いのちの天秤   作:アサルトゲーマー

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既知と未知

 

 

 

 

 

 

 

 料理とは神経を使うものである。

 生ものを扱う以上、確実、または完璧な時間や加工手順は存在しない。どこかで必ず目分量、即興を求められるのだ。

 

 はじめの頃は苦労した。半熟の目玉焼きなど、焼くだけというシンプルさのくせに気温、卵の温度、火の強さで出来上がりに差が出る。マニュアルに沿って生きてきた私にとって、まさに未知の世界だった。そのうえ献立まで毎日「選択」しなければならない。

 私はこのとき、世の料理番に深い尊敬の念を覚えた。

 

 

 

 今日の朝の献立は半熟目玉焼き、カリカリのベーコン、スパイスの効いたソーセージに、サラダと白パンだ。そのいずれもがロールの好物。

 なぜこんなに偏ったかというと、その全てはロールを励ますためである。

 

「ロールちゃん、ごはんできてるよ?」

 

 ロックの優しい声に、ロールはぐずるようにうめき声をあげるだけ。なにせ、ロールの実親が行方不明となった禁断の地の秘密が、今まさに暴かれようとしているのだから。

 彼女は今まで、両親を目指して頑張ってきたのだ。いつか、禁断の地に挑めるディグアウターとして成長するために。そして、両親の安否を確認するために。

 

 リビングに備え付けられたテレビには、ピシリとしたスーツに身を包んだミュラーと、いつもの格好のバレルが映っている。

 なにやら記者会見の途中のようで、レポーターと思わしき女性に質問されていた。

 ロールは不満げにベーコンを口に詰め込み、テレビから目を逸らしている。

 

 私に育てられていたロックと、テレビを見ていなかったロールは気が付いていないようだ。今まさにテレビに映っているレポーターこそ、ロールの母、マチルダだというのに。

 正確には、マチルダの躰を借りたユーナだが。

 

『マっ…!?マチルダ、生きとったんか…?』

 

 テレビの中のバレルが驚愕の声を上げる。それに反応したロックとロールはレポーターの女性に注目した。

 

「ロック!この人、マチルダお母さん!」

「えっ!?」

 

 二人はテレビを食い入るように見始めた。ユーナはバレルの質問に答えることなく、禁断の地に眠るのは大いなる災いだと言い残し。そしてサルファーボトム号の展望ガラスを割り脱出。

 デコイの天敵ともいえるリーバードの背に乗って去っていく彼女は、控えめに言って、冒険屋の心を擽っただろう。前から思っていたが、やり方が拙いのではないだろうか。

 

 ユーナ、いや、マチルダがサルファーボトム号に居たことに居ても立っても居られなくなったロールは突如立ち上がり、エンジンの火を入れると言って部屋を飛び出した。

 残されたのは私とロックと、ほとんど手が付けられていない朝食。

 どうやら私の朝食は潰れた目玉焼きと、少し減っているベーコン、齧られたソーセージに、サラダと白パンのようだ。

 

 

 

 移動中。私は洗い物ついでに、腹を空かすであろうロールの為に間食を作っていた。

 キッチンを荒らそうと現れた悪魔のサルをつまみ出しだしたりしつつ完成させた、山盛りのタコ焼きを持って操舵室に入る。

 丁度そのタイミングで、窓ガラスの向こうにあるサルファーボトム号のエンジンが爆発した。それは徐々に高度を落とし、嵐の中に取り込まれて行く。

 

 やはりユーナは失敗したか。そう思いながらタコ焼きを一つ摘まむ。味は、熱くてよく分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バレルたちを救うべく、ロールたちはヨーションカの街に降り立った。

 ここヨーションカは地下資源が豊富で、禁断の地にも近いとかで栄えていたそうだ。しかし地下資源をほぼ掘りつくした上、禁断の地がアンタッチャブルと認識された今となってはただの寂れた雪街である。

 

 私は二人に断りを入れて街の郊外、廃駅にまで足を運んだ。

 いつから使われていないのか、雪を押し込んだかのようにカチコチに固まったベンチに腰を下ろす。先ほどまでベンチを使っていたウサギには退場いただいた。

 抗議するような、ぷぅぷぅという鳴き声を聞き流し、私の躰の機能を使い、ユーナに通信を呼びかける。

 

 しかし返ってきたのは沈黙。もしやこの機能は躰依存なのかと思い至り、ユーナの付き人であるリーバード、ガガに呼びかけた。

 

『うわあ!カオン様!?』

 

 ガガの情けない声と、何かが転がる音。遠くの方で『ガーちゃん!?』と声が聞こえるあたり、驚いて姿勢でも崩したか。

 ともあれ。繋ぎは成功した。私はガガに、ユーナを連れてヨーションカの郊外にある廃駅まで来るようにと言いつけ、一方的に通話を終了した。

 

 雪の降る中、駅を眺める。どこもかしこも錆びだらけで、駅という体を保っているのが不思議なほど、ぼろくさい場所。デコイを一掃した暁には、このような不完全かつ廃退的な場所など何処にも無くなるだろう。

