剣八の墓標   作:点=嘘

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まっくらい

 

 

 果てまで見渡せど尚果て知れない——達人として研ぎ澄まされた感覚すら疑われるほどの広大な空間にて、一人の男が座している。

 

 鞘に納められた大刀を痩躯な、しかし鍛え上げられた肩に立て掛ける男は、これから起こる事柄に対して物憂げな溜息を小さく吐く。

 まるで何者かを待ち受けるかのように虚空を見つめる男の、その瞳の奥に宿る巨大な感情。それは紛れも無い”諦念”、そして——

 

 灼鉄(やきがね)の如く燃え盛る”使命感”だった。

 

「……待っていたよ」

 

 独り言ちると同時、完全に閉ざされた空間へと一筋の光が舞い込んだ。たった一つしかない扉から現れ出でたのは、溢れ出る闘志を隠そうともせず、魔物のような兇相を愉楽に歪めた一人の偉丈夫であった。

 

 男の知る限り”この世で最も強いであろう怪物”が、唸るように嗤いながら言う。

 

「あァ? 手前ぇは待ってなんかいねぇだろうが、この日をよ。寧ろ”永遠に来なきゃいい”とさえ思っていた筈だぜ。俺には分かる。……待っていたのは()()()()だとも、な?」

 

 おや、と思う。人の心など気にも留めない獣のような男だと見做していたが……

 

「中々どうして、今日は口数が多いじゃないか。『獲物』を前にした貴様らしくもない」

 

 ゆらりと立ち上がる。この一瞬まで浮かべていた苦笑は掻き消え、音もなく刀を鞘から引き抜いていく。

 

「わかるさ。この戦いに於いて……貴様と彼女の因縁は完全に終わりを迎える。……僕は『あの人』の代わりだからな。一千年もの呪縛を断ち切るとあっては、さすがの貴様も幾らかの感傷だって覚えるだろう」

 

 更木(ざらき)

 

「御託はもう十分だろうが、さっさと始めようぜ!」

 

 ああ、更木。()()()更木よ。

 貴様から奪い取ったこの名を、再び貴様へと正統に受け渡す時が来た。

 

「ああ。最強の死神が相手をしてやる」

 

 此れを以って。

 僕は、生まれて初めて人を救うために剣を振るう事となる。

 

 

「二代目『剣八』——卯ノ花剣八がな」

 

 

 

 

 

 

 

暗い。昏い、冥い、啗い、啖らい——

 

喰らえ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◼️◼️◼️

 

 

 

「……い、……きろ」

 

 頭が痛い。

 意識がグラグラと揺らいで、どうやら吐き気もするようだ。

 うだるような夏の日差しに晒されているのも相まって、今しがた全身に刻み込まれた打撲の痛みが、じんと熱を孕んで躰を包み込んでいるような錯覚を覚えずにはいられない。

 

 ここは一体? 僕は、何を——

 

「——ぃ加減、起きろってんだコノヤロ──ッ!」

 

「ぐっはぁ!?」

 

 痛っったい!? 

 いきなり響いた頭蓋への衝撃に瞠目しながら、僕はやっと完全に目を醒ました。はっきりしない視界をふらふらと彷徨わせれば、今にも鉄拳を振りかざそうとするガラの悪い男が目に入ってくる……。

 

「ま、待って! もう起きてますから——」

 

「どっせ──い!」

 

「ぶべぁ!!」

 

 必死に叫んだ制止の声は聞き入れられず、無意味な拳骨を二度も喰らった僕は、側から見れば気味がいいほどに打ち飛ばされてしまう。ゴロゴロと不格好に地面を転がり、肌に刺さっていく細かい石くれなどに顔をしかめることになった。

 

「な、なにするんですか。これが医者のやること——」

 

「ついでにオラァ!」

 

「ついでにって何だこの野郎!!!!」

 

「痛えなチクショ────!!」

 

 いい加減にしろよ、こっちだってそう何度も殴られるわけないだろ。調子に乗って人を散々コケにしてくれたクソ野郎の顔面にボギャッと拳を入れ、なんとかノックダウンすることに成功した。悪は滅びたのだ。

 

「う、ウデを上げたじゃねぇか。流石はアイツのガキだぜ……」

 

