走る、疾る、奔る。
『ハァッ、ハァッ……!』
護廷十三隊への入隊を果たしたばかりの少年は今、ただ
それは何かしらの目的を持っての事ではない。とある根源的な衝動とでも言うべきモノ——つまりは”死”から逃れようとして、どこへ向かうでもなく、その恐怖から背を向けてただ逃避しているに過ぎなかった。
敵と戦い、道も半ばに殺されるのは確かに恐ろしい事だ。それでも彼には護廷の二字を背負う者としての自覚があった。いざ強敵との戦いに敗れ、戦いの内に死ぬとして、その運命を一人の戦士として受け入れる覚悟もあった。だが『これ』は何だ? こんなものは……到底受け入れられる物ではない。
——塵芥にも劣る矮小な存在として、誰にも気づかれぬままに”消滅”する最期などというものは。
カッ、と。
『ひ、ひぃッ!?』
刹那、瞬く閃光。この戦が始まってから何十回と経験したその『兆候』に対し、無駄と知りつつも瓦礫の陰へと転がり隠れずにはいられない。
直後の事だった。
少年は、その時自分の意識がぷつりと途切れたのだと思った。あらゆる感覚が掻き消え、耳も、目も、そして肌に感じていた焼け付くような熱気さえもが無くなってしまったのだと。間違いだった。
ゴバッ────!!
それは、もはや爆発とも呼ばぬ”何か”であった。体中のあらゆる内臓が、腹の中に直接巻き起こった台風にすり潰され掻き乱されるかのような衝撃。地獄の窯に放り投げられ、一切の容赦も無く吹き付けられた業火をも生温いと思わせる程の爆熱。
気づけば少年は、焼け焦げた土が露出する通りへと身を投げ出していた。この戦いが始まるまで整然と敷かれていたはずの石畳は見る影も無い。身を隠していた瓦礫の山はいつの間にか消えていたが、それは自分が吹き飛ばされたのか、あるいは瓦礫の方が根こそぎ砕け散ったのか。それもどうでもよかった。
既に上下の感覚も分からなくなっているが、それでもどうにかここを離れようと立ち上がろうとして——そして、見てしまった。
でろり、と。
半端な形を保っているだけに最悪だった。
それは、見知った死神の焼死体。
とりわけ仲が良かった訳でもないが、比較的歳の近い者同士として何かと言葉を交わす事もあった。
『うっ……』
喉の奥から込み上げるものを必死に抑え、驚愕に目を見開きながらズルズルと後ずさる。とにかく、とにかくこの場所から少しでも離れたくて……そしてその背中が
『死んで、たまるか……』
こんな所で、死んでたまるか。
そう少年は
自分の持つ”力”の象徴——己が魂の写し身である斬魄刀をその手に握るが、これが一体どれほどの慰めになるものか。
そしてその時はやって来た。
破壊の爆炎、世界を灼き壊す茫漠たる霊圧が、再び急激な高まりを見せていき——
『あぁ……ああああああああああああああああああ!!!!????』
◼️◼️◼️
「——ああッ!?」
極限まで高まった恐怖にとうとう耐え切れず、卯ノ花
くそ、あの戦争。ああ……なんて目覚めだ、寝汗も酷い。
「うっ、ぐ……」
「はぁ……」
ああ、それでも碌に眠れていないのは確かなのだろう。起きて身支度を済ませようと立ち上がるのも気怠いように思えて、僕はそのままだらりと布団へ体を投げ出した。
「何やってんだろ、僕……」
ポツリと。誰へ向けてでもなく口から漏れ出た呟きは、滲みるように冷たい明朝の空気へと溶け込むように消えていく。
臆病者——僕の、僕自身に対する今の感情はそれに尽きる。
薄く視界が滲んでいるのは寝起きで頭がはっきりしないからか、それとも……
「御早う、輔忌」
「うわ────ッ!?!?」
ビッックリしたぁ!?
