【完結】魔法少女奇譚   作:ふーま

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一日目の終わり

「マミさん、すっごくおいしいです」

 

「うんうん、めちゃうまっすよ」

 

まどか達はマミの家で、出された紅茶とケーキを味わっていた。

 

「ええ、ほんとうに…おいしいわ」

 

ケーキを口にしつつほむらは思う。

魔法少女も何もなくただ友人や先輩とお茶をする、それができることがどれだけ幸せかと。

思えば自分も、真実を知る前の時間軸では穏やかにこの部屋で過ごす時間を楽しみにしていたのだ。

だが、残念ながら今のこの部屋の平穏さは仮初であることをほむらは知っている。

先ほどの戦いで生じた不安や不信は隠されているだけで完全には拭い去れていない。

この空気がある以上、以前ほむらが楽しんだお茶会にはならないだろう。

 

「ありがとう、キュゥべえに選ばれた以上、あなたたちにとっても人事じゃないものね。

 ある程度の説明はしておかないとね」

 

マミはお礼を言い、説明に入ろうとする。

 

「うんうん、なんでも聞いてくれたまえ」

 

「さやかちゃん、それ逆」

 

「こいつのことはほうっておいていいわ。

 本題に入りましょう」

 

さやかのボケにまどかが苦笑いで返し、ほむらはさらりと流す。

 

「ええ、じゃあ、暁美さんもソウルジェムを出してくれるかしら」

 

「わかったわ」

 

そして二人の手から取り出されたのは、卵型の宝石だった。

台座に置かれた宝石を固定するように、装飾のされた金具が付き、自立するようになっている。

マミの宝石の色は暖かさを感じる黄色、ほむらの宝石の色は神秘的な輝きを放つ紫だ。

 

「わー、きれい」

 

まどかが感嘆の声を挙げる。

 

「これがソウルジェム、魔力の源であり、キュゥべえと契約した魔法少女であることの証でもあるの」

 

「契約って?」

 

さやかが問いかける。

それに答えたのはキュゥべえだ。

 

「僕は、君たちの願い事を何でも一つ叶えてあげる」

 

「えっ、ほんと?」

 

「願い事って?」

 

なんでも願いが叶うということにまどかとさやかが反応する。

 

「なんだって構わない、どんな奇跡だって起こしてあげられるよ。

 傷を癒す魔法は無く。

 星を落とす魔法は無く。

 闇を切り裂く聖剣は無く。

 愛するものを蘇らせる秘術は無い…昔君達の誰かが言っていた言葉さ。

 でもね、僕と契約してくれたらどんな願いだって叶えてあげる。

 魔法の力で、空想の果てなんかじゃなく、現実にしてみせるよ」

 

その言葉にさやかがピクリと反応したのをほむらは見逃さなかった。

だがそれを指摘することはなく、キュゥべえの話は続いた。

 

「でも、それと引き換えに出来上がるのがソウルジェム。

 これを手にした少女は、魔女と戦う使命を課されるんだ。

 そう、君たちが遭遇し、マミが倒したあれだね。

 まあ厳密にはあれは使い魔で、魔女の部下のようなものだけどね」

 

「魔女ってなんなの、魔法少女とは違うの?」

 

さやかが問いかける。

気持ちは分かるし、何気に真実を付く問いではあるのだが、見た目はアレと自分達はだいぶ違うのになあ、などとほむらは思った。

 

「願いから生まれたのが魔法少女だとするなら、魔女は呪いから生まれた存在なんだ。

 魔法少女が希望を叶えるように、魔女は絶望を撒き散らす。

 しかもその姿は普通の人間には見えないからたちが悪い。

 不安や猜疑心、過剰な怒りや憎しみ、そういう災いの種を世界にもたらしているんだ」

 

キュゥべえの言葉をマミが補足する。

 

「理由のはっきりしない自殺や殺人事件は、かなりの確率で魔女の呪いが原因なのよ。

 形のない悪意となって、人間を内側から蝕んでいくの」

 

そのような存在がいることを聞き、まどかとさやかの表情が曇り、さやかが問いかける。

 

「そんなやばい奴らがいるのに、どうして誰も気づかないの?」

 