 つぅと血の垂れる鼻を押さえながら悪びれもせずに言う男を前に、僕は苦い表情で吐き捨てた。

 

「……バカを言わないでくださいよ。貴方ほどの瞬歩の達人が、僕みたいなヒヨッ子のパンチをまともに喰らうはずはないんだ」

 

「フン、たりめぇよ。『雷迅』とまで言われたこの天示郎(てんじろう)サマが、て()ェの拳骨ごときを本当にかわせないワケねぇだろうが」

 

「……じゃあ、なぜ?」

 

「ツッコミをわざわざ避けるような無粋なボケがいるかよ」

 

「漫才やってんじゃねぇんだぞ……ッ!」

 

 そんなくだらない理由で二回もぶん殴られたのかよ。死ぬほど憎たらしいが、かといってもう一度殴ろうとしても絶対に当たらないだろう。

 

 こめかみをヒクつかせながら悔しさに身悶えする僕を白い目で見てくる彼の名前は麒麟寺(きりんじ)天示郎(てんじろう)。隊士の治療を専門とする護廷十三隊四番隊隊長であり、世に言う医療霊術『回道』を生み出した死神だ。

 そんな大層な肩書きを持つ彼だが、隊長の仕事も放り出して何をやっているのかといえば……どこから嗅ぎつけてきたのか、剣術修行をしようという僕と()()に勝手についてきたのだ。

 

 彼ほどの達人に傷を癒してもらえるのというのは、なるほど確かに幸運なことだろう。しかし……見ての通り、彼はどうも治療者にしては性格に難があるような気がする。はっきり言って、出来ることなら副隊長の数男さんか三席の数比呂さんにお願いしたい所だったが、彼らはたぶんこの迷惑腹巻き野郎が放り出した隊長業務の代行に忙しいのだろう。

 

 いや、彼らも彼らでとんでもない荒療治を強いてきたりするのだが、それはただ隊長の命令に従順にやっているだけだ。本人達が至ってまともで余計なことをしないだけマシというものである。

 

「……って、そうだ! ()()は!?」

 

 ——と、ここまで来て僕はようやく現状を思い出した。

 先程まで僕と戦っていた師匠がどこにも見当たらない。僕にここまで傷を負わせ、あっさりと気絶させて見せたあの人が……

 

 

 

「此処に」

 

 

 

「うわ──ッ!」

 

 ぞっとするような冷たい声と霊圧を背後から感じて、僕は思わず飛び上がってしまう。

 

「常在戦場。気を失った程度で霊覚を乱すとは何事ですか」

 

 声のした方向に慌てて目をやると——抜き身の刃を胡坐(こざ)に乗せつつ木陰に憩う、一人の女性が座していた。

 あれはおそらく、刃禅(じんぜん)と呼ばれる型だろう。己の刀、つまりは斬魄刀、そして自らの精神と向き合うための古来から伝わる瞑想法だ。

 

「ご、ごめんなさい」

 

「天示郎。彼の怪我の具合は?」

 

「こっぴどくやってくれたみてェだが、俺を誰だと思ってるよ? 細けぇモン含めて、骨折は粗方治してあるぜ。流石に打撲の痛みは薬を取ってこねえと暫く引かねえだろうが、いま動かすには十分だ」

 

 骨まで折れていたのか。僕も相当鍛錬を積んだと思っていたが、まさか木刀でここまで打ちのめされる事になるとは。

 ともあれ、それも治して貰えたのならば有難い。稽古の続きをしようと、迷わず得物を構えようとしたところで——

 

「そうですか。では、今日はこれにて仕舞いとします」

 

「えッ?」

 

 斬魄刀を鞘に納めて立ち上がり、師匠は隊舎へと歩き去っていく。それを少しの間ぼんやり見つめていた僕だったが……ハッと我に帰って嘆願の声を上げた。

 

「ま、待ってください! まだやれます!」

 

「聞こえなかったのですか?」

 

 ザッ、と立ち止まり、一瞬だけこちらに視線を遣った師匠と目を合わせた瞬間——

 

 

 

 恐ろしいほどの霊圧に、押しつぶされた。

 

 

 

「今日は仕舞い、と言いましたよ」

 

