キリトである必要なくね?~UW編~   作:不完全CLOWN

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第四話 青薔薇

 

 どこか遠くで、鐘の音が聞こえたような気がした。

 それを合図に脳が覚醒し、ゆっくりと目を開く。

 見知らぬ天井に数秒硬直したが、教会の部屋を借りたことを思い出しながら上半身を起こした。

 

 昨日、教会に住んでいる子供たちの相手をしたあと、部屋に入るなりベッドに直行していたため気づかなかったが、俺はそれなりに良い部屋を貸し与えられていたようだ。調度品やベッドの質が高いのがそれを物語っている。

 

 ベッドから降り、寝間着から着ていた普段着へと着替える。

 丁度終わったあたりで、タイミング良くドアがノックされた。

 

「どうぞ」

 

「あら、ちゃんと起きられたのね」

 

 そう言いながら入ってきたのは、すでにきちんと修道服を身に着けたセルカだった。

 

「起きるのは結構得意だからな。それに、ユージオとの約束にも遅れるわけにはいかないから」

 

 俺の発した《ユージオ》という言葉に、セルカは分かりやすく反応した。ユージオとセルカの間に何かあるのは明白だったが、部外者が不用意に首を突っ込むわけにはいかない。あとでそれとなくユージオに訊いてみようとは思ったが。

 

「セルカ、俺はこの後どこに行けばいいんだ?」

 

「もうすぐ礼拝が始まるから、一階の礼拝堂に集まって。その前に井戸で顔をあらってくるのを忘れないでね。私は子供たちを起こしてくるから」

 

 そう言って彼女は足早にこの部屋を去った。

 色々と気になることができたが、まずは言われた通りに顔を洗ってこようとセルカのあとを追うように部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして草むらの生い茂る道を一人で歩いていると、否が応でも思考の海に飲まれてしまう。

 この世界は何なのか。

 この世界の住人は一体何者なのか。

 

 ここが《STL》によって生み出された世界であることは間違いない。おそらくテストダイブ中になんらかの不具合が起き、記憶の制限が不完全になってしまったのだろう。

 けれどそれだけでは、村で出会ってきた人々の説明がつかない。

 

 最初、ユージオも俺と同じテストプレイヤーだと思っていた。まるでこの世界の住人のように振る舞っていたのは、記憶が制限されているからだと。

 しかし、村に入って衛士と会話したときこの推測にヒビが入った。

 そして今日、この推測は完全に崩壊した。

 

 今朝から、俺はたくさんの村の人々と会話をした。パン屋を営んでいる夫婦に、リンゴをくれた老婆、遊びに誘ってくれた子供たち。

 ベクタの迷子という設定がよかったのか、彼ら以外にもたくさんの村の人たちが話しかけてきてくれた。

 その中で、一つ確信した。

 彼らは人間だ。

 感情や知性が宿っているのは、瞳を見れば一目瞭然だった。

 

 ならば、彼らは全員《STL》でこの世界にきたのか。最低でも二桁、いや三桁は必要になってくる。それほどの数を《RATH》が作り出したというのか。それはあまりにも無理がある。一台の管理で十何人もの人間が必要なマシンが、三桁もの数存在しているとは思えない。

 とすると、この世界の住人は一体――。

 

 不意に音が届いた。

 昨日、何百回と聞いた音。

 

 その音の方角に進めば、巨大な樹にたどり着く。

 そしてその下には灰色がかったブラウンの髪の少年が、昨日と同じように一心不乱に斧を振っている。

 

「精が出るな、ユージオ」

 

 そう後ろから話しかけると、ユージオは腕を止めて振り返った。

 

「カガト! 来てくれたんだね! あれ、でも今日は村の人たちの天職を手伝う、て言ってなかった……?」

 

「それは午前中だけだ。いろんな人に話を訊けば、何か思い出せると思ったんだけどな……」

 

「……そう」

 

 実際にはこの世界について情報収集していただけだが、騙す形になったのはひどく心苦しい。

 そんな胸のつかえを強引に奥にやり、右手に持っていた籠を軽く上げて見せる。

 

「そんなことよりこれ、良いモノ持って来てやったぜ」

 

「良いモノ?」 

 

 怪訝そうな顔をしているユージオを尻目に、俺はその場に座り込んだ。

 そして、持っていた籠を流れるように開く。

 

「……も、もしかしてそれって……?」

 

 驚いてる様子のユージオに、思わず口角を上げる。

 

「ああ。パン屋のおっさん自慢の、外カリッ中ふわっな絶品パン。しかも出来立てアツアツだ」

 

 籠から漂ってくる香ばしい香りにやられたのか、ユージオは胃袋を大きく鳴らした。

 

「さっさと座れよユージオ。早くしないと天命が尽きちまう」

 

「う、うん」

 

 ユージオは手に持っていた斧を急いで立てかけ座り込む。

 それに合わせ、俺はいそいそとパンを取り出し齧り付いた。

 

 パン屋のおっさんが言ってた通り、外側は少し硬く、けれど中はふんわりとしている。バターが生地に練りこまれているのか、ほのかな甘みが舌に残った。

 パンのうまさに舌鼓を打ちながらふと、目を前に向け、思わず動きを止める。

 

 泣いていた。

 笑顔を浮かべながら。

 

 俺の視線に気づいたユージオが慌てて服の袖で涙を拭う。

 

「………ねぇ、カガト」

 

「どうした?」

 