「魔女は常に結界の奥に隠れ潜んでいて、基本的に人前には姿を現さないからね。

 さっき君たちが迷い込んだ、迷路のような場所がそうだよ。

 蜘蛛のように、巣の中に入り込んだ人間を襲うんだ。

 けど、魔女と戦えるだけの装備と実力を兼ね備えた人間が紛れ込むなんてまずないし、君たちみたいに魔法少女に助けられる場合も珍しい。

 呪いをかけられた後は記憶も曖昧でしかも大抵は死んでしまうから、世間一般に知られていないのも無理の無いことなのさ」

 

「結構、危ないところだったのよ。

 実際、私がいながら、あなたをもう少しのところで死なせてしまうところだった。

 本当にごめんなさい」

 

マミはまどかに頭を下げるが、まどかは微笑みながら首を振る。

 

「ううん、マミさんもほむらちゃんも、助けてくれてありがとう。

 でも、二人とも、あんな怖いのと戦ってるの?」

 

マミは、今までの柔らかい表情を引き締めて真剣な顔でそれに答えた。

 

「そうよ、命がけよ。

 だからあなたたちも、慎重に選んだほうがいい。

 キュゥべえに選ばれたあなたたちには、どんな願いでも叶えられるチャンスがある。

 でもそれは、死と隣合せなの」

 

ごくり、とつばを飲むまどかとさやか。

マミはそこまで言うと、これまで黙っていたほむらに向かう。

 

「暁美さんからは何かないかしら?」

 

話を振られたほむらは、一瞬躊躇したようなそぶりを見せた。

だが、意を決したのか、深呼吸をして話し始めた。

 

「まず始めに言っておくわ。

 私はあなたと敵対する気はない。

 むしろ一緒に戦ってほしい、味方に、友人になってほしいとすら思っているわ」

 

いきなりそのようなことを言われて、マミは訝し気な顔をして身構える。

 

「それはとてもうれしいのだけれど、なんだって今そんなことを。」

 

警戒心を露にしたマミに、ほむらも真剣な顔で答える。

 

「わたしとしては彼女達に魔法少女になって欲しくない。

その理由の中にはショックな事実もあるし、言い方が辛辣になってあなたが不快に思うかもしれないから、事前に私の気持ちを言っておきたかったの」

 

「わかったわ。

 私としても仲間が増えるのはうれしいしね。

 そこまでして言わなければならないことって何かしら、聞かせてもらえるかしら?」

 

ほむらの表情と声にその真剣さを見たマミは続きを促す。

そこまで決意を固めて話すようなことを遮るつもりはなかった。

始めにほむらはまどかとさやかのほうを向いて言う。

 

「戦いが命がけというのは本当よ。

 しかも魔女には色々な種類がいて、一筋縄ではいかないものも多いの。

 私は、契約して一ヶ月しないで死んでいった魔法少女を何人も見てきたわ」

 

そして、ちらりとソウルジェムを見てからマミに向き直る。

これから話すことはソウルジェムと魔法少女の真実の一部。

非情な真実ではあるが、もう一つに比べればまだ優しく、マミでも受け入れられるだろうとは踏んでいる。

それにこれを伝えておかないと、まどか達が契約した後に受ける衝撃が大きすぎ、過去の時間軸ではそれでさやかが破滅した場合もあった。

ショックは受けるだろうが、自分やあの吊るされた魔術師のような存在もいることだ。

言葉は魔法、とほむらは自分に言い聞かせる。

 

「それに、願いの対価はそれだけじゃないの。

 マミさんも初めて聞くことかもしれないけれど、願いの対価に、人間の体を捨てなければならないの。

 このソウルジェムは、私の魂そのもの。

 この体は、ソウルジェムから魔法で操っているのにすぎないのよ。

 そうよね、キュゥべえ」

 

ほむらはキュゥべえに確認を取る。

別に自分のソウルジェムで実演してもよかった。

ソウルジェムで操るという性質上、ソウルジェムを肉体から離せば体は動かなくなり死体同然となる、そうすれば一目瞭然だ。

だが、一時的とはいえ死体となった自分をまどか達に見せるのはショックが大きそうだった。

さすがに今日これ以上は抑え目にしておきたかった。

キュゥべえなら嘘は言わない。

聞かれなければ、望まれなければ何もしないと言う点ではこいつも神野陰之と変わらないが、こいつの場合は聞かれたことは率直に答えるので信用はできるしわかりやすい。

それにこちらのほうが手っ取り早い。

 