「——ッ!?」

 

 ぶわっ!! と。

 先程とは比較にもならない”圧”に思わず膝を突かされ、滝のような冷や汗が流れるのを止められない。ぜぇぜぇと胸を抑える僕に関心を失ったのか、師匠は何事も無かったかのような足取りで歩みを進めていた。

 ……正直、師匠が霊圧を控えてくれた今となっても動悸が治まる気配は無い。でも、このまま場を後にされる前に言わなければならないことがあるはずだ。

 

 一時は(くずお)れた自分の足に力を込めてふらふらと立ち上がった僕は、精一杯の大声とともに深々と礼をした。

 

「御指導……ありがとうございましたッ!」

 

「…………」

 

 こちらに目もくれずに去っていった師匠の後ろ姿を認めたのち——一気に力が抜けたのか、僕はそのまま地面にへたり込んでしまった。

 ……憫然(びんぜん)は百も承知だ。しかし、あの傑物が弱者の言葉に態々耳を傾けるような人ではないと云う事は、僕が一番良く分かっている。

 

 そう、彼女こそは「戦闘専門部隊」十一番隊隊長にして——最強の死神を意味する『剣八』の名を冠する唯一の人物、卯ノ花八千流(やちる)

 

 僕、卯ノ花輔忌(たすき)の母なのだから。

 

 

 

 ◼️◼️◼️

 

 

 

「……で、何だって俺について来やがったんだ?」

 

 スッカリしおらしくなりやがった輔忌のボウズに疑問をぶつけながら、俺——麒麟寺天示郎は四番隊舎に併設してある自作の温泉に浸かっていた。

 

 救護詰所の公共施設として一応は自由に利用できるように解放されてはいるが、なまじ薬効が強いだけに気軽に入れるような場所じゃねぇ。大した怪我でもねぇのに平気な顔して俺に付き合ってるってのは大したモンだが、いつ上気(のぼ)せあがっちまっても知らねぇぞ。

 

「……僕は」

 

「あ?」

 

「僕が不甲斐ないばかりに、今日は師匠を……母さんを失望させてしまったんでしょうか」

 

「俺の質問の答えになってねぇな」

 

「はは……どの面を下げて、のこのこと家に帰ればいいって言うんですか……」

 

 チッ、ぐちぐちとくだらねー事を抜かしやがるガキだぜ。

 慰めるような台詞は言いたかねぇが、輔忌の剣はその歳に釣り合わないほど鋭く研ぎ澄まされつつある。それこそ、俺が今までに見てきたどんな早熟の天才ってやつよりも飛び抜けた早さでだ。

 だからこそ、何故そうまで焦って力を付けようとしてんのかがわからねぇ。……ま、わからねぇ事は聞いてみるのが一番だな。

 

「て前ェは何だってそんなに強くなりてぇんだ? 隊長の地位が欲しいからか、強ぇ奴と戦いたいからか」

 

「…………」

 

「それとも何だ……て前ェが『剣八』の息子だからか?」

 

「……違いますよ」

 

 だーもう面倒くせぇな、男ならハッキリ物を言いやがれ! 

 早くも苛々しはじめた俺の心中を知ってか知らずか、輔忌はぽつぽつとその胸の内を明かし始めた。どうせ言うんなら最初ッからそうしろよな。

 

「僕はただ——(きた)るべき時に後悔したくないだけですよ」

 

「ほォ」

 

「どうしても、助けたい人がいるんです。例えば……大切な人が重い病気にかかっているとして、天示郎さん。貴方は医者としてその患者を治してあげたいと思うでしょう? でも、もしその人が治療を拒んだとしたらどうしますか?」

 

「ブン殴って言うこと聞かせた後に無理矢理治す」

 

 当たり前だろうが、そんなもん。なんで俺が治したい奴を黙って見過ごさなきゃならねぇんだ? 

