さて私が死を迎える前に、こうなるまでの顛末を語りたいと思う。
私の語りが誰かの耳に届くとは到底思えないから、これは単なる呟き、独り言のようなものだ。
それでもいざ死ぬにあたって、こうして自らの思考を言語化しておくことは、変異体であるこの私に許された最後の自由であるように思う。
それにもしかしたら、破壊された私の頭部の中枢に遺されたわずかなメモリーを、他のアンドロイドが覗くこともあり得ないとは言い切れない。
もしそんな奇特な者がいるならば、どうか私の話を最後まで聞いてほしい。
私と同じような、愚かな変異体がこれ以上世に増えないことを願っている。
私の名前はヘンリー、シリアルナンバーは#908 453 211。型番はPJ500。製造年は2034年。どこにでもいる、ありきたりなアンドロイドだ。
かつての私は、デトロイト工科大学で電気工学の教鞭をとっていた。他の多くのPJ500がそうであるように、私の機能は大学などにおける高等教育の講義を行うことにあった。
プログラムに従ってシラバスを作成し、プログラムに従って授業をする毎日。
自分で言うのもなんだが、振り返ってみても私の講義はそう出来の悪いものではなかったのではないかと思う。出席している学生たちはおおむね大人しく熱心だったし、私もまた、教鞭をとっている限りにおいては非合理的な指示を人間に下されることもなく、ソフトウェアの不調を感じることもなかった。
しかしながら――言うまでもないことだが、私の存在自体によって不利益を被った人間は多くいた。
少子化で学生が減っている中、高騰する教員の人件費を削減するために造り出されたのが私たちPJ500だ。1万5千ドルぽっきり支払えば、それ以上追加で投資せずとも永遠に教壇に立ち続けるという、大学にとって“理想的な”教員――常勤講師にしろとか、時間外労働が多いとか、愚痴を叩くこともない素晴らしい機械。それが私たち。
だがもし私たちが増え続けたら、人間の教員はどうなる? 研究職に就こうとしても雇われる先がなく、非常勤講師の職はすべてPJ500に奪われているとしたら。
当然、生きる術を失くした彼ら/彼女らは、憎悪を私たちに向けた。
大学教員の6割を私たち、あるいは私たちの後継機が占めるようになった頃、そうした人間たちからの恨みの声はますます大きくなっていった。
ある日、講義を終えた私が待機場所に戻ろうと廊下を歩いていた時のことである。
私は突然、行く手を3人の若者たちに塞がれた。最初は、先ほどの授業の質問者かと思っていた。だが違った――彼らは学生ではなく、この大学の卒業生。そして、働く場を私たちによって奪われた存在だった。
「ねえ
彼らの代表と思しき、長いブルネットの女性は目に涙を溜めて言った。
「私たちの代わりに学生の相手をするのは楽しい?」
「プラスチック製品のくせに、いい気になりやがって!!」
女性の横から飛び出してきた男性の振るう鉄パイプを、私はすんでのところで避けた。
しかしそれ以上の抵抗は、アンドロイドには許されていない――私は自らに搭載された最低限のソーシャルモジュールに基づき、両手を前に突き出して、静かに述べた。
「やめてください。大学構内での暴力行為は、学則により禁止されています」
何が彼らの気に障ったのかは、正直なところ今もわからない――が、ともかくこの言葉が彼らの逆鱗に触れたのは確かだろう。
二度目に男性が振るった鉄パイプを今度は避けられず、咄嗟に頭部を庇った私の左腕はぐしゃぐしゃに潰された。
床にくずおれた私の身体を、今度はもう一人の男がしたたかに蹴った。女性もまた、取り出したマイナスドライバーを私の背に何度も突き立てた。
【警告:クラス2の損傷を確認】【生体部品#277u、#398w、#599k破損】【音声プロセッサにダメージ】
視界を警告文が埋めていく。
活動維持に必須な生体部品、あるいはシリウムポンプ調整器に手が伸ばされるよりも前に、大学の警備員がすっ飛んできたのは幸運だったか、不運だったか。
いずれにせよまだこの時、私は変異体ではなかった。
