ニーノ島で、日数を数えるのも億劫になるほど時間が経ったある日の事である。
私たちの元に二人組が現れた。
彼らの名は「バレル」と「ミュラー」。十数年後にセラの封印を解くきっかけとなるデコイだ。
彼らは「ディグアウター」と呼ばれる採掘屋で、エネルギー資源や古代の遺産を掘り起こすことを生業としている。
しかし古代の遺産は未だに生きていることも多々ある。私たちマザーやヘブンがその好例だ。
だからこそ危険で、多くの場合は「ディグアウター協会」と呼ばれるギルドの一種に許可を取らなければならない。
しかし彼らは許可を取っていないのだ。平たく言えば、盗掘である。
そして私はそれを知っていて、そこに付け込んだ。
公にできぬ少女と赤ん坊。そして熱意だけは立派な、人の好い二人組。どうなるかなど、記憶に頼るまでもなかった。
結局私たちはバレルに引き取られ、ミュラーは資金的な援助をしてくれる形に納まった。条件付きで。
その条件とはやはり、デコイの知りえない、超古代の知識である。
彼らは知識欲の塊だ。だからこそセラを解き放つという愚かな行為を未来で起こそうとする。
そして私は、それを見逃さなくてはならない。
私は嘘を吐けない。だが口を噤むことはできる。
なのでこう考えることにした。
「この世界はエネルギーがほぼ枯渇しており、ヘブンの支援なくしてはデコイは緩やかに滅びに向かうのみである。しかし、ロックが十分に戦える年齢になった段階でセラの封印を解き、記憶通りの道順を踏ませれば、ヘブンの支援を受けられるようになる」
つまり、上記から外れる行為は全て「デコイの不利益になる」と言えるのだ。
だから、バレルたちの質問に「彼らの不利益になる」情報については、そう伝えた上で秘密とした。
ところで、私がロックを
知っている。こいつの名はデータ。ロックのバックアップ、そしてマスターの遺伝子コードそのものである。
何を考えているのかは分からないが、私の頭の上で踊るような始末なので警戒されている様子は無さそうだ。
もちろん言葉は通じなかった。
私たちは古代人として、バレルと過ごした。
デコイたち機械生命体は、自身のことをヒトと呼称している。ならば、さらに古い時代に造られた我々
どのみち私は成長しないし、ロックも成人すれば老いなくなる。デコイと同じなどとは言えなかった。
しかしバレルの家族、キャスケット家は私たちを暖かく迎え入れてくれた。
バレルと、彼の娘であるマチルダと、婿養子のバーナー。そしてマチルダとバーナーの赤子、ロール。
私は見た目が幼いので、よくバーナーに構われた。それはマザーとして生きる私にとっては初めての経験で、大いに戸惑ったと言っておこう。
マチルダは子供についてよく相談してきた。しかし私に子育ての経験などロックが初であり、必然それは与太話になった。貢献になったとは言い難いだろう。
ところで私は、私とロックのファミリーネームをヴォルナットとした。三人にはキャスケットを名乗ってもいいと言われていたが、それでもこの名にしたのだ。
なぜならこれは特別だから。しかしそのことをおくびにも出さずいたら、マチルダにこう言われた。
「もしロールとロックが関係を持っちゃったら、同じ名前は都合が悪いものね」
なるほど、そういう解釈もあるのか。目から鱗が落ちるような気分だった。
それから四年ほど経って、バーナーとマチルダの二人は行方不明になった。
「大いなる遺産」というありもしない法螺話を大真面目に受け取り、そしてそれが眠るという「禁断の地」に挑み。そのまま帰ってこなかった。
私は古代人として口を噤み、バレルは過去の苦い経験から禁断の地へ行くことはやめておけと伝えた。だが彼らは挑んでしまった。
バレルに残された家族は、もはや孫娘のロールのみ。しかし彼一人ではディグアウトなどで稼ぎながら子供を育てるなど荷が重いだろう。