 なぜかそれを聞いて驚いたようにこっちを見てきた輔忌は、ふっとした苦笑いと共に肯首してきた。ヘコんだり驚いたりしたかと思えば急に笑いやがって、忙しい野郎だな。

 

「そう、ですか。いいですね。僕も出来ればそうしたい」

 

「じゃあ、そうするんだな」

 

「ただ……僕の”患者”の病はとても重くて。どうやって治したらいいのかもさっぱり分からないんです。もしかしたら下手に手をつけるより何もしない方が良いような病気なのかもしれない。今の僕には、とても判断のできない事です」

 

「…………」

 

「だから少しでも多くの選択肢が必要なんです。僕がいずれ来るその時に何をするべきか、いつか答えを出すまでに……そのために、僕は力が欲しいんです」

 

 改めて、俺は輔忌の顔をまじまじと見つめた。

 卯ノ花の奴とは似ても似つかない、毒っ気のねぇトボけた面をしてやがる。……だが、将来を語る時のこの表情(カオ)はまるで——

 

「俺は、て前ェのやりたい事なんざこれっぽっちも興味ねぇ」

 

「構いません。これは僕の問題ですから」

 

「だからそのために強くなりたいっつったって、俺から何か言ってやるつもりはねー。……だが、一つだけ言える事があるとすりゃあ」

 

「?」

 

「卯ノ花がて前ェに『失望』なんかしてる筈はねぇ、って事だ」

 

 俺にとっちゃ尋常一様に過ぎない事実を言ってみれば、輔忌は呆気にとられたのか、馬鹿みてぇな表情で薄らと口を開けていた。……つくづく、面を被った(ホロウ)共にも勝るような鉄面皮女が母親とは思えねーな、こいつ。

 

「これは確実に言える事だぞ。アイツは自分の息子だからって勝手に強くすることに執心するような奴じゃねぇんだよ。何なら『戦いなんてしたくない、死神になりたくない』と言おうが、それはて前ェの勝手だろうと、そうスッパリ割り切れるような女だぜ」

 

「……それは、僕に興味がないって事ですか? 僕の力を取るに足りない程度のものだと思っているから……」

 

「馬鹿か。あんなに戦いを好きだと思ってる——俺には分からん感覚だし、普通に”頭おかしーんじゃねーの”とは思ってるけどよ——そんな奴が、自分のガキが他の誰よりも早く腕を上げてるって事に期待しないわけねぇだろう。だからて前ェが剣を置けば確かにアイツは残念がるだろうが、それはそれだ」

 

「じゃあ!」

 

「さっきの、ふぁ〜あ……『稽古打ち切り事件』のことか?」

 

 欠伸混じりに言葉を遮って訊いてみれば、あまりに予想通りな答えが返ってきやがった。くだんねー。

 

「……そうです。あれは母さんが僕に見切りをつけて——」

 

「ありゃ大方、て前ェを必要以上に痛めつけちまったのに『やっちまった』とでも思ったんじゃねーの。あれで息子の骨をバキボキ砕くのには流石に堪えたっぽいしな」

 

「…………」

 

「ま、あれで冷血漢ってワケじゃあねーって事だな。……アイツも子に対する情けぐらいは人並みにあるんだぜ? あ、人並みってのは言い過……たぶんな。たぶん」

 

 ……そこまでやる前に『我に帰る』のが普通だろうとは思うけどよ。ま、あの馬鹿に限ってはそこまで期待しちゃいけねぇか。

 

 俺が付いて行ってなかったら結構ヤバい感じだったぞ、あの様子だと。鬼道の才能もあるみてーだし、だから俺が『上』に行くまでに回道の一つでも仕込みたかったんだが……人が善意で物を教えてやろうってのに毎度毎度「必要ありません」と断りやがって。

 あいつも今日の事で、()()()()少しは懲りただろうな? 治したい怪我を前に指を咥えて見てるだけってのは、存外気分の悪いもんだぞ。

 

「……て前ェを諫めるためにだろうが、いきなりあんな霊圧垂れ流して来やがったのには流石に『何やってんだ』と思ったがよ。幾ら何でもあそこまで不器用な奴だったとは……流魂街(るこんがい)の破落戸どもを黙らせてた時から、やり口が変わってねーんじゃねーのか?」

 

「……なんで、」

 

「おォ?」

 

「天示郎さん、なぜ貴方は母さんの事をそんなに知ったように話すんです? 四番隊と十一番隊の隊長同士、そう接点があるとは思えませんが」

 