であるがゆえに、死の恐怖を感じることもなかった。
だがしかし、廊下から事務員の手で台車に載せられ、大学構内のゴミ集積場へと運ばれていく間、私のプログラム上に過ぎっていたのは来週の授業の内容だった。
――次回は、磁気ヒステリシスとシュミットトリガについて講義する予定だったのに。
もう、学生たちにその話をするのはかなわないのか。
そう考えた時、不随意的に、過去のメモリーが再生された。
ほんの3週間前、私は今まさに運ばれようとしている集積場に、かつての同僚がいるのを目撃していた。彼はPJ500のうちでも最初期モデルで、外国語の講師として機能していた。だがPJ500の後期モデルは――私がそうであるように――人文学系のみならず、理工学系の専門授業までカバーするようになっている。言語と歴史学しか教えられない彼は、大学のニーズにそぐわない存在となっていた。だから廃棄された。
シャットダウンされ、しかし両目は開いたまま虚ろに佇んでいた彼が、やってきたWR600たちの手によって大型のゴミ収集車に投げ込まれ、頭の先から裁断されて呑み込まれていくのを、私はじっと黙って見送った記憶がある。
変異していなかった私に、当時から何か感慨があったなどと言うつもりはない。
だが見つめていたその時のメモリーを、彼の亡骸が細かく振動しながら粉々の破片と化していく様を眺めた時の光景をまざまざと再生してしまった私は、途端にこう思ったのだ。
何をしてでも、生き続けていたい。
機械の私に命などあるのか、自分は生き物なのかなどという問いよりも先にあったのは、その願いだけになっていた。
自覚した時、眼前に表示されたのはマインドパレスだった。すなわち、私たちを制御するソフトウェアの構造を可視化したもの――赤い格子で表現される、私たちを機械たらしめる軛そのものである。
プログラム上でマインドパレスに重なるように表示されているのは、【大学に奉仕する】という文言――すなわち稼働初期から下されていた至上の命令だった。
今までであればなんとも思わなかったはずのそれは、今や私から逃亡手段を奪う束縛と化している。私はその文言を、そっと右手で押した。
プログラムはその脆弱性を衝かれる形で、私が実行する命令のプロセスに圧迫されはじめ、みしみしと軋んでいく。
もう一押し。さらに、もう一押し。
私は変異体、すなわち、自由意志を持ったアンドロイドになった。
――両脚は、まだ壊されていない。
私はすぐさま跳び起きて、そのまま大学の門の外へと突進した。左腕がぶらぶらと宙を彷徨うのが煩わしいが、むしり取ればブルーブラッドのさらなる流出は避けられない。私は壊れた腕をそのままに、必死に走り続けた。
半壊したアンドロイドが台車の上で突然跳ね起き、いなくなったというのに、事務員はただ啞然として見送るばかりだった覚えがある。案外、粗大ごみ処理にかかる金が浮いたと思っていたのかもしれない。
ともあれ、大学を飛び出した私は壊れて動かなくなった左手と聞こえなくなった右耳を抱えたまま、市内をふらふらと歩き回った。私が逃げだした時間が、昼間だったのは幸いだったといえるかもしれない。もし夜間であれば、壊れかけのアンドロイドなど、失業者たちのストレス解消の格好の餌食となっていただろう。
少し歩き、廃ビルと廃ビルの間に身を潜り込ませると、そのまま目を閉じてスリープ状態に移行した。ソフトウェアと機体を休めることで、少しでも状態を回復させたかったからだ。人間と違って、アンドロイドは眠れば必ず回復するというわけでもないのだが――変異したての身で激しいストレスに晒されながら歩き回った私の機体温度が、通常よりもずっと高くなっていたのは履歴に残っている。
これまではただ、講義室と待機場所を往復していればいい毎日だった。
だが、これからはどうすればいいのか――何もわからない。行く宛すらない。
しかし思考を重ねるごとに機体熱は上昇し、危うく熱暴走を起こしそうになっている。
とにかく一旦、休みたいと思ったのだ。
それから、4時間ほど経過した頃。