背筋が凍るように低く静かなその声が聞こえてきたのは、光の差し込んでいる襖の側から僕を挟んで反対の方からだった。……あれ、かなり前にも同じような事があったような気がする。
「か、母さん!?」
落ち着いて目を凝らして見てみれば、そこに居たのは見知った女性——僕の母親でもある、卯ノ花八千流その人だった。
「ど、どうして僕の」
「寝言が耳に障ったので」
「部屋に……あ、ハイ……」
聞こえていたのか……。母さんの寝間はこの部屋の隣だから、確かに声が漏れたりすることもあるだろう。
しかし、それにしても迂闊だったな。これはマズいぞ。毎晩のように見るあの悪夢も……
だから今まで必死に隠し通してきたのだが——
◼️◼️◼️
十年前、首魁であるユーハバッハの率いる
僕は今の時点で母さんが『剣八』であること、天示郎さんが護廷十三隊の隊長であることから、今が「”記憶”の中の黒崎一護らの戦いから千年以上前の時代」だろうという予想を付けていた。そう遠くない未来において滅却師と死神の間に巻き起こる戦争を、僕は知っていたのだ。
正直言って、僕はこの戦争に対してさしたる危機感というものを感じていなかった。
“記憶”の中で千年後のユーハバッハが『殺伐とした恐るべき殺し屋の集団』と形容した通り、この時代の護廷十三隊の戦力は正しく強力無比。安寧を得ると共に”大義”が枷となっていった千年後のそれとは全く異なる、純然な”武力”のみが寄り集う魔窟——既に結果を知っていたというのもあるが、それを差し引いたとしてもこの時代の十三隊が”敗北”する等という未来は微塵も想像できなかったからだ。
蹂躙。この戦を表現するとして、これ以上に適当な表現は他にないだろう。侵略者である滅却師の部隊は次々と壊滅し、ユーハバッハでさえも一刀の元に斬り捨てられたというのだから、両者に隔たる実力差は明らかだと言えた。
結局のところ、この時点で滅却師が死神に勝てないのだという僕の予想は当たっていた訳だ。
——たった一つの誤算を除いては。
護廷十三隊総隊長、
未来においてユーハバッハは彼を『部下の命にすら灰ほどの重みも感じぬ男』と表していたが、
僕は、その脅威に心の底から震え上がった。
瀞霊廷を踏み荒らされ激怒した総隊長は、ものの一日で何千という滅却師を殲滅した。だがその過程に於いて……
炎熱系最強にして最古の斬魄刀、流刃若火の卍解『残火の太刀』。
その力は今回の戦争でさえ一部のみしか振るわれる事はなかったが、それはこの際問題にはならない。重要なのは、そう。『斬るもの全てを爆炎で灼き尽くす業火の剣』が、その力を殆ど無差別に撒き散らせば一体どうなるのかという点だ。
結論から言おう。
この戦争で隊士の半数以上が犠牲になったが、その八割は『残火の太刀』の爆熱に灼き殺された。
前線で戦っていた
◼️◼️◼️
尸魂界は文字通りに”半壊”した。
この十年で瀞霊廷は徐々に復興の兆しを見せているが、人々の心に刻まれた傷はあまりに大きく、深かった。
あの地獄から辛うじて生き残った僕も、今なお『あの日』の悪夢に苛まれている。
僕は、戦いは怖くない。
しかし……僕は今、”前に進む”ことを躊躇している。
この世界には元柳斎を遥かに凌ぐほどの敵がいる。僕の力など足元にすら及ばないような、世界を破壊する力を持った存在がいる。
生まれた時から知ってしまっている僕は、
“母さんを救いたい”という願望が、この件を通してさえ只の一度も揺らがなかったという事実だ。
本当に、”諦めよう”などという考えがほんの少したりとも湧いてこないのだ。
刻み込まれた傷を無視し、この衝動とでも言うべきモノが暴れ狂っている。諦めてしまえば苦しまなくて済むのに、どうしても戦いの道を降りる事ができない。
そうしてそこから、更なる焦燥が湧き上がる。渦巻く意思の力とは関係無しに、この身体が既にして戦いを拒むようになってしまっているのだから。残火の地獄が事あるごとに脳裏を過り、剣を取ることさえままならない。迷いを晴らそうとどれほど鍛錬に打ち込もうが、今日に至るまで克服の兆しさえ掴めていない。