「どこで君がそのことを知ったのか、非常に興味はあるのだけれど…

 その通りさ。

 僕たちだって、壊れやすい体で魔女と戦ってくれなんて言えないよ。

 君たちの体は、外付けのハードウェアみたいなものさ。

 魔力があれば心臓を破られてもありったけの血を抜かれても修理可能だし、まず病気や日常における事故とは無縁だと思ってくれていい。

 ソウルジェムを100メートル以上離さなければ何も支障はないしね。

 ソウルジェムは普段は指輪に変えて身につけることを推奨しているし、まず不具合は起こらないから、別に説明するまでもないと思っていたんだけどね」

 

キュゥべえは淡々とその利点を説くが、少女達には逆効果だったようだ。

自分がそのようなものにされたと初めて聞かされたマミは絶句している。

信頼していたキュゥべえがそんな隠し事をしていて、しかもそれをどうとも思っていないその様子にも動揺しているのか手元も震えている。

そして、他の二人の少女も、先輩と友人の身に起こったことに対する衝撃が大きいようだ。

 

「そんな、じゃあその体はゾンビみたいなもんじゃない!」

 

さやかが思わず声を挙げる。

だが、マミやほむらを見て自分の発言の残酷さに気づいたのだろう、はっとした顔をして、顔を歪めて謝る。

 

「あっ…

 マミさん、ほむら、ごめん…」

 

マミはさきほどのほむらの話からショックを隠せずにいるが、ほむらは動じない。

そして、ショックを和らげるよう、できるだけ優しく、軽口のように言う。

 

「私は構わないわよ、さやか。

 私も巴マミもやむにやまれない事情があったのだから。

 死んだり、全てを失うくらいなら、この程度はまだ優しい部類に入るわ。

 この肉体だって成長するしケーキのおいしさだって分かる。

 胸を成長させたり、きらいなものを食べるときに味を消すとかだって慣れればできるでしょうね。

 ソウルジェムが本体ということは、キュゥべえの言うとおりソウルジェムが破壊されない限り死なないということでもあるし、そんな悪いことだけじゃないのよ。

 “我思う、故に我あり”、それで十分よ。

 …やっぱりおいしいわね、ゾンビにこの味は分からないわよ」

 

そう言いながらケーキを口に運ぶ。

ほむらがあまりにも軽く言うので、マミは感心した顔で言う。

事実はショックではあったが、こう言い切られるとそんなものなのかと思ってしまう。

そういえば、特に支障はなかったし、胸だって何も考えなくても順調すぎるくらいに成長してるしなあ、などと考えてしまっていた。

 

「強いのね、暁美さんは」

 

「私だってこの事実を知った時はショックを受けたわ。

 けれど、叶えたい願望のためにはそれくらい大したことはないと思えるようになったの。

 私の知るある男なんて、その探求の願いを叶えるために自らの肉体すら捨てて、そして自分の願望のために多くの人間を犠牲にしてきたくらいだしね。

 実態がどうであれ、こうして肉体を持って普通に過ごせるだけでいいものよ」

 

「それって、私を守ってくれたあの人なのかな?」

 

まどかが問いかける。

それに対し、ほむらは少し言葉を選ぶようなそぶりを見せる。

 

(つい言ってしまったけれど、あいつのことはまだ話さないほうがいいわね…

 神野のことはこの際だし話してしまおうかしら)

 

「まあ…ね。

 彼は魔法の力を求めた挙句、魔法に、闇にその名前を捧げたわ。

 その結果、もはや神にも等しき力を手に入れたの。

 けれどその代償として、“人”としての『願望』を失ってしまい、人の『願望』に従い力を貸すだけの存在になってしまったわ」

 

「それもキュゥべえの力なのかしら?」

 

マミがキュゥべえに問いかける。

 

「ぼくは覚えが無いね。

 ただ、魔法少女の魔法以外にも魔法について研究されていたのは確かだよ。

 ただ、それに手を出す少女なんてそうそういなかったし、出していても力をつける前に少女じゃなくなっていたりするから僕達としても注目はしていなかったさ。

 魔法が使えるようになりたいと願われたら、魔法少女の力で魔法を使うわけだしね。

 まあ、銃なんかが発展する以前から、魔女の結界に入り込んだ人間が魔女を返り討ちにするケースは何件かあったらしいから、特殊な人間がいるだろうとは思っていたけどね。

 ほむら、僕は君と契約した覚えはないのだけど、君もそういった存在の力で魔法少女になったのかい?」

 