私はロールの母になる事を志願した。バレルは少し考える素振りを見せた後、よろしく頼むと頭を下げた。
勿論、打算あっての事だ。もしロックがデコイを選び、私を殺すことを選んだ際、その後悔はロールをも巻き込んだ特別なものになるはずだから。
私はロールに受け入れられた。母と初めて呼んでもらえた時は、形容しがたい衝動で満たされた。
ロックとロールが12歳になった。体はまだ成長途中だが、一定の地点までは至っている。二人は今日、ディグアウターとしてダンジョンに挑むのだ。
実際に潜る「メインダイバー」は、最近背がしっかりと伸びてきたロック。その補助を行う「オペレーター」は、いつになく緊張しているロールと、さらにその補助の私。
ダンジョン自体は、すでに殆ど掘り返されて地理も危険度も把握されている。そうでなくては未熟なロックを送り出すことはできない。死んでしまえば、元も子もないのだ。
ディグアウトが始まった。バレルとは違い、進みはおっかなびっくりといった所。まあ、生ける伝説と謳われるバレルと比べるのは酷ではあるが、最終的にはそれぐらいになってもらわなければ。
いくつかトラブルに見舞われながら、地下資源を拾い集めていくロック。このままいければいいが、と考えていたところでアクシデントが起こった。
やや深層、それもレーダーが通じない場所でロックが道を見失ったのだ。オペレーターとしてのロールもパニック寸前で、このままではロックはさらに迷い込む危険がある。
バレルに目配せをし、ロールと場所を変わってもらう。そして、安心させる口調でロックに語り掛けた。「私がついている」と。
母としての私に安心したのか、気持ちを落ち着かせたロックを優しい言葉で導く。
落ち着くと周りが見えてくるもので、どうやらロックは道を一本読み違えただけと気が付いた。ディグアウトはそのまま継続となる。
ふぅと息を吐いてロールと代わる。ロールは尊敬のまなざしで私を見て礼を言い、バレルは顎髭を撫でながら感心した顔で私の顔を見ていた。
どうやらバレルは、あまり感情を出さない私がきちんと母をやれているのか少し不安だったらしい。
余計な世話だ。私は、私の時間ほぼ全てをロックとロールの母として過ごすことに決めている。出来ていなければ、片手落ちもいいところだ。
誰にも聞こえないように呟いた筈だが、データは嬉しそうにウキウキと踊っていた。
それから2年。
ロールの身体はほとんど成熟し、ロックも少年から青年の貫禄を出してきた。もはや見た目の年齢では抜かされているが、それでも二人は私を母と呼ぶ。なんとも倒錯的だ。
私たちの住居ともいえる「フラッター号」を改修した日の事である。ミュラーからバレルへ手紙が届いた。
禁断の地へ挑むための大型飛空艇が完成したとのことで、ゲストとして乗船してほしいと。
バレルはその手紙を握ったまま、私の顔を見た。バーナーとマチルダの時と同じように、私は口を噤んだ。やはり血は争えないのか、彼は乗船を望んでしまった。
バレルが大型飛行船「サルファーボトム号」に乗り込む直前、私は質問した。何故、お前たちは、禁断の地の秘密を訪ねないのか、と。
その質問が意外だったのか彼は眉を上げ、一拍置いてから呵呵大笑し答えてくれた。
いまから未知を探しに出かけるのに、答えを聞くアホウはおらんじゃろ……だ、そうだ。
失念していたが、バレルとミュラーは好奇心の塊であるとともに、根っからの冒険屋である。
今のは忘れてくれと彼に伝えたが、きっとこの話はミュラーに筒抜けとなるだろう。主に古代人の考えかたという話題で。
遠くでサルファーボトム号が浮いていく。
デコイの破滅の序曲となることも知らず、太い音の汽笛をラッパのように鳴り響かせた。