ここまで来てしまうと、自分の精神状態がいかに”異常”なのかを嫌でも理解させられてしまう。理由が存在しない、半ば本能的とすら言える、狂おしいほどの『救い』への渇望。矛盾を孕んだ内心に、しかし葛藤は含まれない。
「——先程からそう俯いて、如何かしましたか」
「あ、あぁ……大丈夫、です。夜分遅く、お騒がせして申し訳ありませんでした」
「…………」
この苦悩を余人に悟られる訳にはいかない。
天示郎さんが以前話してくれたことが本当なら、戦いに苦しむ僕を、母さんは戦いから遠ざけようとするやもしれないからだ。『剣八』絡みの問題を解決するのに必ずしも武力が必要だということは無いのかもしれないが、はっきり言ってそうなる可能性は高くないだろう。
どちらにせよ、僕自身の都合や
「そうですか。それにしては、今晩もまた随分と
「……っ」
だというのに今、それを他ならない母さんに問い詰められるという失態を演じている。
『あの日』の悪夢を見ることは何度でもあったが、その度に僕はそれを悟られまいと、必死に声を押し殺してきた。それを下らない寝言なんかで、今日に限って——
「え?」
『それにしては、今晩もまた随分と
母さんは今、何と言った?
『それにしては、今晩もまた随分と——』
それは、つまり、
『
「輔忌」
はっ、と。
掛けられた声に向き直る。対面に佇む母さんは、何時もながらのひどく読みにくい表情でこちらを見つめていた。
「貴方がこの十年間ずっと、『あの日』の恐怖に呑まれて過ごしていたことは知っていました。……同時に、どうやらそれを私に知られたくないらしいのだとも」
「なん、で」
「その思いを尊重し、私は『然るべき』時が来るまで知らぬ振りを通してきたのです。分かりますか? これを今日打ち明けたという事が、一体何を意味するのか」
あまりの事に思考が追いつかない僕を横目に、母さんは——初代『剣八』は、その場からゆるりと立ち上がった。
「今が『その時』だと云う事です。行きますよ、輔忌。十一番修練場へ」
その時だった。
くぅ────
「……ん?」
突然にしてその場に響いた
何の音だか分からずに当惑しているのではない。むしろ、それは今まで生きてきた上でかなり聴き覚えのある音だったが、あまりに場にそぐわないものだったので混乱しているのだ。
それは、腹の虫が鳴る音だった。
「「……………………」」
誓って言うが、僕ではない。するとこの場にはあと一人しか居ないわけだが。いや、しかし、それは……
「……あの」
「その前に
「あの、もしかして、一晩中枕元に座っていたんですか……?」
「何か?」
「いや、その……はい」
とても目を合わせるような真似は出来なかった。
ただ、伏目ながらもちらりと上目に視界に入った限りで見たものを言わせて貰うと——その時の母さんの顔は、まったくいつも通りの、しかしどこか空恐ろしいものを感じさせる無表情だった。
◼️◼️◼️
十一番修練場。
その名の通り、十一番隊が領有する修練場の一つだ。十三隊の中で最も広い敷地面積を誇るだけでなく、総隊長率いる一番隊のそれに匹敵するほどに管理体制が厳格であるという事も知られている。
“記憶”の中の更木剣八はこういった事にも無頓着だったために隊員の風紀が問題視されていたきらいがあるが、“身内の恥は隊が恥として雪ぐべし”とする現隊長の母さんが取り仕切る今の十一番隊はそういった横暴さは見られない。
……その代わりにこの時点の十三隊をして随一と言えるほどの剣吞とした空気や殺伐さは、もはやある種の血生臭ささえ漂わせているほどではあるのだが。
「貴方が恐れているのは『巨大な力』。人という生き物がどう足掻こうとも抜き差しならない様な事態に陥った際に感じるものです。其れを貴方は、先の大戦にて解放された山本重國の卍解に見ている。相違ありませんね?」
「は、はいっ」
三尺下がって師の影を踏まず。修練場までの道中を母さんの……いや、先生の後に付き従いながら、僕はこれから行うことの説明を受けていた。