「それは私の願いに関わることだから今は話せないわ」

 

そのほむらの答えにキュゥべえは納得していないようだったが、その開こうとする口をマミが押さえた。

そこで、何か言いたげにうつむいていたまどかが口を開いた。

 

「そうなんだ…

 でもそれって悲しくないの。

 つらくないのかな、だって、友達とか、家族とかとも会えなくなっちゃうんだよ。

 願いを叶えた代わりに、人間じゃなくなってしまうなんて…」

 

まどかはその神になった男に対しても同情の言葉を告げる。

神野陰之に対峙してなおそのような事を言えるなど、稀有な存在であることを本人は自覚すらしていないのだろうが。

そんなまどかをほむらは誇らしく、そして微笑ましく思う。

こんな彼女だからこそ守りたいのだ。

ただ、それでもこのことに関してはまどかの言葉をほむらは肯定することはできない。

 

「それでも、彼の“願望”は叶ったわ。

 彼にとって、その“願望”に比べたらそれらは大したことじゃなかったのよ。

 まどかもさやかも覚えておいて欲しいの、願いを叶えるということは、それ以外の事なんて瑣末なことに過ぎないと思えるくらいでなければならないわ。

 家族や友人と離れ離れになること…いいえ、最悪犠牲にすることすら。

 当然、人間をやめることですらね。

 だから、家族や友人に恵まれているあなたたちには契約はしてほしくない。

 この道に入り込んで、それでもなお平穏という幸せを望むのは並大抵ではないわ。

 あなたたちには、今の幸せを、私達が掴めなかったものを大切にしてほしい。

 そして、私達の大切な友達でいてほしいの。

 その幸せを分けてもらえないかしら」

 

それはほむらの本心だった。

厳しさと優しさ、そして憧憬の混じったその言葉に、もはやさやかもまどかも何も言えなかった。

 

「それとも、『あなたたちにそれをかなぐり捨て、人をやめてまで叶えたい“願望”があるのかな?』」

 

その最後の言葉は、左目だけをひどく歪めたような顔で、全てを見てきた老人が話すような雰囲気をかもし出していた。

 

 

 

ほむらの話が終わり、マミはすっかり冷めてしまったお茶を入れなおしながら言う。

 

「そうね、私は交通事故で死に掛けていた時にキュゥべえに会ったの。

 そこで、『生きたい』と願わなければ死んでいたのだし、死んでいたらこうしてあなたたちにも会えなかったのよね。

 だから、後悔はしていないわ。

 それに、暁美さんが、鹿目さんや美樹さんを魔法少女にしたくない気持ちもよく分かった。

 だから、私から魔法少女になってなんて頼まないわ。

 代わりに、暁美さんが言ったように、友達でいてくれるかしら。

 それだけで十分心強いわ。

 キュゥべえも、契約を迫っちゃ駄目よ、それに隠し事の件でおしおきですからね」

 

おしおきと聞いてキュゥべえが抗議する。

 

「ひどいよマミ」

 

それに対してさやかがキュゥべえを殴りつける。

 

「ひどいのはあんただ!」

 

「ぎゅっぷい」

 

壁にべちゃりと張り付いたキュゥべえを見て少女たちは笑う。

魔法少女の背負う運命は重い、そのことを話していても、分け合う仲間がいれば笑顔で語りあうこともできるんだ、とほむらやマミはしみじみと思うのだった。

 

 

 

そして新しい紅茶を手に取るが、そこでまどかが決意したように口を開く。

 

「わたしとしては、ほむらちゃんの言葉を無駄にしたくないです。

 それでも心配なんです。

 でも、自分の目で確かめたい、できることなら、力になりたい」

 

それでも少々口ごもってしまうが、さやかも乗ってきた。

 

「そうですよ。

 友達がどれほどのことをしているのか、知らないままでいることなんてできないよ。

 それに、ええっと“願望”を叶える、だっけ、その判断材料もあったほうがいいでしょ」

 

続けてキュゥべえも口を挟んだ。

 

