いの中には例の異界の侵略とやらを食い止める為の物もあったんじゃないかと思うよ」
宇宙怪獣が実際に存在するとは意外だったが、たとえ魔法少女の中に救世主がいたところで、ほむらのやることに変わりは無い。
欲しいのは救世主ではなく、普通の少女の安寧だけだからだ。
「あなたと映画の話ができそうだとは思わなかったわ。
それに、あれが本当に存在するとはね…
むしろ、あの名はあなたが名乗るべきじゃないのかしら」
「『僕の名前はレギオン、僕らは大勢であるがゆえに』
とでもいえば言いのかい。
けれど大勢であることは僕らの本質ではない。
むしろ記憶を共有する僕らは単一の存在であって大勢というのは的外れだ。
大勢を名乗るならむしろ君たちのほうだろう。
僕らの本質は…」
そのキュゥべえの言葉をほむらが遮る。
「インキュベーター、希望と言う卵を絶望で温め、魔女を孵す孵卵機、“孵す者”。
それがあなたの本質でしょう」
「そのとおりだよ、暁美ほむら。
名付け親は君たちだが、僕らを表すのにこれ以上のものはなくてね、使わせてもらっているよ。
しかし、そこまでわかっているなら、僕の話に対して他の反応があってもいいだろう
まどかの契約を確実にするために君に揺さぶりをかけようとここに来たのは確かだけど、話した中身は逃れようのない真実だよ」
「私はあきらめるつもりはないもの。
あなたの言葉で動じたりはしないわ」
感情のないはずのインキュベーターは、はぁ、とため息をついたように見えた。
「宇宙が君達にとってわけのわからないものであるように、人の心というのもよく分からないものだね。
絶望の虹に飲まれた少女を救い出してくれる守護神はこの世界にはいないんだよ。
まあ、やるだけやってみればいいさ、どうせ結末は一緒なんだし。
もしまどかが魔女になって被害を撒き散らすことを心配するなら、まどかを魔女になる前に別の星に連れて行ってもいいよ。
その願いをする魔法少女候補は僕らのほうで手配しよう。
終末論を覆しヒーローになりたがる夢見がちな少女は探せばいるものさ、以前のまどかのようなね。
それで地球は安泰だし、まどかの願いも裏切られないだろう。
ぼくたちだって最高のエネルギーを得た上で絶好の狩場を維持できるわけだしね」
とことん合理主義な存在だ、ほむらはいい加減いらだちをかくせなかった。
「帰りなさい、話は終わりよ」
やれやれといった風に首を振りぺたぺたと歩いてインキュベーターは影へと消える。
最後に声が聞こえてきた。
「君と次会う時は、ワルプルギスの夜との戦いの後になるだろう。
もはや僕の干渉で君たちは変わらないだろうからね。
既に鹿目まどかには提案済みさ。
君たちの敗北と共に、君たちは鹿目まどかの願いにより幸福な人生を手に入れる。
もちろんまどかも一緒にね。
その願望が叶うような内容のすり合わせは僕の存在にかけて誓おう。
ワルプルギスの夜を力づく消滅させようとしなければ即座の魔女化もない。
被害も死者も元通りで、天寿を迎えるまでの加護もつけてあげよう」
かっとなったほむらはインキュベーターに銃を向けた、もはやそこには何もいなかった。
そこには壁があったはずだが、どんな手を使ったのか、消えてしまっていた。
「この投資のためにエネルギーは節約させてもらうよ。
個体の補充にもエネルギーがいるからね」
テレパシーによる通信を残してインキュベーターは姿を消した。
「もう一度できるなら、そんな誰もが望み、闇に手を染めたとしても、私を呼び寄せたとしてもまずたどり着けないその願い。
それをポンと叶えてもらったのに、邪険にしすぎではないかね。
その終わってしまった願望、絶望をなかったことにできるというのに、魔法少女としての運命では対価が安いものだろう」
そのインキュベーターが消えた影から嗤いながら現れたのは別の叶える者だった。
「だとしても、やつはまどかを奪い苦しめた、私にとっては敵よ。
願望のためにどんな手を使ってもかまわないのでしょうけど、あいつのやり方だけは認める訳にはいかない」
インキュベーターに、ワルプルギスの夜という脅威を再認識させられて表には出さないまでも気持ちが揺らいでいた。
そこに、神野まで続けて相手にはしたくなかった。
それでもほむらは不敵に笑ってみたが、神野はこっけいに思っているのか、哀れんでいるのか、ただ嗤って姿を消すのだった。
『私も聞いているのだがな。
見たことのない作品をネタに話を進められるのは気に食わんな。
世界を知り尽くすことこそ私の願望、まだ時間もあるし私にも見せろ』
「あんたはひっこんでなさい!