「卍解を持つという事は、”一つの世界”を掌の上にする事と同義だと言えます。解放された霊圧は文字通りに場を塗り潰し、支配する」
卍解。死神が用いる斬魄刀戦術の最終奥義であり、その戦闘能力は第一段階解放の始解から五〜十倍とも言われている。”記憶”から数々の隊長格を始めとした死神たちのそれを知っている僕としても、実物を目にしたのは『残火の太刀』が発した余波のみだ。
「個々の世界を
「それは……」
「そう。貴方が内面に巣喰う恐怖——“あの人”の世界を打ち祓うための唯一であろう方法です。心傷もある程度落ち着き、それを成すに足る実力を付けたと判断したからこそ、今が『その時』です」
——卍解なさい、輔忌。
そう淡々と言い放った先生に、”出来るだろうか”と僕は思う。しかし同時に、この胸に熱く滾る使命感は”やるしかない”と吠え猛る。
何しろ自分一人では手掛かりさえ掴めなかった暗闇の道に、救うと誓ったその人に手を引かれてまでここに立っている。そして何より……
「直々に御指導頂くとあっては、先生の顔に泥を塗る訳には行きません。必ず……必ずやり遂げて見せます……!」
この人とならば、僕は何だって出来るはずだから——。
「あぁ、此度の卍解修行に私は関与しませんよ」
「は?」
意気込みも新たにいざ斬魄刀を抜こうとした瞬間、唐突にそんな事を言われた僕は思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。
え……いや、それってどういう事?
「卍解の修行はこの上ない危険が伴う過程であるという事は語るまでも無いですね。そうなると、つまり……私では、果たしていざと言う時に収まりが付くものでしょうか。そうは思いませんか?」
「えぇ……?」
「天示郎が側に居れば”万が一”は防げたのでしょうが、あの男ときたら肝心な時に限って『手が離せない』等と……瀞霊廷の復興に手を
「あの、ちょっといいですか……」
「零番隊への昇進を急かされてまで尚留まっているというのだから、まさか嘘を吐いているとは思えないのですが……まだ何か?」
「『いざという時』って、まさか随分前に僕の骨を折った時の話ですか?」
「…………」
「…………」
図星だ、これ……。
まさかまだ気に病んでいるとは思わなかったぞ。らしくないと言えばいいのか、らしいと言えばいいのか測りかねるな。
「そういう訳で、貴方の修行は別の人が監督します。さぁ、着きましたよ」
どういう訳なのかはさっぱりわからなかったが、いい加減これ以上触れると後が怖いと察した僕は、大人しく指し示された件の人物へと集中することにした。
「
「……隊長? こんな朝ッパラから呼び出しぃ、一体どうなすったんです」
「あの人は……」
見覚えがある。というか、ほぼ毎日のように見掛けているまであるような……話をした事こそあまりないが、僕はこの人を知っている。
「理由も話さずに呼び出したのは謝罪します。さて、用事があるのはどちらかと言うと私では無いのですが……」
「あっ、はい!」
言いつつこちらを流し目に見遣った先生の意図を読み取って、僕は慌てて挨拶をした。
「吼翔
「おお……? ああ、隊長のセガレか。こうして話すのは久しぶりやな。しかし、なんでまた俺が呼ばれたん——」
「——”卍解”の修行を」
僕がその単語を口にした瞬間、元々やや硬い彼の表情が輪を掛けて引き締まった。
そうだ、この時代の十三隊はまさに比類無きほどに強大な勢力を誇っている。その中でも戦闘専門、最強と名高い十一番隊の副隊長が、
少々逡巡する素振りを見せた後——身の丈六尺*2は明らかに超えるだろうという黒髪の大男が、確かな隊長格の威厳を伴って声を放った。
「そうか。……ええわ、付き合ったる。だが”覚悟”せぇよ? 生半可なヤツに扱える力とちゃうねんぞ」
「……ええ、承知の上です!」
「わかった。十一番副隊長、
杯の終了まで二時間を切ってから、まるっと十話は使いそうな短編のうち二話目をぬけぬけと投稿する参加者の屑がこの野郎……
さらっとオリキャラまでぶち込みやがって、こいつ終わらせる気あるんですかね?