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「すまない、待たせてしまった!」
女の子の格好をして駆けつけるスバル様、ここは御屋敷の外。市街地にて、なぜか待ち合わせ。当たりのくじ引きは、『おつかい』と『お茶』。そのうち、おつかいは奏お嬢様のもので、小さく『コスプレショップ限定』、そして炙り出しで、『女装したスバルと一緒に』。
――つまりは、デート。スバル様と、2人で。
どんな意図があるかは知らない。だけど、これは願ったり叶ったり、というかなんというか。でも、これはミッション。私とスバル様の耳につけられたインカムから、お嬢様の声が聞こえる。もちろん、他の人の声も。このままどこかへ行こうとも、見張られているようなもの。寄り道――ラのつくホテルなど、もっての他。
『そうだな。私のは、おつかいが済んだらでいい。ネタバラシはそのあとだ』
それよりも、狼先輩が言っていたことが気にかかる。あの人は、私を取って食おうなんてする人じゃない。無愛想なのに、どこかぶっきらぼうなんだけど、優しい。まだ面識が浅い私に、スバル様よりも親切にしてくれる。気をつけろ、って送り出してくれたんだもん。
「どうした?」
「あっ、いえ。狼先輩って、なんかイメージと違ってて」
「狼?ああ。優しいだろう?あいつは多分、涼月家で一番まともだ」
『スバルたんそれどういう意味だよ。まるであたしが変態みたいじゃねーか』
「そうだろ変態」
インカム越しにコサメさんに悪態をつくスバル様、それすらも喜ぶコサメさん。ドMなのはわかりました。だからこれ以上スバル様をいじめてあげないでください。多分胃が死んでしまいます。ロリコン趣味がご自身のコンプレックスから来たのはわかりましたから。
耳元が常に騒がしい中で、コスプレショップに向かう。可憐な姿のスバル様、その人が店内に入れば、やはり中も騒がしくなることは必然。その人気に怖気づいてしまったのかはわからないけど、萎縮してしまう。
『ふふ、私の命令は絶対。それは忘れないことね?』
「あっ、はい」
『つまりは――スバル、下着を脱いで』
――なんてことだ。なんてことだ……。
忠実に従わなくてもいいですから!そんなことしなくていいです!命令は絶対にせよ、その前に法律とか人間の尊厳を失っちゃいけませんって!いやノーパンなのはすごい興奮しますけど!なに言ってんの私!
『何させてるんだ奏。スバル、そこで脱ぐな。真宵、スバルを止めろ』
「ははははい!」
『はーなーせーよー!あたしはこれからスバルたんの痴態を撮りに行くんだからー!』
『お前ら2人をブタ箱に入れさせるわけに行くか』
まともだ。本当にまともだ。光景が容易に想像できる。狼先輩はコサメさんを制している。それに加えて、お嬢様の暴走をストップさせているし、私にちゃんとした指示を出してくれた。勿論、狼先輩の言葉でスバル様も動作を止めている。
助かった、と言わんばかりの顔。そこで、何をすればいいのか。狼先輩に言われたことは、スバル様を止める、ということ。なら次は、スバル様とミッションを完了させること。そう決意した私は、スバル様の手を無意識に握った。こうすることで、私は不思議と元気を貰っていたから。だから、スバル様にもそうしてもらいたくて。
『じゃあ、後は買うだけね?』
「はいっ。あの、狼先輩?」
『なんだ。私に礼はいらんぞ。よくやった、真宵』
平然とした口調、でも私を褒めてくれていて。そういえばこの人も、名前を呼んでくれている。優しい声音にも聞こえる、狼先輩のトーン。それに心を落ち着かされ、ミッションを無事攻略した。
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御屋敷に戻って、お嬢様の前で買った物を広げてみる。若干ワクワクしているお嬢様を見ながら、袋の中のメイド服を取り出せば、それが制服だと言われた。にしても、猫耳やら犬耳やら、なんでこんな物を買ったんだろう……。