「今日、村の人たちの天職を手伝ってたのって……」

 

「七割くらいこれのためだ。昨日、助けてもらったお礼をしたかったからな」

 

 ユージオは軽く笑った。

 

「ありがとね。なんかこうしてると、思い出すんだ。六年前も、こんな風に二人でこの樹の前で昼ご飯を食べてたなって。そのときはアップルパイだったけどね」

 

「アリス、だったよな。その娘は毎日弁当を持って来てくれていたのか?」

 

「そうだよ。アリスは才能があったから、シスター・アザリアのもとで神聖術を学んでいたんだ。それが午前中までだったから、そのあと出来立てのお弁当を持って来てくれてたんだよ」

 

「てことは、アリスは教会で勉強してたんだよな? じゃあ、今教会にいるセルカって娘は……」

 

「ああ、彼女はアリスの妹なんだ。アリスが央都に連れていかれた後、シスターはもう弟子を取らないって言ってたんだけど、村長が説得してね。一昨年セルカが教会に入ったんだ」

 

 今朝、セルカがユージオという単語に反応したのは、彼女がアリスの妹だったからのようだ。もしかすると、ユージオがあまり教会に顔を出さなくなったのも、セルカがいるからかもしれない。

 

「まぁでも、頑張ってるみたいだったぜ。昨日なんか、なかなか風呂に入らない子供たちに少し苦戦してたけど、めげずに相手してたからな」

 

「彼女は頑張り屋さんだからね。でも……セルカは少し頑張りすぎているような気がして……」

 

「そうなのか?」

 

「アリスはシスターに弟子入りした後も、別に住み込んではいなかったんだ。僕に弁当を届けた後、アリスは家の仕事の手伝いをしてた。でもセルカは、勉強時間が足りないからって、家を出たんだ。まだ十二歳なのに」

 

「なるほど、それは少し気掛かりだな」

 

「だからカガト、彼女にあまり迷惑かけないようにね」

 

「了解。帰ったらセルカの手伝いでもするよ」

 

 俺の返答に満足そうに頷くと、ユージオは立ち上がった。

 

「それじゃあ、満腹になったことだし。そろそろ続きをしないと」

 

「期待していいぜ。午後からは俺も手伝うからな」

 

「それは頼もしいね。昨日、教えたことまだ覚えてるかい?」

 

「ああ、もちろん。さっさと終わらせよう」

 

 そのあと森の中に、規則的な音が鳴り響いた。

 

 

 

 

「なぁ、なんでこれだけ布に覆われているんだ?」

 

 それは物置小屋に無造作に放り出されていた。

 長さは一メートル二十センチほどだろうか、細長い革製の袋だ。

 

「ああ、それか。開けてみればわかるよ」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべるユージオが少し気になるが、無視してその袋を持ち上げようとして驚いた。尋常ではないほど、この革包みは重かったのだ。

 非難めいた視線を笑っているユージオに送る。

 

「ごめんごめん。カガトがどんな反応するのか見たくてさ」

 

「ったく。罰として持ち上げるの手伝えよ」

 

「わかったよ」

 

 「せーの」と二人で息を合わせることで、やっとこさこの細長い何かを立たせることに成功した。

 

「開けていいか?」

 

「でも、気を付けてよ。足に落としたらかすり傷じゃすまないぞ」

 

 ユージオの忠告を心に留めながら、紐を外し、革袋を下にずらしていく。

 

 俺は息をのんだ。

 現れたのは、一振りの長剣だった。

 柄は精緻な細工が施された白銀製で、握りにはきっちりと白い革が巻かれている。護拳には植物の葉と蔓の意匠が凝らされており、握りの上部には青い薔薇の花が施されている。

 

「《青薔薇の剣》。本当の銘かどうかわからないけど、おとぎ話じゃそう呼ばれてる」

 

「そのおとぎ話って、『ベルクーリと北の白い竜』ってやつか?」

 

「そうだけど……よく知ってるね」

 

「昨日、セルカが子供たちに聞かせてたんだよ。確かベルクーリって剣士が果ての山脈で白竜に出会うんだったか」

 

「そう、そのとき白い剣を見つけて拾い上げようとしたら、白竜が目を覚まして……」

 

「そのおとぎ話に出てくる剣が、この剣だっていうのか?」

 

「おそらくね。六年前、果ての山脈に探検しに行ったとき、この剣の上には刀傷がついた骨の山があったから」

 

「それはつまり、白竜は誰かに殺された……?」

 

「解らないけど……おそらくね」

 

 ユージオは仄かな感傷の滲む声で続けた。

 

「その帰り道、僕とアリスは間違えて闇の国側に出ちゃったんだ。あとは昨日話したとおり」

 

「なら、なんでこの剣がここにあるんだ?」

 

「一昨年の夏、もう一度北の洞窟まで行って、持ってきたんだ。安息日に少しずつ運んで。……なんでそんなことしたのか、自分でもよく解らないんだけどね」

 

 おそらくユージオは、許せなかったのだろう。

 アリスを連れて行った、整合騎士を。

 アリスが連れていかれるのを、黙って見いていた自分を。

 

 だからこそ、この剣を苦労しながらもここまで運んできた。整合騎士に抗う手段として。

 

「そろそろ帰ろうか。もうすぐ日が沈む」

 

「……そうだな」

 

 ユージオに首肯し、俺たちは帰路へと就くのだった。

 

 

 

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