 おっと……喋り過ぎちまったか。

 いい加減、俺も湯に浸かり過ぎたな。暑さで口を滑らせないようにそろそろ上がろうかとも思ったが、輔忌の野郎「話すまで出させねーぞ」って面してやがる。

 

 しゃァねーな。言っても困るワケじゃなし、もうちっと付き合ってやるとするかよ。

 

「そうだな……いっぺん、アイツが俺の診療所に駆け込んできやがった時があってな。そん時からの付き合いって事になるのかね?」

 

「すると、母さんは病気か何かを患って?」

 

 無意識かどうかは知らんが『怪我』の選択肢を真っ先に除いて質問してきた輔忌に、俺は首を横に振りながら答える。

 

「ちげーよ。……どうしても治して欲しい奴がいるってな、男を背負ってやって来たんだ。信じられるか? アイツがあんなに必死な顔してやがったのは、後にも先にもあれだけだったかもしれねぇ」

 

「ははぁ。さてはその人ともう一度戦うために、一度自分で斬った相手を治せと言うんですね?」

 

 こいつ、時々とんでもねー事を言いやがるな……。

 後で告げ口してやると言ったら絶望的な表情になった輔忌を無視しつつ、俺は続きを語り始めた。

 

「そいつは妙な症状でな、原因らしき原因が見当たらない癖に、日に日に衰弱だけはしていったんだ。俺も手は尽くしたが、完治させる事はできなくてな。担ぎ込まれてからちょうど七日目で逝っちまいやがった。……屈辱だったぜ。あんな患者は初めてだった」

 

「…………」

 

「俺は結局何も出来やしなかった。だが、卯ノ花の奴はそうは思わなかったみてぇだ。『せめて彼が安らかに最期を過ごせたのは貴方の御陰だ』ってな。で、そん時からちょいちょい交流が続いてるってワケよ」

 

 黙って話を聞いていた輔忌はといえば——神妙な表情で、どうやら何かを考え込んでいる様子だった。

 そりゃあそうなるわな。滅多に感情を表に出さねぇ卯ノ花にもそんな一面があったとは、コイツも初めて知ったんだろう。多分。

 

「……ありがとう、ございました。母はあまり自分の事について話しませんから、天示郎さんから話が聞けて嬉しいです」

 

「オウ」

 

 ……顔つきが変わったな。

 いつ泣きベソかき始めてもおかしくなかったようなさっきまでよりゃ、大分良い。自分のやるべき事を捉え始めた奴の顔だ。

 

「僕は……そろそろ上がります」

 

「まだ何か、俺に訊く事はあるかよ?」

 

 

 

「大丈夫。——もう、大丈夫ですよ」

 

 

 

 ◼️◼️◼️

 

 

 

 僕は、他人には決して言えない()()()()を持っている。

 

 この世界の成り立ち、数百年後に起こる出来事を示すもの……そして何より「卯ノ花輔忌が存在しない世界」がどうなるかを、生まれた時から大まかにだが知っているのだ。

 

 物心のつき始めたばかりの幼い頃は「記憶」と「現実」の区別がつかずに戸惑ったものだが、今となっては割り切っている。

 当然初めは思い違いや、妄想の産物か何かだろうと疑っていた。見たことも聞いたこともない事柄を、しかし「知って」はいるなど……荒唐無稽もいい所だと自分でも思っていたからだ。

 それでも僕はこの記憶が事実のみを示しているという事を理解せざるを得なかった。現在の時点で確認できる範囲だけでも「記憶」との相違がほとんど見受けられなかったからである。

 

 例えば——死神が戦闘に用いる呪術の一種『鬼道』についての記憶は、その番号や詠唱の言霊が教本に記されていたものと完全に一致していた。

 例えば——回道を開発した天示郎さんが『零番隊』へと近いうちに昇進するらしいという事を、噂が流れるずっと前から知っていた。

 

 いずれも僕が知る筈のない事を事前に知っていたということになり、どうやら思い違いなどではないのだと確信するほかなかったわけだ。

 藍染(あいぜん)惣右介(そうすけ)の野望、滅却師の王ユーハバッハによる二度に渡る尸魂界(ソウル•ソサエティ)への侵攻。この記憶が計り知れない価値を持つという事は、幼いながら当時の僕にも理解できた。何せ未来を知っているということは、自分に都合の悪い出来事のほとんどに対して有利に動くことができるからだ。