「ぼくとしてもそっちのほうがいいと思うね。

 一度でも見ておけば、いざというときに迷わずに済むだろうしね。

 君たち魔法少女がいないときに魔女につかまっても、なんとかできるチャンスも生まれやすくなるし。

 それに彼女たちが考えた上で願うんだったら、別にいいんだろう」

 

それを聞いたマミは戸惑った顔をしてほむらを見ながら言う。

 

「わたしとしては、いっしょに来てくれるのは心強いし、自分達のことを知ってほしいという気持ちはあるのだけれど、危険も大きいし…」

 

ほむらはその視線を受け、ふうっとため息を吐くと諦めたように言う。

 

「警告はしたのに、どうしようもないわね。

 でもまあ、あの話を聞いてそれでもというのなら、止めはしないわ。

 ただし、一週間だけよ。

 その後は私達に全て任せてもらう、それだけの信頼は与えて見せるわ。

 それに危険だと判断したら私たちだけで行くことを了解してほしい」

 

「わかった、ありがとう、ほむらちゃん」

 

「わたしもそれでいいよ。

 手間かけさせちゃうけど、放っておけないんだよ。

 それにまどかはこう見えて頑固だから、私がいなくても付いて行っちゃうだろうしさ」

 

そして話はまとまり、さっそく翌日から魔法少女体験ツアーを行うことになった。

趣旨としては魔法少女の戦いについて知ること。

そしてほむらやマミはその力を見せて安心させること。

契約はしないこと、願いについて考えることがあれば相談すること、魔女の気配があればほむらやマミに連絡することが決められた。

そのために携帯の番号を交換して、この日は解散となった。

 

 

 

 

 

まどか達と別れ、闇が深まる夜道をほむらが歩く。

 

「とりあえずまどかを守ってくれたことの礼を言っておくわ。

 それにあなたが話をあわせてくれたおかげで、私の魔法の効果としてごまかせそうよ。

 それに“あれ”を夢ということにしてくれたので、まどかを苦しめずに済んだわ」

 

ほむらは何もいない闇に向かいつぶやいた。

受け取るもののいないはずの言葉に対して、闇より人影が現れる。

 

「“私”の言葉で願望を邪魔するわけにはいかないからね。

 それに、嘘を言っているわけではあるまい。

 わたしの存在にはああいった側面があるのは事実だし、“あれ”の世界は鹿目まどかによって泡沫の夢の世界に変えられてしまったのだから。

 それを切り捨てた君にとっても、病院のベッドから起き上がるまでの夢となんら変わるまい?」

 

返ってきたのはほむらを皮肉るような言葉だった。

そう、神野は嘘を言わない、悪魔が契約に誠実であるように。

心を抉る内容だったが、それでも前に進むと決めているほむらはそれを受け止めるしかない。

だが、そこまで言われると言い返さずにはいられなかった。

 

「どうしてあいつとまどかの接触を許したの?」

 

自分のことをさんざん言ってくれるが、あなただって約束を、まどかを守るという契約を違えたじゃないか、

そんな恨みのこもった視線に神野は、なぜ怒るのかという顔をして、諭すように言葉を紡ぐ。

 

「では、助けを求める者を前にした鹿目まどかに『見捨てろ』と言うのかね?

 他ならぬ君がそれを望むのかね?」

 

「っ!

 …それは…」

 

この返しはほむらの原点に関わる急所だった。

ほむらとまどかが出会った始まり、それはほむらがまどかに助けられたことにある。

 

ほむらが魔法少女になる前、全ての始まりの時間軸、長期間入院していたほむらは体も弱く、勉強にもついていけず、人との付き合い方を忘れていた。

そんなとき、鹿目まどかは、人に囲まれ戸惑う自分を救い出して励ましてくれた、

自信の持てなかった名前をかっこいいと言ってくれた、

体育の時間に落ち込む自分の背中を押してくれた、

そして、魔女に捕らわれた自分の命を救ってくれた、

そして、そんな駄目な自分の友達になってくれた。

 

まどかに救われたから、助けられたから暁美ほむらはここにいる。

そんな彼女が大好きだから、暁美ほむらは未だ戦い続けている。

そのまどかがまどかでなくなってしまう、そのようなことなどほむらの望むところではなかった。

結局、神野の言葉に対して、言葉を返すことはできなかった。

そんなほむらの心中など、すでに分かりきっているのだろう、ほむらの替わりに自嘲するかのように嗤みを浮かべて神野は言う。

 