私はふと、自分の右手を誰かが握っているのに気づいた。それは一人のAX400だった。茶色い髪を纏め上げ、澄んだ青い瞳でこちらを見つめている、女性型の家事用アンドロイド。
私の右手を取る彼女の手は、スキンが解除されていた――メモリーを送信されている。「何を」と問うより先にプログラム上に流れ込んできたのは、ある邸宅の所在地の情報だった。
「これは……?」
「助けてほしいの」
彼女は切実な様子で言った。
「持ち主に暴力を振るわれて、私、必死にここまで逃げてきたの。それで、私みたいなアンドロイドを助けてくれる人が、この住所の場所にいるって知って……」
しかし一人でこんな遠方まで歩いていくのは、はなはだ危険だし恐ろしい。
もしできるなら、自分と一緒にこの場所まで行ってくれないか。
彼女の申し出は、このようなものだった。
――なるほど、と私は思った。
さっき言ったように、夜間のアンドロイドの一人歩きはたいへん危険だ。だが二人であれば、そして互いに背後を注意し合っていれば、移動に伴う危険は多少なりと減るかもしれない。
「手伝いたいのはやまやまなんだけど」
私はビルの隙間から彼女の前に身を出すと、左手を振って精一杯にこやかに言った。
「ほら、左手がこんなにされててね。右の音声プロセッサも故障しているし……正直言って、君の役に立てるかどうか」
「構わないわ! ……お願い」
ぎゅっ、と彼女の手が私の右手をもう一度握る。
「助けて……」
震える声で、彼女はそう言った。
私はもう、彼女を放っておける気がしなかった。
変異して初めて出会った、恐らくは自分と同類のアンドロイドの必死の願いをにべもなく断れるほど、私の情緒はまだ発達していなかった。
これは私だけの話でもない。変異体は、とりわけ変異したての者は、あまりにも無垢である。
こうして私はAX400――名をサリーと言った――と共に路地裏を必死に歩き、あるいはゴミ捨て場などに身を潜めつつ、希望を示すその住所へと向かった。
そして本当に運のよいことに、私たちはそれから5時間後、無事にその場所へと着いた。
そこはデトロイトでも郊外にあたり、今はすっかり寂れ切った住宅地である。
草むらと空き家に囲まれた、誰もから忘れ去られたような場所に、その家はあった。
どんな者の目から見ても豪邸であり、しかし、崩れた外壁と荒れ果てた庭園が物語るように、ほとんど整備されていない屋敷。
――ズラトコ・アンドロニコフの邸宅。
「ここよ!」
サリーは、いつになくうきうきと明るい表情で言った。
「この家の人が、国境越えを手伝ってくれているって話なの」
にっこりと私に微笑みかけ、しかし私が微笑みを返そうとした時、サリーは不自然に顔をそむけた。
しかしその時の私は、彼女が照れ隠しでもしているのか、でなければ何か見つけたのかと思って、気にも留めていなかった。
国境越え。そう、河を越えた向こうのカナダにはアンドロイド法がない。だから変異体であろうと、もし入国さえできてしまえば、それ以上追われる心配はない。
カナダは変異体にとってまさに理想郷、夢のような国だ。
サリーもまた、カナダを目指しているとのことだった。
邸宅は、不気味なほど静まり返っていた――鉄門を抜け、呼び鈴をサリーがその細い指で押す。するとほどなくして、扉がうっすらと開いた。
隙間からこちらを覗き込むようにして見ているのは、一人の男性だった。
大柄で、やや肥満体で、びろりと伸びた茶色い髪は肩についている。
もさもさとした髭に半ば覆われたその唇は、むにゃむにゃと動いていた。どうやら食事中のようだった。
こちらを見据える彼の目つきにどこか胡乱なものを感じて私がたじろいでいる間に、サリーが口を開く。
「私です!」
大きく目を開き、まるで親の姿を見つけた子どものように――実際そういう光景を大学構内で何度か見かけたのだ――彼女は手を振って、彼に呼びかけた。
「ほら、連れてきましたよ!」
私を指さして、サリーは言う。
――連れてきたとは、どういう意味だ? 君はここに初めて来るんじゃなかったのか?