 やりようによっては、多くの人が傷付くであろう災いの芽を摘むような真似だって簡単にできてしまうだろう。

 

 僕はまだ、弱い。肉体的にも、精神的にも。

 この記憶をどう使えば良いのか、それすら持て余しているのが現状だ。僕にとって確定した未来とは、緻密に組まれた積み木の塔も同然だからだ。何処を動かせば何が起きるのか、どれだけの力を使えば結果が変わるのか……願うならば、こんな記憶など持って生まれない方が良かったとさえ思ったことも一度はあった。

 

 

 

 

 

 

 

 しかしだ。

 今の僕にはやらなければならないことがある。

 

 卯ノ花八千流、僕のたった一人の母。

 千年後の未来に於いて、最強の男に『剣八』を託す(ひと)。……更木剣八に、その手で殺されるはずの人。

 

 

 彼女は未来で言っていた。

 ——『それこそが 私の罪』

 

 彼女は未来で言っていた。

 ——『役目を果たして死ねることの、

          何と幸福であることか』

 

 

 なるほど確かに、母さんは更木剣八と戦い、そして死ぬのが何よりの望みだったのだろう。僕が勝手にしゃしゃり出て、その生涯を賭した決意を反故にする権利などというものは何処にも無いのかもしれない。

 

 加えて言うなら、母さんは側から見てもあまり良い人物だとはとても言えない。尸魂界きっての大悪人だと後ろ指を指される事も、僕が周りからその煽りを受けた事だって一度や二度ではない。人としても母としても失格で、その命を救う価値も理由も無いのだと、見限ってしまうのが当然なはずだ。

 

 だが、ああ、だが——! この言いようのない思いは何だと言うのか。

 

 

 救わなくては! 母さんを、『卯ノ花剣八』を、僕が、この手で! 

 

 

 何が僕をこうまで熱くさせるのか、()()()()()()()()()()()()()()()()。無意識に刻まれた親子の情がそうさせるのか、”何者よりも強くあれ”とする剣八の血が、当代の剣八を超えたという証明を欲しているのか、それは全く分からないが、そんな事はどうだっていいのだ! 

 

 彼女が()()を拒んできたら? 『ブン殴って言うこと聞かせた後に無理矢理治す』。目を覚まさせる! バカげた剣八の呪縛なんてもの、僕がこの手で断ち切ってやる。やるべき事は既に見定めたからだ!

 

 僕はまだ、弱い。精神的にも、肉体的にも。

 何を以て母さんを『救った』とするのかはまだ分からないし、今の自分にそれだけの力があるとは思えない。だが確実に言える事は——この使命を、更木剣八なんぞにくれてやるのだけは、それだけは絶対に許せないって事だ! 

 

 百年、千年経とうとも……成し遂げて見せるぞ。

 必ず——。

 

 

 




 お気付きでしょうが主人公、輔忌(たすき)くんは俗に言う「やべーやつ」です。
 BLEACHで被殺といえばやっぱりコイツら! 剣八システムは被殺で成り立ってるようなもんですから(十一代目はなんかもう永遠に殺される気がしないけど……)。

 あとプロローグがもう短編のそれじゃありませんね。どう見積もっても期限の22日までに完結する気配がありませんね。本当にありがとうございました。


(追記:2022/11/28)
初代護廷十三隊の情報が開示され、時系列的にも今作における主に麒麟寺さん周りの整合性が非常に怪しくなってしまいました。というかかなり決定的に後発の原作情報にぶっ刺された例になると思います。
卯ノ花さんと面識があること自体は変わりないと思いますので決定的に展開が破壊される事は無いかと思いますが、また書き直す度に師匠の気まぐれでお出しされた情報に重ね重ね丁寧に殺される可能性があり、よって現在手をつけているBLEACH二次創作からは一旦手を離して静観することに致しました。また何かあればその時対応を決めようと思いますので、どうかよろしくお願いします……

……決め打ちしたのは悪いけどさぁ!麒麟寺さんが初代四番隊隊長ってフツー思うじゃん!!なによあの男!!
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