「それに、君も知っているように、彼女の思いの強さは、願望の強さに繋がる。

 彼女の救済の性質は、残念ながら君の願望を上回っているのだよ。

 それに、あの孵す者とて、感情はなくとも、本能的な願望くらいはある。

 私達の妨害によって、彼らは鹿目まどかに近づくことはできなかった。

 おそらくは遠くからまどかの性格を観察して、自らを傷つけるという強硬手段をとってまで彼女の優しさにつけこみ、おびき寄せたのだ。

 君がこの街に帰ってくるまでの時間は保障できたから言わなかったが、遅かれ速かれ両者は接触していただろうね。

 それに私が彼女を孵す者から守護すると言ったのは“君の目の届かぬ間”だ。

 君はあの孵す者に、“鹿目さんを守れる自分になりたい”と願ってしまったのを覚えているかね。

 時間遡行を可能にしたその祈りゆえ私も縛られ、君が鹿目まどかを守れる位置にいる限り私は力をふるうことはできず、

 また可能な限り君自らが守ろうとしない限りは力を貸すことすらできないのだ。

 接触を防げなかったのは君自身だ。

 両者の接触を防ぎきることなど、君の願望では無理だったのだよ」

 

その言葉にショックを受けているのだろうか。

それとも待ち受ける過酷な運命を見据えているのだろうか。

ほむらは天を見上げている。

神野陰之には見えない角度だが、彼のことだからその心中などはすでに見えているのだろう。

それでも魔人は何も言わず、ただそれを黙って見つめるだけだった。

そのまま何分、いや、たったの数秒だろうか、顔を戻したほむらの眼には再び決意が浮かんでいた。

 

「だとしても、まどかを魔法少女にさせるわけには行かない。

 あのインキュベーターどもの願望になんて負けてやるわけにはいかないわ」

 

その決意のこもった言葉に神野は問いかける。

 

「ならばどうするね?

 鹿目まどかが願うのなら、私ではそれを止めるわけにはいかないのだよ」

 

それでもほむらは揺るがずに返す。

 

「ならば願わせなければいい。

 まずは魔法少女に余計な憧れや幻想を抱かせるわけにはいかないわ。

 明日の魔法少女体験ツアーの初戦、これまでの時間軸ではマミの戦いの華麗さのせいでまどかは魔法少女に憧れてしまっていたわ。

 だから次の魔女は彼女達に関わらせずに私一人で倒す。

 その後の強い魔女で、生死の境のぎりぎりさを見せて釘を刺し、私の力を見せて安心させれば当面はなんとかなるはず。

 そう、当面はね…」

 

言葉の最後でほむらの表情は少し気弱そうになる。

これはあくまでその場凌ぎの対処療法にすぎない。

すでに今伝えられることを伝えてしまった以上、戦闘の恐怖を知らしめ、魔女の存在を知った者としての使命感を抑えるだけの効果しかない。

それでも叶えたい願いがあればその程度では抑えることはできないだろう。

現に過去の時間軸では美樹さやかは大切に思う人の怪我を治すために、そしてまどかはワルプルギスの夜に敗れかけたほむらを救うために契約をしてしまうことが多々あったのだ。

その先の言葉を取ったのは神野陰之だ。

 

「その当面のために、彼女達の足止めを望むのだね。

 ただ、所詮それは足止めに過ぎぬ。

 だが、結局は彼女達の願望次第である以上、この機会に私が見極めてみるのも一興だろう。

 暁美ほむら、彼女達がいつも使っている喫茶店を休業にしてみたまえ。

 彼女達をお茶会に招待しよう」

 

さらにまどかを怖がらせるのではないか、逆に魔法少女になる決意が固まるのではないか、という懸念はほむらの中にあった。

しかし、願望を叶える魔人を一度相手にしておけばインキュベーターの言葉に簡単に乗ることもなくなるだろう、という気持ちもあった。

全てを見透かされるような始めの出会いを思い出してほむらは身震いする。

結局ほむらは神野の提案を呑んだ。

 

 

 

激動の転校初日は終わりを告げ、暁美ほむらの願望の成就への困難は増した。

それでも彼女の歩みが止まることはない。

 

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