……はぁ、後で借りてくるから待ってなさい……」
まだやっかいなのがいた。
赤くなりながらほむらは、願望のためとはいえいろいろ契約しすぎたことを後悔するのだった。
「幸せであり続けることはできないのかしら?」
ふうっ、と溜息をつきながらほむらが言う。
目の前にあるのはマミからもらった手紙だった。
あの人外との会話の連続に疲れたため、気分を変える為に読み返していたのだ
神野陰之のせいで渡される前に杏子に握り締められたシワは丁寧に伸ばされ、何度も読み込まれた痕が残っていた。
そこにはこう書かれていた。
『暁美さんへ
一緒に戦ってくれると言われておきながら、こんな形での退場を許してください。
鹿目さん達からいきさつは聞いたかもしれないけれど、私は魔女が口を開いたとき、中にいた子供達を攻撃せず、その手をとってしまったの。
それが魔女の擬態だったら私も、そして鹿目さんや美樹さんも死んでいたわ。
皆を守ると言っておきながら身勝手でごめんなさい。
けれど、こうなったことには後悔はしていない。
むしろ、子供達を救うことができたことに、あなたと神野さんに感謝しています。
私は今、昔からの夢だった保母さんをやっているのよ。
異界でだけど、私が救いたいと思っていた一人で苦しむ人達を救えるようになったからいいのよ。
私の願望は叶いました。
暁美さんも、私のことを気に病まず、自分の守りたいものを守ってください。
そして、幸せになってください。
そして、無責任な言い方になってしまうけど、鹿目さんや美樹さんをお願いします。
それでは
P.S.できれは遊びに来てくれれば嬉しいです。
暁美さんなら、何か抜け道があるんじゃないかと期待しています』
彼女を先輩として慕っていた始まりと2番目の時間軸のように、彼女はほむらに優しく伝えてきていた。
そして、再び仲間として接してくれたのだ。
読み終えて、昔を思い出してしまう。
それに、マミに会うための手段もある。
ここまでこれたことは幸せだ、これからもこうであればと思い、ふと、先ほどのようなつぶやきが漏れてしまったのだ。
その独り言に、応えるものがあった。
「それには願望を持ち続け、不断の努力が必要なのだよ。
それはただ一つの願いを叶えるより余程難しい。
めでたしめでたしの後でも彼ら彼女らの人生は続いていく。
シンデレラにしろ白雪姫にしろ、その後はよそ者への冷たい視線、衝動に動かされやすい夫といった障害を抱えつつ、国と家を守り続けるため困難と戦い続けただろう。
人魚姫が王子を射止めたとて、口を利かない王妃では確実に綻びが生まれよう。
君達魔法少女も、願いが叶ってめでたしめでたしの後は果てしない戦いが続いていく。
ハッピーエンドと言われるものの先など、えてしてそういうものだろう。
君にとっても、この時の螺旋を抜けた先こそが苛酷かもしれないよ」
「その覚悟はあるわ。
ただ…ね。
全てから解放された、幸せな夢というのに浸ってみたいとふと思ったのよ」
どこからともなく表れる神野陰之にはもう慣れてきたが、少々弱音を吐きたくなる気持ちもあった。
「その夢に囚われ、現実に適応できなかった魔法少女は、例外なく魔女になったよ。
君のよく知る美樹さやかのようにね」
だが、魔人はどこまでも冷徹だった。
願望を叶えるために、夢物語など不要と切り捨てるかのように。
事実そうなのだろう、ふわふわとした幻想に浸っているような者には神野陰之は見向きもしないのだ。
己の願望という幻想を現実とするために他の全てを切り捨ててでも突き進めるもの、そういったモノしか願望を叶えることはできないのだろう。
「…わかっているわ。
私の願望は変わらない。
あなたが消えていないのが何よりの証拠よ。
それに、今回の美樹さやかは、その先に行く覚悟をすでに持っている。
あとは、ハッピーエンドのその先に行く、最後の関門を越えるだけよ」
「やってみるといい。
その為の策は、出来上がっているようだしね」
再び決意の戻ったほむらの表情を見て、神野はそう言い残すと姿を消した。
ほむらは時計を見る。
まどか達がやってくるまで、あと数時間。
ほむらは資料を取り出すと、再度作戦について確認すべく魔津方を呼び出すのだった。
そして夕方、ほむらの自宅に全員が集まった。
集まった仲間達の目にあったのは、これから話されることへの不安と緊張だったが、その奥にはほむらへの信頼があった
「みんなに集まってもらったのは他でもないわ。
二週間後、この街にワルプルギスの夜が来る」
ピクリと反応したのは杏子とさやかだ。
まどかは何のことかよく分かっていない様子で聞き返す。
「ワルプルギスの夜?」
その問いに答えたのは杏子だ。
「超ド級の魔女だ。
一人じゃあ厳しい相手さ。
だが、ほむら、前から聞こうと思っていたがなんであんたはそんなことを知ってるんだ?
私らと同じように神野に“見せられた”わけじゃあないんだろ。
なんせ、神野陰之がいなかった“あの時”からすでに知っていたんだからな」
彼女にははぐらかしはきかないだろう、最も、はぐらかす気などほむらにはもはやないのだが。
「どちらでもないわ。
それも含めて、私が今まで言えなかったことも話すわ。
もちろんワルプルギスの夜相手の作戦もね」
そのほむらのまっすぐな視線に、杏子はにやりと笑って返す。
「ようやく話してくれる気になったかい。
ずっと待ってたんだぜ。
…でも、ここじゃあちょっと場所が悪いよね」
そう言って杏子が提案したのは、彼女たちにとって大切な場所で、それは満場一致で受け入れられた。