耳類はお嬢様が持ち、スバル様と狼先輩の頭につけさせる。――似合う。似合いすぎる。スバルにゃまと狼わんちゃん。可愛い。破壊力の高さにコサメさんは悶絶、お嬢様と苺さんは顔を突き合わせて『とてつもないものを生み出した』などとニヤケヅラをして言っていた。
「何か忘れていないか、真宵」
「……あっ。お茶」
「うむ」
紅茶か、緑茶か。どちらがいいのかは指定もなかった。コーヒーでもいい、と話をしていた狼先輩。好みはどちらだろう、と本人に聞くも答えてくれない。任せる、とだけ返ってきた。
なら、何を入れても問題ない。用意されていた紅茶の茶葉をケトルに詰め、熱湯をポットから注ぎ、ティーカップに紅茶を淹れる。それを受け取った狼先輩は、それを口にする前に、渡した紙を浸してみろ、と言ってきた。トリックはやっぱりあったんだ。
「あれ……。文字が消えた……?」
「読んでみな。浮かび上がってるだろ」
"Welcome to Suzutsuki's House"
文字は言われた通りに浮かび上がる。それとともに、紙も花の柄が出てきて、ピンク色に変わっていく。
――えっ。優しい。この人、フォノンとか言われてるのに、優しすぎる。
「洒落たトリックだなぁ」
「炙り出しよりも安全だろう。それに、お前らがやると思ってたからな」
「ふふふ。やっぱり狼にはお見通しってわけね」
ティーカップから香り立つルージュ、ソーサーごと手に持った狼先輩は、横目で微笑み、私を見る。その綺麗な顔は、波乱万丈あった私の心に、癒しの様な安らぎを与えてくれて。
ようこそ、涼月家。歓迎の言葉。認めていない、なんてただの嘘。コサメさんも、苺さんも、本当は私を受け入れてくれていた。最初からなんでもできる人間なぞいない、と私の心をまた見据えた上での、狼先輩の言葉。その暖かさが、また心に滲みて、私の頬を嬉し涙が伝う。
「これからは私達が家族だ。メイドだろうとシェフだろうと、そんなことは一切関係ない」
そのままの優しい顔で、狼先輩は呟いた。瞼すら通り過ぎるその傷は、優しさの象徴である気がしてしまう。淹れたての熱い紅茶を飲んでくれる狼先輩は、『美味いぞ』と褒めて、私の頭を撫で。
――お父さん以外からの男の人から、初めて撫でられた。
それよりも、人から撫でられるのなんて久しぶりだ。褒められたことも、それにしっかりと会話して、泣いたことも。
「ね、真宵ちゃん。私の
「……はい。スバル様の言う通りです」
この人は、イメージ上のスバル様みたいに優しくて。初対面だからとか、不幸だからとか、そんな色眼鏡で私を見ない。困っているから助ける、純粋な気持ちで動いてくれている。いや――狼先輩だけじゃない、お嬢様も、スバル様も。
パシパシと狼先輩の背中を叩くコサメさん、そしてよしよしと背伸びをして撫でる苺さん。私も混ぜて、というお嬢様は、狼先輩の目の前から抱きつく。その3人を気にせず、『お前らがサボったから、私が洗濯も料理もやってるんだろう』と無表情で話して出て行く狼先輩。そんな彼はボディガード。
「どうだ?上手くやれそうか?」
「あっ。はいっ。まだまだ至らぬ所もありますけれど、その時は教えてほしいです」
「ああ、もちろん。ボクでも、苺でも、コサメでも。なんでも聞くといいさ」
続いてのスバル様の笑顔。緊張の糸が解れていたのか、心を許してくれたのか、柔らかい顔。それをずっと見ていたいけど、やることはある。
「私っ、狼先輩のお手伝いしてきますっ!」
「うん、頼んだ。よろしく頼む」
メイド服も着ていないのに、あの人のお手伝いがしたい。とにかく、迎え入れてくれた狼先輩には、何か恩返しがしたい。その気持ちだけで、今の私は動いていた。
――必ず、お役に立って見せます!