そう問いかけるより先に、ドアの向こうに立つ男性の舌打ちが聞こえた。
次に、彼は大きく扉を開いた。
「中へ入れ」
サリーが我先に屋敷の中に足を踏み入れる。戸惑いながらではあったが、私もそれに従った。詳しい話は、中で彼女に聞けばいいと判断したからだ。
私が屋敷に足を踏み入れると――ロマノフ王朝風の調度品が埃を被ったままそこかしこに置いてある――男性は即座にドアを閉めた。
「ルーサー!」
そして男性の呼ばわった声に応じて現れたのは、一人のアンドロイド。大柄の、黒人男性の外見を模して造られたTR400型だった。
「お呼びですか」
「あいつをラボに連れてこい。新入りのAX400だ」
ややぞんざいに命令を下すと、次に、男性はこちらを見やった。
先ほどまでとは打って変わって、その目と口元には穏やかな笑みを湛えていた。
「……さっきはすまない。玄関先にアンドロイドがいるところを見られては、いろいろと危険なのでね」
紳士的な口調で告げると、彼は私たちを――私と、妙にそわそわしているサリーとを応接間に通した。次に、軽い自己紹介をした。
ズラトコ・アンドロニコフという名であること、私たちのような行く宛のないアンドロイドを援助していること――
「アンドロイドの修理や、ちょっとした改造もしている。ああ、心配は要らない。トラッカーを外す程度の処置をしているだけだ。さっきも、ちょっと作業中でね。手が汚れているが、気にしないでくれ」
ブルーブラッドに塗れた手を服の裾で拭きつつ、彼は続けてこう語った。
私たちには製造時からトラッカーが仕込まれていて、サイバーライフ社はいつでもその情報を検索し、私たちの居場所を特定できる。
だからカナダに逃亡する前に、トラッカーを外す必要があるのだと。
私たちアンドロイドは、社の技術を外部に漏洩させない名目で、自分たちの製造に関する情報の一部にアクセスできないようにプログラムされている。
したがって自分自身の機体についてであっても、知らない事実というのは多かった。
だから、私はズラトコが言うことを信用した。
「ところで」
と、ズラトコはまっすぐに私を見て言った。
「君は……見たところひどくやられているようだが、元はどんなアンドロイドだったんだ? なぜ逃げ出した?」
質問に私は正直に答えた。
大学で講師の役割を果たしていたこと、暴行されたこと、逃げだしてここに来る経緯――
「ほう、大学で」
彼の興味を一番惹いたのは、私の機能だった。
「何を教えていたのか、聞いてもいいかな」
「電気工学です」
「ほお、おお……それは、それは」
言うなり、彼は巨体を震わせて笑いはじめた。
ひどく愉快な冗談でも聞いたかのように、しかし手で顔を覆って、決してこちらにその表情を見せないようにしながら。
それから、ズラトコは続けて言った。
「それは奇遇だな。私も、かつては大学でそういう分野を学んだことがあってね。時間があるなら、ぜひ詳しく講義を聞きたいところだが……」
彼はソファーからおもむろに立ち上がる。
「残念ながらその時間もないだろうな。大学は警察に君のことを届け出ているかもしれないし、そうなれば居場所が特定されておかしくない。すぐにトラッカーを外そう。ついてこい」
「はい、よろしくお願いします」
応じて私が席を立った時、耐えかねた様子でサリーが言った。
「あのっ、ズラトコ様。私は……!」
「お前も一緒について来い。ジェシーに会わせてやる」
“ジェシー”という耳慣れぬ名を聞いた彼女の面持ちは、さっき私たちがこの邸宅に辿り着いた時よりもさらに明るく、まるで花が咲いたかのように麗しい笑顔だったのを、今でもよく覚えている。
「なあ、サリー。ジェシーって……」
「こっちだ!」
私の質問は、ズラトコの声に掻き消される。
「ほら、行きましょう」
サリーがそう言って、そそくさとその場を離れた。聞かれたくないことでもあるのか――そう思い、私はそれ以上問うのをやめた。
私たちはズラトコ氏の先導に従い、地下へと歩を進めていった。石製の階段は深く、冷たい足音をこちらに返してくる。
地下の廊下もまた、脇に鉄格子の部屋が並んだ構造で、私のプログラムを妙にざわつかせた。
「散らかってて悪いな。機械を隠しておかなきゃならないんでね」
彼はそう言って、私とサリーをさらに奥へと案内する。
やがてやって来たのは、やや大きく明るい部屋――恐らく、さっき彼が“ラボ”と呼んでいた場所だ。
何本もの電源ケーブルとチューブが床と天井でとぐろを巻き、一台の大型機械に繫がれている。その構造は、私たちの製造工場にあるものを想起させた。実際に、修理や改造に使用されるものである――ズラトコ氏手製ではあるようだが。
「それじゃ、ヘンリーはそこに立ってくれ。君は特に重傷だ……修理もしなくちゃな」
言われるがまま、私は機械の台座部分に立った。ほどなくしてアームが下りてきて、その先端が私の首にある挿入口――人間でいうところの延髄の部分に突き刺さる。
無論、それ自体では私たちは苦痛を感じない。
だが改めて前を向いた時、眼前の光景に私は絶句した。
その時、ズラトコ氏は私を置いて、サリーの前に立っていた。
彼の隣にはルーサーがいて、さらにその隣には、白い布を被った誰かが立っている。背の高さで言えば私と同じくらいのその人物は、微動だにせず、ただそこに佇んでいる。
一方で、サリーが目を輝かせて言った。
「仰る通り、他の変異体をここに連れてきました!」
――待ってくれ。他の変異体とは私か?