 不完全なものは苦手だ。しかし、消えてなくなると思うと、妙に寂しく感じる。

 

 人懐っこい、小さなウサギが私の膝を占拠する。その毛皮は暖かく、また、愛らしい仕草は私の無聊を慰めてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう?地上は気に入った?」

 

 突如投げかけられた声。膝の上のふわふわを撫でるのに夢中になっていた私は、その声で顔を上げた。

 ロールとよく似た瞳に、鮮やかな金髪のマチルダ。もといユーナ。地上の管理人たるマザー1。

 その隣には、褐色の肌、額に紅玉をつけた青年。人に擬態することができるリーバード、ガガが、信じられないものを見ているような顔をしていた。

 

 私は毛玉を撫でながら、ユーナの問いかけに「何事も新鮮で、苦労ばかりで、よく分からない」と答えた。

 ユーナはそれがいいと笑うのだが、苦労することの何がいいのか。

 何事も効率的で楽なのが一番だ。イレギュラー(異常)が起きないなら更に良い。

 

 そう伝えると、イレギュラーという単語に反応したユーナが再度問いかけてきた。

 

「カオン。あなた、トリッガーを連れてったでしょ。目的は?あと、彼の現状」

 

 ほらキリキリ吐く、と詰め寄られる。隠し立てすることはひとつしか無いので、正直に答えることにした。

 目的は、ロックに「選択」してもらうこと。彼の現状は、すっかり素直に育って、バリバリとディグアウト業に精を出している。

 

「うそっ!カオンが育てたの!?」

 

 ユーナが口に手を当てて、大変驚きましたと肩を跳ねさせる。とても失礼な奴だ。

 流石に腹が立ったし、質問ばかりされるのは癪なので、こちらからも問いかけることにした。その(ボディ)はどうした、と。

 

「あー、えっと。実はこのデコイ、禁断の地で倒れてたの。瀕死だったから端末(ボディ)からパーツを分けてあげたら、今度は自分が動けなくなっちゃって」

 

 デコイの躰、借りちゃったの…と目を逸らすユーナ。ヘブンで顔を合わせていた時からその兆候はあったが、やはり刹那的過ぎるようだ。

 これではガガも苦労しているだろう。視線を向けると、ガガは困った顔をしていた。

 

 ともあれ、その躰はロールの母親のものだ。今は無理だろうが、そのうち、フラッター号に来るようにと言っておく。

 すぐそばに実母が居るのに会えないのでは、あまりにもロールが哀れではないか。

 

「あれ?お母さん?」

 

 背後から、とてもよく親しんだ声。

 座ったまま振り返ると、やはりロールが居た。その傍らには、ロックも。

 見つかってしまったか、とユーナとガガに振り返る。しかしそこには誰もおらず、ただ疾風(はやて)だけがあった。

 

 風に煽られ、膝からぽてりと落ちた毛玉が、抗議するようにぷぅぷぅ鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヨーションカの街で必要な「道具」、ドロップシップを手に入れた私たちは禁断の地の上空、嵐の目付近にいた。宇宙が近いためか、空は深い青だ。

 

 計画はこうだ。バレルを救うには嵐をなんとかする他はない。原因があると思わしき禁断の地は完全なる未開であり、そこを調査することで嵐の原因を探ろうとのことだ。

 

 ロールの最終チェックの声と嵐の風切り音を聞く。記憶では成功すると分かっていても、それでも心配だ。

 不確実は苦手だ。それはいつだって私の安穏を切り裂く。

 

「いくよ、ロック。カウントダウン開始。5、4、3、2、1……」

 

 ガコン。

 フラッター号の貨物室から大きな荷物が外れた音がした。無線機からはロックが振動に耐えているためか、うめき声しか聞こえない。

 ロールは祈るように手を組み、モニターを眺める。

 私はその組んだ手を包み、大丈夫だと声を掛けた。できる事などそれしかなかった。

 

 一分ほど無言の時間が過ぎ、無線機からドンと大きな音。聞こえてきたそれは、ドロップシップが着地したことを示していた。

 さて、結果は。

 

『やったよロールちゃん!成功だ!』

 

 勿論、成功である。

 やったあ!と泣きながら抱き着いてくるロール。体格差で押し倒されるのを気合で耐えながら、しょうがない奴だと背中を撫でてやる。

 

 私の腰ほどしかなかったあのロールが、どこに行くにもヒヨコのように付いてきたロールが、苦くて食べられなかったピーマンとにらめっこしていたロールが。

 本当に大きくなったものだ。子育てなどという未知のものを、よくやり遂げたものだと実感する。

 

 未知と不確実はよく似ている。主観でいえば、ほぼ同質のものだ。

 そんなことをやり遂げた私は、もしかすると、自覚しているほど不確実が苦手ではないのかもしれない。

 ロールの抱擁はそれを教えてくれた。

 

 

 

 

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