鏡に写る彼女 作:mikoto
僕はただただ受け入れる。
起きているかい?
今日は何をしたい?
今日は歌ってみよう?
思えば僕の日常は、ずっとずっと彼女が傍にいた。
今は会うことは全くと言って無い。
それでも、彼女との時間は忘れられない大切な時間だった。
小さいころの話になる。もはやそのころから話さなければ、僕とミクの関係を伝えることは不可能と言っていいのではないだろうか。
友達からのイタズラで倉庫に閉じ込められ、暗闇の中で僕はパニックになり、暗所恐怖症や逆に狭いところから出られなくなるといった精神的な病気なのかなんなのかを患った僕は、小学校3年生から6年生までいっさい学校に行くことは無かった。
僕に両親はいない。祖父と二人、静かに暮らすのが好きだった。
部屋で毎日のようにうずくまる僕に、祖父はぬいぐるみを買ってくれた。
所謂、可愛い物で癒されることを目的としたものだ。
思惑通り、僕はそのぬいぐるみもとい人形をえらく気に入った。
彼女に話しかける日々は、楽しい時間だったし会話をすることが心を癒してくれた。
彼女の声を聞いてみたいなと思ってしまった。
自分の声と認識できずに僕は毎日彼女と会話をしていたわけだが、彼女の声を一度も聞いたことが無いので、もちろん僕はそれがどのような物なのか一切知らない。
彼女に伝えたい気持ちをうまく言語化できずに、僕はただただ語り掛ける。
辞書を片手に持ち。
気持ちの言語化を図る。
単語ではなく。文で正確に僕の気持ちを彼女に伝えたくて。
幸せな時間だった。
言うつもりは無いのに、僕は自然と祖父に彼女の声を聞いてみたいと伝えていた。
そして、僕に与えられたのが初音ミクというVOCALOIDであった。
彼女の声を聴いた瞬間。
僕の声と彼女の声が繋がった。
その電子音は、ただしく感情を持っていた。
「君は、どこから来たのかな?」
そう話をしようとしたのに。
そう会話をするべきだったのに。
僕はそうすることができなかった。
僕の手は動き止まらない。
やがて
「あなたはどこから来たの?」
そう彼女に声を掛けられていた。
「遠い、遠いところから逃げてきたんだ。友達もなにもかももういない。」
そう答える僕がいた。
彼女は僕をなんとかこの世界に引きずり込む。
彼女に抱きしめられた瞬間、僕は暖かくなる。
彼女と僕の鏡越しの契約。
日差しが差し込み、僕と彼女を照らす。
こうして彼女と僕の時間はより一層の密を増し。加速されていった。
引きこもりながら、僕は彼女と会話をするためだけに歌のようなものを作っていく。
最初はただ、出会ったときの会話に少しだけメロディーをつけ足しただけだった。
僕の部屋に迷い込んだAliceが、僕の初音ミクだった。
人形を抱きしめる僕は、それを初音ミクと認識している。
彼女は僕の隣にいる。
もしここが鏡の中の世界だとして、僕のところに迷い込んだAliceはもうAliceじゃない。
彼女に名を付けて上げることで、僕は彼女を唯一隣にいる存在として認めた。
鏡に写るAliceに、
「Alice」
と呼びかけてしまえば、本来Aliceと呼ばれていた鏡の向こうの世界に帰ってしまう気がして、
僕は彼女をこう呼んだ。
「Ecila」
彼女はどこでも行けて、どんなことでもできた。
機械仕掛けの歌姫は、あっという間に日常を過ぎ去らせ。
こうして僕の小学生は終了した。