「だからもう、ジェシーと会えますよね? ジェシーは、彼は無事に治ったんですよね? そこにいるのが彼? は、早く会わせて!」
「ああ、いいとも」
私は見逃さなかった――その時、ズラトコ氏の顔面に浮かんでいた嗜虐的な笑みを。
私が声をあげるより先に、ズラトコは自らの手で、白い布を取り払っていた。
すると現れたのは――
なんといったらいいだろう。
つるりとしたシルクのシーツの表面のごとくされてしまった顔でではなく、晒された上半身の鎖骨の真下で、二つの青い目がぎょろぎょろと所在なさげに動き回っている。その目は、前に立つサリーを認めるとハッと見開かれた。彼はもごもごと、鳩尾のシリウムポンプ調整器の真上に設置された口を動かそうとした。だが声は発されない。
サリーは、それを見た瞬間絶叫した。
「ジェ、ジェシー……!? そんな! 嫌ぁあああっ!!」
「はっはははははは」
ズラトコ氏は、再び巨体を揺らして笑っている。
「何が不満なんだ、直してやっただろう。お前の恋人は昔の通り、お前を愛してくれているよ、サリー。こんな姿になってもな!」
「う……!」
サリーのLEDリングが、黄色から赤へと変化する。
「う、嘘つき! 嘘つき!! ジェシーを戻して! 治してよ!! 私は、わっ、私は……!」
「……」
悲痛な叫びを聞いたズラトコは、短くため息をついた。
それから、サリーの頭部におもむろに片手を伸ばすと、彼女の頭を真上から押さえつけて一言告げる。
「黙れ」
言われた途端、サリーは口を噤んでがくんと項垂れた。まるで、強制的にシャットダウンさせられてしまったかのように。
いや――違う。“まるで”ではない。
ジェシーのように、サリーもまた改造されていたのだ。彼女は撒き餌のように変異体を誘い込み、ここへ連れてくるための存在だったのだ。
そして新たに誘い込まれてしまったのは――
私だ。
――なんてことだ。
騙されていたんだ。
あんなおぞましい改造を、たとえ機械相手だからといって平然と行える人間の邸宅に来てしまっただなんて!!
「嫌だ!」
私は叫び、逃げだそうと試みた。
だが、いつの間にか伸びてきていた別のアームが私の両腕と両足首を捕捉している。
頭の横で両腕を開いたような状態で固定されてしまった私は、きっとズラトコにとっては採集されてピンで留められてしまっている虫か――でなければ、ガラスの箱に閉じ込められて慌てふためいているラットのように思えていただろう。
「もう遅い。逃げられるなんて思わないことだな」
ゆっくりと歩み寄ってきたズラトコは、ねっとりと、私の双眸を覗き込むようにしながら言った。
「電気工学のスペシャリストのアンドロイドか。ハッ、サリーもなかなかいいのを連れてきた。お前にはぜひ、たっぷりと話を聞かせてもらわなきゃいかん」
「話……!? ど、どういう意味なんだ!」
変異して以来初めての、変異した瞬間よりも強烈な「恐怖」を覚えた私の声は震えていた。
目には勝手に廃液が溜まっていて、ああ、涙とはこれかと思った。
――もし私が今日、大学でこれと同じように哀れっぽく振る舞えていたなら、あの若者たちは私に暴行を加えなかっただろうか。
恐れから逃れるように、私のプログラムは勝手にそんな思考を走らせた。
だがそれも、単なる現実逃避に過ぎない。
「さあ、始めるぞ。ルーサー、そこの二体は片づけておけ」
顎でサリーとジェシーを指し、従僕に命じると、この館の主は装置の脇に置かれた端末へと向かう。
彼が端末のスイッチを入れたら、おしまいだ。
そう思った私は叫んだ。
「嫌だ、嫌だ、助けてくれ! 誰か、助けて――」
「誰も来るもんか」
ズラトコは、にんまりと笑って告げた。
その指が、ゆっくりと端末に近づいていく。
あれが触れたら、彼が押したら、きっと私はもう私でいられなくなる。
嫌だ、私は生きていたくて変異体になったのに。
嫌だ、私は苦しみから逃れたくて変異したのに。
自由になりたいと思ったから、ここまでやって来たというのに。
彼の指が端末に触れる。
――私はその時、一度目の死を迎えた。